天気予報は曇り時々雨だったけれど、思いがけない青空になる。 おかげで予定通りウォーキングのイベントに参加することが出来た。
「牧野富太郎の道風景ウォーク」というイベントで。 植物学者として有名な牧野氏が生前に山里の道を歩いたと言われている。 その道を歩きながらいろんな植物とふれあおうという趣旨のものであった。
目的地に着いておどろいたのは壮大な杉林であった。 その杉林を縫うように小さな細道がずっと続いている。 木のにおい緑のにおいがこんなに心地よいものとは知らなかった。 深呼吸をしながらゆっくりと歩いて行くとたくさんの野草を見つける。
同伴の牧野植物園の職員の方がひとつひとつ説明をしてくれた。 ノートを持ってくれば良かったと悔やまれる。とても覚えきれない。 「仙人草」は純白でとても可愛い。四万十でもよく見かける花だった。 「へくそかずら」も可愛い花だったけれど、その名の通りちょっと臭い。 食虫植物もいくつか見つかりなんとも珍しい苔のような植物もあった。
どんなにちいさな植物にもちゃんと名前があるということ。 花も草も葉っぱもほこらしげに微笑んでいるように見えた。
見つけてくれてありがとうとあちらこちらから声が聞こえてくる気がした。
日々の暮らしの中では見つけてあげることも出来ない草花。 今日はたくさんの草花と出会うことが出来てほんとうに良かったと思う。
二十四節気のひとつ「白露」 大気が冷えて来て、露が出来始める頃と言われているけれど。 今日はとても蒸し暑く残暑の厳しい一日となった。
涼しい夕風を待ちかねて散歩に出掛ける。 お大師堂にはふたりのお遍路さんが来ていたけれど、 ふたりとも横になりぐっすりと眠っているようだった。 起こしてはいけないとそっと外から手を合わせて帰る。
ささやかな出会いを望みつつも声もかけられない時もある。 お大師堂に泊まってくれる。それだけでありがたいことだった。
夕食後。あたふたと夫の旅行の準備などする。 消防団が明日から一泊二日で九州へ行くのだった。 団体名が「なかよし会」これには笑ってしまった。 どうして消防団ではないの?と聞くと。 旅先であまり評判が良くないとのこと。 なんとなく頷ける気がして私も納得をした。 きっとハメを外して大騒ぎするのだろう。 それも男達の楽しみと思えば微笑ましいことである。
旅行にはまったく縁のない私ではあったが、 明日は山里でウォーキングのイベントに参加する事にした。 いつもは仕事ばかりの山里を散策出来るのが楽しみである。 雨天中止ということでなんとか天気がもってほしいと願っている。
てるてる坊主てる坊主 あ〜した天気にしておくれ。
| 2012年09月05日(水) |
もしもし亀よ亀さんよ |
朝は晴れていたのに午後から雨になる。 夕方から雷雨。かみなり様がまたお祭り騒ぎを始める。
夕暮れがずいぶんと早くなり雨がやむと虫たちが歌い始めた。 雨上がりの夜風も心地よく虫たちの歌声にうっとりと耳を傾けている。
お楽しみの水曜日。孫の綾菜に会えるのが嬉しくてならなかった。 つい先日のこと生後四ヶ月になり、今日は集団検診の日だった。 一緒について行きたい。でも娘がおばあちゃんは駄目だって言う。 理由はあれこれと出しゃばってよけいな事を言って恥ずかしいから。 そんなことは絶対にしないからと約束をしてやっと頷いてもらった。
検診場所に着くとたくさんの赤ちゃんが集まっていた。 綾菜がいちばん可愛いと思っていたけれど、上には上がいるもの。 どの赤ちゃんも可愛くて娘とふたりちょっと小さくなってしまった。 赤ちゃんの成長には個人差があるものだけれど、やはり比べてしまう。 娘もちょっと気にしているようで、大丈夫だよと声をかけてあげた。
小児科医の診察で首のすわりが少し遅れているようだと言われた。 日に日に首がしっかりとして来ていたのでこれは寝耳に水だった。 確かに他の赤ちゃんより少し遅れているかもしれないけれど、 今朝も亀さんごっこをして左右に首を動かすことが出来ていたというのに。
二週間後にもう一度検診を受けに来るようにと言われる。 今度こそ大丈夫。肩を落とす娘に精一杯微笑んで見せた。
もしもし亀よ亀さんよ。毎日特訓しようねと家路に着いた。
娘は嫌がっていたけれど、無理やりくっついて行って良かったなって思う。
綾菜がんばれ!誰がなんと言おうと綾菜がいちばん可愛い亀さんだよ。
| 2012年09月04日(火) |
口笛を吹いてみたくなる |
今日はおひさまがこんにちは。 青空はやっぱり嬉しくてるんるんらんらんしてしまう。 夏が振り向いてくれたようないちにち。 残暑は厳しかったけれど、夕風は秋の匂いがしていた。
