朝から激しい雷雨になる。 燃えようとしている夏のことを咎めるかのように雨が降る。 ふっと哀しげな夏の後姿を見たような気がした。 けれどもきっとすぐに笑顔で振り向いてくれることだろう。
じゃあまたね。ゆびきりげんまんをして別れたい夏だった。
午後、伯母のお葬式。たくさんの人に見送られて伯母が旅立って行く。 花に埋もれるように微笑んでいる伯母の顔はとても幸せそうだった。 思い残すことは何もないのかもしれない。伯母は天寿を全うしたのだ。
さようならはやはり言えなかった。ただただありがとうと手を合わす。
帰宅してからの散歩道。一輪の野菊が咲いていてはっと足を止めた。 夏草に抱かれてはほっと息をしているようなちいさな秋だった。
夏は追いやられるのではなく、秋を招き入れるのだと思う。
散る花もあれば咲く花もあるのがこの世のならい。
一輪の野菊に思いをよせてそっと指先でふれてみる。
つくつくぼうしが鳴き始めて夏の盛りを過ぎたことを知る。 夏らしい青空もつかの間、今日は突然の雷雨にみまわれる。
早朝に夫のケイタイがけたたましく鳴った。 はっと目に浮かんだのは入院している伯母の顔だった。 やはりそうだった。午前一時頃息を引き取ったという報せだった。
もう長くはないだろうと聞いていただけに覚悟はしていたけれど。 訃報はなんとも寂しいものである。そうか・・夫と二人大きな溜息をつく。
けれども死に顔のなんと安らかなこと。 もう痛みに苦しむ事もない。やっと楽になれたのだと思った。 お盆も近くなり、先に逝った伯父が迎えに来てくれたのかもしれない。
波乱万丈だったと聞く伯母の88年の人生が静かに幕を閉じた。 たくさんの苦労をしたけれど伯母はきっと幸せだったのだと信じたい。
夫は子供の頃からとても可愛がってもらったのだそうだ。 そういえば数年前のお正月に伯母からお年玉を貰ったことがあった。 夫はとても照れていたけれど、伯母にとってはいつまでも子供だったのだろう。
そのお年玉を何かのカタチにして返そうと思っていたけれど、 いつのまにか夫のお小遣いになってしまってそのままになってしまっていた。
それも今となっては微笑ましい思い出である。
「緑」という名の伯母の事を私達は「みどおばちゃん」と呼んでいた。
みどおばちゃんどうもありがとう。どうか天国でこれからも微笑んでいてね。
朝から蝉の大合唱。残暑の厳しい一日となる。 どんなに暑くても青空が子供のように嬉しかった。
今は亡き祖父母の家で過ごした夏をふと思い出す。 川遊びの楽しかったこと。スイカが美味しかったこと。 何よりも優しかった祖父母の面影が懐かしくてならない。
お盆も近くなった。祖父母に会えたらどんなに良いだろうか。
平日だったけれど午前中は孫の綾菜と過ごしていた。 娘からお守りを頼まれるとほんとうに嬉しくてならない。 笑顔と寝顔。見ていると愛しさがあふれんばかりに込み上げてくる。
長生きをしたい。祈るように思っていた。 この子の成長を見届けたい。せめて二十歳になるまでは。 そう思えばひ孫の顔も見たくなるのは欲と言うものだろうか。
あと二十年。長いようであっという間に歳月が流れてしまうかもしれない。 私はいったいどんなおばあちゃんになっていることだろう。
なんとしても生きていたいものだ。いや生きていなくてはいけないと思った。
命のろうそくが消えないようにそっと手をかざす。
そんな日々がこれからも続くことだろう。
早いもので暦の上では今日からもう秋。 なんとつかの間の夏だったのだろうと少しさびしい。
今朝の青空も午後にはすっかり曇ってしまって。 山里ではヒグラシがとてももの哀しく声を響かせていた。
