窓辺に佇みながら夕焼け空をぼんやりと見ているのが好きだ。 そんな余裕もなくあっという間に暮れていく日もあるけれど 今日は空がゆっくりと待っていてくれたのかもしれない。
仕事が忙しくばたばたと慌しい一日だった。 いつも暇つぶしに遊びに来てくれる常連さんが来てくれたけれど 今日は話し相手をしている暇はないと、ちょっと無愛想だった私。
そうしたらそのお客さんが珍しい焼酎を持って来てくれていて 「姉よ、まあ焼酎でも飲めや」と笑顔で話しかけてきてくれた。
「おんちゃんみたいに昼真っから飲めんよ」と言うと。 「家に持って帰って今晩ゆっくり飲んだらえいわ」と応える。
私が苛々と忙しそうにしていたのをすぐに感じとったのだろう。 無愛想な顔をしてほんとうに悪かったなと深く反省させられた。
高知ではそうそう手に入らないだろう倉敷の芋焼酎だった。 まあ嬉しいとすぐに頂くわけにはいかず遠慮していたのだけれど おんちゃんは「持って帰れ言いよるろうが」の一点張りであった。
そうなったら笑顔で受け取るのがいちばん良いのだと思いなおし 遠慮なくいただくことにする。内心はやったあとすごく嬉しかった。
「こりゃあ美味いぞ!」おんちゃんの言ったとおりだった。 いつも飲んでいる芋焼酎よりずっと美味しいのだ。
「おんちゃん最高に美味しかったよ」 月曜日に会ったらちゃんとお礼を言おう。嬉しかったよと素直に言おう。
おんちゃんは亡き父と同じ歳だった。
お父ちゃん・・と呟きながらほろ酔っている今宵である。
曇り日。夕方から雨がぽつぽつと降り始める。 久しぶりの雨の匂いがなんだか不思議と懐かしい。
お大師堂でまた顔なじみのお遍路さんに会った。 何度も会っているけれどいまだ名前を知らない。 自分で自分のことを「変わり者」だと言うだけあって ほとんど笑顔を見せる事もなくいつも怒ったような顔をしている。
けれども何度か会っているうちに少しずつ微笑んでくれるようになった。 今日もちょっとだけ笑顔を見せてくれてとてもほっとした気持ちになる。
私にはとうてい理解できないような難しい話しをいつもしてくれる。 その時の目はとても真剣で一生懸命に伝えようとしているのがわかる。 だから「わからない」と言ってしまうことはとても出来なかった。
ひとつだけわかるのは他のお遍路さんとは違うのだなと言うこと。 それは悪い意味ではなくて何かとても大きな「信念」を感じるのだった。
話しの最後に「明日のことはわからないほうがいいよ」って言った。 もしも明日死んでしまうことがわかったらどうする?って私に訊いた。
「いのち、たいせつにしましょうね」そう応えるのが精一杯だった。
俺は死なないよ。だって俺は一度死んだから。
そう言ってにっこりと笑った。そうして「ありがとうな」って言った。
いちだんと肌寒い朝。雀達がちゅんちゅんと楽しそう。
山里へ向いながらふと目にした彼岸花。 なんだか燃え尽きたように枯れ始めていて哀れなり。 春の桜のように潔く散れない花がこの世にはたくさんある。
仕事を終えて帰宅。どっと疲れが出る。 三連休のあいだあまりにものんびりし過ぎたのかもしれない。
気を取り直すように散歩に出掛けた。 お大師堂に向いながらふっとMさんの顔が目に浮かぶ。 そうしたらそのMさんがお大師堂で待っていてくれてびっくりした。 すっかり顔なじみのお遍路さん、今では友達のようになっていた。
話しているうちにMさんの誕生日が私の亡き父と同じ日だとわかった。 偶然とはいえなんだか不思議な縁を感じずにはいられなかった。
父がどんなふうにして死んでいったのか。 どうしても話したくなってMさんに聞いてもらった。
みんなそうだよ。誰だって明日のことなんてわからないよ。 真剣な顔をしてうなずきながらMさんは言ってくれた。
もしも来月になってもMさんと再会することがなかったら。 もう死んでしまったと思って欲しいとまで言う。
「そんなことを言わないで!」私は強く頭を振った。 そんな悲しいことを笑顔で言わないで。冗談でもそんなこと言わないで。
私たちは生きて必ず再会をする。お大師さんが必ず会わせてくれるから。
口に出さなくてもそれが約束でなくてなんだろう。
大切な約束を胸にしっかりと抱いてそれぞれの日々がまた流れていくだろう。
二十四節気のひとつ「寒露」 草木に冷たい露が宿りはじめる頃と言われている。 これから日に日に秋も深まっていくことだろう。
ゆったりのんびりとした心とはうらはらに 季節ばかりがどんどんと先を急いでいるような気がする。
待ってはくれない。追いかけるように日々が流れていく。
「体育の日」の祝日でもあったけれど、まったく縁はなし。 あんなに大好きだったバドミントンからもすっかり遠ざかってしまった。 お仲間さんが毎週必ずメールをくれる。みんなの顔が目に浮かぶばかり。 時々むしょうに身体を動かしたくなるけれど、怪我が怖くて躊躇している。
