朝から激しい雷雨。かみなり様がお祭り騒ぎをしているみたいだった。 光ったと思ったら轟音が鳴り響く。怖くなってびくびくしながら過ごす。
子供の頃によく母から言われた「おへそを取られるよ」を思い出した。 あの頃にはほんとうにおへそを取られると思ってお腹を手でかばっていたっけ。
かみなり様は取ったおへそをどうするのだろうと思っていた。 きっと食べてしまうんだよと弟が言っていたのを思い出す。
おへそ、おへそ、おへそはあるか。おとなになってもちょっぴり気にかかる。
仕事は開店休業状態となり、事務所のテレビで高校野球を観ていた。 今日は母のご機嫌うるわしく私も嬉しくなって一緒に野球を観戦する。 野球の事など何も知らないだろうと思っていた母が案外よく知っていて。 送りバンドをする時など、どうして打たせないのだと言ったりして愉快。 塁に選手が出ると「もう一発ホームラン打て!」と叫んだりもしていた。
おかげで楽しい午後となる。かみなり様も母の元気に負けてしまったよう。
帰宅した頃には、雨雲を掻き分けるように真っ青な空が見え始める。 雨上がりの爽やかな風。それはほんの少し秋風に似ていた。
心地よいほどの夏空もつかの間だった。 今日はまた雨が降ったりやんだりの天気になる。 雨がやむのを待っていたかのようにつくつくぼうしが鳴き始める。 ほんの少し元気がなくて何かを訴えているようにも聞こえるのだった。
ながいことお盆休みをいただいて一週間ぶりの山里。 国道を走るのはわずかな時間なのだけれど、久しぶりだったせいか。 ハンドルを持つ手が震えてなんとも怖いなと感じた。 山道に入るなりほっと肩の力が抜けて一気に緊張がほぐれる。
あたりの風景を恋しがるように見渡しながら職場に向った。 稲刈りの終った田んぼ。ほんのりと藁の匂いが好きだなと思う。
仕事は少し忙しくばたばたとしているうちに一日が過ぎた。 母の機嫌悪し、私がせかせかしていたせいかもしれないと反省する。 そういえば今日は一度も笑わなかったなと家路につきながら気がついた。
なにごとも鏡のようなもの。そこに見えない笑顔に笑顔は決して映らない。
帰宅してまた雨。クルマでお大師堂に参り手を合わす。 「ありがとうございました」とつぶやくと気分がとても清々しくなった。
夕食後には雨がやみ、あんずと大橋のたもとまで散歩する。 草とたわむれるのがほんとに大好きなあんず。くんくんと匂いをかいで。 道草しながらのんびりと暮れていく空や川を眺めていた。
雨雲のすきまからほんの少しだけ夕陽が見えた。
微笑んでみる。その笑顔をあしたの空にそのまま映すように。
今日も夏色の空。光の天使たちが空を舞っているようだった。 31年前の今日を思い出す。あの日も夏の光がきらきらと輝いていた。 夏に生まれた子はおひさまのこども。そうして一輪のひまわりが咲く。 生まれてきてくれてありがとう。嫁いでしまってもいつまでも愛しい娘だった。
そんな娘にも綾菜にも会えないまま一日が暮れようとしていた。 お大師堂に見覚えのある靴が脱ぎ揃えてありはっとその顔が浮かぶ。 やはりそうだった。長髪青年遍路さんとの嬉しい再会であった。
目標の10巡目。とうとう最後のお遍路になってしまった。 愛媛県内にある家を出てから一年半近く、一度も家には帰らず彼は旅をしていた。
なんとしても目標を達成するのだと言う強い意志が彼を動かしていたのだろう。 今は亡きおじいちゃんとともに旅した幼い頃の記憶も励みになっていたと思う。
やっと最後になりました。きらきらと輝く瞳でほんとに嬉しそうに語ってくれる。 辛いこともたくさんあったけれど、人との出会いが何よりも嬉しかった。 そうしてひとを思い遣るという気持ちが日に日に大きくなったのだと言う。 これからは自分のために生きるのではなくひとの為に生きたいと強く思ったそうだ。
お遍路は辛かったけれど、お遍路をしてほんとうに良かった。 一生の宝物になるような素晴らしい経験だったと語ってくれた。
最後はふたり涙ぐんでしまって胸がいっぱいになってしまったけれど、 ありがとうの言葉を交わしあいながら手を振って別れることが出来た。
彼を励ましながら自分もどんなにか励まされたことだろう。
ほんとうにありがたい出会いであった。彼のことは一生忘れないだろう。
入道雲と青い空。あたりいちめんが夏色に染まる。 この夏は不安定なお天気ばかり続いていたから、 なんだかやっと本物の夏が来たように思った。
けれども季節はゆっくりと秋に向っている。 夕暮れも少し早くなりかすかに秋の虫の声がする。
