ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年11月27日(火) 日々をいただく

昨日の強風はおさまったものの今朝はぐんと冷え込む。
北国では吹雪いているようだった。どんなにか寒いことだろう。
おまけに停電のニュースを聞きなんとも気の毒でならなかった。

そんなことがあるたびに自分の暮らしがどれほど恵まれているか思い知る。
当たり前のことなんて何ひとつないのだとつくづく思ったりするのだった。

今日も平穏無事。それがどんなにかありがたいことだろう。
日々をいただいているのだと思って感謝する気持ちを大切にしたいものだ。


いつもの散歩道。大橋のたもとの休憩所でまた青年お遍路さんと出会った。
昨日のお遍路さんは先を急いでいたけれど
今日のお遍路さんはちょうど野宿の場所をさがしていたところだった。
お大師堂を教えてあげたらとても喜んでくれてほっとする。
案内がてら一緒に歩いていてもしや?と思った通りだった。
足がとても痛そう。両足を引き摺るようにして歩いていた。

先月出会って無事に結願したお遍路さんの話しをする。
彼も同じように足を痛めていたこと。それでも最後まで歩き通せたこと。
だからきっと大丈夫。そう言って励ますのが精一杯だった。

最初は我武者羅に歩いていたのだそうだ。とにかく進む事ばかり考えていたと。
けれども足を痛めてから気づいたことがいっぱいあって心のゆとりが出来たらしい。
嬉しい出会いもたくさんあった。急いでいたらなかっただろう縁に恵まれた。
ゆっくりのんびり行きなさいよってお大師さんが教えてくれたのかなって。

お遍路さんはお大師堂の床に腰をおろして川面を見つめながら呟いていた。

なんかここってすごく癒されますね。さらさらと静かに川が流れていますね。

その言葉がすごく嬉しくてたまらなかった。

日々をいただく。ご縁をいただく。今日もありがとうございました。








2012年11月26日(月) みんなみんな茜色

午前中は雨。なんだか春の雨のように暖かかった。
そんな雨があがるなり強い北風が吹き始める。
やはり冬なのだなと思い知らされたような午後であった。

帰宅するなり真冬用の防寒着を引っ張り出した。
フードを被るとおばあちゃんになった赤ずきんちゃんのよう。
これでどんなに寒くても大丈夫と元気いっぱいに散歩に出掛ける。

お大師堂でお参りを済ますと今度は大橋のたもとまで歩く。
万歩計は5千歩がやっとだけれどそれでじゅうぶんだと思っている。
出来る事を少しずつ。無理せずこつこつがいちばんではないだろうか。


大橋のたもとの休憩所でひと休みしている若いお遍路さんと出会った。
真新しい白装束がとてもまぶしくて笑顔の素敵な好青年であった。
大きな荷物を見ただけで野宿ではないかとすぐにわかった。
時刻は三時半、今夜はどこで泊まるのだろうとすごく心配になる。

青年は微笑みながら「まだ三時半だから」って応えた。
伊豆田トンネルという長いトンネルを抜ければ野宿出来る場所がある。
「そこまで頑張りますよ」と元気な声で応えてくれた。

