ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年02月11日(月) どこかで春が

風は冷たいけれど陽射しは春のにおいがする。
「どこかで春が生まれてる」そんな歌を思い出した。

忙しさについ心のゆとりをなくしてしまっているのかもしれない。
散歩道を急ぎ足で歩きながら、なんだか苛立っているなと感じた。
寄り道をしたがるあんずを叱ったりしていけない母さんだったね。

ゆったりとしたきもち。大らかなきもちがたいせつ。
立ち止まって深呼吸をしてみるのも良いのかもしれない。



夕方、娘から電話があり熱が出てしまったとのこと。
綾菜の世話もままならない様子ですぐに駆けつけて行った。
しんどそうに臥せっている娘のそばでおりこうさんの綾菜。
その笑顔にどんなに救われたことか。抱き上げて頬ずりをする。
夕食を食べさせてしばらく遊んでから帰って来たけれど。
娘の熱が早く下がりますように、なんとも心配でならなかった。

先日の綾菜の熱と言い、このところ家族の健康がとても気になる。
毎日、毎日手を合わせていてもいつ何が起きるのやらわからなかった。

けれども、どんな時もあるもの。そう受けとめていかなければいけない。

春になれば。ばくぜんとそう思う。

春になれば嬉しいことがきっと待っている気がする。

みんなが元気になっていつも笑顔でいられるのにちがいない。

春よこい。はやくこい。どこかで春がきっと生まれているよ。







2013年02月09日(土) それは些細なこと

午後六時。茜色に染まる空をぼんやりと眺めていた。
カラスはお山に帰ったかしらなんてふと思ってみたり。
ずいぶんと日が長くなったねと夫に語りかけてみたり。

とんとんとんと順調に平穏無事だった一日が暮れていく。
おひさまは微笑みながら「また明日ね」とゆびきりげんまん。

幸せだなってしみじみと思う。生きているんだなってすごく感じる。



今朝は川仕事をしながらすごくちっぽけなことにこだわっていた。
なんでもないことなのにどうしてこんなに気になるのだろう。
考えないでいようと思ってもどんどんとそれが押し寄せてくる。
嫌だなってすごく思った。気にしない、気にしない呪文のように唱える。

きっと私はすごく欲張りなんだなって思った。
特にひととかかわる時、必要以上に「縁」を深めたがる悪い癖がある。
もしかしたら不愉快な思いをさせてしまったのではないか。
そのひとは距離を置きたがっているのではないか。
そうだとしたらこれ以上近づいてはいけない気がする。
たちまち臆病になってしまって声もかけられなくなってしまった。

「去るものは追わず」と言うけれど、それは簡単なことではない。
10年来の友人だと信じていた。それは自分の思いあがりだったのだろうか。

込み上げてくる寂しさを受けとめながら、自分を戒めている。
そうして「もうじゅうぶんではないか」と言い聞かしたりしている。

日常のほんの些細なこと。そうそれはほんとうにちっぽけなこと。

それよりもたくさんの縁に恵まれていることに感謝したいと思う。

「足るを知るは最上の富」と言うではないか。




2013年02月08日(金) 寒さを糧に

予報どおりに寒さ厳しい朝となる。
つかの間の春らしさを味わった後はやはり寒さが身に沁みる。
けれどもこれも春に向うための試練のようなものだと思えば
しんぼう、しんぼうできっと乗り越えていけるはずだった。

ほぼ満開の梅の花。畑を彩る菜の花。野にはたんぽぽが咲き
春がいっしょうけんめいにささやいているのが聞こえる。

桜の季節はまだ遠いけれど「寒さなければ花は咲かず」
冬枯れたように見える桜木も寒さを糧に生きていることだろう。


今日も夜明けとともに川仕事に精を出す。
ほんの少し寒さを感じたけれど、すぐに身体がぽかぽかとしてくる。
程よい疲れと達成感がとても心地よく感じた一日だった。

やればやっただけのことはあるぞ。夫の言葉に私もうなずいていた。

自然相手の仕事には厳しさもあるけれどそのぶん喜びも大きい。
恵まれていることに感謝しながら明日も頑張りたいと思う。


夕暮れて決して豪華ではない夕食をふたりで囲みながら。
それでも美味しそうに食べてくれている夫の顔が観音様のように見えた。

口には出せないけれどそんな夫の笑顔にそっと

「ありがとうね」って手を合わす。あしたもそばにいてね。

ずっとずっとそばにいてね。おとうさん。



2013年02月07日(木) 笑顔を胸に

目覚まし時計が鳴らなくて一時間も寝過ごしてしまう。
おかげでばたばたと大忙しの朝になった。

昨夜の津波注意報は大事に至らなくてほんとうに良かった。
こうして救われること。天に感謝せずにはいられない。

夜明けを待って船着場へ向い、陸にあげていた船をおろす。
今日も無事に漁に出られる。なんだか奇蹟のように思えた。


娘からメール。綾菜も今日は託児所に行けたようだった。
結局発疹は出ないままでただの知恵熱だったのかもしれない。
どちらにせよ快復してほんとうに良かったと胸を撫で下ろす。

