ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年12月24日(月) 初雪つもる

目覚めたら雪が降っていた。
雪の精たちが天使のように舞い降りてくる。
はらはらとすこしせつない。
なんだか哀しい歌をうたっているように感じた。

だいじょうぶ生きているよ。

昨日は顔もあげられなかったあんずが
私の顔をのぞきこむような仕草をした。
母さんはわたしが死ぬって思っているんでしょ。
死なないよわたし。ちゃんと生きているからね。

そんな声が聞こえてきたような気がして
ごめんね、ごめんねってあんずをぎゅっと抱きしめた。

お豆腐を一口だけ食べさせる。うまく口があけられない。
やっと食べられたと思ったら飲み込めずにこぼしてしまった。
そんなことを何度か繰り返しているうちにやっと飲み込むことが出来た。

よろける足を踏んばって踏んばってやっとの思いで立ち上がった。
一生懸命がんばっている。負けないよってがんばっている。

あんずの大好きな雪が降っているよ。
見せてあげたいなってすごく思った。


もしかしたら最悪の状態を乗り越えたのかもしれない。
薄っすらとではあるけれど希望が見えてきたように思う。

なんとしても生きようとする生命力に感動せずにいられない一日になった。



2012年12月23日(日) がんばれあんず!

ひゅるひゅると北風強し。
おひさまがそんな風をなだめるように優しく微笑む。


夜明け前、あんずに異変あり。
昨晩まではとても元気だったのに信じられないありさま。

ある日突然とはまさにこのこと。
15歳の老犬だけに何があってもおかしくはなかった。

かかりつけの獣医さんは休診日で連絡がとれず
とにかく今日、明日と様子を見るしか術がなかった。

はらはらと見守ることしか出来ない一日となった。
もしかしたら一刻を争う病気かもしれないというのに
何の手当てもしてあげられないのがもどかしくてならない。

あんずは幸せだったのかしら。いろんな思い出が駆け巡る。



2012年12月22日(土) げんこつ山のたぬきさん

昨夜のうちに雨があがりゆっくりと青空が見え始める。
おひさまってほんとにありがたいなって思った。
冬のやわらかな陽射しは天からの贈り物のように届く。


今日は娘と買物に行く約束をしていて
それよりも孫の顔を見たさに大急ぎで駆けつけた。
綾菜に朝御飯を食べさせたかったから。
それから着る服を選ばせてもらえるのも楽しみ。
単純なバーバねって娘は笑うけれど
私にとってはほんとうに嬉しいことだった。

買い物は「西松屋」今日のバーバはサンタさんだった。
年明け早々から託児所のお世話になるため
お昼寝用の布団などを購入する。
いかにも女の子らしい可愛い布団セットだった。

託児所に預けることを思うとすごく心配になるけれど
私が毎日お守りをする事も出来ず仕方ないことだと思う。
最初はどの子も大泣きして大変だと聞いた。
綾菜にとっては初めての試練になるかもしれない。
少しずつでいい。どうか順調に慣れてくれる事を祈るばかりである。


お昼下がり、眠くなった綾菜が少しぐずり始めた。
娘は台所の大掃除を始めていたのでバーバとねんねすることにする。
毛布にくるまっていないいないばあをしたりして遊んでいた。
それから「げんこつ山のたぬきさん」を歌ってあげていたら
うつろうつろと目を閉じ始めて泣きもせずすやすやと眠ってくれた。

「バーバ、すごいじゃん、やるじゃんか」と娘にほめてもらって得意顔。
なんだか託児所の保育士さんになったような気分だった。

げんこつ山のたぬきさんはおっぱいを飲んでねんねしてくれるけれど。
託児所にもちゃんとたぬきさんがいてくれたらいいなあって思った。






2012年12月21日(金) 冬のお風呂

冬至。午後から冷たい雨が降り始めた。

山里の職場で柚子を頂いていたと言うのに
置き忘れたまま帰って来てしまった。
今夜は「柚子湯」と楽しみにしていたのにとても残念である。

仕方なくいつもの入浴剤でお風呂に入ったけれど
柚子湯のことなど忘れてしまうぐらい心地よく温まった。
これも冬の楽しみのひとつ。とても幸せな気分になるのだった。

ふっと昔の五右衛門風呂を懐かしく思い出した。
嫁いだ頃には我が家もまだ薪でお風呂を沸かしていて
嫁いですぐにその役目を任されてしまったのだった。

それが上手く出来ない。思うように薪が燃えてくれなかった。
新聞紙に火を点けて最初は小さな薪から燃やし始める。
炎が見え始めたら徐々に大きな薪を入れていくのいだった。

お風呂も沸かせないのかと姑から小言を言われた事もある。
それが悔しくて毎日奮闘した。やれば出来ると毎日頑張った。

それまでの私はアパート暮らしでお風呂はガスだったから。
子供の頃を思い出してもお風呂を沸かすのはいつも父だったように思う。
だから初めての事だったのだ。上手く出来なくて当たり前だったのかもしれない。

やがてそれが上手になってくるとお風呂を沸かすのがとても楽しかった。
ちょうど良い湯加減になると舅さんがいちばん風呂に入る。
そして夫、姑、義妹が入ってから嫁の私はいつも最後だった。
義妹が入る時にはいつも大きな薪を燃やしてくれていてありがたかった。
おかげでお風呂がぬるいということは一度もなくいつも温まることが出来た。

