昨日からずいぶんと暖かく今日もぽかぽかの小春日和となる。 冬将軍もちょっとひとやすみ。雲を枕にうたた寝をしているようだ。
午前中に地区の年末総会、お昼前から川仕事、帰宅して選挙と慌しい一日。 あらあらと言う間に一日が過ぎていくのはいかにも師走らしかった。
せめて散歩の時だけはとゆったりとした気持ちでいつもの道を歩く。 昼間の暖かさをそのままに土手を吹く風もやわらかく優しかった。
お大師堂にはお遍路さんの靴が脱ぎ揃えてあってわくわくと嬉しい。 12月に入って一気にお遍路さんの姿を見かけなくなっていたから。
扉をノックしようとしていたら先に扉が開いてびっくりした。 なんと秋の日に最後のお別れをした長髪青年遍路さんがそこに居た。
もう会うことはないだろうと思いつつずっと気になっていた青年。 愛媛の実家に無事に帰り着いたものの、またすぐに旅立ったのだそうだ。 「もう一度だけ」どうしてもそうしなければいけない理由があったようだ。
家族のために。大切な家族を守るために彼が選んだお遍路のみち。 彼の背負っているものはほんとうに大きくて心を痛めずにはいられなかった。
のほほんと毎日を平穏に暮らしている自分が心苦しいほどに。 彼とその家族の苦悩がひしひしと伝わってきて涙が出そうになった。
前回会った時には決して無駄ではないのだと告げたことを覚えている。 今日はなんと伝えれば良いのか。励ます言葉がうまく見つからなかった。
「すべてでなくていい、ほんの少しでいい」それが精一杯の一言になる。
| 2012年12月15日(土) |
おばちゃんありがとうね |
曇りのち雨。なんだか春先を思い起こすような暖かな一日だった。 午後から降り出した雨は冬の雨とは思えないほどやわらかく優しかった。
父方の伯母の命日。もう二年が経ってしまった。 今朝はその顔を思い出しほろほろと涙がこぼれた。
お葬式の日以来、お線香のひとつもあげられずお墓参りに行けずにいる。 遠方とはいえなんと不義理な事だろうと心が痛んでならなかった。
13歳の時に両親が離婚した。 それ以来ずっと伯母は私の母親がわりでもあった。 今でも忘れられないのは中学の修学旅行の時のこと。 伯母は前夜から泊り込みで来てくれてお弁当を作ってくれた。
今思えば伯母にも家族がいて私とさほど年の変わらない従兄弟達もいた。 そんな家族のことを後回しにしてまで私の世話をしに来てくれたのだった。
その頃の私はそれがどんなに大変な事だったのか気づきもしなくて。 伯母をひとりじめにしたような気分でうかれていたのかもしれなかった。
そんな伯母の苦労に気づいたのはあまりも遅くてつい最近のことである。 伯母が亡くなる少し前に電話でいろんなことを話していてはっとしたのだった。
伯母の声を聞いたのはそれが最後になってしまったけれど。 「おばちゃんありがとうね」ってちゃんと伝えることが出来て良かったと思う。
電話口でおばちゃんは泣いていた。私も泣きながら感謝の気持ちを伝える事が出来た。
10代の後半から今までほんとうにたくさんの不義理を重ねて来たと思う。
けれども思い出す伯母の顔はいつも優しくて微笑んでいてくれるのだ。
寒気が少し緩む。今にも雨が降り出しそうな朝だった。
雨を覚悟の川仕事だったけれど幸い降らずにいてくれて 本日のノルマを達成。このまま順調に進めばあと3日で終りそうだ。
毎日目標を定めて精を出す仕事はとても張り合いがあって良い。 疲れもあまり気にならず、むしろ達成感のほうが大きかった。
「やる時はやるんだ」という精神、これは夫ゆずりだった。 根っからの怠け者の私には、どうでもいいやと思う悪い癖があったりして。 何事も中途半端であったり途中で投げ出してしまうことも多くあったから。
今の自分がこうして在るのは夫のおかげであると言っても他言ではない。 今更言うのも気恥ずかしいけれど、良き伴侶に巡り会えたと心からそう思う。
これも歳を重ねてきた証だろうか。夫のいない暮らしを考えただけで 目の前が真っ暗になってしまう時がある。それはとても心細いことだった。
正直言って若い頃には、夫が留守をしてるだけでほっと嬉しかった。 亭主留守で元気が良い。そんな感じだったのかもしれない。
それが今では正反対になってしまって、そばにいないと不安でならない。 そばにいてくれるだけでいい。いつしか夫はそんな存在になっていた。
夫婦とは不思議なもの。ながい歳月を経てこそ感じられる貴重なことがある。
もしかしたらこれこそが愛しさか。そんなことを私も思えるようになった。
ここ数日氷点下の朝が続いている。 そんな寒い朝にあんずが逃走してしまって大騒ぎだった。 朝は夫と一緒に散歩に行くのが日課なのだけれど 夜明け前の暗い犬小屋でリードが外れてしまったようだった。 しまったと思った時はもう遅く、あんずは一目散に駆け出していったもよう。 夫はすぐに追い掛けて行ったけれど暗くて姿を見失ってしまったそうだ。