お盆休みも終わり、今日は山里の職場に行く予定だったけれど、 急遽、娘からお守りを頼まれてしまってもう一日お休みをいただく。 仕事の事も気になるけれど、綾菜と過ごせる時間が楽しみでもあった。
ほんの四時間ほどの子守だったのだけれど、途中から綾菜が大泣きになる。 いつも眠くなるとぐずるのでもう慣れているつもりだったけれど、 今日の泣き方はハンパではなくさすがのバーバも困り果ててしまった。 「おかあさん、おかあさん」と叫んでいるような気がした。
お昼過ぎにやっと娘が帰って来てくれて綾菜を抱くなりぴたっと泣き止む。 やはり母親が恋しかったようだ。そばにいないと不安でたまらないのだろう。
そうして一気にご機嫌になった綾菜が私の顔をみてにっこりと笑った。 その笑顔の嬉しかったこと。なんだか気が抜けたようにほっとしていた。
「おばあちゃん、ありがとうね」娘と綾菜に見送られて家路に着く。
子守はちょっぴり大変だけれど、やっぱり嬉しいなあってつくづく思った。
もう天の国に帰って行ってしまうのか。 送り火は寂しいけれど、その炎が燃え尽きてしまうまで手を振ろう。
今年ほどお盆をありがたく思ったことはなかった。 帰って来たよと知らせてくれたおかげで 亡き義父の存在を強くつよく感じることが出来た。 姿かたちは見えなくても魂は永遠にそばにいてくれるのだと思う。
そうしてこれからもずっと私達家族を見守っていてくれるだろう。 それが何よりも心強いこと。それが何よりもありがたいことであった。
昨夜は姑の家に家族がみな集まりささやかな宴をひらく。 笑顔の花がいっぱい咲いてとてもにぎやかで楽しい夜だった。 義父もどんなにか喜んでくれたことだろう。 みんなの声を聞きながら嬉しそうに微笑んでいる顔が見えるようだった。
57歳の若さで逝ってしまった義父。どんなにか心残りだった事だろう。 その時まだ一歳だったサチコも今年は母親になることが出来た。 ひ孫の顔を見てくれましたか?ひいおじいちゃんになったのですよ。
来年もまたきっと帰って来て下さいね。みんなで待っていますから。
この炎が見えますか? どうか無事に帰って来て下さいね。 語りかけるように手を合わす夕暮れ時だった。
そうして今度は仏壇に手を合わす。 その時だった。精霊棚の笹が微かに音を立てているのに気づく。 じんじんと鳴り響くような音。 それは笹が風に揺れている音では決してなかった。
「おばあさ〜ん、おじいさんが帰って来たよ」
おもてに居た姑を急いで呼びに行く。 義父が亡くなってもう三十年が経つけれどこんな事は初めてだった。 「おやまあ、今年はどうしたことかね」と姑もびっくりしていた。
ちゃんと帰って来たよと義父がみんなに知らせてくれているのに違いない。 そう思うと感動で胸がいっぱいになった。とても嬉しくてならない。
おじいさんお帰りなさい。みんなで待っていたよ。
息子や娘にも知らせなくては。孫達にどんなにか会いたいことだろう。 そうして綾菜も。初めてのひ孫だからすごく喜んでくれると思う。
おじいさん帰ってきてくれてありがとう。嬉しい夜になりました。
曇り日。風もなく蒸し暑い一日だった。 朝の涼しいうちにと娘の家に綾菜を連れに行く。 一日中のお守りは大変だぞと夫は心配していたけれど。 私はウキウキとした気分でとても楽しみでならなかった。
機嫌よく玩具を手に持ってひとり遊びをしてくれたり、 眠くなってぐずっても抱っこしてあげたらすぐに寝てくれる。 思ったよりずっと楽チンだなって喜んでいたのだけれど、 お腹が空くとやはり最初に母乳を欲しがってちょっと大変だった。 ミルクを作って冷ましている間、あまりにも泣くのでジージが抱っこ。 「ほら、やっぱり大変じゃないか」と言いながらもちょっと嬉しそう。
午後は二時間ほどぐっすりと眠ってくれて私も添い寝をする。 なんとも平和なひと時。綾菜の寝息が耳に心地よく伝わってくる。
そうこうしているうちに娘が早目に迎えにやって来る。 預けっぱなしはやはり心配だそうで落ち着かなかったようだ。
母乳を飲んでいる綾菜の顔はとても満足そうだった。 お母さんのお乳がいちばんなのだなとつくづくと思う。
またこんな一日があれば良いな。おそるおそる娘に訊いてみる。 たまには良いけれどやはり娘の家に私が行くほうが良いようだった。
今度は水曜日。午前中だけのお守りを頼まれる。 それでじゅうぶんと思えないバーバのなんと欲張りなことだろう。
娘と綾菜が帰ってしまうと、なんだか火が消えたように静かな我が家だった。
|