台風の影響だろうか湿った南風が吹き荒れる。 雨はそれ程でもないけれど早く遠ざかって欲しいものだ。
午前中になんとか川仕事を終え、午後からはのんびりと過ごす。 いつもは茶の間のソファーでうたた寝をするのだけれど、 今日は和室の畳の上で大の字になって寝転んでいた。 畳って良いものだなと思う。さらりっとした感触が心地よい。
散歩の時間にはちょうど雨が降り出してしまって。 ついつい怠け心がおきてしまってクルマでお大師堂へ行く。 今日はお参りのおばあちゃん達も来れなかったのだろうか。 鈴カステラがそのままあってちょっと寂しい気分になった。 けれども日めくりの暦はちゃんと16日の日曜日になっていた。 私と同じように毎日必ずお参りに来ている人がいる証拠だった。 顔は見えないけれどお仲間さんがいるのはとても嬉しいことである。
帰宅すると雨も小降りになっていたので、犬小屋のあんずを誘ってみる。 雨の嫌いなあんずだけれど今日はどうやら行きたい気分のようだった。 気まぐれなところは飼い主によく似ている。よういどんをして走り出した。
あんずが元気だと私も元気になる。いっぱい長生きをしようねと誓い合う。
川仕事を済ませて帰って来るなりどしゃ降りの雨になる。 雨音を聴きながら茶の間でまったりとするのも良いものだ。
そんな雨も夕方にはやみいつものように散歩に行くことが出来た。 お大師堂にまたお菓子をお供えする。今日は「鈴カステラ」にした。 たぶんこれもお大師さんの好物だと思う。嬉しいような愉快なような。 先日の「かりん糖」もすぐに無くなっていて、あらまあって思ったっけ。
お大師さんの顔をしたおばあちゃん達の顔が目に浮かぶけれど。 喜んで食べてもらえるのがいちばん嬉しいことだった。 「鈴カステラ」の次は「栗しぼり」にしようかなと考えるのも楽しい。
そう言う私もこのところすっかり食欲の秋だった。 夫の買って来てくれたバウムクーヘン、チョコレートケーキ。 甘い物の苦手な夫の代わりに全部ひとりで平らげてしまった。 それから頂き物の梨。毎日一個と決めてむしゃむしゃ食べている。 好きな物を食べたいだけ食べられるというのはほんとに幸せだことだ。
体重計は見て見ぬふりをしているけれど、このままではいけない現実。 まあなんとかなるだろうと食欲にすっかり負けているこの頃であった。
何を食べても美味しくて次から次へと食べたい物だらけ。
むかし「美味しい顔はどんな顔」ってCMがあったけれど。
わたしの顔はまさにそのまんま。美味しい顔は笑顔でいっぱいだ。
なんだか久しぶりに夕焼けを見たような気がする。 茜色に染まる西の空。土手のススキが影絵のように映る。
ああ平和なんだなってつくづく思った。 平穏無事が何よりの幸せ。こんなにありがたいことはない。
早朝より川仕事。海苔の漁場に杭を打つ作業だった。 撤去作業をしてからわずか三ヶ月。 もう来期の準備を始めなければいけなくなった。
とても重労働だけれども心地よく汗を流す。 夫婦二人三脚の作業が私は好きだなと思う。
お疲れさまと互いを労わる気持ちこそが大切だった。
おとうさん、おかあさんと互いを呼び合うのも微笑ましいこと。
わたしは風になれたかしら。空の一部になれたかしら。
夕焼け空に訊いてみる。こたえはほんわかと胸のなか。
曇りのち晴れ。陽射しがほんの少しやわらかく感じる。 散歩道の土手を歩きながら秋風に吹かれていると。 ふっと自分がなんて自由なのだろうとあらためて思った。
きっと好きなように流れているのだろう。 この道を行かなければいけないという決められた道もない。 道草をしたり寄り道をしたりしながら目の前にある道を歩んでいるだけ。 その道は自分に与えられている道。それはとてもありがたいことだった。
行き当たりばったりかもしれない。それもよし。 そうしていろんなことを見つけられたらそれだけで幸せだと思う。
かつてはあったかもしれないプライドのようなもの。 そのためにもがいたり苦しんでいたのが今は嘘のようだった。
なにもない。あったとしてもそれはほんとうに些細なこと。
そんな些細なことにこだわらない生き方をしたいとつよく思っている。
