早朝、携帯電話の地震緊急速報があり淡路島で大きな地震があったことを知る。 幸い高知県西部は殆ど揺れを感じなかったけれど 淡路島や近隣の地域ではどんなにか怖かったことだろうと思う。 とても他人事ではないこと。明日は我が身だと肝に銘じたことだった。
こうしている今も大きな地震が襲って来るかもしれない。 恐怖心を持たないようにと夫はいつも言ってくれるけれど いったいどんな心構えをしていれば良いのかよくわからなかった。
いちにちを平穏無事に過ごせるのはほんとうに奇蹟のようなこと。 感謝する気持ちを忘れずにこれからも手を合わせ続けたいと思う。
入院中の姑。今日はお見舞いに行けなかったのだけれど これまでまったくなかった認知症の症状が出てきているようだった。 夜だけでも付き添ってあげてくれないかと病院から義妹に相談がある。 家族会議の結果、明日にでも自宅療養に切り替えようと言うことに決める。 専門のリハビリを受けさせてあげたいけれど、姑の精神状態を考えると 今まで通り自宅で療養するのがいちばんなのではないかと思うのだった。
何が良くて何が悪いのか。みんなで悩み考えた挙句の結果である。 これからも家族みんなで支えあって姑を見守っていきたいと思う。
そよそよと春風。今日はまた春が戻って来てくれて嬉しかった。
「もうどこにも行かないで」春を抱きしめるように風に頬を寄せてみる。
今日も肌寒く風がとても強い一日だった。 テレビのお天気キャスターが「若葉冷え」ですねって言っていた。 なるほどとうなずき、日本語って素敵だなってちょっと嬉しく思う。 明後日あたりから平年並みの気温に戻るのだそうだ。 またぽかぽかと暖かくなることだろう。もう少し辛抱しよう。
午後、少し時間が出来たので夫と二人で姑を見舞った。 昨夜は晩ご飯を楽しみにしていたのだけれど どうしたわけか熱が出てしまってあまり食べられなかったそうだ。 一気に環境が変わって精神的に参っているのかもしれない。 早く家に帰りたいと小さな子供のように駄々をこねていた。
熱さえ下がればまた食欲も出てくることだろう。 そうしてリハビリも頑張れるようになるだろうと信じようと思う。
帰宅して、ほんとうに久しぶりにゆっくりと散歩に行くことが出来た。 あんずも元気いっぱいに歩いてくれる。彼女も嬉しそうだった。
土手には野あざみ。それから名も知らぬ黄色い花が群れをなして咲いている。 川風は冷たかったけれど深呼吸をしたくなるほど空気が美味しかった。
お大師堂で手を合わす。姑も「お大師さん」とつぶやいていたっけ。
決して平穏無事ではないのかもしれないけれど いつもいつも感謝の気持ちが込み上げてくる。
どんなことがあっても何がおきても
生きているということはほんとうにありがたいこと。
今朝も肌寒くストーブに火を点した。 もう花冷えでもないだろうにとても気まぐれな春だと思う。 どんな日もあるもの。日々を受けとめながら過ごしている。
昨夜のこと。姑さんが急遽入院する事になって大騒ぎになった。 腰の痛みを訴えるようになってもう三ヶ月が経っていた。 坐骨神経痛だということでずっと自宅療養を続けていたのだけれど 昨日の通院日にもう一度レントゲンを撮ってもらったらしい。 そうしたらなんと大腿骨を骨折していることが判ったのだった。
すぐに大きな病院を紹介してもらってそのまま入院となる。 なんとも急なことで家族一同であたふたとするばかりだった。
そうして今日が手術の予定だったけれど、 手術室に入って一時間もしないうちに運び出されてきた。 骨折してからあまりにも日にちが経っているため手術は不可能だと言う。
もっと早く気づいていればと残念でならないけれど かかりつけの病院を信頼していた結果がこんなことになってしまった。
けれども誰を恨んでもしょうがない。もう過ぎた事だと思うことにした。 「いちばん悪いのは私だよ」と姑は健気にも微笑もうとしている。
もうしばらくは辛い痛みに耐えなければいけないけれど リハビリをしながら骨が自然に元に戻るのを待つしかないそうだ。
きっときっとまた歩けるようになる。みんなでそう信じて応援している。
「がんばるけんね」人一倍気丈な姑はやる気満々であった。
なによりも手術に控えて昨夜から何も食べられなかったそうだ。
「晩ご飯はまだかいね?」病室に笑い声がこだましてみんなが笑顔になれた。
土手の緑がずいぶんと濃くなって そんな緑に包まれるように野あざみの花がたくさん咲いた。
その葉は棘に覆われているけれど、なんとも凛々しくて 花を守るために両手をひろげて闘っている野原の戦士のように見える。
だからなのか野あざみの花はすごくすごく安らかに微笑んでいる。
かたわらに腰をおろしてゆっくりと語り合ってみたいものだ。
「どうしてわたしが生まれたのか」そんな話しを聞けるかもしれない。
猫の手も借りたいほどの忙しさがずっと続いているけれど、 今日は娘のサチコがその猫を名乗り出てくれて手伝いに来てくれた。 子供の頃からよく手伝ってくれた娘なので手際も良くずいぶんと助けられる。
