ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年10月26日(金) ひいおばあちゃん

お天気は下り坂。午後からぽつぽつと雨が降り始めた。
一雨ごとに秋が深まり冬へと手を伸ばし始めることだろう。

山里のコスモスも盛りを過ぎ少しずつ散り始めたようだ。
春の桜の潔さとは違って秋の桜は哀しげに散っていく。


午後、思いがけずに娘達が山里まで遊びに来てくれた。
ひいおばあちゃんが大喜びしたのは言うまでもない。
何しろ生まれてすぐに一度会ったきりでそれっきりだったから。
仕事の手を休め綾菜を抱っこしていっぱい話しかけていた。
「アンパンマンの玩具を買ってあげるよ」
「あんみが出来るようになったらお靴も買ってあげるよ」
そんな光景を微笑ましく眺めながら、娘達に感謝するばかり。
母のこんなに嬉しそうな顔を見るのは初めてのように思った。
私はしょっちゅう会っているけれど、母もひ孫に会いたかった事だろう。

娘達を見送ってから私も帰路についた。
なんとも幸せな気分。いい日だったなあってすごく嬉しかった。



2012年10月25日(木) つわぶきの花

初冬を思わすような寒い朝だったけれど。
日中はほっとするような暖かさになる。

朝の峠道で先日の足を痛めていたお遍路さんと再会する。
彼が四万十を旅立ってからずっと気掛かりでならなかった。
足の痛みはまだ続いているようだったけれど、
足摺岬からここまで歩いてこれたことにとても安堵する。
「大丈夫ですよ」って笑顔で応えてくれたのだった。

決して無理をしないようにと。
ゆっくりのんびり歩いて欲しいと。
おせっかいな私の言葉にも素直にうなずいてくれた。

どんなに辛くてもクルマのお接待だけは受けないと聞いていたから。
その場でお別れをして後ろ髪をひかれるように彼を残して先に行く。

バックミラーに映る彼はとてもたくましく見えた。
この先もきっと大丈夫。彼なら必ず結願出来るはずだと思った。

この再会を最後にもう会う機会はないだろう。
ほんとうにこれが一期一会。彼のことは一生忘れられないだろうと思う。


峠道を上りつめると山肌からこぼれるように咲くつわぶきの花。
ちいさなひまわりのように咲く可愛い花がとても好きだった。

彼も気がついてくれたら良いな。ほっとして足をとめてくれたら良いな。



2012年10月24日(水) 笑顔がいちばん

今朝はこの秋いちばんの冷え込みだったようだ。
冬の足音がすぐそこまで近づいている。
ひたひたひたと忍び寄るような気配を感じた。


仕事をずる休みして娘の家に遊びに行こうともくろんでいたけれど、
結局言い出せずしぶしぶとした気持ちで山里の職場へ向う。
そうしたら母が「来てくれてありがとう」と笑顔で迎えてくれた。
そう言われるとやはり嬉しいもの。ああ来て良かったなって思った。

山あり谷ありの職場。いつまでたっても目の前に山がそびえている。
一難去ってまた一難。気が重くなるような日がずっと続いている。
かと言って自分ひとりで逃げ出すわけにもいかず母の苦労を思う。

年老いてずいぶんとちいさくなった母。
楽天家だった母も最近ではよく弱音をはくようになった。
だからこそ助けてあげなくてはいけない。親孝行をしようと思う。

笑顔ではじまる朝はほんとうにありがたい。
なにか良いことがありそうな気がして心がぴょんぴょんしてくる。

「鏡を見てみなさい。そのしかめっ面はどうしたの?」と。
よく母に言われることがある。とてもはっとする一言だった。

母はいつも私の顔を見ている。私の笑顔を待っているのだなと思う。



2012年10月23日(火) しあわせだから

二十四節気の「霜降」日中の気温も上がらず肌寒い一日だった。
もう木枯らしなのだろうか風がひんやりと冷たく感じる。

散歩道を行けば野菊も盛りを過ぎ、ススキの穂も立派なおとなになっていた。
背高泡立ち草の鮮やかな黄色がほんのりとあたたかくおひさまのように咲く。

てくてくと歩く道はとても平和だった。
もしも失くしたものがあったとしてもきっと気づかないだろう。
足りないものなど何もないのだと思える時、ひとはいちばん幸せなのだと思う。


そうそう、とても嬉しいことがあった。
いつも買物をしているスーパーで応募していた旅行券が当たった。
神戸への日帰り旅行なのだけれど、まさか当たるとは思ってもいなくて。
それも出発日が12月の私の誕生日だったからびっくりと大喜びだった。
ほんとに思いがけないプレゼント。こんなにありがたいことはなかった。

神戸。まだ一度も行ったことのないまち。わくわくと楽しみでならない。


※お知らせ※  今夜9時からフジテレビ系で四万十を舞台にしたドラマ
        「遅咲きのヒマワリ」が始まります。
        みなさんどうか見てくださいね!