好きなように歩いていく。好きなように流れていく。
あしたは風になるかもしれない。きっときっと心地よい風。
昨日の夕方のこと。娘が熱を出してしまってちょっと大変なことになる。 育児疲れもあったのだろう。どうやら風邪をひいてしまったようだった。
綾菜の世話もままならないため急遽ふたりで里帰りをすることになる。 なるべく娘に負担をかけないようにとバーバなりに頑張ってみたけれど。 お風呂はなんとか済ませたものの、寝かしつけるのが一苦労だった。 顔を真っ赤にして涙をいっぱい流しながら泣き続ける綾菜。 夜も遅くなりもう限界だと寝ていた娘がとうとう起きて抱っこしてくれる。
母親に抱かれて安心したのだろう。胸に埋もれるようにして眠り始めた。 赤ん坊にとってどんなに母親が大切なものなのか改めて感じたことだった。
結局昨夜は娘が連れて寝ることになり、バーバはお役御免となる。 真夜中に起き出して泣きやしないか心配しながら床に着いた。
今朝のこと、そっとふたりをのぞいてみると寝ている娘のかたわらで。 すっかり目を覚ました綾菜があうあう言いながら独り遊びをしていた。 その顔を見てどんなに安心したことか。なんとも微笑ましい朝の光景。
幸いなことに娘の熱もさがっていてほっとする。 もう一日安静にしていれば良いのに今日の夕方には帰って行ってしまった。
バーバは肩の荷がおりたのと同時になんだか気が抜けてしまった。
みんながどうか元気でいてくれますように今日もお大師堂で手を合わす。
夏の名残の陽射しが心地よいほどに降り注いでいた。 見上げる空は半分が夏で半分が秋のように見える。 せめぎあっているのではなくとけあっているようだった。
終ろうとするものがあればかならず始まろうとするものがある。 季節の変わり目にはふっと物思いにふけることがよくある。
夕暮れ前の散歩道。風とたわむれるように歩くのが好きだ。 ちょっぴり大人びたススキの穂が揺れながら風のありかをおしえてくれる。 ほらほらこっち。手のなるほうへ。突き進むあんずがきょとんと振り向く。
お大師堂にお供えしていたお菓子をお大師さんが食べてくれていたので。 今日は新しいお菓子をお供えする。かりん糖とピーナツ入りのおせんべい。 たぶん、かりん糖の方を先に食べてくれそうだった。好きなんだきっと。 そんなことを考えていると愉快でもありとても嬉しくなるのだった。
晩ご飯を食べながら夫とふたりで大相撲を観る。 やはりひとりよりふたりがいい。夫がいてくれるだけでご飯が美味しい。 お土産の辛子めんたいこ、イカの塩辛、馬肉の燻製それから芋焼酎と。 私の大好きなバウムクーヘンは食後の別腹でとても美味しかった。
ふたりでいることが当たり前のように思っていたけれど、 もしかしたらすごくすごく恵まれているのではないかとふと思う。
俺よりも長生きしろよと口癖のように言う夫だったけれど。
ひとりになんかなりたくない。ひとりぼっちはとても寂しすぎるから。
朝の青空もつかの間、その後は雨が降ったりやんだりだった。 一雨ごとに秋が深まってくるのだろうか。なんだか儀式のような雨。
昨日のうちに予約しておいた美容院へ行く。 髪を切る前に念入りにマッサージをしてくれるのでとてもありがたい。 うっとりと気持ち良くなったところでさっぱりと髪を切ってもらった。
身もこころも軽やかになり颯爽とした気分で娘の家に行く。 一緒に買物に行こうよと誘ってもらってすごく嬉しかった。 ベビー服のお店をゆっくりと見て回って綾菜のベストを買った。 冬物の可愛い服がいっぱいあってまた来ようねと約束をする。 バーバの財布の紐もゆるみそうな予感、それもまた楽しみなことだ。
午後は昨日の疲れもあったのかながいながいお昼寝。 夫のいない茶の間の静けさ。ふっと寂しさをおぼえた。 ひとりぼっちの夕食も味気ない。夫の好きな大相撲をひとりで観る。
そろそろ帰って来るかしら。おみやげが楽しみだった。
鈴虫の声を聴きながら「秋りんごチューハイ」を飲みつつ夫の帰りを待っている。
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