ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年04月03日(水) ひよこぐみ

とても風の強い一日だったけれど
降り注ぐ陽射しはあふれんばかりの春の光に満ちていた。


楽しみにしていた綾菜の入園式。
昨日までの託児所とはずいぶんと環境が変わって
もしかしたら泣き出してしまうかもしれないと心配していたけれど。
たくさんのお友達がいるのがよほど嬉しかったのだろう。
にこにこ笑顔で元気いっぱいの入園式となった。

たくさんのクラスがあって、さて何組さんかなと娘と綾菜の名前をさがす。
「あった、あったよ!」綾菜は今日から「ひよこぐみ」の園児となる。

入園式では最初に「むすんでひらいて」のお歌だった。
お歌が大好きな綾菜はからだをゆすって大喜びしていた。
それから保育士さんがひとりひとりの名前を読み上げる。
「わだ あやなちゃん」「はーい!」娘が代わりに返事をする。

ちょうど今日で生後11ヶ月。もう少ししたら手をあげられるようになるだろう。
名前を呼ばれたら「はーい」って言えるようになるのが楽しみだった。

託児所とは違って保育園ではお散歩の時間もあるのだそうだ。
すぐ近くに大きな公園があって自然いっぱいのとても良い環境だと思う。

これからいっぱい楽しいことが待っているんだね。

そうしていろんなことを経験しながらすくすくと成長してほしいと願う。

今はまだ歩くことはできないけれど、よちよちのひよこさんになるんだよ。



2013年04月02日(火) 葉桜の頃に

春雨と言うには少し肌寒い雨が一日中降り続いていた。

とうとう桜も散ってしまったけれど、葉桜もまたうつくしいもの。
花を見送ったあとにぽつねんと佇んでいる残されたひとのようでもある。


パソコン不調のため、ここ数日のあいだ日記を書けない日が続いていた。
ぽっかりと空いてしまった夜のひと時を悶々としながら過ごすばかり。

なんでもないような日常だけれど、それがどんなに愛しいものか。
「書けない」という現実にぶつかって改めてそのことに気づく。

うまく言葉に出来ないけれど、書きながら「消化」していたのかもしれない。
日々いろんなことを詰め込んだこころをすっきりと軽くしていたような。

そうして自分を癒していく。穏やかな気持ちになりほっとしていたのだと思う。

ここはほんとうにありがたい場所。きっと最期の日までここにいるだろう。




明日は孫の綾菜の入園式。「一緒に行こうよ」と娘が誘ってくれた。
川仕事もまだ大変だけれど、今回だけは綾菜を優先させたいと思う。

わくわくと楽しみでならない。きっと笑顔の一日になることだろう。




2013年03月29日(金) よういどんしたよ

花曇のぼんやりとした空模様だったけれど
気温は高くなりぽかぽかと暖かな一日になった。

散り始めていた桜もしばし留まっている。
風まかせなのよと微笑みながらつぶやいているよう。


本日も多忙なり。早朝から夕方までまったく時間のゆとりがなかった。
気がつけばなんだか苛々としていてこれではいけないなと反省する。
夫もきっと同じだろうと思う。こんな時こそ労わり合わなければいけない。

毎日の日課だった散歩も行けない日が多くなってしまって。
今日も時間切れでクルマに飛び乗りお大師堂に向かおうとしていた。

あんずは寝ているとばかり思っていた。諦めていると思い込んでいた。
それなのにクルマに乗るとバックミラーに彼女の姿が映っているではないか。

「おかあさん・・今日も駄目なの」その顔はとても寂しそうな顔に見えた。

大急ぎでクルマをバックさせ引き返したのは言うまでもない。

「あんちゃん、今日は大急ぎだけど大丈夫?」

駆け足のあんずを見たのはほんとうに久しぶりだった。
ぐんぐんとリードを引っ張って私より先を歩こうと一生懸命がんばる。

つくしの坊やはいつのまにかスギナになっていたんだね。

白つめ草の花。野あざみの花。野ばらの花も咲いていたね。

あんずのおかげでまたたくさんの春に出会うことが出来たよ。




2013年03月27日(水) 花散らしの雨

花冷えをそのままに少し冷たい雨の一日となる。

それはやはり花散らしの雨になってしまって
お大師堂の石段にも桜の花びらがたくさん落ちていた。

顔なじみのお遍路さんと語り合いながら
はらはらと散っていく桜の木を二人で見上げる。

「俺はさあ、もういつ死んでもいいんだ」

そのお遍路さんは会うたびにいつもそう言う。
その言葉を聞くたびになんともいえないせつなさが込み上げてくる。

「私はね。もっともっと生きたいの」そう言うとにっこりと微笑んでくれる。

出会った頃はとても無口で無愛想な人だと思っていた。
けれども何度が会っているうちに少しずつ語り合えるようになった。
何よりも嬉しいのは笑顔を見せてくれるようになったことだ。