心配していた綾菜は今日も正常保育。とにかく慣れるしかないようだ。 今朝は保育士さんに抱かれたものの目にはいっぱい涙を溜めていたそうだ。 預けた娘も今にも泣きそうになりながら逃げるように帰って来たらしい。 しばらくはそんな日が続くかもしれない。毎日が試練、がんばれ綾菜。
お迎えの時間ギリギリまで娘が手伝ってくれてほんとうに助かった。 嫁いで行ってもこうして家族でいてくれるのがありがたいことだと思う。
夏のひまわりのような娘。今日はいっぱいの笑顔に包まれた一日だった。
少し肌寒い朝。昨日は山間部で雪がちらついたそうだ。 もう片付けようと思っていたストーブに火をともす。
お味噌汁と卵焼き。ほんわかとあたたかい台所が好きだ。
川仕事も終盤になり今日も早朝からふたりで精を出す。 その最中に娘から着信がありびっくりと胸騒ぎがした。 綾菜の「慣らし保育」も終って今日から正常保育と聞いていた。 それなのに出来ればお昼に迎えに来て欲しいと言われたらしい。 娘も仕事で私も忙しくそれはとうてい無理な話であった。
「夕方までだいじょうぶだよね?」娘も心配そうに案じていたけれど。 託児所ではずっと夕方まで預かってもらっていたのだもの。 環境の違いはあってもきっと日に日に慣れてくれるに違いない。 そう信じて今日は思い切って夕方までお世話になることに決めた。
保育園での初めての給食、お昼寝、おやつ。いろんな光景が目に浮かんだ。 ぐずって泣くこともあるかもしれないけれどすべてが綾菜の試練なのだと思う。
いつもいつもお母さんと一緒にはいられない。 幼心にもそれを感じて寂しさを乗り越えてつよい子供に育って欲しいものだ。
綾菜のことを考えているとき、泣いていればすぐに駆けつけたい気持ち。 お母さんがいなくてもおばあちゃんがいるよって叫びたくなるけれど。 ここはぐっと我慢をしてこれからの成長を見守っていこうと心に誓う。
げんこつやまのあやなちゃん
おっぱいのんでねんねして
だっこしておんぶしてまたあした。
予報どおり大荒れのお天気となる。 雨はそれ程でもなかったがとにかく風がもの凄かった。
夜明けを待ちかねるように川仕事に出掛ける。 その頃にはまだ雨も風も弱くてずいぶんと助けられた。 やれるだけ頑張ってみようと夫とふたりで精を出す。 海苔の生育も峠を越しそろそろ寿命が近づいているようだ。 もうじゅうぶんに恵まれたのだと思って最後まで頑張りたいと思う。
午後、吹き荒れる風の音。雨音を聞きながらのんびりと過ごす。 久しぶりにゆっくりと休めたように思う。うたた寝もまた心地よし。
「おい、外が明るくなってきたぞ」夫の声に目を覚ます。 風はまだ強いけれど雨はやみ薄陽が射し始めていた。
犬小屋に行って寝ているあんずを起こしてみる。 「あんちゃん、雨やんだよ」三回くらい言ってやっとあんずが顔を出す。
そうして雨上がりの散歩道をゆっくりと歩いた。 クローバーには真珠のように雨粒が輝いている。 その雨粒とたわむれるようにあんずがくんくんしている姿も微笑ましい。
お大師堂には見覚えのあるお遍路さんが来ていた。 どうやら去年の初夏に一度会っていたらしい。 遠く沖縄から来ているお遍路さんで冬の間は自宅に帰っていたそうだ。 「家にいてもどうにも落ち着かなくてね」って微笑んでいた。 春、夏、秋とお遍路を楽しむのが人生の醍醐味であるように語ってくれた。
またきっと会えることだろう。その穏やかな顔を私は決して忘れない。
晴れのちくもり。そんな曇り空からもやわらかな陽射しが届く。 おかげでぽかぽかと暖かい一日になった。
夫が通院日だったため川仕事はお休みする。 私はずっと気掛かりでならなかった山里の職場に行って来た。
山道がすごく懐かしい。峠を越えるお遍路さんの姿も見かける。 おどろいたのはもう田植えが始まっていたこと。 植えらればかりのちいさな苗がちろちろと風に揺れているのも可愛い。
七時半にはもう職場に着いていて「さあやるぞ」気合を入れて仕事を始める。 山積みの事務仕事と格闘するのは大変そうに見えて実は楽しい。 ひとつひとつやっつけているとなんだか活き活きとしてくるのだった。
そのうち母や同僚が出勤してくる。いつもと変わらない笑顔が嬉しかった。 母はとてもほっとしたような顔をしていた。 三月は特に忙しくてずっとパニック状態が続いていたらしい。 それでも私を頼ろうとしなかった母。すごくすごく頑張ったのだと思う。
そんな母がこの春からとある高校のパソコン情報科に通うことになったと言う。 75歳の母がまた大きな挑戦をしようとしている。 それがどんなにすごいことなのか。我が母ながらほんとうに頭が下がる思いである。
母曰く。私がいなくてもパソコンで仕事が出来るようになりたいのだそうだ。 頑張って勉強してきっときっと出来るようになるのだと胸をはって言う。
そんな母にこころからエールを送りたい。
がんばれ母さん。きっとどんなことも出来るようになるよ。
何事も始めるのに遅すぎることはない。私も母から勇気をもらった気がする。
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