懐かしいな。あの頃のお風呂。冬になるとよけいに思い出す。

どんなに歳月が流れても忘れられない私とお風呂の思い出だった。



2012年12月20日(木) 霜の朝

いちだんと冷え込んだ朝。土手は霜で真っ白になっていた。
吐く息も白い。なんだか子供みたいにはあはあとそれを楽しむ。

そうして微笑みながらそうしてふっとせつなさが込み上げてくる。

あの日の朝も霜の朝だった。かれこれ四年近くも前の冬の朝のこと。
前日にお大師堂で出会ったお遍路さんが我が家を訪ねて来てくれたのだった。

「修行」という名の托鉢。彼はそれが出来なくてとても苦しんでいた。
私と出会う前夜にはもうお遍路なんかやめてしまいたいと嘆きながら
公衆トイレの中で一夜を過ごしずっと泣いていたのだと話してくれる。

じゃあとにかく練習をしましょう!そう言って我が家に誘ったのだった。
足の悪い姑もぜひ会いたいと言ってくれて我が家を目指して歩いて来る。
わずか30メートルほどの距離だと言うのに姑は思うように歩けなかった。

「おばあちゃん、ゆっくりで良いですよ。大丈夫ですよ」

彼は何度も声をかけながら姑が辿り着くのをずっと待っていてくれた。

そんな出来事があったのが良かったのか、彼は随分と励まされたようだ。
何があってもなんとしても歩き続けなければと思えるようになったと。
数日後、姑と私宛に手紙が届いた。私たちにはとても嬉しい手紙だった。

その後、彼には三度ほど再会することが出来た。
最後に会ったのは今年の夏。笑顔で訪ねて来てくれてどんなに嬉しかったことか。

姑の手を握り締めて「おばあちゃん、ずっと元気でいてね」って言ってくれた。

その時どうして気づいてあげられなかったのだろうと後になり悔やまれた。

まさかそれが最後になるなんて思ってもいなかったから・・・。

その四日後、彼は死んでしまった。自ら命を絶ってしまったのだった。

その事実がどんなにショックだったか。言葉には出来ないけれど。

私のなかでは彼はずっと生き続けている。

今もどこかを歩き続けている気がしてならなかった。

山や海や空や風や。気持ちいいね。生きているよねって声が聞こえてくる。




2012年12月18日(火) まっしぐらの師走

曇り日。朝はそれほどでもなかった寒さが午後から強くなる。
風の冷たさに身震いしながら負けるものかと胸を張ってみたりする。

8日ぶりの山里。なんだかふっと懐かしさが込み上げてくる。
峠道ではお遍路さんがふたり、どうやらご夫婦のように見えた。
お互いを労わりあいながら歩いている様子にほのぼのと心が和む。


仕事は山積みだった。そんな忙しさが私は好きだ。
そうして自分が必要とされていることを感じるのが嬉しく思う。

ばたばたと慌しい時間ばかりではなく庭の山茶花に目をやると
まさに満開で可愛らしい桃色の花がたくさん咲いていてほっとする。
寒さも忘れる一瞬だった。冬に咲いてくれる花はほんとにありがたい。


私がいない間に母は風邪をひいていたそうで
もう大丈夫よと笑っていたけれどなんだか申し訳なかった。
頑張り屋さんの母のこと、一人で仕事を切り盛りしていたのだった。
助けてとは決して言わない。そんな母の苦労が身に沁みてくる。

会社の心配事も後を絶たず、年を越せるかしらと私が呟くと。
何があったって新しい年は来るわよって笑い飛ばされてしまった。
確かにそうね。どんなに不安がっても時が止まることはないもの。

母の笑顔に励まされてまっしぐらの師走になりそうだった。

こうなったらなんだって来いだ!前を向いてずんずんと進んでやろうではないか。





2012年12月17日(月) 雨のち晴れ

雨のち晴れ。青空が見え始めると一気に北風が強くなる。
冬将軍が目を覚ましたのかもしれない。また暴れ出すのだろうか。

川仕事に出掛けるまでに少し時間があったので
朝のうちに娘の家に押しかけていた。
ちょうど綾菜の朝御飯に間に合って良かった。
離乳食を食べさせた後、大量のウンチと格闘。
オムツを替えて着替えをさせてさあ遊びましょうとなった。
お気に入りの玩具やいないいないばあやお馬さんごっこもして遊んだ。
膝の上に座らせて上下に揺するととても喜ぶ。
お馬の親子の歌をうたいながら「ぽっくり、ぽっくり」すると声をあげて笑う。

あっという間の二時間だった。孫と一緒に遊ぶのはちょっと疲れるけれど
こんなに嬉しくて楽しい時間はいくらでもおっけいだと思うバーバであった。



帰宅して早めの昼食を済ませ、いざ出陣と川仕事に向う。
この一週間ふたりで頑張ったかいがあり作業も今日で終わることが出来た。
漁場一面に張られた緑の網を見ていると感慨無量になる。
達成感はもちろんのこと、どうか順調な生育をと祈る気持ちが込み上げてくる。

何があってもおかしくない世の中。自然の厳しさもそのひとつである。
自然がいつも味方してくれるとは限らない。痛手は覚悟の日々であった。
「恵まれる」ということは奇蹟のようなこと。最近つくづくとそう思う。

どんな時もなにがあっても希望を忘れず前を向いて歩んでいきたいものだ。


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