ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年11月10日(土) 空のように風のように

曇り日。明日は雨になるらしい。
雲の上にはかならずおひさまがいるのよって。
母が言ってくれた言葉をふと思い出す。

どんな日もあってよし。空と一緒に生きているのだもの。
ちょっと昔の私は気分の浮き沈みが激しくて
自分で自分のことがよく理解できない事が多かったけれど
今は違う。今はこれが自分なのだと胸をはって生きているように思う。

空のように風のように私の日々も流れていく。



散歩道の河川敷で栴檀の木の実を仰いだ。
つい先日までそれはオリーブ色だったのに
いつの間にか色づいて黄色がかっているのだった。

木の実ってすごく好きだ。実がなるってすごい事だと思う。
その実が落ちてまた木になるのかなって思うとなんか感動する。

人間ももがきながら実になろうとしているのかもしれない。
そのために花を咲かそうと一生懸命頑張っているのかもしれない。

私もいつか大きな木になれたらいいな。
雑草みたいな人生だったけれどあともう少し生きられたなら。

空に手を伸ばして風に吹かれながら「生きているよ」って叫びたい。





2012年11月09日(金) 優しいおひさま

ここ数日、日中は風もなくぽかぽかと暖かい日が続いている。
もう小春日和という言葉を使っても良いのだろうか。
ほんとに小さな春のようでおひさまがとても優しい。

仕事の手を休めて少しだけ庭に出てみた。
陽だまりに腰をおろしてつかの間の日向ぼっこをする。
そうしたら思いがけずに蝶々が飛んできてくれて嬉しかった。

白いのと黄色いのとオレンジ色に黒の斑点がある蝶々だった。
名前で呼んであげなくてごめんなさいとつぶやきながら
ひらりひらりと可憐に舞う姿を童心に返ったように眺めていた。

こころがほんわかとあたたかい。ありがたき蝶々たちだった。



帰宅しての散歩道。土手の上でランちゃんに会った。
あんずとはとても仲良し、お互いを見つけるなり駆け寄って行く。
そうしてキスみたいなことをしたりお尻の匂いを嗅いだりするのだ。
いかにもじゃれあっているという感じでなんとも微笑ましい光景だ。
ランちゃんはあんずの唯一の友達と言っても良いだろう。
他の犬には決して見せない仕草をする。吠えられて逃げ出す時もあった。

また明日ねって約束して別れる。きっと会えたら嬉しいね。




2012年11月07日(水) 冬がはじまるよ

ついに立冬。ここ数日で木々の紅葉がいちだんと鮮やかになった。
毎朝楽しみに見ていた銀杏の木もすっかり黄金色になり
今朝はもうはらはらと散り始めていておどろいてしまった。

落ち葉はなんとも哀愁を感じるものである。
せつないような哀しいような秋のかけらそのもののような姿だった。


仕事は順調。どんな時もあるものだけれど、みんなが笑顔でいられる。
ずっとこんな日が続けばどんなにか良いだろうと欲のように思った。
お客さんのお宅を訪ねたらちょうど畑仕事をしている最中だった。
「大根持ってかえりなさい」と畑から抜いてくれて一本いただく。
ほのかに土のにおい。ふっと懐かしいようなにおいがした。
笑顔で手を振って見送ってくれる。とても嬉しい出来事だった。



帰宅していつもの散歩。お大師堂でまた若いお遍路さんと出会った。
大阪から来たという青年は自転車で八十八ヶ所を巡っているらしい。
笑顔の素敵な好青年で人懐っこい感じが初対面とは思えなかった。
自転車には小さな釣竿が括り付けられていて時々釣りをするのだそうだ。
釣った魚を晩ご飯に野宿をするのがとても楽しいのだと話してくれる。

きらきらと眩しいひと。なんとも清々しい出会いであった。




2012年11月06日(火) いろんなことがありました

朝の冷え込みが少し緩んだだけでずいぶんと暖かく感じる。
日中も穏やかによく晴れてなんだかふんわりとした気分だった。

とはいえ明日はもう立冬。秋が終わり冬が始まる。
ついつい身構えるような気持ちになってしまうのだった。

そうではなくて受けとめるような気持ちになりたい。
冬には冬の日々を楽しむ余裕が必要ではないだろうか。



今日は人生初の「乳がん検診」を受けてきた。
これまであまりにも無関心だったような気がする。
それではいけないと積極的に申し込みをしていたのだった。

触診だけかなと思い込んでいたのだけれど、
実はレントゲンでかなり痛い思いをした。
マンモグラフィ検査と言うものらしい。
聞いたことはあったけれどこれがそうかと思った。
あまりの痛さに涙が出てしまったほど。

けれどもそうしてちゃんと調べてもらってこそ安心出来る。
次回は二年後、また必ず受けようと決心をした。


午後は川仕事。例の黒い海草との闘いであった。
夫が毎日手入れをしているけれどほんとうにイタチごっこ。
取り除いても除いても明くる日にはまた付着している。
だからと言って決して諦めてはいけない。
闘いはまだまだ続きそうだけれど根気よく頑張るしかないようだ。


いつもより少し遅くなったけれど散歩に出かけた。
お大師堂からの帰り道に若いお遍路さんと出会う。
道を間違えて高台の神社まで行っていたそうだ。
なんとも気の毒な事、案内がてら一緒にお大師堂へ戻る。

