日本列島に寒気がなだれ込んでいるようで 今日は思わず「涼しいね」ってつぶやいてしまった。 明日は一気に気温が下がるのだそうでまた「若葉冷え」になりそうだった。
寒暖の差は身体にはとてもこたえるもの。 風邪などひかないようにじゅんぶんに気をつけなければいけない。
早朝からの川仕事を終え、今日も姑の病院へ行こうと思っていた。 毎日そうすることが自分に出来る唯一の事だと思っていたけれど 夫が「毎日行かなくても良いのじゃないか、たまには休めよ」と 優しく言ってくれて、なんだか一気に肩の力が抜けてしまった。
「じゃあ、そうするね」そうは言ったもののなんとも落ち着かない。 心苦しさが込み上げてきて、やがて罪悪感まで感じるようになった。
首を長くして待っているかもしれないのに行かなくて良いのか。 自分は薄情な嫁なのではないか。考え出したらきりがなかった。
とても複雑な気持ちで悶々としながら夫と茶の間でテレビを見る。 そのうちうたた寝をしてしまって結局くつろいでしまった午後となる。
夕方、仕事帰りに病院へ寄った義妹から電話があった。 明日の土曜日、外泊許可がおりたと言う知らせであった。 姑もとても喜んでいるらしい。たとえ一時的にしろ家に戻らせてあげたい。 もう病院は嫌だと駄々をこねるかもしれないけれど、その時はそのとき。 家族みんなで支えあって姑を励ましてあげたいと思っている。
ふっとお大師堂に連れて行ってあげたいと思った。
それはとうてい叶わないことだけれど お大師さんはきっと見守ってくれていると信じている。
昨日の春雷がうそのように穏やかな晴天に恵まれる。
早朝の川風が心地よい。川舟の舳先から朝陽を仰いだ。 みんなみんな早起きさん。6時半にはもう漁場は仲間がいっぱいだった。
海苔はもうずいぶんと弱ってしまったけれど 最後の最後まで収穫を続けたいと思う。
川から戻り10時過ぎにはもう作業が終ってしまった。 お隣の地場産市場で「ところてん」を買って帰る。 そのことを知らない夫が「そろそろ、ところてん出てないか」って お昼前に言うものだからくすくすと可笑しくてたまらなかった。
「ほうら、ところてん」夫は大喜びして笑顔でいっぱいになった。
こんなサプライズ的なことを時々はしてみたいものだ。 ちょっとびっくりさせていっぱい微笑んでくれるのがすごく嬉しい。
午後はまたまた姑の様子を見に行く。 エレベーターから降りるなりナースステーションに姑の姿を発見する。 それは日に日に認知症が進んでいる証拠でもあった。 病室で騒いできっとまわりに迷惑をかけたことだろう。 けれども車椅子に座って何事もなかったようにニコニコしている姑。 ナースステーションがとても気に入っている様子だった。
看護士さんの許可をもらってまたお散歩に行くことにする。 今日は思い切って病棟から出てみることにした。 エレベーターに乗ると鏡があって髪の毛の乱れを直そうとする姑。 「べっぴんさんがふたりいるね」って写真のようにそこに映った。
駐車場の片隅にツツジの花がたくさん咲いていてふたりでお花見。 花の好きな姑はとても喜んでくれた。手を差し出してはツツジに触れる。
入院してから8日目。春風とたわむれるのは初めてのことであった。
この8日間の姑の精神状態を思うと心がずきずきと痛む。 どんなにか家に帰りたいことだろう。
私に出来る事はほんの些細なこと。けれども出来る限りの事をしてあげたいと思う。
朝から雷が鳴ってどしゃ降りの雨となる。
川仕事を休むわけにはいかないぞと言っていた夫も さすがに躊躇し始めてとうとうあきらめてしまった。
「やったぁ!」と私はこころの中で叫んでいた。 ずっとずっと忙しい日が続いていたから今日は骨休みが出来そう。
