ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年04月27日(土) 明日になあれ

昨日は吹き荒れていた風もやわらぎ穏やかな晴天となる。

観光客を乗せているのだろうか、セスナ機が上空を何度も旋回していた。
県外ナンバーのクルマも一気に増えてとてもにぎやかな四万十の町である。


午前中は川仕事、今期の海苔漁もとうとう最後の収穫となった。
不作だった去年にくらべると今年はなんと恵まれていたことだろう。
ほんとうにありがたいことだと天に手を合わせたい気持ちでいっぱいになる。

明日はゆっくりとお休みして明後日から漁場の撤収作業を始める予定。
それが済むまではまだ肩の力を抜けない。最後までがんばろうと思う。


夕方、三人で姑さんをお迎えに行く。
帰宅出来るのを楽しみに朝からずっと待ちわびていたようだ。
車中の姑はとてもご機嫌で「今夜は焼肉でもするかい」なんて言う。
ビールも飲みたいなどと言って私たちを笑わせてくれたのだった。

認知症のこともあり、一時はどうなることやらと心配していたけれど
本格的なリハビリが始まってから目に見えてしっかりとしてきている。
きっとまた歩けるようになる。そう信じてこれからも見守っていきたい。



明日のお休みには綾菜と一緒に過ごせることになった。
娘が遊びに来ても良いよと言ってくれて飛び上がるほど嬉しかった。
この数ヶ月、川仕事が忙しくて思うように会えない日が続いていたから
明日は思う存分に孫三昧が出来そうである。

もうすぐ一歳の誕生日。今日はお祝いの「一升餅」を注文する。
まだそれを背負って歩くことは出来ないけれど
重いお餅を背負ってハイハイしてくれたら良いなと思う。

はやく明日になあれ。今夜はぐっすりと眠れそうだ。



2013年04月26日(金) 風に吹かれながら

気温は平年並みだと言うのにやたらと風の強い一日だった。
木々の緑が揺さぶられるように風になびいている。
そんな光景もまたよし。それはとても躍動感にあふれていた。


朝のうちに川仕事を終え、午後はゆっくりとお休みする。
茶の間でうたた寝をしていたら孫の綾菜が来ている夢を見た。
それが夢なのか現実なのかよくわからなくなってしまって
早く目を覚まさなくてはと必死でもがいてしまっていた。
やっと目を覚ました時にはもちろん綾菜はもういない。
抱こうとして手を伸ばしていたのか「うなされていたぞ」と夫が笑っていた。


姑の様子も気になりながらあえて病院へ行かなかった日でもあった。
明日は一時帰宅が出来る日。義妹、夫と三人でお迎えに行く予定である。
リハビリの事もあり自宅療養は先送りになりそうだけれど
たとえつかの間でも自宅に連れて帰ってあげたかった。


散歩の時間、今日もあんずが起き出して来て一緒にお大師堂に向う。
途中の路地で紫陽花の花芽がもう出ているのを見つけた。
今年は桜も早かったけれど、紫陽花の花も早く咲きそうだった。
つかの間の春から初夏へと季節はどんどん進んでいるようである。

お大師堂で今日は「かりんとう」をご馳走になる。
かりぽりと美味しい。一口のつもりがたくさん頂いてしまった。

石段に腰をおろして風に吹かれながら波立つ川面をしばし眺めていた。

ざわざわと風はさわいでいるけれど、こころはとても穏やかであった。



2013年04月25日(木) ふたりでココア

朝から爽やかな青空。少しひんやりとした朝風も心地よい。

土手には初夏らしいチガヤの穂がちろちろと風に揺れている。
それは嬉しそうに踊っているように見えてとても微笑ましい光景だった。


朝のうちに川仕事を終え、今日こそはと姑の病院へ行って来る。
やはりナースステーションがお気に入りのようで今日もそこに居た。
看護師さんは忙しそうに動きまわっていたけれど
姑はにこにこしながらとても楽しんでいるように見えた。