そうして庭の紫式部の花もいつのまにかたわわな実になり、 ひっそりと紫色に色づくのを待っているようだった。
確実に季節は移ろっていく。夏も「残暑」の衣を羽織ったのだ。
職場は昨日の緊張感が薄れてほっとするような一日となる。 何事もなんとかなる。そう思う気持ちが大切なのだとつくづく思った。 荒波に揉まれてばかりではない。穏やかな日もちゃんとあるのが嬉しい。
帰宅してからの散歩道。深呼吸をしたくなるほど心地よい風に吹かれる。
やがてその風も秋風に変わることだろう。
急ぐことなくゆっくりとゆっくりと歩いていきたい。
ここ数日ぐずついたお天気が続いていたけれど、 今日は夕方近くにやっとおひさまが顔を出してくれた。
山里ではそろそろ稲刈りが始まりそうだった。 農家の人達も晴天を待ちわびていることだろう。
職場でちょっとしたアクシデントあり。 にっちもさっちもいかない事で皆で頭を悩ます。 いつもはあっけらかんとしている母も。 今日ばかりは深刻な表情をしていた。
すると一匹の蟹が事務所にひょこひょこと入ってきた。 沢蟹のようだったけれどいったいどこから歩いて来たのだろう。 真っ先に見つけた母が座り込んで蟹と話しを始めた。
その様子がなんとも微笑ましくて皆の顔が一気に明るくなる。 「ここにいたらあんた死んでしまうよ」母は蟹を手のひらで包み込んだ。 そうして近くの側溝のあたりまで連れて行き無事に放してあげたのだった。
そんなちょっとした出来事が今日はとても嬉しく感じた。
蟹さんこちら手のなるほうへ。どうかまた遊びに来てね。
今日も不安定な空模様。湿気を含んだ東風強し。 おかげで猛暑にはならず過ごしやすい一日だった。
孫の綾菜、昨日で無事に生後三ヶ月となる。 昨夜は突然に子守を頼まれ二時間ほど我が家で過ごす。 今日も午後から娘が連れて来てくれて夕方まで子守をしていた。
抱っこして土手まで散歩に出掛けてみたり、 ひいおばあちゃんの家にも遊びに行ったりした。
ひいおばあちゃんが面白い顔をして見せてあやすと。 声をたてて笑うようになり、みんなで大喜びだった。
なんとも微笑ましく和やかなひと時を過ごすことができた。 ほんとうに天使のような子。あふれんばかりの幸せを運んできてくれる。
明日は子守をしなくても良いよと迎えに来た娘が言う。 がっくりとさびしいけれど幸せな気持ちはずっと続きそうだった。
娘がこうして甘えてくれるのはほんとうに嬉しいことである。 子守をさせてもらえるおばあちゃんは幸せ者だなとつくづくと思った。
サチコありがとう。綾菜ありがとう。
お大師さんに手を合わせ今日がゆっくりと暮れていく。
曇り時々雨。さあっと走り抜けるように雨が降る。 かくれんぼしているおひさまに呼びかけるように風が吹く。
夕方、土手を散歩していてはっとしたのは夏草の鮮やかな緑。 除草作業があったのはついこの前だったのにもう生い茂っている。 ちろちろと夏草たちが踊っているような歌っているような風景だった。
そうして歩きながら見つけたのは一輪の野あざみ。 白つめ草の花も咲いていた。ぽつんとひとりぼっち。
あたりいちめんを刈られてしまった時に季節が後戻りしたのかもしれない。 夏の盛りに咲く春の野花はなんだか奇蹟のように尊く思えてならなかった。
仲間はみんなどうしてしまったのだろう。ちょっぴり心細くて淋しい。 そんなふうにつぶやいている声が聞こえてきそうだった。
だいじょうぶよ。夏草たちがよりそって抱きしめているように見えた。
つよくつよく生きること。あたえられた命を守りぬくこと。
ありのままの自然は命の大切さをそっとおしえてくれている。
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