ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年11月19日(月) だいじょうぶだよ

山々の紅葉をわずかに残し景色は日に日に冬枯れていくけれど
民家の庭先には山茶花の花が咲き水仙の花も見られるようになった。

ほっとする景色がそうしてあることがとてもありがたく思える。
冬ごもりしてしまいそうなこころにもひだまりがあるのだ。
それはこれから真冬になってもそっとあたためてくれることだろう。


ずっとずっと平穏な日々が続いている。
不安なことはたくさんあるけれどそんな不安を打ち消すように。
「だいじょうぶだよ」ってそんな声が天から聞こえてくるようだ。

何事もなく一日が過ぎ、夜が来るとほんとうにほっとする。
けれども欲張りなものだから今度はちゃんと朝が来ますようにと祈る。
そうして無事に朝が来るとまた一日の平穏を祈っているのだった。

朝に晩に「ありがとうございました」感謝の気持ちは決して忘れない。


お大師堂からの帰り道、夕陽が川面を射してきらきらと眩しかった。

わたしのなかにもおひさまがいるよって声をあげてさけびたくなった。



2012年11月17日(土) 雨がやんだよ

雨の音で目覚める。ぴちぴちちゃぷちゃぷと雨が踊っていった。
その後も雨脚がひどくなりかなりまとまった雨が降る。

川仕事にも行けずなんとも手持ち無沙汰なこと。
たいくつを絵に書いたような一日になった。

10時頃まで炬燵にもぐり込んでだらだらしていたけれど
夫が喫茶店に行くと言うので喜んでついて行く事にした。

こんな日はとりとめのないおしゃべりなどをするのもよし。
人と会うと気分も明るくなって活き活きとしてくるように思う。

喫茶店は夫の従姉妹たちの溜り場にもなっていて楽しかった。
自分の母親と歳の変わらない従姉妹たちを「姉さん」と呼ぶのも良い。

嫁いで30年以上経ったけれど「身内」のありがたさをしみじみと感じる。
みんなのことが大好き。それも縁あってのこそと感謝せずにはいられない。



午後も雨音を聴きながら炬燵でとろりんとろりんと過ごしていた。
天気予報ではそろそろ雨がやむ頃。期待通りにやんでくれて良かった。
おかげでいつも通りにあんずと散歩に行くことが出来た。

土手の道でランちゃんに会えてあんずの嬉しそうなこと。
はしゃいでいるあんずを見ていると老犬だとは思えないほどだった。

友達っていいね。仲間っていいね。楽しいこと嬉しいこと。

これからもきっとたくさんあるよってあんずにも自分にもおしえてあげた。



2012年11月16日(金) 家族のありがたさ

昨夜からかなり冷え込んでいてしんしんと寒い朝。
山里へ向う道の銀杏の木がすっかり葉を落としていた。
黄金色の絨毯を敷きつめたように地面だけがあたたかく見える。
裸木はさびしいけれど骨のような枝が伸び伸びとたくましい。

山里は初霜。冬枯れ始めた風景が目にとびこんでくる。
秋の名残も少なくなって急ぎ足で冬に向っているようだった。



昨夜は予定通り家族揃って炉ばた焼きのお店に行っていた。
ちょうど山里の母も帰路の途中で寄ってくれてにぎやかになる。
囲炉裏や炭火の懐かしいこと。そしてなんともあたたかいこと。
またみんなで集まろうや!と息子の一言にみんなでうなずいた。
家族みんなの笑顔がとても嬉しくて幸せなひと時であった。


ふっと夢のようにおもうひと時がある。
当たり前のことなんだとは決して思えなくて
天から贈り物をさずかったような気持ちになる時がある。

だからこそありがたい。感謝の気持ちが湧き出てくる。

これからもそんな日々に手を合わすように生きていきたいものだ。



2012年11月14日(水) 明日の楽しみ

北風強し、晴れたり曇ったりしながら時折り時雨れる。
12月中旬並みの気温だと言うことで一気に冬が押し寄せてきた。

朝の台所でお味噌汁を作っている時がなんだかしあわせ。
寒さあってこその楽しみが他にもたくさんありそうだった。

年々寒さが身に堪えるようになったけれど負けないぞって思う。
冬がなければ春もない。日々を受けとめるように暮らしていきたいものだ。


今日も川仕事、二人で頑張ったかいがありなんとか漁場を一回りする。
また数日すれば同じ作業を繰り返さなければいけないのだけれど
不安が少しずつ薄れてきて希望がふくらんできたのが何よりに思う。
欲を言えばきりがない。わずかでも収穫できれば充分だと思っている。