2012年10月22日(月) 願いをこめて

日が暮れるなり雨が降り始める。
遠くから雷の音も聞こえてきてなんだかざわざわとした気持ち。
雨音はリズミカルにそんな私を宥めるように歌い続けている。


気掛かりでならなかった例のお遍路さんは、
どうやらドクターストップを免れたらしく
病院から戻るなりすぐに旅立ったようだった。

私と同じように心配していた人が他にもいて
その人が大橋を渡ろうとしている後姿を見たと言う。
追いかけて行って声をかけたかったけれど出来なかったらしい。
せめてもと後姿にそっと手を合わせ見送ってあげたそうだ。

私も見送ってあげたかったとすごくすごく思った。
昨日会った時には、すっかり諦めモードだったせいで
もう歩けないと決めつけてばかりいた自分がとても悔やまれる。
歩けるかもしれないでしょとどうして励ましてあげなかったのか。

彼は決して諦めてはいなかったのだとはじめて気づいた。
諦めるように仕向けていたのは他ならぬ私自身ではなかっただろうか。

もしも私が彼の本当の母親なら「帰ってきなさい」と言ったかもしれない。
これ以上無理をさせたくないと母親なら誰しも考えることだろう。

でもあえて過酷な挑戦を「ゆるす」それが本当の愛情なのかもしれなかった。

どんなにはらはらしてもそっと見守る気持ち。
それがとても大切なことだとあらためて感じた出来事になった。

歩き出したからにはなんとしても結願をと強く強く願っている。

お大師さま。どうかこれからの彼をあたたかく見守ってあげてください。



2012年10月21日(日) ふたりの息子たち

朝晩の肌寒さは日に日に増しているけれど、
日中は秋のやわらかな陽射しが降り注ぎとても暖かい。

あらあらと言う間に一週間が過ぎてしまって
五日間の研修を無事に終えた息子が今朝早く帰って行った。

なんだか台風一過のような夜になってしまった。
この静けさはいったいどこからやってきたのだろうか。

私は母の役目を終え、これからはまたそっと見守る日々が続くだろう。
「またいつでも帰ってきなさいね」「おう!」と応えた息子の後ろ姿。


時を同じくしてお大師堂にひとりの青年お遍路さんが来ていた。
息子よりも少し若いけれど、なんだかもうひとり息子が出来たような気持ち。
歩き始めて22日目、一日も休まずにひたすら歩き続け四万十に辿り着いたようだ。
よほど無理をしたのだろう、足を痛めていてなんとも酷いありさまだった。
とにかく休まなくては。彼はそのままお大師堂に逗留することになった。

歩きたい。でも歩けない。どんなにか悔しい思いをしたことだろう。
なんとしても自分の足で歩いて結願したいという強い意志が感じられた。

少しでも力になりたい。そう思っても何もしてあげることが出来ない。
ただ毎日気遣うばかりではらはらとしながら見守ることしか出来なかった。

その彼がやっと明日病院へ行く決心をしてくれた。
それでもしドクターストップがかかればその時は素直に従おうと言ってくれる。

「大丈夫、お大師さんはまたすぐに呼んでくれるから」
そう言って励ますのが精一杯だった。また四万十から始めれば良いのだもの。

ここまで歩いてきた。それがどんなにか素晴らしいことなのか。
彼は決して負けたのではない。大きな勇気を持ってまたきっと歩み出せるだろう。



2012年10月16日(火) 待っている

肌寒いままの曇り日。日暮れとともに雨が降り始めた。
農家の人達には恵みの雨となることだろう。
大根や白菜や萌え始めた緑がきっと喜んでいると思う。


息子が今日から五日間、高知市内で研修があり出掛けている。
その間は我が家から通うというので帰りを待っているところ。
これまでたまにふらっと帰って来ることはあったけれど、
五日もと聞いてなんだかそわそわと落ち着かない気分になった。
長距離の道中も心配でならず、どうか無事に帰ってきますように。

一気に母心が湧き出してきて、ほんの少し途惑っている母でもあった。

一時は仕事の事でとても悩んでいた息子。
そっと見守ることしか出来なかった父と母だったけれど、
息子は息子なりに必死になって闘ってきたのだとおもう。

父も母も「頑張れ!」とは決して言わなかったというのに。
おおきな山を一生懸命に乗り越えたのだと思う。

「おかえりなさい。お疲れさま」

今夜からしばらくはその言葉を伝えることが出来る。

息子が我が家に帰って来てくれる。それはほんとうにありがたいこと。


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