なんのお接待も出来なかったけれど、声をかけることが出来て良かった。
日々のささやかな出会いこそがありがたくてならない自分がいる。


夕食の支度をしていたら夫が「外を見てみろよ」って叫んだ。
窓の外が真っ赤だった。路地も土手もこんなに茜色に染まるなんて。

夕焼け空は明日への希望でもある。そうして今日の平穏をかみしめる。

生きていたんだなってすごくすごく清々しい気持ちになった。





2012年11月25日(日) かぼちゃのスープ

娘が「おいでよ」と言ってくれた日は朝からそわそわと落ち着かない。
一週間はあっという間のようでもありとても長く感じることもあった。

孫に会えるのはほんとうに嬉しい。そしてありがたいことだと思う。

生きなくちゃ生きなくちゃとすごく元気をもらっているバーバだった。


お昼に離乳食。「おばあちゃんに食べさせてもらおうね」って娘。
その一言を待ってましたとばかり喜び勇むのは言うまでもないこと。

今日はお粥さんとかぼちゃのスープだった。
「はい。あ〜んちて」「ごっくんうまうまだよ」なんてね。
一口ずつゆっくりと綾菜に食べさせている時が最高に幸せだった。

そのうち綾菜の口のまわりがかぼちゃ色に染まる。
それも愉快なことで娘もバーバも笑顔でいっぱいになるのだった。

食後はミルク。哺乳瓶を小さな手でしっかりと支えられるようになった。
ぐびぐびとあっという間に飲み干す。空っぽになってもまだ吸い続ける。
もうお終いだよと取り上げると怒ってちょっと泣きそうな顔をする。

笑ったり怒ったり泣いたり。そうして甘えたり。
いろんな表情を見せてくれていつまでも見飽きることのない存在だった。


その後、二時間ほど一緒に遊んで帰路につく。
いつもいつも後ろ髪を引かれるような思いだった。

また会えるよね。それが当たり前のことのように感じている自分がいた。

けれどもこんなにありがたいこと。自分はなんて恵まれているのだろうか。



2012年11月24日(土) 嬉しいこといっぱい

青空が嬉しくなって洗濯物をたくさん干した。
寒い朝だったけれど贈り物のように陽射しが降り注ぎ始める。

朝のうちに障子貼り。それは手抜きで破けたところだけ貼る。
そこだけ真っ白なのも何か変だなと思いつつもそれで良しとした。
師走に入ればあっという間に日々が流れていくものだから
今のうちに出来ることをしておこうと思ったりしていた。

海苔の漁場を見回りに行っていた夫が帰って来る。
ずっと悪さをしていた例の黒い海草がずいぶんと減ったそうだ。
目の前がぱあっと明るくなるような嬉しい知らせだった。
もう大丈夫だろうと微笑む夫に私も笑顔でいっぱいになった。
希望を捨てずに一生懸命手入れをしてきたかいがあるというもの。
後は海苔が順調に育ってくれる事を祈るばかりである。

何事も諦めてしまってはお終いなのだとつくづく感じたことだった。



午後は例のごとく炬燵にもぐり込んでとろとろしていたのだけれど
何だか外が騒がしいなあと思って窓の外を見てびっくりした。
またまたドラマのロケ隊がやって来て我が家の目と鼻の先にいる。
二階にあがって見るとすごく良く見えた。窓の外に生田君と真木さん。
ふたりは自転車に乗って目の前を何度も横切って行った。
セリフも聞こえた。真木さんの笑い声もすごく可愛かった。

撮影は二時間ほど続き、おかげで私のたいくつ病もどこへやら。
わくわくと興奮しながら一部始終を見守ることが出来た。

ドラマではほんの数分のシーンだと思うのだけれど、
何度も何度も撮り直してすごく大変なことなのだなとあらためて思った。

ロケが終ると集まっていたギャラリーも去りし〜んと静かになる。

「ここってやっぱいいよね」ってあんずに語りかけながらいつもの散歩道を歩いた。



2012年11月23日(金) 一条さんの日に

どんよりとした曇り日。いちだんと肌寒さを感じる。
昨日から「小雪」に入り季節はもう冬に違いなかった。

今日から我が町の一条神社の大祭が始まる。
地元ではみな「一条さん」と呼んでいるのだけれど
公家行列などもあり土佐の小京都ならではのお祭りだった。

子供達が小さい頃には家族そろって出掛けたことも懐かしい。
今となっては「一条さんやね」と夫とうわさするだけとなった。

せめてもと思い、今年はJA主催の農業祭に足を運んだ。
人混みは苦手だけれど良い気分転換になったと思う。
神社にも行くかと夫が言ってくれたけれどそのまま帰って来た。