朝のうちに食料品の買出しに行く。 クルマで5分の大型スーパーだけれど なかなか思うように買物に来れなかったから 今日こそはとゆっくりとあれこれカゴに入れる。 開店したばかりのスーパーってなんか好きだな。 どの売場に行ってもいちばんのりって感じがする。 前日の売れ残りなど半額シールが貼ってあるのも嬉しい。
午後はまた姑の病院へ。すっかり日課になってしまった。 今日は孫の綾菜の乳児検診が同じ病院である日だった。 終ったら病室へ行くねと娘と約束していたので姑と二人で待つ。 ひ孫の顔を見るなり姑は大喜びしてとても嬉しそうだった。 そんな笑顔をずっとずっと見ていたいなって思った。 それは病室にひまわりが咲いたようなひと時であった。
娘達が帰ってから看護師さんが車椅子に乗せてくれて 病棟内をぐるりっと散歩することになった。 「雨もうやんでいるね」窓から空をみあげて眩しそうに目を細める。
そうして壁にかけてある一枚の写真にくぎづけになった。 「これ綾菜だよね」「そうそう、よく似ているよね」
その写真は浜辺の波打ち際で波とたわむれている赤ちゃんの写真だった。 「綾菜も夏になったら海に行くよ」って言うとにっこりと微笑む姑だった。
姑とこんなにゆったりとした時間を過ごしたのは初めてではないかと思う。
そう思うと入院も良かったのかもしれないとふと思った。
「おかあさん」と呼んでいたのが、いつのまにか「おばあさん」になった。 嫁いだ頃にはとても厳しかった姑が、実の母よりも母だと思えるようになる。
それが家族なんだなってつくづく思った。みんなみんな愛しい家族。
今日も汗ばむほどの陽気となる。 お天気は下り坂のようで午後から少し曇ってきた。
民家の庭先に「こでまり」の花がとても可愛い。 ちいさな白い花がたくさん集まってまんまるくなって。 空から天使が舞い降りてきて今にも毬つきをしそうだった。
それから藤の花。芳香を放ち枝垂れ咲く光景も見事だった。 ミツバチが嬉しそうに飛び交っている姿も可愛いものだ。
桜の季節はあっという間に終わってしまったけれど 春爛漫を思わす花々が彩ってくれるのはとてもありがたいことである。
今日も川仕事を終えるなり姑の病院へ行く。 今まで個室だったのが今日から大部屋へ移ることになった。 ふっと「老人ホーム」の一室ではないかと感じた。 高齢の寝たきりの患者さんが多くて姑もその仲間入りをする。
お約束のタケノコ。晩ご飯に食べるのだと大喜びしていた。 食欲が出てきたのが何よりに思う。おやつにプリンと缶コーヒー。 そのプリンを食べさす時「あ〜ん」と口を大きく開けて 「綾菜みたいね」って言いながら思わず微笑んでしまった。
今後の事を考えていると心配なこと不安なこともいっぱいあるけれど。 どんな状況になっても姑が微笑んでくれていさえすれば大丈夫だと思う。
帰宅が少し遅くなり、自転車をとばしてお大師堂。 あんずはぐっすりと寝ていたので夕食後に散歩することにする。
お大師堂にはお遍路さんの納め札が供えられていて 昨夜、栃木からのお遍路さんが泊まっていた事を知った。 残念ながら会う事は出来なかったけれど、その姿が見えたようで嬉しかった。
川のせせらぎを子守唄にぐっすりと眠ってくれたことだろう。
爽やかな朝の川風に身を任せるように大橋を渡って行ったことだろう。
最高気温が25℃を越しすっかり夏日の陽気となる。
玄関先の古巣に今年もツバメが帰って来てくれて 毎日せっせと巣の補修をしているのが楽しみであった。 去年は子ツバメの姿を見ることもなくどこかに行ってしまって とても寂しかったけれど、今年こそはとそっと見守っている毎日だった。
薄っすらと汗を流しながらの川仕事。 いよいよ最後の収穫になりもうひと踏んばり頑張りたいと思う。 「もうじゅうぶんだよね」夫とふたりで自然の恵みに感謝するばかり。