車椅子で一時間ほど病院内を散歩する。
エレベーターで一階までおりてふたりでココアを飲んだ。
それから売店へ行って姑の好きなお菓子を買う。

今日は認知症の症状はほとんど見られずとてもほっとした。
いろんな話しをする。リハビリの事を特に熱心に聞かせてくれた。
「動きたい」その思いがすごく強いことを感じた。
立ち上がったり一歩でも歩けるようなリハビリが始まっているらしい。

また土曜日には一時帰宅が出来そう。その日をとても楽しみにしている。


帰宅して自転車でお大師堂に行こうと路地に出たところ
いつもは寝ているあんずがうらめしそうな顔をして私の姿を見ていた。
さすがに無視することは出来なくて久しぶりに一緒に行く事にする。

だいじょうぶかな。歩けるかな。私の心配をよそに元気いっぱい。
ぐんぐんとリードを引っ張ってまっしぐらにお大師堂に向かった。
ほんとにどんな日もあるもの。今日は絶好調のあんずであった。

そんなあんずも来月には16歳の誕生日を迎える。
人間の年にすると姑さんよりも年上なのではないかと思う。

歩けない日もあれば元気に歩ける日もある。それで良いのだと思った。

「あしたは明日の風が吹くよね」姑もあんずも一生懸命がんばっている。



2013年04月24日(水) どんな日もあってよし

雨あめ降れふれ母さんがじゃのめでお迎えうれしいな。

朝は小降りだった雨がお昼前にはどしゃ降りの雨になった。
今日は休養日と決めていたけれど、山里の職場も気になり
母に連絡もせずに突然行っておどろかせてあげようと思った。

このところ毎日のようにお遍路さんを見かけるようになったけれど
今朝の峠道でも6人のお遍路さんを次々に追い越して行った。
ひとりひとりに会釈をする。度の無事を祈って心の中で手を合わす。

私にとっては嬉しい雨でも、お遍路さんにとっては辛い雨だろう。
そんな雨を受けとめるように、立ち向かうように歩く姿に感動をおぼえた。

どんな日もあってよし。お遍路さんから教えられることはとても多い。



30分ほど遅刻してきた母は私の声を聞くなり「あら、まあ」と歓声。
ほぼ20日ぶりに母の顔を見たことになるのだけれど
なんとも懐かしくて愛しさが込み上げてくる。会いたかったよ母さん。

例のパソコン講座は毎週火曜日の夜だそうで、昨夜も頑張ってきたようだ。
母の住む町からは一時間もかかるというのに、仕事を終えてから通っているしい。

午前中に仕事もほぼ片付き、午後から少し母がパソコンと格闘するのを見守る。
「あいうえおかきくけこさしすせそ」と背中を丸めてキーボードを打つ。

そんな母の姿を微笑ましく感じながら、ふっとせつなさが込み上げてきた。

母はこんなに小さかったかしら。その背中を後ろから抱きしめたくなった。



帰宅する頃には雨もあがり空が薄っすらと明るくなっていた。

「ありがとうね。また来てよね」って母はいつも私に言ってくれる。



2013年04月23日(火) 母子草

お天気はまた下り坂。午後から雲が広がりかすかに雨が匂う。

作業場の庭に「母子草」の花を見つけてほっと心を和ませた。
たんぽぽ色のちいさな花は寄り添うように咲いていて
「これがお母さん、あなたが子供ね」って声をかけてみた。

みんなみんな母から生まれた。ふっと「いのち」についてかんがえる。
どんな境遇に生まれようと、どんな現実に晒されようと
生きていることに感謝出来るようになれば自分の命が愛しく思えるようになる。



川仕事の後の作業が長引き、今日も姑を見舞えなかった。
週末にはまた一時帰宅が出来そうなので、ずいぶんと気が楽になる。
姑の精神状態も落ち着いているようでそれが何よりに思っている。

