曇り日。蒸し暑さもなく過ごしやすい一日だった。
数日前より首の痛みを訴えていた母が 今日はやっと病院に行く気になってくれた。 山里の職場で帰りを待っていたけれど 検査が長引いているようで会えないまま帰宅する。 何か悪い病気だったらどうしようと心配でならない。
姑は今日からヘルパーさんが来てくれて順調。 お昼に姑の好きなかぼちゃを煮てくれたそうだ。 とても優しいヘルパーさんで姑も喜んでいる。 「お世話になっている」その感謝の気持ちを忘れてはいけない。
私にとってはふたりの母。それぞれの日々がどうか平穏無事であって欲しい。
夕方のお大師堂でとても若いお遍路さんと出会った。 青年と言うより少年と言ったほうが良いような18歳のお遍路さんだった。 少し足を痛めているようで気になったけれど ゆっくりのんびり歩きますと元気な笑顔で応えてくれてほっとする。
去年の秋にも足を痛めていたお遍路さんと出会ったことを話した。 そのお遍路さんは足を引き摺りながらも無事に結願出来たこと。 だからきっと大丈夫。きみも必ず乗り越えられるよと励ました。
お遍路さんはみんなきらきらと眩しく見えるけれど 今日出会った少年の瞳はすごく澄んでいてよけいに眩しく感じた。
清々しく爽やかな気持ちでお大師堂をあとにする。
ささやかな出会いではあったけれど、 なんだか大きな「勇気」をいただいたような気がした。
曇りのち雨。少し肌寒さを感じる雨になった。
午前中に福祉用具のお店の人が来てくれて ベットを組み立ててくれたり車椅子を持ってきてくれたりした。 どちらもレンタルで介護保険を使えば格安で借りられるのだそうだ。
午後、義妹の帰りを待って姑を迎えに行く。 朝から退院を楽しみにしていたようで 私達の顔を見るなりベットから起き上がろうと踏ん張っていた。
お世話になったみなさんに挨拶をして病室を後にした。 50日ほどの入院であったが、なんとたくさんの人に支えられていたことだろう。
そのまますぐに帰宅するべきところ、昨日姑の妹にあたる叔母が入院したことを知る。 姑も会いたがっていてみんなで内科病棟にお見舞いに行った。 姉と妹が手を取り合って涙ぐむ姿に思わずもらい泣きしてしまった。 叔母は肺炎だと言うこと。どうか一日も早く快復しますようにと祈る。
帰宅した姑は新しいベットがとても気に入ったようだった。 これからずっと床から離れられない日々が続くのかもしれない。 少しでも快適に過ごしてもらいたい気持ちでいっぱいになった。
姑に聞こえないところで「これからが大変ね」とそれぞれが口にする。 口にしてはいけないことだけれど、みんなつい本心が出てしまったのだった。
大変だからこそちからをあわせて乗り越えていこうと思う。
やってやれないことはないもの。そのためにある家族ではないか。
うす曇の一日。風があったせいか蒸し暑さも感じずに済む。
早朝、娘から電話があり綾菜の熱が下がったとのこと。 ほっとして山里の職場に向ったのだけれど 仕事を始めるなり電話があってまた熱が出てきたと言う。 月末の仕事も気になるけれど、綾菜のほうがずっと大事だった。 大急ぎで娘の家に向う。なんだか職場から逃げ出すような気分だった。
さいわい高熱ではなかったけれど、7度5分以上あると保育園は行けない。 少しぐずって泣いてはいたが、朝食もしっかり食べて元気そうな様子だった。 母親の姿が見えなくなってもすぐにケロっとして玩具で遊び始める。 いろいろな玩具を引っ張り出して、私に相手をしろとせがむようになった。 「おばあちゃんにちょうだい」って言うと玩具を手渡してくれたりする。
昼食はグラタンとバナナ。もう哺乳瓶のミルクは卒業している。 一口大に切ったバナナを上手につかんで口いっぱいに押し込んで食べる。 その顔がなんとも言えない。すごくすごく幸せそうな顔をしている。
お昼寝の時間。少し添い寝をしてあげたらすぐにすやすやと眠ってくれた。 そのあどけない寝顔を見ているうちに私も眠くなって少しうたた寝をする。
熱はすっかり平熱になっていてもう大丈夫かなと思う。 どうかもう熱が出ませんように。祈るような気持ちの午後であった。
おやつに玉子ボーロと牛乳。小さな歯でカリカリと可愛い音をたてて食べる。 もっと食べたかったのかしら。その後はちょっとご機嫌斜めになってしまった。
気分転換に外に出てみる。お散歩しようねと近くの小川のあたりまで行ってみた。 そうしたら小川沿いにたくさんの紫陽花が咲いていてすごく綺麗だった。
「これはね。あじさい」綾菜にその花をさわらせてみたら、びっくりしたような顔。 おそるおそるさわってみては自分の手のひらをじっと見つめているばかり。
もしゃもしゃっとしていたのかな。小さな花がいっぱい集まって大きな花になっているね。
綾菜にとっては生まれてはじめての紫陽花。今日は紫陽花記念日になったね。
曇りのち雨。ぽつぽつと静かな雨になった。 洗濯物を気にしながら帰宅すると、夫がすでに取り入れてくれていた。 いかにも男の作業らしく無造作にどさっと座敷に放り込んである。