「大変な事になったぞ!」夫の叫び声に一瞬あんずが死んでしまったのかと思った。
「死ぬどころか元気すぎるぞ」あんずが逃走した事を知りふたりで捜しに出掛ける。
いちばん最初に仲良しのランちゃんの家へ行ってみた。 以前にリードが外れた時もまっしぐらに向った場所だったから。 でもいない。いったいどこに行ってしまったのだろう。
今度は大橋のたもとまで捜しに行く。クルマに轢かれたらどうしよう。 そんな不安をよそにそこでも姿が見えないままだった。
もしや?最後にお大師堂に向ってみるとぼんやりとあんずの姿が見えた。 夫とは一度も来た事のない場所。私と歩く散歩道を覚えていたらしい。
「そうか、そうか、独りでお参りに来たのだね」
とても怒る気にはなれなくて擦り寄ってきたあんずの頭を撫でる。
おかげで流れ星を三つも見れたぞと夫。
夜明け前の東の空が燃えているように赤く染まっていた。
昨日に引き続き今朝も氷点下の朝になる。 土手には真っ白に霜がおり朝陽が射し始めるときらきらと眩しい。 寒さにも少し慣れてきたのか、そんな朝の風景を楽しむゆとりができた。
今日から一週間ほどの予定で川仕事が始まる。 重ねて張っていた海苔網を一枚ずつ漁場に張り詰めていく作業。 全部で140枚ほどある。毎日少しずつ頑張っていこうと思う。
秋の間は例の黒い海苔の被害にあってとても大変だったけれど 水温が下がったせいかそれも消滅してくれてほんとうに良かった。 青さ海苔は1センチほどの長さに成長しておりもう大丈夫だろう。
自然任せのことでまた何が起こるかわからないけれど 大きな山を越えたような気持ちで前途がとても明るくなった。
亡くなった夫の父が残してくれた家業。もう30年にもなるのか。 私たち夫婦に苦労はつきものだったけれど今となっては懐かしい。 これからもどんな苦労も乗り越えていけそうな気がするのだった。
あと10年、いや20年かなと夫とこの先の事をよく話す。 それはとても欲張りなことだけれどその欲こそが希望だった。
希望をなくしては一歩も前に進めないような気がしてならない。
自然の恵みをありがたく受けとめながらふたり力を合わせて頑張ろう!
昨夜からかなり冷え込んでいたので 雪の朝になるかもしれないと思っていたけれど 目覚めたら冷たいみぞれのような雨が降っていた。
そんな雨が降ったりやんだり、時々青空も見えてほっとする。 家事もそこそこに炬燵にもぐりこむばかりの一日だった。
今夜こそはと湯たんぽの準備をする。 台所のストーブに薬缶を載せておくとちょうど良い湯かげんになる。
湯たんぽは息子が赤ちゃんの時に使っていたものだけれど 昔々の冬を思い出しながら今では私の布団を暖めてくれる。
そんな湯たんぽが待っていてくれると思うと寝るのがとても楽しみだった。 これも冬の楽しみ。ささやかな夜のご褒美のようなものである。
平穏な一日に感謝しながら明日のために眠ること。
当たり前のことのように思えるけれどそれこそが幸せに思える。
強い北風に雨が混じり今にも雪に変わりそうなお天気だった。 「寒い、寒い」が口癖のようになってしまったけれど こころのなかはいつもあたたかい。そんな自分でいられるありがたさ。
午前8時にはもう娘の家に押しかけていた。 「おはよう綾ちゃん」声をかけるとにっこりと微笑んでくれる綾菜。
オムツを替えて着替えをさせてガーゼで顔を拭いてあげる。 毎朝娘がしている事をかわりにさせてもらえるのが嬉しい。
しばらく玩具で一緒に遊んでから三人で買物に行った。 あまりの寒さに綾菜には毛糸のお帽子。それがとても良く似合う。
ダイソーに行ったりスーパーに行っているうちに眠くなった綾菜。 帰りのクルマの中ですやすやと眠り始めた。 私の胸に埋もれるようにして寝息をたてる姿がとても愛しい。
お布団で30分ほど寝ただろうか。目を覚ますと昼食の時間だった。 今日の離乳食はさつま芋入りのお粥。人参としらすの煮物。そして林檎。 食べさすのはほんとうに楽しい。あーんと口をあけてもぐもぐと食べてくれた。 食後はミルクを欲しがる。哺乳瓶を見ただけで催促するようになった。 このところ母乳を飲みたがらないようで断乳になってしまったようだけれど 喜ぶ娘をよそになんだか物足りなさを感じるのはバーバの独りよがりだろうか。 それだけ成長したということ。私も喜んであげるべきかもしれない。
娘の家を後にする時はいつも後ろ髪を引かれるような思いになる。 来週は川仕事が控えていて会いにこれそうにもなくひどく寂しい。
今頃はもうおりこうさんでねんねしているかしら。
綾ちゃん今日はありがとうね。バーバもそろそろねんねの時間になったよ。
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