ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年02月27日(水) ほうれん草

昨夜のうちに雨があがり青空の朝になった。
日中の気温もずいぶんと高くなりすっかり春の陽気となる。
風の強い一日だったけれどそれも嬉しい春風に思える。


姑さんが寝たきりになってひと月が過ぎた。
大好きな畑仕事が出来なくなってどんなにか辛いことだろう。
せめて草引きでもと思いながら何もしてあげられずにいる。
心苦しさもあるけれど畑の野菜たちが可哀相にも思えてきた。

白菜は菜の花を咲かせ始め、大根はトウが立ち始めた。
唯一ほうれん草だけは見事に成長して今がまさに収穫期だった。
丹精込めて野菜を作り近くの地場産市場に出荷するのが姑の楽しみ。
特にほうれん草には力を入れていてその量はハンパではなかった。

なんとかしなければ。その思いが日に日に込み上げてくる。
義妹と相談の結果、少しでも市場へ出荷してみようと言うことになる。

収穫は私。袋詰めは義妹と姪っ子が手伝ってくれることになった。
川仕事を終えてからさっそく畑に行き青々としたほうれん草を収穫する。
少し湿った土の匂い。昨日の雨を恵みに生き生きと伸びているほうれん草。

愛しいものだなと思った。こんな愛しさを感じたのは初めてではないだろうか。

そうして10束のほうれん草が出来る。
一束百円だけれど、その価値は決して値段ではないのだなと思った。

姑さんの思いがたくさんこもっているほうれん草。

売れ残っても良いのだ。一人でも美味しいと言って食べてくれる人がいてくれたら。

姑さんもほうれん草もすごく嬉しいと思うのだ。



2013年02月26日(火) 私の春

お昼前からぽつぽつと雨が降り始める。
春雨を期待していたけれどそれはとても冷たい雨になった。

タンポポをおもう。桜をおもう。つくしの坊やたちをおもう。

冷たい雨にうたれながらも微笑んでいる姿が目に浮かんできた。

もしも一年中が春だったらとふと考えてみた。
それが当たり前のことになってしまったらなんだか寂しいなって。
寒さ厳しい冬があってこそひとは春の喜びを感じることが出来る。

だからひとも辛いことをきっと乗り越えられるような気がする。
冬ばかりの人生だとしてもささやかな春がきっと訪れるはずだ。




今日は海苔の初入札の日だった。
決して高値ではなかったけれど、例年並みの値にほっと息をつく。
欲を出さずとにかくこつこつと毎日頑張ったかいがあった。
やったらやっただけのことはあるのだと夫とふたりで頷きあう。

ふたりで頑張ったご褒美に今夜はステーキを奮発した。
とても美味しくてなんだか身体のそこから元気が湧き出してきそう。

「また明日からも頑張ろうな」夫の笑顔が私の春になる。



2013年02月25日(月) つくしの坊やたち

一昨日早咲きの桜を見つけたばかりだけれど

今日の散歩道ではつくしの坊やたちを見つけた。

まだ赤ちゃんみたいな坊やたち。ちいさな頭が可愛い。

おひさまがお母さんみたいにみんなで空を見上げている。

ぼくたち生まれたんだよって口々に声をあげているよう。

みんなの頭を撫でてあげたい。えらかったねってほめてあげたい。

だってすごくすごく寒かったんだもん。そして頑張ったんだもん。

雀色の枯れ草をかきわけるようにやがて緑があふれますように。

優しいおひさまがいっぱい愛してくれますようにと手をあわす。

つくしの坊やたちはとてもしあわせそうに微笑んでいる。

ぼくたちを見つけてね。ほらこんなにいっしょうけんめい生きているよ。





2013年02月23日(土) 早咲きの桜

散歩からの帰り道、ふと見上げると桜の花が咲いていた。

昨日も通った道なのにどうして気づかなかったのだろう。

「ごめんなさい」と「ありがとう」を重ねては手を合わす。

早咲きの桜は寒さをのりこえていち早く春を知らせてくれる。

ほっとこころをあたたかくしてくれて優しい気持ちにさせてくれる。

どんなに寒くても、もうだいじょうぶよってささやいているようだ。

るんるんらんらん。スキップするように軽やかに歩きながら帰った。

空に向かって大声でさけびたくなる。さくらがさいたようって。

みんなに聞こえるといいな。ねえ耳を澄ましてその声をきいてね。





2013年02月22日(金) がんばれおひさま

朝は曇っていたけれどやがて陽射しが降り注ぐようになる。
冬のおひさまは頑張り屋さん。すごくすごく一生懸命なんだもの。
それはとてもありがたいこと。がんばれがんばれと応援したくなる。