農業祭で買った筋なし豌豆の美味しかったこと。
バター炒めにしたらすごく柔らかくてたくさん食べられた。



そんな一日、とても嬉しい知らせが舞い込む。
先月お大師堂で出会った足を痛めていた青年お遍路さんが
無事に八十八ヶ所を巡り結願したという知らせだった。
痛い足を引き摺りながらほんとうによく頑張ったと思う。
最後に会った日からほぼひと月が経っていたけれど
毎日手を合わせながら無事を祈り続けていた。

負けない勇気、あきらめない勇気、彼から教わったことはとても貴重なこと。
出会えてほんとうに良かったと感謝の気持ちが込み上げてきた。

この先どんなことがあっても彼は立ち向かって行くだろう。

そんな姿がきらきらと眩しくてならない一期一会であった。



2012年11月21日(水) せつなさ

朝の寒さは日に日に増しているけれど
日中は風もなく穏やかな小春日和となった。

山里の母が庭の木を剪定するのだと言って
高切り鋏を持って一日中奮闘していた。
それは体調の良い証拠でもあるのだけれど
後からどっと疲れがきやしないかとはらはらしながら見ていた。
私は事務所でひとり仕事、手伝おうかと言っても断られてしまう。

同僚はすっかり枯れてしまったコスモスを引き抜いていた。
それも母の指図で私が口をはさむことは出来ないけれど
去年はそれを母がしていて私も手伝ったことを思い出す。

あの時はもう咲いてくれないのではないかと心配でならなかった。
少しでも種を落とそうとふるい落としながら引き抜いたことだった。

そのかいがあってか今年もたくさん咲いてくれたコスモス。
さようなら秋。ありがとう秋と心でつぶやきながら作業を見守っていた。


「綺麗」とはどういうことだろうかとふと考える。
枯れてしまったものは綺麗ではないというのが母の考えだった。

私は違う。私は枯れてしまったものも美しいと思う気持ちがあった。
人も植物もその時がくれば枯れてしまうのが運命なのかもしれない。

それはとてもせつないことだけれど、そのせつなさのなかに「命」がある。

        その命がうつくしいものなのだ。




2012年11月20日(火) テレビドラマ「遅咲きのヒマワリ」

夜明け前、あんずと散歩に出ていた夫が帰るなり
土手にテレビ局のクルマが来ているみたいだぞって教えてくれた。
その時は何か中継でもあるのかなとあまり気にしていなかったのだけれど
朝食後にテレビを何気なく見ていてびっくり仰天してしまった。

なんと先月から始まっているドラマ「遅咲きのヒマワリ」の出演者達が
生中継で番宣をしている映像が映し出されていたのだった。

そこは私の毎日の散歩道、お大師堂のすぐそばの河川敷だった。
好奇心旺盛な私が大急ぎで駆け出したのは言うまでもない。

けれども案の定すぐ近くまで行くことが出来なくて
仕方なく遠くからわくわくしながら見ているばかりだった。

ほんとにあっという間の出来事、生中継はすぐに終わってしまう。
出演者達が乗っているであろうクルマがあっけなく帰って行ってしまった。


そうして今度は仕事から帰宅した時、大橋を渡ると土手の道が通行止め。
ドラマのロケをしている様子だったけれど詳細は何もわからない。
生田君かな桐谷君かなと想像ばかりがふくらんで少しはがゆかった。

すぐさまあんずと一緒に散歩に出掛けたけれど、土手にはあがれず。
かろうじてお大師堂には行くことが出来たけれど、その間にロケは終った。

あとはドラマを見てみないとどんな撮影だったのか何もわからない。
けれども身近な風景が映像になるのがすごくすごく楽しみだった。

早寝の私も火曜日だけはテレビにかじりついている。
オープニングの香椎由宇ちゃんが出ている場面が私の散歩道だった。

みなさんもぜひぜひ今夜も見てくださいね!


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