今日も五月晴れ。気温も高くなり暑いくらいの陽射しだった。
茶の間の炬燵をやっと片付ける。台所のストーブもよっこらしょ。 季節の変わり目のちょっとしたことがなんだか楽しく思える。
春から初夏へ。駆け足で過ぎていく日々を受けとめながら ふっとせつないような時のながれを感じずにいられなかった。
午後すこし読書。そうしてうたた寝。 開け放した窓からそよ吹く風がとても心地よく感じる。
自転車でお大師堂。風と自転車ってよく似合うなあって思った。 お大師堂まではあっという間に着いてしまうけれど どこか遠いところ。自転車で行ける所まで行ってみたいものだ。
夕暮れ間近。今度はあんずと土手を散歩する。 夕陽がまぶしい。白いチガヤの穂がほんのりと紅く染まって 川面はまるでオレンジジュースが流れているようだった。
今日も平穏無事に暮れていく。それはとてもありがたいこと。
立夏。爽やかな五月晴れに初夏らしい陽射しがふりそそぐ。
「こどもの日」でもあるけれど私にとっては「まごの日」となった。 娘が仕事のため綾菜のお守りを頼まれて喜び勇んで駆けつけていた。
綾菜と一緒に河川敷を散歩する。ベビーカーを嫌がるものだから ずっと抱っこして歩いていたけれど、ずいぶんと重くなったものだ。
河川敷のキャンプ場には色とりどりのテントがいっぱい。 綾菜にとっては初めて見る光景だっただろう。 人がたくさんいるのに驚いたのか、私にしがみついていた。
鳥が飛んでいる。蝶々もひらひらと舞っている。 土手には自転車の少年がいて、鉄橋の上にはクルマが行き交う。 いろんな風景をたくさん見せてあげたいなと思った。
お昼ごはんもいっぱい食べてデザートの苺を自分で食べる。 口のまわりを真っ赤にして「いちごだいすき」の顔が嬉しい。
食後はおもちゃ箱をひっくり返して一人でとことん遊ぶ。 お昼寝の時間になってもぐずることなく遊びに夢中になっていた。
バーバはクマさんのぬいぐるみをお布団に寝かせて子守唄を歌う。 毛布をかけて「よしよし」とクマさんを撫でていると 綾菜がちょっとやきもちを焼いたようでぽかんと口をあけて見ている。 そうして一気に布団までハイハイしてくるとクマさんの鼻をつかんだ。
「え〜んえ〜ん」あらどうしましょう。クマさんが泣き出してしまったよ。 バーバはクマさんを抱っこする。「痛かったねぇ」と頬ずりをする。
それを見た綾菜の顔。なんとも困ったような顔をしてすごく微笑ましかった。
「今度は綾ちゃんね」クマさんと一緒にねんねしようかね。 抱っこして子守唄を歌っていたらすぐに目を閉じてうとうとし始めた。
よほど遊び疲れていたのだろう。そうしてぐっすりと眠ってくれる。
しかし、今度はおやつの時間になっても目を覚まさない。 布団の上で大の字になってちいさな鼾を響かせている。 その寝顔の可愛いこと。親ばかならず祖母ばかの私であった。
三時半になって薄っすらと目を開けた。でもまだ眠そうにしている。 ほっぺをちょんちょんとしてみる。「あやちゃん」と声をかけてみる。
良かった、やっと目を覚ましてくれた。そうしてにっこりと笑ってくれる。 おやつはチーズケーキ。それも手づかみで自分で食べることが出来た。
午後4時。そろそろお母さんが帰って来るかな。 アパートの駐車場まで行ってお母さんをお迎えすることにした。 ご近所の犬を見て「わんわん」とはまだ言えないけれど 「あっ!あっ!」と声をあげて喜んでいた。
ほうらお母さんが帰って来たよ。その時の笑顔は最高の笑顔。 母親を恋しがってすぐに抱きつくかと思っていたのだけれど 「おばあちゃんがいるもん」って顔をして私から離れたがらなかった。
うるうる。バーバの目頭が熱くなった瞬間だった。
「またいっぱい遊んでね」帰る時はもっとうるうるしてすごくすごく名残惜しかった。
立夏を明日にひかえ、ここ数日続いていた若葉冷えも峠を越えたようだ。 おかげで今日は風もなくとても穏やかな晴天となった。
四万十大橋のたもとの休憩所には観光客がいっぱい居ておどろく。 テレビドラマ「遅咲きのヒマワリ」の影響であろうか。 市の観光課ではロケ地マップなるものを発行しているらしい。 なにはともあれ遠くから四万十を訪ねて来てくれたことを嬉しく思う。
今日も早朝から川仕事、撤収作業もあと数日で終りそうだ。 もうひとふんばり。夫に励まされながらふたりで精を出す。