おかげで作業の後、30分ほど横になることが出来た。
川仕事のラストスパークで夫も私も疲れがピークに達しているようだ。
すごくすごく頑張ったのだと思う。明日の朝が雨なら休もうかと夫が言ってくれた。


夕方、いつものようにお大師堂にお参りに行く。
誰かがチョコレートをお供えしてくれていて、つい手が出てしまった。
甘い物を食べると身体に沁みこむようにとても美味しく感じる。

「ありがとうございました」「ごちそうさまでした」

お大師さんはいつも微笑んでくれる。

その微笑のおかげでこころは清々しくなって、スキップするように家路についた。





2013年04月22日(月) 心呼吸をしよう

朝は少し肌寒かったけれど日中は爽やかな晴天となる。
風薫る五月にはまだ少し早いのだけれど
木々の若葉の匂いだろうか、ふっと風の薫りを感じたりする。

深呼吸をして一日が始まる。それを私は「心呼吸」と呼ぶ。



一時帰宅していた姑を昨夜は病院に送り届けてきた。
たった一日自宅に帰っていただけで認知症の症状が薄れる。
また病院へ帰ることも嫌がらずリハビリを頑張るのだと言ってくれた。
励まさなければいけない私たちが反対に励まされたような気持ちになる。
決して諦めてはいけないのだとつくづく思ったことだった。


川仕事が長引き今日は病院へ行ってあげられなかったのだけれど
娘から電話があって仕事帰りにおばあちゃんとこに行くねと連絡があった。
今日は義妹も行けそうにないと言っていたのでとても助かったのだった。


夕方、自転車でお大師堂。手を合わすと家族みんなの顔が目に浮かぶ。
かけがえのない宝物をぎゅっと抱きしめるような気持ちで帰って来た。

夕食後、あんずと土手を散歩するのが最近の日課になっている。
短い距離だけれどあんずにはちょうど良い散歩になっているようだ。

冬毛が夏毛に変わる頃になってもこもことたくさん毛が抜けている。
それを散歩の度にごっそりと抜いてあげているのだけれど
いつもそわそわと落ち着きがなくて追い掛け回しているのだった。

それは「お腹すいた」の合図でもあって帰るなりご飯の催促である。
びっくりするほどの食欲で待ってましたとばかりガツガツとよく食べる。

なんでもないようなことなのだけれどそうして一日が平穏に暮れていく。

それがわたしのしあわせ。感謝の気持ちを込めて眠る前にもう一度「心呼吸」をする。



2013年04月20日(土) 鯵のひらき

二十四節気の「穀雨」それは思いがけないほど冷たい雨になった。

けれども植えられたばかりの田んぼの稲や、畑の作物にとっては
恵みの雨に他ならずきっと喜んで天を仰いでいたのではと思う。



午後、義妹と私たち夫婦とで姑を迎えに行っていた。
車椅子でクルマまで行き夫が抱き上げてやっと家に帰って来る。

「軽くなったな・・」夫のつぶやく声がとてもせつなく聞こえた。

入院前の姑はまだ自力で少しずつでも歩くことが出来たというのに
もう立つことも出来なくなっている。なんのために入院したのか
わずか10日でこんなにも弱ってしまうものかとやりきれない思いになった。

けれども今は病院にすべて任せるしかないのだろう。
リハビリの成果がきっと出てくると信じて見守っていこうと思う。


今夜は久しぶりに息子が帰って来てくれてとても嬉しかった。
元旦以来ではないだろうか。姑も会うことが出来てとても喜んでくれる。

晩ご飯は質素だけれど「鯵のひらき」を焼いて出したら
「おお、魚じゃないか!」と大喜びして食べてくれた。

ちっともご馳走じゃないのに息子にとってはそれがご馳走なのだと言う。

母はなんだか感激してしまってちょっとほろりんとしてしまった夜だった。


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