早いもので明けてもう三日。 のんびりモードとはうらはらに時ばかりが先を急いでいる気がする。
北風つよく寒い一日だった。 年が明けてから一気に元気が出てきたあんず。 今日も自分から散歩に行きたがるくらいで頼もしいかぎり。
おそるおそるではあったけれどお大師堂まで連れて行く。 途中で歩けなくなるのではと心配していたけれど 足取りも良く元気に辿り着くことが出来た。
お大師さんにご褒美のお菓子をいただいた。 それは嬉しそうに飛びつくようにして食べていた。 食欲もだいぶ出てきたようでほっと一安心というところである。
散歩から帰るとオムツをして家の玄関で過ごしていたのだけれど、 今日はどうしたことか家の中に入るのを嫌がって困らせてばかり。 夫と二人がかりで無理やり家の中に入れたものの大きな声で泣き出した。
「もう大丈夫なのかもしれないぞ」夫と相談して 以前のように犬小屋へ連れて行くとほっとしたように潜り込んでしまった。
今夜はかなり冷えこんでおり心配でならないけれど あんずの好きなようにしてあげるのがいちばんなのかもしれない。
それだけ元気になったということ。一生懸命頑張ったあんずだった。
今年は16歳になる老犬だけれど、その生命力におどろかせられる。
負けないぞ、負けないぞって精一杯生きようとしているのだった。
穏やかな晴天にめぐまれあたらしい年のとびらがひらく。 どうか平穏にどうかみなが無事にと祈りながら一歩足を踏み入れた。
ほんとうは少しこわかったのだ。ほんとうは少し不安だったのだ。 だってあまりにもめぐまれていたから、大きな落とし穴がありそうで。 突き落とされるのではないかとびくびくしていたのだとおもう。
そんな不安をよそに「大丈夫、だいじょうぶ」ととびらがひらいた。 なんてありがたいことだろう。その時みた光が心に沁みわたるようだった。
目にはみえないなにかに守られているのだとおもう。 何度も言うけれどそれは決してあたりまえのことではないのだとおもう。
元旦。昼間は娘達が、夜は息子が顔を見せてくれて嬉しかった。 家族揃って平穏無事に新年を迎えることが出来てほんとうにありがたい。
明けて二日。今日は夫とふたり初詣に行っていた。 ここ数年、初詣は一人きりが習いだったから嬉しくてはしゃいでしまった。 今年は少し足を延して四国霊場37番の「岩本寺」へ行くことが出来た。 おみくじは「大吉」それはとても思いがけなくてびっくりと嬉しかった。
この平穏がずっと続きますように。家族みんなが笑顔でいられますように。
手を合わせ祈りながら思った。すべてがいただいている日々なのだと。
「おかげさま」感謝の気持ちを忘れずに今年も日々を愛しんでいきたい。
はる。桜のようにいさぎよく散れたらどんなによいだろうかとおもった。
なつ。きみはあまり海のはなしをしなくなったねって声が聞こえた気がした。
あき。せつなさはどこからくるのだろうとこころの扉をそっと開いてみた。
ふゆ。だからこそあたたかくなるだからこそやさしくなれるじぶんでありたい。
このいちねん織り続けてきた布がいまここにある。
たくさんの糸に恵まれなければ決して織れなかった布だった。
そっとふれてみるとそのぬくもりがとても愛しくてならない。
だいじょうぶここにいるよって。だいじょうぶ生きているよって。
なんてありがたいことだろう。じぶんがこうして存在すること。
わたしはきっとこのままでいい。なにも変わらなくていい。
かみさまがまたあたらしい糸をわたしにくださるのだという。
それはきせきのようなこと。あたりまえのことなんて何ひとつない。
わたしはまた織り続けることだろう。
はるなつあきふゆのかけがえのない日々を紡ぎながら。

今年最後の日記になりそうです。 この一年、私のつたない日々におつきあいくださり ほんとうにありがとうございました。 どうかお元気で笑顔で新年を迎えられますようお祈りしています。
おひさまがにっこりと微笑んでいるようないちにち。 この暖かさをそのままに新年を迎えられたらどんなに良いだろうか。
朝からお昼過ぎまで綾菜のお守り。 一緒に遊んだりお散歩に行ったり楽しいひと時だった。 この子の笑顔にどれほど元気をもらったことだろう。 誕生からもうすぐ八ヶ月。それはあっという間だったけれど。 産声を聞いた日からずっと天使がそばにいてくれるような気がする。
かけがえのない命。ほんとうにありがたい命をさずかったと思う。 つぶらな瞳。小さな手足。目の中に入れてもきっと痛くはないだろう。
この子の成長を見守りながら老いていきたい。 そして一日でもながくそばにいて長生きがしたいとつくづく思う。
老いることがこわかった。死んでしまうことがとてもこわかった。 けれどもなんだか勇気が出て来て人生を全う出来そうな気がしてきたのだった。
生きなくちゃ生きなくちゃって思っているいまがとてもありがたい。 命の蝋燭に手をかざして消えないように守り続けたいと思っている。
