朝の寒さもすぐに和らぎ、日中は風もなくぽかぽかと暖かい。
岩つつじの花が咲き始め山々を彩ってくれる。 のどかな風景にこころがほっと和むのを感じた。
お大師堂の桜、ソメイヨシノもふっくらと蕾をつける。 なんとも楽しみなこと。もう少しあと少しで桜の季節。
今まではあんずと一緒に歩いていた散歩道。 数日前から独りぼっちになってしまった。 やはり長い距離を歩かせるのは無理のようだった。
「よういどん」をして駆け出していた頃が懐かしい。 そうして楽しかった散歩があんずのおかげだったのだとあらためて気づく。
今までありがとうね。母さんはちょっぴり寂しくなったけれど。 あんずが教えてくれた草のにおい。土手を吹き抜ける風のことを忘れない。
お大師堂から帰宅してからあんずをおしっこに連れて行く。 とても散歩とは言えない距離だけれど、あんずはとても嬉しそうだった。
土手の石段を一生懸命に上がると「わぉー」と言ってるような顔をする。 目がきらきらしているのだ。好奇心いっぱいみたいな顔をして見せる。
老いることはどうしようもないこと。 わかっているけれどそれはとてもせつないことだった。
生きようねあんず。いっぱいいっぱい生きようね。
ほんの少し冬が振り向く。 けれども背中を押されたかのようにまた前を向いた。
冬がいてくれたおかげの春だものと私は思う。 誰もうらみはしない。むしろありがたい冬だったのではないか。
あの大震災の日から二年が経った。 とても複雑な気持ちのまま今日を迎える。
正直言ってうまく言葉に出来ない。 何を言っても綺麗ごとではないかと躊躇している。 言葉にする事は容易いことなのかもしれないけれど 平穏無事な我が身を思うとやはり心苦しさが込み上げてくる。
テレビのインタビューで被災者の方が語っていた。 「平凡な暮らしがとても懐かしい」と。
その平凡こそが幸せだったのだとどんなにか感じていることだろう。
その言葉を聞くなり涙がとめどなく溢れ出した。
申し訳ない・・・と思った。それ以外の言葉が見つからない。
祈ること。それが自分に出来る唯一のことだと思ってきた。
どうか光をどうか希望をと祈り続けてきた二年間であったけれど。
無力な我が身にほかに何が出来るというのだろうか。
今日も平穏無事に感謝する。それは決して当たり前のことではなかった。
自分がどれほど恵まれているかを思い知った日。
この先どんなに歳月が流れようと祈り続ける気持ちを大切にしたいと思う。
最高気温が24℃。暖かさを通り越して汗ばむほどの陽気となる。 そんな春らしさも明日までのようだ。まさに三寒四温である。
夫の体調もすっかり良くなり今日も川仕事に精を出す。 どうかこのまま順調であって欲しいと二人で語り合う。 平穏無事が決して当たり前のことではないのだとつくづく感じる。
午後からも作業がありすっかり汗をかいてしまった。 冷たい物が食べたくなってバニラアイスを美味しくいただく。 疲れた身体にそれが沁みこむとなんとも幸せな気分になった。
今日の散歩道では雪柳の花を見つける。 民家の庭先からこぼれるように咲いていてその純白に心が和む。 ふと山里の雪柳が目に浮かぶ。きっと可憐に咲いていることだろう。
このところあんずの歩みがとてもゆっくりになった。 出掛ける時は元気いっぱいなのだけれど、帰り道はよろよろしている。 土手の階段を踏み外して転ぶことも多くなってちょっと心配だった。
夫にそのことを話すと、もう長距離は無理なのではないかと言う。 「がんばれ、がんばれ」と毎日声をかけながら歩いているけれど 無理をさせているのだとしたらもっとあんずの身になってあげなければ。 しばらく様子を見てあんずとの散歩を考え直そうと思っている。
お大師堂はひっそりと静か。耳を澄ますとひたひたと水の音が聞こえる。
川面には地元の高校生だろうか。ボート部の練習をしているようだった。 スイスイと水を切るようにボートが何艘か横切って行った。 どんなにか気持ち良いことだろう。とても爽やかな気持ちになれた。