夕方、隣町の炉ばた焼きのお店に明日の予約をした。
息子の提案で家族揃って出掛ける予定である。
少し遠いけれど鶏肉専門店ですごく美味しいのだそうだ。

わくわくと楽しみにしながら明日の夜を待ちたいと思う。

明日のことをかんがえていられるのもすごくしあわせなことだ。



2012年11月13日(火) とつぜんの雷雨

晴れのち曇り、午後思いがけずにとつぜん雷雨となる。
めまぐるしく変わる天気に戸惑いながらも
これが季節の変わり目の儀式のように思えた。

冬が押し寄せてきている。秋の名残がすこしせつない。


午前中は川仕事に行ってきた。
夫が毎日見回りに行っているのだけれど
例の黒い海草との闘いがまだ続いている。
どこも家族総出で頑張っているのだもの
夫ひとりの手に負えないのは当然だった。

悪条件にもかかわらず海苔は緑の芽を出し始めている。
それがどんなにか励みになっていることだろう。
なんとか全滅の危機だけは避けられそうだった。
「負けないで、負けないで」と語りかけるように手入れをした。



ちょうど散歩の時間にとつぜんの雷雨となったけれど
しばらく様子を見ているうちに雨がやんでくれてほっとする。
お大師堂に向っていると、一台のクルマがすぐそばに停まった。
「こんにちは」と笑顔で挨拶を交わすと助手席からお遍路さんがおりてきた。

運転していた人は隣町の「観音さん」のご住職だと言うこと。
突然の雷雨に見兼ねてクルマでお接待を申し出たのだそうだ。
お遍路さんはとても喜んでいた。ずっと野宿の旅を続けているらしい。
屋根のある所で寝られるだけでありがたいことだと言ってくれた。

ささやかな出会いであったけれど二人に会えてとても嬉しかった。
観音さんのご住職はとても明るくて朗らかな人だった。
お遍路さんはおっとりと落ち着いた雰囲気で優しそうな人だった。

日々の出会いはほんとうにたからもの。

これからもそんな出会いを楽しみに日々を送っていきたいと思う。



2012年11月12日(月) 北風の赤ちゃん

穏やかな晴天と思いきや風が思いがけず冷たかった。
生まれたばかりの北風の赤ちゃんなのかもしれない。
そうしてだんだん大きくなって北風小僧になるのだろう。

落ち葉がからころと山道で舞っていた。
それを合図のように雀達が一斉に飛び立っていく空。



仕事でとあるお客さんのお宅を訪ねた。
なんだか暗い顔をしているなと思ったら
長年可愛がっていた猫が死んでしまったと言う。
思い出話を聞いているうちにもらい泣きをしてしまった。
とても他人事には思えないこと。どんなにか辛かったことだろう。
いつまでも悲しんでいてはいけないのだけれど
そう呟きながら奥さんはぽろぽろと涙を流していた。

亡くなった猫ちゃんがあんずと重なる。
いつかはその時が来るのだとわかっていても首を横に振る自分がいた。


仕事を終えて帰宅するなりあんずがきゅいんきゅいんと泣いた。
ちょっと待っていてね。声をかけて急いで洗濯物を取り入れた。

散歩道の風は冷たいけれど、陽射しを浴びるようにして歩く。
お大師堂で出会ったお遍路さんがあんずと遊んでくれた。

なんと中国から来た留学生だと言うこと。
日本語がとても上手なので外国人だとはとても思えなかった。

笑顔の爽やかな青年だった。明日も頑張りますよって元気な声が嬉しい。



2012年11月11日(日) おでん日和

雨音を聴きながらとろりんとろりんと過ごす。
時折それはどしゃ降りになって心をざわつかせた。


お昼に玉子を茹でておいて午後からおでんを作る。
一番好きな餅巾着を上に乗せてとろ火でことことと煮込む。
家中におでんの匂いが漂う。それがとても幸せに思えた。

一時間ほど煮込んでから茶の間の炬燵にもぐり込む。
夫がワオワオで映画を観ていたのだけれど
それがなんとも残虐な映画で目を覆いたくなった。
たくさんの人があっけなく次々と死んでいく。
観たくなければ寝れば良いと夫は言ったけれど
逃げ出したい気持ちのまま最後まで観てしまった。

大震災から一年と8ヶ月の今日のこと。
たかがテレビとはいえもっと配慮が必要ではないかと思った。
それは常日頃から思っていること。
心がほっとするようなあたたかな映像を求めてやまない。


雨がやんだ。そうしてほんの少し陽射しも見え始める。
今日は無理かもと諦めていたけれど散歩に行くことが出来て良かった。

雨上がりの散歩道はきらきらと眩しい。
気がつけば土手の緑も雀色に変わりつつあるけれど
老い始めたススキの穂が生きているよと輝いていた。


さあ、おでんの時間。大相撲を観ながらふはふはと美味しかった。
餅巾着をいちばん先に食べてハンペンと大根、さつま揚げを食べて
最後に玉子を食べる。よく滲みていて最高のごちそうだった。


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