もう出来ない。いやまだ出来るは自分自身で決めることだろうと思う。 諦めるのはほんとうに容易いこと。ちょっぴりの情けなさそれが現実だった。
気がつけばいろんなことを諦めてしまった自分がいる。 出来ていた事が出来なくなるのは仕方ないことなのかもしれないけれど。 出来るかもしれないことを頭から出来ないと決め付けていやしないか。
自問自答はこれからも続くだろう。そうしながら老いていくしかない。
待ってはくれない。追いかけるように日々が流れていく。
暑からず寒からず今がいちばん良い季節なのかもしれない。 青空にうろこ雲。秋らしい爽やかな空気がとても美味しく感じる。
早朝より少しだけ川仕事に行ってきた。 畑で言うと種まきのようなこと。 海苔網を漁場に張り後は緑の芽が出るのを待つばかり。 毎年のことだけれど不安な気持ちでいっぱいになる。 必ず芽が出るとは限らずすべて自然任せのことだった。
朝焼けの空から太陽が希望のように輝いて顔をのぞかす。 きっとうまくいく。そう信じなくては決して前には進めない。
午後三時。いつもより早めに散歩に出かけた。 絶好の散歩日和だものたくさん歩きたいなと思った。 お大師堂にお参りをしてから河川敷をしばらく歩く。 セイタカアワダチソウがその名の通り背高のっぽ。 嫌われ者の花だけれどその花は思いのほか可愛い。
ゆうらゆうら川面が静かに波打っている。 その中を突っ切るように川船が横切って行った。
ああなんて平和なのだろう。 まるで時間がとまってしまったように感じた。
「ほら、あんずもう少しよ」ふたりではあはあ言いながら坂道をあがる。
土手にあがると爽やかな風が波のようにゆれていた。
| 2012年10月06日(土) |
ありのままにしている |
曇り日。早朝お隣の屋根の上に鳩が一羽飛んでくる。 むくむくとしていてなんとも愛らしい。 ひょっこひょっこと屋根の上を歩く姿も愛嬌があった。
そうして今度はとてもリズミカルに鳴き始める。 「くっくっぽう、くっくっぽう」楽しげな歌声。
自然とわたしの心も踊り出す。なんて愉快な朝だろう。
今日から三連休をいただいたけれど、 どこかに出掛けるわけでもなく怠惰に過ごす。 遠くの町で「コスモス祭り」が行われているらしい。 行ってみたいなと思う気持ちがないわけでもなかった。
以前はよく夫と遠出をすることが多かったけれど ここ数年は二人ともすっかり出不精になってしまった。
「コーヒーでも飲みにいくか」夫に誘われて 夫の従姉妹が経営している喫茶店へくっついて行った。 おしゃべりの花が咲く。自分でも不思議なくらいよくしゃべる。 なんでもないような話。そういうのがなんだか楽しくてしょうがない。
午後は例のごとくお昼寝。なんともだらしないありさま。 もっと時間を有効に使うべきだと思っていても何も出来ない。 ありのままにしている。それが良い事なのか悪い事なのかもわからない。
日課の散歩だけはちょっとだけ元気を出して出掛ける。 曇り日の空もまんざらではない。どんな日も空を仰ごう。
お大師さんがもうかりん糖と鈴カステラを食べてくれていた。
朝の肌寒さに重ね着をして出掛けたけれど、 秋の陽射しが降り注ぎ始めると暑いほどに気温があがる。 これも夏の名残だろうか。まだ半袖でもじゅんぶんだった。
お昼に山里の道を歩くひとりのお遍路さんを見かける。 金剛杖を二本持ってとても早足で歩いていたのだけれど 声をかけてみたいなと思ってつい呼び止めてしまった。
それが少しありがた迷惑だったのかもしれない。 いつも笑顔が返って来るわけではないのだと改めて思った。
どんな出会いもあるもの。また良い事もきっとあるだろう。
帰宅途中から睡魔におそわれ帰るなりソファーに倒れこむ。 最近どうしてか寝ても寝ても眠くてしょうがない時がある。 夏の疲れが今頃出てきたのだろうか。身体がとても重く感じる。
「おい、もう4時だぞ!」夫に起こしてもらって散歩に出掛ける。 相変わらずあんずは元気いっぱい。今日もよういどんと走り出した。 私の重い身体も少し軽くなってあんずに負けないようにと歩き出す。 人間の歳だと90歳が近いであろうあんずに励まされているような毎日だった。
今日もお大師さんにお菓子をたくさんお供えした。 かりん糖と鈴カステラは欠かせない、お大師さんの大好物だもの。
今日も平穏な一日をありがとうございました。 蝋燭のゆらゆら炎、お線香の真っ直ぐな煙。 手を合わせばなんとも清々しい気持ちになる。
どんな日であってもそれがあたえられた時間だと思うようにしている。
生きているからこそいただける時間はほんとうにありがたいものだ。
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