「大寒」の声を聞いたばかりだけれど、 今日は思いがけずに暖かい一日だった。
午後からぽつぽつと雨が降り始める。 まるで春先のような優しい雨だった。
ふと見つけたのは紅梅のつぼみ。 ちょうどマッチ棒ほどのふくらみで 冬枯れていた木にぽっかりと明かりを灯す。
先日の菜の花といい、季節はゆっくりと春に 向っているのだと思うとなんだか 励まされているような気持ちになった。
どんな日もあるけれどそんな日々を受けとめながら すくっと前を向いて歩いていけば きっと春にめぐり会えるのだと思う。
だからいかなくちゃ。元気を出していかなくちゃいけない。
大好きな詩人「柴田トヨさん」が101歳で亡くなった。
何かを始めるのに遅すぎることは決してないのだと おしえてくれたほんとうに素晴らしいひとだったと思う。
私もトヨさんのように人生を全うできたらどんなにいいだろう。
がんばれわたし。人生はまだまだこれからじゃないか。
氷点下の朝だったけれど日中はぽかぽかと暖かくなる。 冬のおひさまほどありがたいものはなかった。
洗濯物を干しながら語りかけるように空を仰いだ。 光の天使たちが踊るように空から舞い降りてくる。
思わず抱きしめたくなるようなひかり。 私も生かされているんだなってすごくすごくおもった。
家の中に閉じこもっているのがもったいないなと思ったのだけれど 結局どこにも出かけることもなく茶の間でテレビばかり見ていた。 息子が買ってくれたブルーレイのおかげでいろんな番組を見る事が出来る。 それは決して無駄な時間ではないのだとつくづく思ったりした。
一気に夫と一緒に過ごす時間が増えた。それはとても良いことだと思う。 以前の私は自室に閉じこもってばかりいて、それが自由だと勘違いしていた。
ほんとうの「自由」とは?うまく言葉に出来ないけれど ふたりでいて感じるささやかな幸せのなかにも自由はあるのだと思う。
あと10年あるのか。20年あるのか。 もしかしたら残り少ないのかもしれないふたりの人生をおもう。
「おまえは俺より長生きしろよ」夫の口癖がとてもせつなく感じるこの頃である。
山里へ向う朝の道で菜の花畑を見つけた。 いったいいつのまに咲いたのだろう。 朝の気忙しさにまぎれて気づいてもあげられなかった。
いちめんの菜の花畑。なんとあたたかいなんと優しい。 こころがほんわかとぬくもってすっかり春の気分になった。
真冬だからとあきらめてはいないか。 もしかしたらちいさな春が生まれ始めているような気がする。
今週は仕事がとても忙しくて気がつけばもう金曜日。 少し疲れてしまったけれど、それも心地よく感じる。
母の仕事を手伝うようになってかれこれ25年にもなる。 その間ほんとうにいろんなことがあった。 若かった母も今年は75歳になってしまう。 もうこれ以上苦労をさせたくない。楽をさせてあげたい。 どんなに思っても、母は死ぬまで頑張るのだと言ってきかない。 そんな母をどうして見捨てることができようか。
少し残業になり帰宅するのがすっかり遅くなってしまった。 待ちかねたあんずはひいひい悲鳴のような声をあげている。
いつもの散歩道を歩きながらいろんなことを考えていた。 先のことは何もわからない。明日のことさえもわからないのだもの。
一日、いちにちを織り成すように過ごしていくこと。 それがいまの自分にあたえらている使命のようなものなのかもしれない。
| 2013年01月17日(木) |
冬がなければ春はなし |
昨日の暖かさが嘘のように、また冬将軍が活動を始める。 どんな日もあるものだと寒さを受け入れようと思うのだけれど 寒暖の差についていけず身体が悲鳴をあげそうになってしまう。
負けないぞ、負けないぞ。それが口癖のようになった。 冬がなければ春はなし。いまを乗り越えなければとつよく思う。
仕事から帰宅すると夫が「今日は参ったぞ」と嘆いていた。 どうやら姑さんに頼まれて金柑ちぎりを手伝っていたようだ。 姑は金柑が大好きで毎年この時期を楽しみにしているのだった。 けれども年々身体が不自由になり思うように千切れなかったのだろう。 母親が息子に頼みごとをするのはとても微笑ましいことに思える。 それなのに息子はきっとぶつぶつ言いながら手伝ったことだろう。
「そろそろ電話がかかってくるぞ」夫の言うとおりだった。 姑は大きなお鍋で金柑の甘煮を作って私を呼んでくれた。 それはそれはアゴが落ちそうなほど美味しい金柑だった。
「すごく美味しいよ」って私が言うと。 夫は自慢げに「俺が全部千切ったんだからな」と胸を張っている。
なんとも愉快な気持ちになって思わずくすくすと笑ってしまった。
