ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年10月06日(土) ありのままにしている

曇り日。早朝お隣の屋根の上に鳩が一羽飛んでくる。
むくむくとしていてなんとも愛らしい。
ひょっこひょっこと屋根の上を歩く姿も愛嬌があった。

そうして今度はとてもリズミカルに鳴き始める。
「くっくっぽう、くっくっぽう」楽しげな歌声。

自然とわたしの心も踊り出す。なんて愉快な朝だろう。



今日から三連休をいただいたけれど、
どこかに出掛けるわけでもなく怠惰に過ごす。
遠くの町で「コスモス祭り」が行われているらしい。
行ってみたいなと思う気持ちがないわけでもなかった。

以前はよく夫と遠出をすることが多かったけれど
ここ数年は二人ともすっかり出不精になってしまった。

「コーヒーでも飲みにいくか」夫に誘われて
夫の従姉妹が経営している喫茶店へくっついて行った。
おしゃべりの花が咲く。自分でも不思議なくらいよくしゃべる。
なんでもないような話。そういうのがなんだか楽しくてしょうがない。

午後は例のごとくお昼寝。なんともだらしないありさま。
もっと時間を有効に使うべきだと思っていても何も出来ない。
ありのままにしている。それが良い事なのか悪い事なのかもわからない。

日課の散歩だけはちょっとだけ元気を出して出掛ける。
曇り日の空もまんざらではない。どんな日も空を仰ごう。

お大師さんがもうかりん糖と鈴カステラを食べてくれていた。



2012年10月04日(木) どんな日であっても

朝の肌寒さに重ね着をして出掛けたけれど、
秋の陽射しが降り注ぎ始めると暑いほどに気温があがる。
これも夏の名残だろうか。まだ半袖でもじゅんぶんだった。


お昼に山里の道を歩くひとりのお遍路さんを見かける。
金剛杖を二本持ってとても早足で歩いていたのだけれど
声をかけてみたいなと思ってつい呼び止めてしまった。

それが少しありがた迷惑だったのかもしれない。
いつも笑顔が返って来るわけではないのだと改めて思った。

どんな出会いもあるもの。また良い事もきっとあるだろう。



帰宅途中から睡魔におそわれ帰るなりソファーに倒れこむ。
最近どうしてか寝ても寝ても眠くてしょうがない時がある。
夏の疲れが今頃出てきたのだろうか。身体がとても重く感じる。

「おい、もう4時だぞ!」夫に起こしてもらって散歩に出掛ける。
相変わらずあんずは元気いっぱい。今日もよういどんと走り出した。
私の重い身体も少し軽くなってあんずに負けないようにと歩き出す。
人間の歳だと90歳が近いであろうあんずに励まされているような毎日だった。

今日もお大師さんにお菓子をたくさんお供えした。
かりん糖と鈴カステラは欠かせない、お大師さんの大好物だもの。

今日も平穏な一日をありがとうございました。
蝋燭のゆらゆら炎、お線香の真っ直ぐな煙。
手を合わせばなんとも清々しい気持ちになる。

どんな日であってもそれがあたえられた時間だと思うようにしている。

生きているからこそいただける時間はほんとうにありがたいものだ。




2012年10月03日(水) 孫日和

綾菜、今日で生後5ヶ月となる。
朝から娘の家に行きほぼ一日中一緒に過ごす。

綾菜を抱っこして30分ほど朝の散歩。
娘の家のすぐそばにも四万十川が流れていて
土手にあがるとなんとも素晴らしい景色だった。

彼岸花やコスモスが咲き爽やかな風が吹き渡る。
近くにはキャンプ場もあり緑がとても鮮やかだった。

「ほうら見えるかな」「あそこにワンワンもいるね」

いっぱい話しかけながら綾菜の笑顔を待っていた。


帰宅するなりぐずりもせずに眠ってしまったけれど
娘が買物に行くと言うので一緒に連れて行くことにした。
電器屋さんに行ったりベビー用品のお店に行ったり
綾菜は眠そうだったけれどお買い物は好きそうな感じ。

お昼にミルクを飲むとまたぐっすりと眠ってしまった。
けれども午後からは予防注射に連れて行かなくてはいけなくて
また起こされてしまった綾菜。なんだかちょっと可哀想だった。

病院では大きな声で泣いた。お注射はやっぱり痛いよね。
母親の胸にしがみつくようにしてひっくひっくと泣きじゃくる。

「よしよしえらかったね」「さあお家に帰ろうね」

また眠くなるのかなと思ったけれど今度はご機嫌になって遊び出す。
バーバも一緒に遊びたかったけれどもう帰る時間になってしまった。

後ろ髪を引かれるような思いで家路に着く。
またすぐに会えるのだとわかっていてもすごく寂しい気持ちになる。

今日はいっぱい一緒にいられてほんとに嬉しかったよ。

ありがとうね綾菜。バーバまたすぐに会いにいくよ。



2012年10月02日(火) 空に抱かれて

見上げる空にはうろこ雲。ああ秋なんだなと思う。
その雲がそのまま夕焼けになって思わず歓声をあげた。
まるで大きな金魚が空を泳いでいるみたいだった。

ときどき空のことを忘れそうになる時もあるけれど。
いつだって空に抱かれて生きていることを忘れてはいけない。

いろんな顔をして見せてくれる空。
泣いたり笑ったり時には怒ったりもするけれど。
好きだよって伝えたいなといつも私は思っている。


心地よい秋風も空のともだち。
散歩道ではいっぱい深呼吸をした。
こころに秋風が吹くとなんだかせつないものだけれど。
ずっと昔に感じていたそれとは少し違うなって思った。