名前も知らない。どこの出身なのかも知らない。
もちろんどうして職業遍路の道を選んだのかも聞くことは出来なかった。

「お地蔵さんのお遍路さん」とこころの中でそう呼んでいる。
そのお遍路さんは道端のどんな小さなお地蔵さんにもお経を唱えていると聞いていた。

どんなにかこころの優しいひとなのだと思う。ほっこりとあたたかくて。
けれどもいつも厳しい顔をしているのは、背負っているものが重過ぎる。

その重さを少しでも分かち合えたらと思うけれど何も出来ず
ただ一瞬でも笑顔になってくれたら良いなといつも願っている。

「桜も終わりだな」って言ったけれど始まることがきっとある。

それぞれの生き方があるようにそれぞれの春がそこにあった。



追記:花風邪は峠を越えて今日はずいぶんと楽になった。



2013年03月26日(火) だいじょうぶよ

「花冷え」のおかげで桜はながく咲いてくれるのだそうだ。
満開の桜をそのままに冬の名残の北風が冷たかった。


先日からの花風邪が少し長引いている。
微熱のせいか足がだるくてしょうがなかった。
気力に体力がついていかなくてなんだか情けない。

無理をし過ぎないように川仕事を頑張っているのだけれど
弱音を吐けば夫に心配をかけてしまうのでそれは禁物。
「なんのこれしき」と思って出来る限りのことをしている。

朝を迎えるたびに夫が「大丈夫か?熱はないか?」と
気遣ってくれるのがとても嬉しかった。

だから満面の笑顔で「だいじょうぶよ」って応える。
そうしたら夫もほっとしたような笑顔になってくれるのがまた嬉しい。

やまない雨がないように治らない風邪もないのだと思う。
今はちょっと辛いけれどなんとしても乗り越えようと思っている。


昨日は行けなかったお大師堂。今日も満開の桜が迎えてくれる。
誰かがひと口羊羹をお供えしてくれていて、思わず手が出てしまった。
甘い物を食べるとほんとうに幸せな気持ちでいっぱいになる。
「ごちそうさまでした」お大師さんもにっこりと微笑んでいるよう。

明日は雨の天気予報。花散らしの雨にならなければ良いのだけれど。



2013年03月24日(日) 花風邪

桜の季節に風邪をひくのを「花風邪」というらしい。
なんて誰もそんなことは言わないのだけれど
自分で勝手に名づけてみては体調の悪さを受けとめている。

昨夜一晩中下がらなかった熱が今朝になりやっと下がる。
川仕事が大忙しだというのに休んでなんかいられない。
「大丈夫、行くから」と夫を安心させようとしていた。

けれども夫はちっとも安心なんかしてくれなかった。
「頼むから寝ていてくれ」そう言って私を安心させようとする。

それが夫の優しさなのだなとつくづく感じた朝だった。

年を重ねるごとに「いたわる」という気持ちが大きくなる。
それが夫婦と言うものだろうか。なんとありがたいことだろう。

おかげでゆっくりと身体を休めることが出来た。
夕方にはリハビリと称して散歩にも出かけてみる。

お大師堂の満開の桜がとても綺麗で心を和ませてくれた。
そんな桜を見上げながら「桜貝」という名のお菓子をひとつ頂く。


若い頃のように無理のきかなくなったこのからだ。

のんびりと元気でいよう。そう自分に言い聞かせて明日に向いたい。



2013年03月22日(金) 季節のたより

「春に三日の日和なし」と言うけれど
今朝の青空はつかの間で午後からぽつぽつと小雨が降り始める。

雨はすぐにやんだけれど、なんだか身体が重くて散歩を諦めた。
あんずの呼ぶ声も聞こえず、彼女もたまには休みたっかのかもしれない。

明日がある。あしたがあるさと歌うように思った。

どんな日もあってよし。気の向くままに流れていくのがいちばんだ。


夕方、郵便配達のおにいちゃんが来てくれて書留が一通。
それからお手紙もありますよと手渡してくれた。

まだ春遠い岩手盛岡から季節のたよりが届く。
「気持ちは春へむかっています」

この冬の厳しい寒さから希望の春が垣間見れた。
ふと昔テレビで見た「一本桜」の木が目に浮かんできた。
あの場所に立ってみたい。そうして岩手山を仰いでみたいものだ。

まだ一度も会った事のない盛岡の友。
儚ささえ感じるネット空間で今もこうして繋がっていられる奇蹟。

縁と言うものはほんとうにありがたいものだとつくづく思う。

私も春のたよりを届けたいなと思う。

そうして私と同じようにそのひとがほっと微笑んでくれたらいいな。



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