おひさまが西の空に傾きかけた頃。お大師堂にお参りに行った。 今年もたくさんのご縁をいただいたお大師堂だった。 巡り会ったたくさんのお遍路さんの顔が目に浮かんでくる。 春夏秋冬それぞれの季節がまるでアルバムのように私の胸にある。 巡り会えると言うことはほんとうにありがたいことであった。
元気にしていますか?いつもそう問いかける。 縁はそうしてずっと繋がっているような気がしてならなかった。
お大師堂から帰って来ると、あんずがまた待っていてくれた。 今日も頑張るワンって言っている。彼女も一生懸命に生きようとしている。
朝から冷たい雨になる。 いかにも冬の雨らしく控えめで静かにあたりを濡らしていた。
山里の職場は仕事納め。 母がいつも言っているようになんとかなるもの。 足りない事を数えていたらきりがなく もうじゅうぶんなのだと思えば気も楽になった。
難破船のような職場ではあったけれど 決して沈むことなくこの一年を乗り越えてきた。 泣いたり笑ったりしたけれどそれも懐かしく思える。 嵐が来ればみんなで支えあった。 もう何も怖いものなどないと思えるようにもなった。
納めて始める、その繰り返しだけれど。 始められる新しい年が目前にあることはありがたいことだと思う。
まさに雨降って地かたまる。そんな感じなのかなと思ったりもする。
そうして今年もあと三日。ほんとうにあっという間の一年だった。
いろんなことがあったようにも思うけれどそこに「苦」はなかった。
今年一年を一文字で表すとすれば「恵」なのかなと思う。
いちばんに孫に恵まれ、平穏な日々に恵まれたことを感謝せずにはいられない。
山里に着くなりいちめんの霜におどろく。 ブロッコリー畑をおおい尽くすような霜は なんとも風情があり綺麗だなと思った。
冬には冬の景色を楽しむ余裕が私にもあったらしい。 しっかりと見てあげること、それが大切なのかもしれない。
先日から風邪気味だった母がやっと病院へ行ってくれた。 熱こそないけれど咳がひどく夜も眠れないとのこと。 私がいくら心配しても大丈夫の一点張りだったから。 ちゃんと診てもらえてとてもほっとしている。 毎年の事だけれど年末年始には必ず風邪をひく母だった。 一年分の疲れがどっと出てくるのだろう。 母を少しでも休ませてあげたい気持ちでいっぱいだった。 頑張らなくても良いよって言ってあげたかったのだけれど。 言葉にすれば怒られてしまう。せめて気持ちが伝われば良いなと思う。
この一年、親孝行が出来たのかどうかよくわからない。 これからも自分に出来る精一杯のことを母にしてあげたいと思うばかり。
仕事から帰宅すると、何日ぶりだろうあんずが待っていてくれた。 ぐったりと横たわる日が続いていただけにさすがに嬉しかった。 その顔は「行くよ!」って言っている。今日も頑張ってくれそうだった。 ふらふらと足取りはおぼつかないけれど、土手の階段まで辿り着く。 抱っこしようかなと思ったその時、あんずは階段に足を踏み出した。 はらはらしながら見守っているとなんと階段をのぼり始めたではないか。
そうして自分の足で土手まで辿り着くことが出来たのだった。 「すごいね、よく頑張ったね。えらかったね」とたくさんほめてあげる。
お大師堂までは行けなかったけれど、あんずと私の散歩が再開した。
ゆっくりのんびりでいい。しばらくはそんな日々を楽しみたいなと思う。
クリスマス寒波も少しだけ遠のいてくれたのか 今朝は凍るような寒さから解放されほっと安堵する。 風はやはり冷たいけれど陽射しに恵まれた一日となった。
昨日はあんずを動物病院へ連れて行き、 寒さで急激に体力が弱ってしまった事を知る。 子犬の時からずっと庭で飼っていたせいもあり、 一度も寒さ対策などしたことがなかったことが悔やまれる。 獣医さんから犬は最後のぎりぎりまで我慢する生き物だと教えてもらった。
「寒いよ、辛いよ」と口に出すことが出来ないあんずを憐れに思う。 必死で寒さに耐えていたのかと思うと可哀相でならなかった。
そんなあんずが昨日よりも今日と少しずつ元気になってくれているのが救いだった。 立ち上がることが出来るようになると、今度は一生懸命歩こうとする。 少し歩いては転んでしまうけれどすぐに起き上がってまた歩こうとする。 がんばれ、がんばれ、声をかけながら今日は10メートル位歩く事が出来た。
土手に上がる階段はさすがに無理なので抱っこして土手にあがった。 そうしたら目をキラキラさせてとても嬉しそうな顔をして見せる。 大好きな散歩道だもの。どんなにか歩いて行きたいことだろう。
だいじょうぶ、きっとまたいっぱい歩けるようになるよ。
それまでは毎日母さんが抱っこしてあげるから、川を見に行こうね。
抱っこしたあんずの重み。そしてぬくもりがとても愛しくてならない。
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