「今日と言う日をありがとうございました」
手を合わすといつもいつも清々しい気分になる。
昨日に引き続き今日もとても暖かくなる。 北風が南風に変わった。もう春風と呼んでいいのかもしれない。
そんなことを思いながらも三寒四温が頭をよぎる。 冬がいつ振り向いても良いように身構えている自分がいた。
早朝、夫が突然体調不良を訴える。 昨夜まで元気だったのにいったいどうしたことだろう。 嘔吐と熱。川仕事の疲れが出たのかもしれない。 とにかく安静にしていなければと今日は「寝の日」になった。
海苔漁は最盛期。私一人でも頑張ろうと思ったけれど、 無理をするなと夫に言われて私も休養日をいただく。
かと言ってごろごろしているわけにもいかず、姑さんの畑に行く。 ほうれん草と新玉葱を収穫した。また地場産市場へ持って行く。 先日から義妹と力を合わせたかいがあってほうれん草はずいぶんと売れた。 今度は玉葱が待っている。毎日少しずつだけれど収穫したいなと思う。
夕方、夫の熱が少し下がる。 吐き気もおさまり晩ご飯も少しだけ食べることが出来た。 シジミのお味噌汁を飲んだ時「美味いな」って言ってくれた。 それがすごく嬉しかった。そうしてすごくほっとした。
「明日のことはあしたのことよ」そう告げる。
身体が資本だもの。健康が何よりも大切なこと。
どうかお父さんを守ってください。手を合わせて今日も暮れていった。
日中の最高気温が20℃にもなりとても暖かな一日だった。 すっかり春を思わす陽気に心がほっと息をしているのを感じる。
あと二週間もすれば春分の日。冬の名残も消えていくことだろう。 ゆっくりゆっくりと春はささやくようにすぐ近くまで来ている。
友人のお母様が亡くなり、昨夜はお通夜に参列してきた。 憔悴しきっている友人の横顔を見ながら声もかけられず帰って来る。 どんなに覚悟はしていても親を亡くすのはほんとうに辛いことである。
もしも母が死んでしまったら。昨夜からそればかり考えている。 「縁起でもないこと言わないで」母が知ったらきっと笑い飛ばすだろう。
長生きをしてほしい。ずっとずっと元気で笑顔でいてほしい。 祈り続ける日々が永遠にあればどんなによいだろうかと思う。
夕暮れ間近の散歩。おひさまは明日を約束するように微笑んでいる。
土手のつくしの坊やたちもすっかり大きくなって。 もうすぐ一年生みたいにすごくたくましくなった。 みんなが背比べしている姿も微笑ましくてならない。
ふっと坊やたちのお母さんになりたいなって思った。
薄っすらと霜の朝。そんな寒い朝もあまり気にならなくなった。 日中の陽射しはどんなに風が冷たくても春を感じるようになる。
もう少しあと少し。希望をもって春への道を歩んで行きたいと思う。
北国からの悲しいニュースが流れ心を痛めている。 雪が人の命を奪う。そんな悲劇があって良いものか。 そんな現実を受け止めながら心苦しさが込み上げてくる。
春を身近に感じているこの頃、自分はどれほど恵まれているか思い知る。 どんなに感謝しても感謝しきれないほどの日々を頂いているのだと思う。
北国にもきっと春は来る。手を合わせ祈ることしか出来ない自分がいた。
川仕事を終え作業場で仕事をしている時に、弟一家が訪ねて来てくれた。 ほぼ10ヶ月ぶりの再会。作業の手を休めてしばし語り合う。
弟というものはいくらおじさんになっても可愛いもの。 幼い頃はいつも私にくっついて甘えん坊の弟だった。
その甘えん坊はいまも変わらない。 お隣の地場産市場で海苔の佃煮や苺などをお土産に買ってあげた。
「おねえサンキュー」みんなが笑顔で手を振って帰って行く。
忙しい時だったけれど、嬉しさが勝り私も「ありがとう」って叫んだ。
昨夜は両家の家族でささやかな小宴。 にこにこ笑顔の綾菜をかこんで楽しい夜となった。
どうかこれからもすくすくと元気に成長してくれますように。
三月三日。おひな祭り。今日で生後10ヶ月になりました。
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