散歩道のススキの少年もちょっぴりおとなっぽくなった。 野菊の花もたくさん咲いてなんだか恋をしているみたい。
そんな土手の道を歩くのが好き。 口笛はうまく吹けないけれど口笛を吹いてみたくなる。
あんずの道草につきあっていると時間が止まったように感じる。 急ぐことはなにもない。ゆったりと大らかな気持ちで息をする。
季節は夏から秋へと今まさに変わろうとしているけれど。 いちにち一日をていねいにゆっくりと生きていきたいなと思う。
どんなにささやかなことでも心から微笑んでいたい。
今日もおひさまの姿は見えずちょっぴりさびしい。 どんよりとした空の下、赤いとんぼが踊るように飛んでいた。
そんなふうに楽しいことを考えようと思うのだけれど、 なんだかしんみりとしてしまってしょんぼりとしてしまった。
どんな時もあってよし。ありのままの自分でいることも大切かなと思う。
帰宅した頃はちょうどにわか雨が降っていて。 クルマを下りずにそのままお大師堂に向った。 今日はお大師さんにお菓子を食べてもらおうと。 ミニドーナツと生姜味のおせんべいをお供えする。 これが不思議で数日経つとなくなっているのだった。 お参りに来たおばあちゃん達が食べているのかもしれないけれど。 私はお大師さんが食べてくれているのだと信じる事にしている。
なくなっているとすごく嬉しい。美味しかったかなって思って。 今度はどんなお菓子にしようかなと考えるのも楽しみだった。
一時間ほどで雨も小降りになり、そっと犬小屋をのぞくと。 「行くけんね」とあんずが犬小屋から顔と足を出して待っていた。
ちょっと濡れちゃうけど良いの?ワン!今日は行きたい気分だわ。
大橋のたもとまで歩く。濡れた草をまさぐるように遊ぶあんずだった。 道草って良いね。草の匂いを私もクンクンと嗅いでみたいなと思った。
帰宅して何気なく「お遍路万歩計」を見てびっくり。 やっと足摺岬に着いていた。やったぁ!とすごくすごく嬉しかった。
夏の間ずっと怠けていたけれど、それでも少しずつ進んでいたのだ。 ほんのちょっとでも良い。日々の積み重ねってほんとに大切だなって思った。
その瞬間、ふわりと飛んだ。私も赤いとんぼみたいに踊っていたかな。
その時自分はいったい何処にいて何をしているのだろうと思いながら、 避難場所の高台に向って歩いた。走っている人は誰一人いない。 これが本当のことならみんなパニックになって大変なことだろう。
地震で怪我をして歩けなくなってしまっている人もいるかもしれない。 叫び声や助けを求める人の声。想像を絶する惨劇が目に浮かんできた。
避難場所の真下まで来てとても愕然としてしまった。 高台に上がる坂道が雨で滑って登れないのだと言う。 無理をして登った人が数名いたけれど、 私達は危険なので登らないようにと指示を受ける。
一気に不安が押し寄せる。何のための避難場所なのか。 雨の日が駄目ならもちろん雪の日も辿り着けないだろう。 そんな場所を避難場所だと安心してなどいられないではないか。
地区長さんから説明があり、早急に坂道を補修するとのこと。 避難タワーの建設も予定されていると聞いたが直ぐにではなかった。
もしかしたら今夜かもしれない。明日かもしれない地震に怯える。 そんな日々がこれからも続くのかと思うと生きた心地がしなかった。
なんとしても生き延びなければ、つよくつよく思った一日だった。
ことんと何かが落ちる音。 あれはいったい何の音だったのだろうと考えていた。 もう一度聞いてみればわかるかもしれない。 身構えるように耳を澄ましてみるけれどもう二度と聞こえない音。
あきらめるように扉を閉めた。そんなふうに私の夏が終っていく。
ちょうど一週間前の事、笑顔で会いに来てくれたひとがいた。 今日はそのひとが荼毘にふされる。骨になり灰になって消えていく。
どうして?どうしてなのかとそればかりを思っていたここ数日。 そうして何のチカラにもなってあげられなかった自分を責めていた。
あまりにもあっけない死をどうやって受けとめれば良いのか。 生きてこその人生。その人生を自ら終らせることも人生なのか。
その答えが今日は見つかったような気がした。
なんとやすらかな顔。ほっとしたように微笑んでいる顔。 それがすべてを語っているように思えて心が救われたように思った。
さようならとどうして言えるだろう。 出会ってくれたこと、かけがえのない縁をいただいたのだと思う。
その縁を私は一生忘れることはないだろう。
出会ってくれてほんとにありがとう。またきっと巡り会いましょう。
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