これも冬の楽しみ。冬にありがとうってちゃんと伝わるといいな。
ありがたいことにまるで春先のように暖かな一日だった。 ふりそそぐ陽射しのなんと優しいことだろう。 空が微笑んでいる。にっこりと微笑んでいるようだった。
先週はお休みばかりだった仕事、昨日から出勤している。 憂鬱だとか億劫だとか、それは私のいつもの悪い癖。 けれどもうまくスイッチを入れることが出来たらしい。 やれば出来るんだな。なんて少し悦にいったりしている。 仕事イコール親孝行だと思って明日も頑張ろうと思う。
いつものように四万十大橋を渡って帰宅すると。 あんずが犬小屋から跳び出して来て「おかえりなさい」の一声。 いつからかワンワンと言えなくなったあんずはきゃいんきゃいんとなく。
「お待ちかねだぞ」夫の声が聞こえる。 「はいはい、ちょっと待ちよってね」大急ぎで洗濯物をたたんだ。
いつもの散歩道。リードを長めにしてあんずの後をついて行く。 ふっと試してみようかなと思ったのだ。目的地がわかるかしら。
そうしたらちゃんと一目散にお大師堂に向っているではないか。 これにはちょっと感動した。「あんずえらいね」ってほめてあげたい。
今日もお大師さんからお菓子をいただいた。 一緒に食べようね。私も石段に腰をおろしてお菓子を食べる。
その場所から見える風景がとてもとても好きだった。
ゆったりと流れる大河。ひたひたとささやくような水の音。
まるで穏やかさを絵に描いたような風景であった。
ありがとうございました。もう一度お大師さんに手を合わせずにはいられなかった。
今週は仕事を休んでいたせいもあってとてもながく感じた。 やっと日曜日。喜び勇んで娘の家に駆けつけたのは言うまでもない。
禁断症状なのだろうか。綾菜の夢を見る夜が多くなった。 やわらかな手の感触などがそのまま残っておりなんとも恋しくてならない。
孫と過ごせる一日がどんなにありがたいことか。 今日は今まで以上にそれを感じて胸がいっぱいになる。
抱っこした重みがそのまま愛しさにかわり。 笑顔に頬擦りしたくなるほど愛くるしくてならなかった。
託児所に預けるようになって一週間が過ぎたけれど。 心配をよそにお友達と輪になって機嫌よく遊んでいるそうだ。 今日はお母さんがいるよ。おばあちゃんも来たよ。 幼心にもそれがわかるのだろうか。少し興奮気味で大はしゃぎだった。
そんな綾菜と一緒にたくさん遊ぶ。高い高いをしたり。 いないいないばあをしたり。そのたびに声をあげて笑ってくれる。
私が毛布を被っておばけさんになると、綾菜がその毛布をはぎとって 私の顔をばしばし叩いたり髪の毛をひっぱったりするのだった。 ちょっと痛いけれどそれがとても嬉しくて何度もおばけさんになった。
そろそろお昼寝の時間。娘に言われて仕方なく帰ることにする。 どっと寂しさが込み上げてくる。もっともっと一緒にいたいなと思う。
バーバって欲張りさんだね。また日曜日が来たら会えるのにね。
帰路に着きながら込み上げてくる熱いもの。
愛しさってかたちには出来ないけれどこれなんだなってすごくすごく思った。
天気予報では今日も暖かくなるということ。 なんだかむずむずと動き出したい気持ちの朝だった。 夫が「どこかに出掛けてみるか」と言ってくれて大喜びになる。
西に行くか東に行くか。さてどちらを選ぼうかと迷う。 「おまえの行きたい方へ行くぞ」それも嬉しい一言だった。
結局西を選ぶ。どこを目指すのかその時は目的もなかったのだけれど。 「ぶらり旅だな」って夫が笑った。「それも良いね」って私も笑った。
西へ西へとクルマを走らせ隣町の宿毛市へ着く。 今度はそのまま愛媛県に進むかまた迷ってしまった。 「次の信号までに決めろよ」すっかり私まかせの夫が微笑ましい。
「じゃあ次の信号を左!」今度は大月町という海辺の町に向う。 その時はっと頭にひらめいたのは足摺岬だった。
思えばもう何年も行ったことがなくてわくわくと嬉しくなる。 穏やかな海を眺めながらくねくねとした道を辿り足摺岬に着くことが出来る。
真っ先に四国霊場38番札所の金剛福寺にお参りをした。 本堂から大師堂へ行くと扉が開かれておりにっこりと微笑むお大師さん。 その姿になんともいえない感動をおぼえた。心を洗われたような清々しさ。
行き当たりばったりの「ぶらり旅」だったけれど お大師さんが呼んでくれたよう気がしてならないそんな嬉しい旅になった。
おとうさん今日はありがとうね。言葉には出来なかったけれど
夫の背中に手を合わせているとその優しさに目頭が熱くなってしまった。
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