川仕事を終えるなり姑を見舞う。 今日からリハビリが始まったようで、ベットの上で一生懸命頑張っていた。 自宅療養のことは結局許しを貰えず先送りになってしまったけれど しばらく専門のリハビリに専念するのも良いことだと思うことにした。 夜の付き添いも毎晩ではなくても良いと言ってくれて助かる。 認知症の症状がこれ以上進まないように家族みんなで支えあっていきたい。
「タケノコが食べたい」昨日従兄弟からタケノコを貰ったことを話すと 一気に食欲が湧いてきたのか「タケノコ、タケノコ」と連呼する姑。
それがなんだかとても嬉しかった。「明日持って来るね」って約束する。
帰宅してあんずとお散歩。「今日って暑くない?」って顔をしていたけれど 帰り道はふらふらしながらもすごく頑張って歩いたあんずだった。
お大師さんにおせんべいをいただいてポリポリ食べた。
「ありがとうございました」「ごちそうさまでした」
そこにはいつもあたたかなくうきが満ちていて私の心をほっこりと包んでくれる。
早朝、携帯電話の地震緊急速報があり淡路島で大きな地震があったことを知る。 幸い高知県西部は殆ど揺れを感じなかったけれど 淡路島や近隣の地域ではどんなにか怖かったことだろうと思う。 とても他人事ではないこと。明日は我が身だと肝に銘じたことだった。
こうしている今も大きな地震が襲って来るかもしれない。 恐怖心を持たないようにと夫はいつも言ってくれるけれど いったいどんな心構えをしていれば良いのかよくわからなかった。
いちにちを平穏無事に過ごせるのはほんとうに奇蹟のようなこと。 感謝する気持ちを忘れずにこれからも手を合わせ続けたいと思う。
入院中の姑。今日はお見舞いに行けなかったのだけれど これまでまったくなかった認知症の症状が出てきているようだった。 夜だけでも付き添ってあげてくれないかと病院から義妹に相談がある。 家族会議の結果、明日にでも自宅療養に切り替えようと言うことに決める。 専門のリハビリを受けさせてあげたいけれど、姑の精神状態を考えると 今まで通り自宅で療養するのがいちばんなのではないかと思うのだった。
何が良くて何が悪いのか。みんなで悩み考えた挙句の結果である。 これからも家族みんなで支えあって姑を見守っていきたいと思う。
そよそよと春風。今日はまた春が戻って来てくれて嬉しかった。
「もうどこにも行かないで」春を抱きしめるように風に頬を寄せてみる。
今日も肌寒く風がとても強い一日だった。 テレビのお天気キャスターが「若葉冷え」ですねって言っていた。 なるほどとうなずき、日本語って素敵だなってちょっと嬉しく思う。 明後日あたりから平年並みの気温に戻るのだそうだ。 またぽかぽかと暖かくなることだろう。もう少し辛抱しよう。
午後、少し時間が出来たので夫と二人で姑を見舞った。 昨夜は晩ご飯を楽しみにしていたのだけれど どうしたわけか熱が出てしまってあまり食べられなかったそうだ。 一気に環境が変わって精神的に参っているのかもしれない。 早く家に帰りたいと小さな子供のように駄々をこねていた。
熱さえ下がればまた食欲も出てくることだろう。 そうしてリハビリも頑張れるようになるだろうと信じようと思う。
帰宅して、ほんとうに久しぶりにゆっくりと散歩に行くことが出来た。 あんずも元気いっぱいに歩いてくれる。彼女も嬉しそうだった。
土手には野あざみ。それから名も知らぬ黄色い花が群れをなして咲いている。 川風は冷たかったけれど深呼吸をしたくなるほど空気が美味しかった。
お大師堂で手を合わす。姑も「お大師さん」とつぶやいていたっけ。
決して平穏無事ではないのかもしれないけれど いつもいつも感謝の気持ちが込み上げてくる。
どんなことがあっても何がおきても
生きているということはほんとうにありがたいこと。
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