歳を重ねるということはきっとそういうことだろう。

いのちをありがとう。空のおかげで生きているような気がする。



2012年10月01日(月) 金木犀の匂う頃

山里の職場に着くなり金木犀の香りがほのかに漂ってきた。
もうそんな季節。なんだかそれはとても懐かしい匂いに感じる。

ご近所に大きな金木犀の木があったので毎年楽しみにしていた。
きっとその木だと思い込んでいたのだけれど、後から見てびっくり。
いつの間に切ってしまったのだろう。跡形もなく消えてしまっていた。

けれども確かに匂ってくる。風そのものがその花であるかのように。

やっと気がついたのは午後になってからだった。
それは職場の庭のかたすみにあった。母が植えていた金木犀の木。
去年はまだ小さくて花もわずかだったというのに
今年はずいぶんと大きくなってたくさんの花を咲かせていた。

とても思いがけないこと。こんなに近くに咲いていてくれたのだ。


気づいてあげなければいけないことがまだ他にもあるような気がして
なにか大切なことを見失ってはいないかとふと考え込む時がよくある。

なんだか「青い鳥」の童話のようなこと。

遠くばかりを見て必死になってさがそうとするしあわせ。

金木犀の香りはほのかにひそやかにそっとよりそうささやかなしあわせ。



2012年09月30日(日) まんまるお月さま

心配していた台風は土佐沖を通過したようで
たいした被害もなく午後には爽やかな青空が広がった。
難を逃れたとはいえやはり進路が気になってならず
どうかどこにも大きな被害がないようにと祈るばかり。

台風が残していった風が吹き荒れる中、いつもの散歩に出かける。
土手の草花たちが緑の波のように大きく揺れていた。
「いのち」が揺れているとふと思う。とても力強く逞しいいのち。

お大師堂には誰かがお参りに来ていて窓から蝋燭の炎が見えた。
しばらく外で待っていたけれどずいぶんと熱心にお経を唱えている様子。
急かすのも気の毒に思えてそっと外からお参りをすることにした。

帰ろうと思ったその時、扉が開いてそのひとに会うことが出来た。
私とさほど歳の変わらないくらいの女性が出て来て挨拶を交わす。
見かけない人だったので地区の人ではなさそうだった。
何か願かけをしているのかもしれず、立ち入った話しは出来ない。
また偶然に会える日もあるだろう。後姿にそっと手を合わした。



夕暮れてあたりが薄っすらと暗くなってきた頃。
今日が「十五夜」であることを思い出しまた土手に上がってみる。
そうしたらちょうど綺麗なお月様が顔を出したところだった。

まんまるお月さま。ほんわかとわたしのこころもまるくなる。






2012年09月28日(金) わたしのこだわり

台風17号が不気味に接近していて、明日あたりから影響が出そうだ。
どんなにあがいても自然には逆らえないものだけれど、
どうか大きな被害が出ませんようにとただただ祈るばかりである。


今日はありがたいことに晴天に恵まれていた。
いつもの散歩に出掛けようとしていたところ、
またまた先日のロケ隊が今度は土手で撮影を始めていた。
土手に上がる道はどこもかも通行止めになっていて、
お大師堂のすぐ近くまで行ったものの先に進めなくなった。

ADさんらしき若い青年がいて私はちょっとオバタリアン化。
とにかくすぐそこなので行かせて欲しいと頼んだのだけれど、
土手を横切られては困るからとひたすら頭を下げられる。
「どうして?犬を連れた人が歩いていたら駄目なの?」
それはとても自然な光景に思えた。映ったって良いではないか。
どんなにおばさんだってちらっとテレビに映る権利はありそう。

言い寄る私に青年はとても困った顔をするばかり。
さすがの私もそれ以上は言えなくて仕方なくきびすを返した。

テレビドラマっていつも何気なく見ているけれど、
地方ロケなどをする時はほんとうに大変なのだなと思った。

私のように言いがかりをつける人も少なからずいるだろう。
私も今日は言い過ぎたのかもしれないとちょっと反省をした。

家に帰り二階の自室の窓から撮影の様子をしばらく見ていた。
今日は桐谷君ではなく誰だかわからない女優さんが来ていた。
ドラマが始まったらこれがあの時のシーンだとわかることだろう。
楽しみだなと思う。私の散歩道がドラマの風景になるなんて最高だ。


夕食後、もう薄暗くなっていたのでお大師堂に行くのを諦める。
「行けない日があっても良いじゃないか」夫の言葉にうなずいていた。

何にもこだわっていないと思い込んでいたけれど、

今日の私はすごくこだわっていたのだなとあらためて感じた。

どんな日もあってよし。そう思うことはとても大切なことだ。




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