午後は暇を持て余していたのだけれど 先日息子が少し早い「母の日」のプレゼントを贈ってくれていて それが生まれてはじめて見る電子書籍「キンドル」という物だった。 使い方がまったくわからなかったのを一昨日息子がしっかり教えてくれて その時に重松清の「とんび」をダウンロードしてくれていたのだった。
使ってみようかな。読んでみようかなと思っておそるおそる起動してみた。 それがとても読みやすい。字も大きめに設定してくれていてとても助かる。 テレビドラマで見ていたけれど原作はそれ以上に惹き込まれる作品だった。 これは癖になるなって思った。二時間ほど没頭し夢中になって読んでいた。
息子からのプレゼントに母はあまり大喜びしてあげられなかったのだけれど こんな良い物を贈ってくれたのかと一気に感謝の気持ちが込み上げてきた。 読みたい本があったらいくらでもダウンロードしても良いのだそうだ。 アカウントは息子の名前になっているので、請求先は息子になっている。
「それで良いのだよ」と息子が言ってくれたことが今になってとても嬉しい。 ちょっと申し訳ない気持ちもあるけれど、この際だから甘えちゃえと思った。
思えば息子から母の日のプレゼントなんて初めてのことではないだろうか。
ありがたいことだなとつくづくと思う。母はほんとうに幸せ者です。
孫の綾菜一歳の誕生日。
生まれたのがついこの前のように思うのに もう一年が経ったのかととても感慨深く感じている。
なによりも健やかにすくすくと成長してくれたことが嬉しい。 この一年、綾菜のおかげでどんなにか癒されたことだろうか。 あどけない笑顔に励まされるようにみんなが元気にしていられた。
まさに我が家の天使。愛しさは言葉に出来ないほど大きかった。
どうかこれからもずっと無事に順調に成長してくれますように。 祈り続けてきた日々がこれからも続いていくことだろう。
昨夜は「前夜祭」と称して家族みんなでお祝いをする。 一升餅はやはり重すぎて大泣きになってしまったけれど 亀さんみたいに背中に背負ってほんの少しだけハイハイが出来た。 みんなで拍手喝采、泣いている綾菜をよそに笑顔があふれた瞬間だった。
一升は「一生」いったいどんな人生が待っているのだろうと思う。
どうか苦労をしませんように。どうか幸せな一生でありますように。
ジージもバーバもいっぱい長生きをして綾菜を見守っていたいなと思う。
生まれてきてくれてほんとうにありがとう。ほかにどんな言葉も見つからない。
もう5月だと言うのにストーブに火をともす朝。 けれども冬の寒さにくらべればずいぶんと暖かくなった。
日中は降り注ぐ陽射しに爽やかな風が吹きぬける。 そんな風のおかげで汗ばむ事もなく川仕事もはかどった。
自転車でお大師堂に向う。向かい風にふうふうしながら辿り着くと 顔なじみのお遍路さんが二人来てくれていて、笑顔で再会を喜び合う。 「あれ?ワンちゃんは?」あんずのことも気遣ってくれて嬉しかった。
午後六時を過ぎると、寝てばかりいたあんずも起き出して来て 少しだけ土手を歩こうと一緒に散歩に出かける。 近場を歩いてすぐに帰ろうと思っていたのだけれど 河川敷の草むらにふたりのお遍路さんを見つけて気になった。 「野宿をされるのですか?」声をかけながら近づいて行くと なんと外国人のお遍路さんで、日本語がほとんど伝わらないのだった。
身振り手振りで訊ねていると、河川敷にテントを張るつもりらしかった。 お大師堂がすぐ近くにあることを伝えようとしたのだけれど 「お堂」って英語では何て言うのだろう?まったくわからなくて とにかく指をさして屋根の形をして見せて「スリーピング」って言ったら 「レッツゴー」と言ってくれてやっと伝わってくれたのだった。
「マイ、サン」どうやらふたりは親子のようだ。 「アメリカ?」って訊くと「オランダ」ってこたえてくれて お父さんのお遍路さんはドイツ語の先生をしているらしかった。
歩きながらそれ以上の会話が出来ない。 なんだかもどかしいような、それでいて笑顔がとても嬉しい道のり。 やっと無事にお大師堂に案内することが出来てほんとうに良かったと思う。
先客のお遍路さん達も「ノーイングリッシュ」と言いながら歓迎してくれる。 「フレンドね」って私が言うとオランダ人のお遍路さんが握手をしてくれた。
大きな手、とてもあったかい手。そうして何よりもみんなの笑顔が嬉しい。