今頃は疲れた身体を少しでも労わっている頃だろうか。
ゆっくりと休んでまた明日から元気に歩き出してほしいと願っている。

いつもの時間なら会えなかったひとだった。
これも一期一会かな。出会いってほんとに不思議だなって思った。



2012年11月04日(日) そうして今日も暮れていく

晴れのちくもり。お天気はまた下り坂のようだ。
おひさまがかくれんぼをしてしまうとなんとも肌寒い。

朝から娘の家に行って一緒に買物に出掛ける。
ずっと綾菜を抱っこさせてもらえるのが嬉しい。
6ヶ月になりずいぶんと重くなったけれど
その重みが愛しいと思えるバーバであった。

今日は娘婿のお誕生日だった。
お昼には奮発してピザを注文する。
美味しいねえと言いながら三人で頬張った。
来年のお誕生日には綾菜も一緒に食べられたら良いな。

娘達と過ごす時間はあっという間に過ぎていく。
お昼寝中の綾菜にそっと声をかけて退散してきた。

また一週間もすれば会えるだろう。
その日を楽しみに日々を送っていこうと思う。


帰宅してお大師堂で昨日会ったお遍路さんの一人と再会した。
昨日もそうだったけれどちょうど帰ろうとしていた時に姿を現す。
ほんの1分の差で会えないところだった。これも偶然だろうか。
聞くと昨夜は大橋の下で野宿をしたのだそうだ。
もう一人のお遍路さんがそうしようと言ったらしかった。
そうして今日は買い物があり市内のホームセンターへ行っていたとのこと。
もう一人のお遍路さんは先に行き取り残されてしまったのだそうだ。

今夜こそここでお世話になります。そう言ってくれて嬉しかった。

20年ぶりのお遍路だと言う。前回はまだ30歳の若さだったそうだ。
まさに青年お遍路さん、その頃の姿が目に浮かんでとても眩しかった。

20年前とはいろんなことが変わっていて随分と戸惑ったらしい。
「なにも変わらない」そんな四国であって欲しいけれどそうはいかないのか。

なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

けれども若き日の思い出を胸にまた歩こうと志したそのひと。
もしかしたらそのひとのなかでは何も変わっていない何かがあるような気がした。

それはなんだろう。知る由もないけれど深い思いを感じた出会いだった。



2012年11月03日(土) 山茶花さいた

お隣の庭のコスモスもすっかり枯れてしまった。
ご主人が手入れをしたらしく綺麗に刈られてしまっている。
殺風景にはなったけれどこの秋を彩ってくれたコスモス。
来年もきっとたくさん咲いてくれることだろう。

そうしてバトンタッチをしたかのように山茶花の花が咲き始めた。
まだほんの一輪だけれど蕾がふっくらとたくさん見えている。
冬には冬の花がちゃんと咲いてくれる。なんとありがたいことだろう。

我が家には土の庭がないのでお隣の庭を楽しみにしている。
ブロック塀越に眺めてはまるで自分の庭のように思うのだった。


今日は台所にストーブを茶の間に炬燵を出した。
炬燵はまだコンセントを抜いてあるけれど、
そこに炬燵があると言うだけでほんわかと温もりを感じる。
これで冬支度は整った。冬よいつでもいらっしゃいの気持。


散歩道のお大師堂で到着したばかりのお遍路さん二人に会った。
少し休憩してもう少し先へ歩くかもしれないと言っていた。
お節介な私は泊まることをすすめる。それで良かったのだろうか。
二人のお遍路さんは顔を見合わせてはただただ笑顔でいてくれた。

どんなにささやかな出会いであってもそれが縁だと信じている。
お大師堂から見える夕陽をふたりに見せてあげたかった。



孫の綾菜。今日で生後6ヶ月になりました。







2012年11月02日(金) カラスなぜ鳴くの

今朝はぐんと冷え込みとうとう暖房のお世話になる。
そろそろストーブや炬燵の準備をしなければいけないようだ。

嫌いではなかったはずの冬が年々苦手になってきている。
まだまだ寒さはこれからだと言うのに先が思い遣られる話だ。

昨日の強風はおさまり日中は穏やかな晴天となった。
ひだまりがとても優しい。日向ぼっこをしたくなるような。


午後、母が急に気分が悪くなったという。
心配になり近くの診療所に行かせたのだけれど
血圧が異常に高くなっていたようだった。
気丈な母であってもどんなにか心労が溜まっている事だろう。
母にもしものことがあったらと思うと目の前が真っ暗になる。

ゆっくりと休ませてあげられたらどんなに良いだろうか。
はらはらと見守ることしか出来ない自分がはがゆかった。

大丈夫よ。それが母の口癖。それを信じようとしている自分もいた。


後ろ髪を引かれるような思いで帰路につく。
どうか母を守ってあげて下さいと祈りながら帰った。


そんな日であっても散歩道はいつもと変わらない。
なにもかもが優しくて微笑んでいるように見えた。

河川敷の栴檀の木にカラスが一羽とまっていた。
私が近づくと大きな声で「かあかあ」と鳴いた。

カラスなぜ鳴くのって歌いながら歩いて行った。



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