きっと生乾きだろうと思っていた。しわくちゃだなって思い込んでいた。 けれども触ってみてびっくり。それはちゃんと乾いていてほっとする。
夫が洗濯物を取り入れる姿を想像して思わず微笑んでしまった。 乾いているか確かめて、うん大丈夫だと急いで取り入れてくれたのだろう。
「ありがとうねお父さん」お礼を言う時ちょっと照れくさかった。
今日も散歩はお休み。明日は行けたらいいな。 すっかり諦めて寝ているあんずを起こして晩ご飯を食べさせた。 ちょっと運動不足かなと思っても彼女の食欲は変わらずほっとする。
ついさっき娘から電話あり。綾菜がまた熱を出してしまったそうだ。 ほんとうによく熱を出す子ではらはらと心配でならなかった。 けれども食欲もあり元気な様子。「大丈夫よ」って娘に伝える。 明朝、熱が下がっていなかったらお守りを頼まれた。 お守りをしたいような元気で保育園に行って欲しいような複雑な気持ち。
毎日お大師さんに手を合わせて家族の無事を祈っているけれど どんな時もあってそれはみんな与えられた試練のようなものだと思う。
その試練をありがたく受け入れる。何があっても感謝の気持ちを忘れない。
今日もありがとうございました。この気持ちがきっときっと伝わりますように。
天気予報がはずれて思いがけなく青空が少しだけ見えた。 梅雨の時期特有の蒸し暑さは言うまでもなかったけれど 雨を覚悟していただけにやはり青空は嬉しいものだ。
今日は仕事を休ませてもらって姑の病院へ行く。 今週末の退院が決まって今後の打ち合わせがあった。 病院の相談員さん、リハビリの先生、ケアマネさんとヘルパーさん。 みなさん親身になってくれてほんとうにありがたいことだと思う。
来月から在宅介護が始まる。なんだか少し緊張していたけれど 家族に出来ない事はヘルパーさんが助けてくれるのでとても心強い。
リハビリを続けたいと言う姑の意思を尊重して 週に一度は通院をして今後もリハビリを続けられることになった。 それは私と夫の役目。私達に出来ることはそれくらいしかなくて 義妹ばかりに負担をかけてしまうけれど仕方ない事だなと思う。
なんだか大きな海に家族みんなで船に乗って漕ぎ出すような気持ち。 助け合う支え合うことの大切さをしみじみと感じるようになった。
何よりも安心しきっている姑の笑顔が嬉しくてならない。
ケアマネさんが姑に「家に帰ったら何がしたいですか?」って訊ねたら
「そりゃあ畑よ、畑に決まっちょうじゃいか」って応える姑。
その夢をかなえてあげたい。みんなで応援してあげたい。
雨風ともに強し。なんだか嵐のような一日だった。 春先の静かな雨とは違って梅雨はとても力強く感じる。
仕事を終え帰宅しながら、今日は散歩も行けないな。 お大師堂のお参りも一日くらいサボってしまおうか。 などと考えていたけれど、なんだか心の奥がざわざわとしてしまって 大橋を渡るとそのまま土手の道を走ってお大師堂に向っていた。
お参りに行かなかった日に限って悪い事が起こりそうな気がする。 そんな不安がいつもあってついつい足を向けてしまったのだった。
いただいている平穏な毎日に手をあわせて感謝する。 ほんとうにささやかなことだけれどいつしかそれが日課になった。
いつ何があってもおかしくない世の中。 こうして家族がみな無事でいられるのがどうして当たり前のことだろう。 奇蹟のように感じることがほんとうにたくさんある毎日だった。
「明日も雨かしら」お大師さんはもちろん何も応えてはくれない。 けれども「待っていますよ」って声がふっと聞こえたような気がする。
ゆびきりげんまんしたよ。この清々しさはいったいどこからくるのだろう。
とうとう梅雨入り。雨を匂わす風が使者のように吹き抜ける。 午後少しだけ雨が降った。いかにも始まりの雨のように。 しばらくはおひさまも遠慮がちに微笑む日々が続くことだろう。
どんな日もあってよし。雨ならば雨を受けとめ心穏やかに過ごしていきたい。
今日は伯母の三回忌の法要があった。 老人ホームに入居している伯父は帰宅することなく 集まった顔ぶれはみないとこ達ばかりの法要になる。 それもなんだか寂しいけれど仕方ないことであった。
それぞれの親の話になればなんともせつない。 我が家の姑の事も含めてみんな年老いた親を抱えて苦労している。
苦労・・いやそう言ってよいのか。いまふっと後ろめたさを感じた。 そういう「さだめ」のようなもの。そのさだめに従っているだけかもしれない。
高知ならではの皿鉢料理をたくさんご馳走になって帰って来た。 みんなでわいわいとおしゃべりをしながら楽しいひと時を過ごす。 そうして亡き人を偲ぶ。伯母もきっと喜んでくれたことだろう。
帰宅して今にも雨になりそうな空を仰ぎながらお大師堂に向う。 帰り道はあんのじょう雨が降り始めて大急ぎで帰って来た。
もう走れないあんず。それも仕方ないことだなと思った。
あっという間にふたりずぶ濡れ。それも良いじゃないかと思った。
はじまりの雨に濡れては梅雨を知る。おかげで一句できた。
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