今日は夫が通院日だったため川仕事はお休み。
山里の職場が気掛かりでならず駆けつけて行った。
母に連絡もせずに突然行ったものだからびっくりさせてしまったけれど。
「わぁ、良かった」と、とても喜んでくれて私も嬉しかった。

もうすぐ75歳になる母は会うたびに小さくなったように思う。
たくさん苦労を重ねてきてその苦労をそのまま背負っているように見える。
あっけらかんとふるまっているけれど、どんなにかしんどいことだろう。
「無理をしないでね」と私が言っても、私がいなければそうせずにはいられない。
それを思うと心苦しさが込み上げてきて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「また突然に来てよね」って母。「うん、またね」と笑顔で帰って来た。


帰宅して洗濯物を取り入れていると、ブロック塀の隙間から野スミレの花が。
咲いたばかりなのだろう。まだちっちゃいけどすごく可愛い。

我が家には土の庭がないけれど、わずかな隙間でしっかりと生きている命。
野スミレは毎年春を知らせてくれるありがたい花だった。

ありがとうねと手を合わす。野スミレは西日を受けてにっこりと微笑む。



2013年02月21日(木) 猫ちゃんいないかな

ここ数日、朝は真冬の寒さが続いている。
まさに「春は名のみの風の寒さや」ではあるけれど、
日中の陽射しはありがたくおひさまに手を合わしたいほどだった。

早朝から川仕事に出かけ、帰るなり海苔を天日干しにする。
猫の手も借りたいほどの忙しさにもずいぶんと慣れてきた。

「猫ちゃん欲しいよね」と私がおどけて言うと
猫の嫌いな夫も「野良猫でもいないかな」なんて笑い合う。

微笑み合えば疲れも忘れほっとしあわせな気分になれる。


午後からは出荷の準備などがありゆっくりと休めなかったけれど。
私は忙しいのが好きだなと思う。なんか張り合いがあって良いな。

干してある海苔を取り入れる前にちらっと散歩に出掛ける。
北風が強くって土手に上がると身震いするほど寒かったけれど。
くんくんとあんずがおしえてくれたのは蓬の緑だった。
雀色に染まっていた土手にもそうして少しずつ緑が萌え始めている。
もう少ししたら土筆の坊やたちも頭を出してくれるかもしれない。
そう思うとなんだかわくわくとしてきて寒さも気にならなくなった。

お大師堂に着いてびっくり。二週間ほど前に再会していたお遍路さんがいた。
山梨出身のMさんとはすっかり顔なじみの仲良しさんだった。
今回は逆打ちで土佐久礼まで行ったものの風邪で熱が出てしまったとのこと。
ゆっくりと身体を休める場所もなく必死の思いで来た道を戻って来たそうだ。

どんなにかしんどい思いをしたことだろう。
それでも我が家を目指すように戻って来てくれた事が嬉しかった。

職業遍路さんにとってお大師堂が「我が家」なのかもしれない。
唯一くつろげる場所なのかもしれなかった。

そんなMさんを労わることしか出来なかったけれど
風邪薬や夕食やいろんなことを考えたのだけれど
休ませてもらえるだけで良いのだと言ってきかないMさんだった。

自分に出来ることは。ほんとうにちっぽけなことばかり。








2013年02月19日(火) 受けとめること

昨日とはうって変わって今日は冷たい雨になる。
まさに三寒四温の季節なのだろう。
寒さを受けとめながら心は春に向っている。

「受けとめる」ことが昔はとても苦手だったように思う。
どうして?どうして?と問い詰めながらぐるぐるともがくばかり。
その頃を思うと自分も少しだけ成長したのかもしれない。

思い起こせばいろんなことを受けとめてきた。
悲しいこと、辛いこと、どうしようもできないこと。
受けとめることが出来ればずいぶんと心が安らぐことを知った。

けれどもまだまだあっけらかんと生きていくのはむつかしい。
あとどれほどの人生なのかわからないけれど日々が成長と思いたいものだ。



お大師堂に今日は水を持って行く。
水道が無いためペットボトルに水を入れて備え付けてあるのだった。
以前は何本もあったペットボトルも今では殆どが空っぽ。
いつも水を運んでくれていたおばあちゃんが一昨年亡くなってしまったのだ。
誰かが代わりをしなくてはいけないのなら自分がしよう。
そんなだいそれたことではないけれどほんとうにささやかなことだった。

先日から逗留しているお遍路さんと、今日はもう一人若い青年が来ていた。
開口一番に「おばちゃん」と呼ばれて一瞬ドキッとしたけれど。
息子と同じくらいの年だから確かにおばちゃんだなと納得して微笑む。
人懐っこい感じの好青年でもっとたくさん話したいなって思った。

明日は晴れの天気予報。二人のお遍路さんはまた歩き出すそうだ。

いつもいつも旅の無事を祈っている。それが私の役目のように。






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