言葉は通じなくても笑顔と笑顔で伝わることがあるって素敵だなって思った。
今頃四人のお遍路さんは、言葉はちんぷんかんぷんでもうちとけあって きっと仲良しになっているにちがいない。そう思うと嬉しくてしょうがない。
一期一会。あんずと一緒に夕暮れ散歩に行かなかったら出会えなかったのだ。
こんな日もあるのだなあ。なんだかすごく不思議な気持ちになった。
四月もとうとう最後の日。 春雨というより「小ぬか雨」と言ったほうが似合う雨。 降ったりやんだりで夕方からまた静かに降り始めている。
川仕事、漁場の撤収作業も二日目。 今日は涼しくてずいぶんと楽だった。 干潮の時間がだんだん遅くなる。明日は午後からになりそうだ。
少し遅い昼食の後、姑の病院へ様子を見に行く。 一時帰宅していたのを昨夜送り届けたのだけれど、 いつも仕事帰りに寄っている義妹が今日は行けそうにないと言う。 帰宅している間もそうだけれど、義妹にばかり負担をかけている。 「みんなで助け合おうね」と言ったのは他でもないこの私だった。
姑は病室に居てちょうどリハビリの先生が来てくれていた。 昨夜から痛みがひどくなりいつものリハビリが出来ないのだそうだ。 今朝はもう自信がなくなって泣いてしまったよと嘆いていた。
リハビリの先生はすごく優しくていっぱい励ましてくれる。 「明日は立とうね」って言って姑とゆびきりげんまんしてくれた。
ふっと私は、とても大切なことを疎かにしていたように感じた。 病院を頼りにばかりしていたけれど、家族がもっと支えてあげなくてはいけない。
私も姑とゆびきりげんまんしてあげれば良かったと後から悔やまれた。
姑は手みやげの薄皮まんじゅうを二個平らげて「美味しいね」って言って。 「もう帰っても良いけん」と私に気を遣ってくれたようだった。
いつもの私ならほっと喜んで病室を後にしていたことだろう。
けれども今日はなんだか心の奥が疼いて、後ろ髪を引かれるようにして帰った。
出来ることを出来るときに。それは今以上でなくてはいけない気がする。
どんなに尽くしても尽くしきれないことがきっとあるのだと思う。
夕方のお大師堂で手を合わせながら、「ごめんなさい」とつぶやいていた。
朝は少しひんやりとしていたけれど、日中は穏やかな晴天となる。
孫の綾菜に早く会いたくて、8時になるなり家を飛び出していた。 まだパジャマ姿の綾菜が玄関までハイハイして来て迎えてくれる嬉しさ。
「顔がほころぶ」と言う表現があるけれど、 バーバの顔はほころびすぎて今にも破けてしまいそうだった。
さっそく服を着替えさせ、オムツを替える。 ちょっと前まではそれは簡単なことだったけれど とにかく活発になり動きまわるのを追いかけまわしていた。 まだ立ち上がったりは出来ないのだけれど、ハイハイはとても上手になる。 自由に部屋中を移動出来るようになったので目が離せなくなった。
ティッシュの箱、テレビのリモコン、母親のスマホが特にお気に入り。 お父さんが玩具のスマホを買ってくれているのだけれど 「もしもし」って声をかけると耳にそれを持っていって遊んだりしている。
10時になり三人でお買い物に行った。 娘と買物に行くのはほんとうに久しぶりでついつい財布の紐がゆるむ。 紙オムツ、レトルトの離乳食など買ってあげたらすごく喜んでくれた。 ついでにお昼ごはんもとなり、いったいいくら使ったのか。 そんなことも気にならないほど嬉しい出費であった。
帰宅するなりぐっすりと眠ってしまった綾菜。 ぐうぐうと鼾のような寝息もとても微笑ましく思う。 寝顔はいくら見ても見飽きない。なんとも愛しいものだった。
お誕生日の「一升餅」注文した事を娘に伝えたら なんと我が家でお祝いしようということになった。 それは思ってもいなかったことなのでびっくりと嬉しく思う。 「ご馳走、頼むよ」ちゃっかりしている娘もまた微笑ましいことだった。
5月3日がお誕生日なのだけれど、お婿さんが仕事なので2日にすることにする。 「前夜祭」だよと娘。きっとにぎやかで楽しい夜になることだろう。
楽しみなことがあるとわくわくとしてきて、一気に活力がわいてくる。
明日からまた川仕事を頑張ろう。ジージもバーバも元気いっぱいだった。
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