そうしていつも通りに始められる一日はほんとうにありがたいことだった。

気がつけば、何も起こりませんように。平穏でありますようにと。
祈り続けている自分がいた。平凡がいちばんの幸せだとつくづく思う。


午後は久しぶりにのんびりと過ごす。
ばたばたと気忙しい日が続いていただけに、贈り物のような時間だった。

お大師堂で顔なじみのお遍路さんと再会。
あんずと遊んでくれてあんずも大喜びだった。

つかの間の事だったけれどそこには笑顔があふれていた。

そのあふれんばかりの笑顔を胸に、すくっとまた明日に踏み出していこう。



2013年02月06日(水) 試練があるから人生はたのしい

雨上がりの朝。暖かさもそのままでありがたいことだった。
天気予報では週末にかけてまた寒波がやって来るらしい。
また寒くなるのかと思うとなんだかしょんぼりとしてしまう。


夜明けを待ちかねて川仕事に出かける。
やっぱり二人だと楽だなと夫が言ってくれて嬉しかった。
収穫も少しずつ増えてくる。それがとても励みにおもう。

川仕事を終えるなり今度は山里の職場へと駆けつける。
パニック状態だった母を少しでも手伝えて良かった。
自分が必要とされている。それはとても嬉しいことだと思う。
ゆっくりと休みたい気持ちも少なからずあるけれど。
「掛け持ち」が出来る日にはこれからもそうしたいと思った。

山里の梅もきれいに咲き始めていた。白い花、紅い花。
小鳥たちのさえずりも聞こえのどかな風景が目に沁みる。


帰宅すると「津波注意報」が待っていた。
同業者の従兄弟達と船着場へ行って川船の管理をする。
船はきっと大丈夫。でも海苔は危ないかもしれない。
みんな一様に不安顔を隠せなかった。
どうか無事でありますようにひたすら祈るしかなかった。

そうなったら仕方ないさ。夫はいつも冷静でいるけれど。
私はどうしても冷静にはなれない。そうなったらもうどん底だ。

自然の恵みを受けながらも自然は怖いなとつくづくと思う。

津波到着時間をとっくに過ぎたいま。やっと心が落ち着いてきた。
もう大丈夫なのかもしれない。そう信じて眠ることが出来そうだった。


孫の綾菜の様子も気になり娘に電話してみたら。
熱は平熱に下がったもののひどく機嫌が悪く一日中ぐずっていたようだ。
発疹の前兆かもしれず心配しないようにと伝えたけれど。
今すぐにとんで行って抱っこしてあげたい気持ちでいっぱいになった。


日々いろいろとあるけれどすべてがあたえられた試練。
そう思うとひとつひとつのことがありがたく思えてきた。

試練があるから人生はたのしい。生きているだけで丸もうけだと思うことにしよう。



2013年02月05日(火) 慌しさも仕合わせ

曇りのち雨。静かな雨音が耳に心地よい夜になった。

節分、立春と続き春の足音を耳を澄ますように待っている。
冬は駆け足でやって来たけれど、春は少し遠慮がちにゆっくりと忍び寄る。
だからこそ耳を澄ませてあげなければいけない。
気づいてあげなければいけないことがきっとたくさんあるだろう。
ささやくような春の音。今夜の雨にも春の息遣いが聞こえる。


孫の綾菜、ちょうど生後9ヶ月の日曜日。
午後から急に40度近い高熱が出てしまって皆で大騒ぎとなる。
病院もお休みでどうしようもなく座薬で様子を見ることになった。
高熱のわりに機嫌が良く食欲もあるのが幸いだった。
私は「突発性発疹」ではないかなと思っていたらその通り。
翌日病院へ連れて行くとインフルエンザではないとのことで。
熱が下がると発疹が出るはずですとお医者様から言われて帰って来た。
娘は仕事が休めず、バーバ初めての小児科の務めを無事に終えられた。

昨日、今日とお守りを頼まれて「まかせなさい」と頑張っていた。
座薬を使わなくても熱が少しずつ下がっているようでほっとする。
完全に平熱に戻れば発疹が出てくるだろう。もう一息だった。

明日は娘がやっとお休みをもらえてバーバはお役御免となった。
どうか熱が下がりますように。発疹が出てくれますように。
そればかりを祈りつつ手を合わせている。


この二日間、夫は一人で川仕事を頑張っていた。
明日は二人で頑張ろうねと。夫の背中に手を合わすような気持ちでいる。

いつ何があるのかわからない日々だけれど。

どんなこともきっと乗り越えられる。そう信じて突き進んで行きたい。





2013年02月02日(土) だって生きているのだもの

なんと最高気温が20度。びっくりするような暖かさとなる。
つかの間のこととわかっていてもそんな春らしさが嬉しくてならない。

薄っすらと汗を流しながら川仕事に精を出す。
今日も収穫はわずかだったけれど積み重ねていくことが大切に思った。


午後、山里の母より仕事の事で電話がある。
忙しい最中に長期の休みをもらったことがとても心苦しい。
母の声も苛立っているようにきこえる。
そんな声をきくと自分も苛立ってしまうのだった。
それではいけない。なんとしても丸くおさめなくては。
夫と相談して近いうちに半日だけ手伝いに行くことにする。
二束のわらじを履けないのであれば、一足ずつかわりばんこに履けば良い。
そう思うとずいぶんと気が楽になった。だいじょうぶ。やればできる。


夕方になり今度は夫が発熱。私の風邪がうつってしまったようだ。
すっかり風邪の巣になってしまった我が家だけれど、
熱なんかに負けるものか。明日も頑張るぞと夫は気合で治すと言う。


つくづくと思うのは平穏無事のありがたさ。
日々いろんなことがあるけれど、それは生きているあかしでもある。
トラブルもあればアクシデントもあって当たり前なのだと思う。

私はどんな日であっても手を合わせて感謝したいと思っている。

だって生きているのだもの。それがどんなに幸せなことだろうか。


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