今日も不安定な空模様。湿気を含んだ東風強し。 おかげで猛暑にはならず過ごしやすい一日だった。
孫の綾菜、昨日で無事に生後三ヶ月となる。 昨夜は突然に子守を頼まれ二時間ほど我が家で過ごす。 今日も午後から娘が連れて来てくれて夕方まで子守をしていた。
抱っこして土手まで散歩に出掛けてみたり、 ひいおばあちゃんの家にも遊びに行ったりした。
ひいおばあちゃんが面白い顔をして見せてあやすと。 声をたてて笑うようになり、みんなで大喜びだった。
なんとも微笑ましく和やかなひと時を過ごすことができた。 ほんとうに天使のような子。あふれんばかりの幸せを運んできてくれる。
明日は子守をしなくても良いよと迎えに来た娘が言う。 がっくりとさびしいけれど幸せな気持ちはずっと続きそうだった。
娘がこうして甘えてくれるのはほんとうに嬉しいことである。 子守をさせてもらえるおばあちゃんは幸せ者だなとつくづくと思った。
サチコありがとう。綾菜ありがとう。
お大師さんに手を合わせ今日がゆっくりと暮れていく。
曇り時々雨。さあっと走り抜けるように雨が降る。 かくれんぼしているおひさまに呼びかけるように風が吹く。
夕方、土手を散歩していてはっとしたのは夏草の鮮やかな緑。 除草作業があったのはついこの前だったのにもう生い茂っている。 ちろちろと夏草たちが踊っているような歌っているような風景だった。
そうして歩きながら見つけたのは一輪の野あざみ。 白つめ草の花も咲いていた。ぽつんとひとりぼっち。
あたりいちめんを刈られてしまった時に季節が後戻りしたのかもしれない。 夏の盛りに咲く春の野花はなんだか奇蹟のように尊く思えてならなかった。
仲間はみんなどうしてしまったのだろう。ちょっぴり心細くて淋しい。 そんなふうにつぶやいている声が聞こえてきそうだった。
だいじょうぶよ。夏草たちがよりそって抱きしめているように見えた。
つよくつよく生きること。あたえられた命を守りぬくこと。
ありのままの自然は命の大切さをそっとおしえてくれている。
今日いちばんに嬉しかったのは「エンピツ」が復旧したこと。 障害発生からのここ数日なんとも不安で落ち着かない日々を過ごしていた。 大切な日記帳を突然失ってしまったような悲しさもあって。 この場所が自分にとってどんなに愛しい場所だったかを改めて感じた。 管理人さんほんとにありがとうございました。 これからも末永くここにいさせてください。

台風の影響で午前中は雨風ともに強し。 どしゃ降りの雨の中を山里の職場へとクルマを走らす。
母の通院日。先日から心配な事ばかりでやっと一安心だった。 また手術をしなければいけないかもしれないけれど。 それで症状が軽くなるのならと祈るような気持ちでいる。
いつもおしゃべりさんの母がいない職場はひっそりと寂しい。 明日は堰を切ったように話し出すことだろう。笑顔の花を待っている。
午後には雨もやんでくれて、いつものように散歩に出かける。 お大師堂に「ありがとう」の貼り紙をした。 きっと伝わると信じている。その人も喜んでくれることだろう。
言葉の大切さ。顔は見えなくても「こころ」はきっと通じる。
「ありがとう」には「ありがとう」がきっと返って来るものだ。
| 2012年07月31日(火) |
空が燃えて今日が暮れる |
午後7時。西の空が燃えているように紅くてなんだか胸がどきどきした。 今日が暮れていく。もう追いかけてはいけない空の向こうがわへ。
夕方お大師堂にお参りに行ってなんと嬉しかったことか。 先日跡形もなく消えてしまっていた「お大師ノート」がそこにあった。 お遍路さんの残してくれた納め札も一緒に添えられていてとてもほっとする。
昨日の貼り紙をその人が読んでくれたのだろう。 そうして大切なものだったのだと気づいてくれたらしかった。 不要な物と思い込み片付けてしまったと詫びる言葉が添えられてあり。 どうしてこれが不要な物かとその人を責める気持ちにはならなかった。
ひとそれぞれ。それで良いのではないだろうか。 むしろ返してくれたことに心から感謝したい気持ちでいっぱいになった。
明日は「ありがとう」の貼り紙をしたいなと思う。 そうしてこれからは一緒に大切なものを守っていけたらどんなに良いだろうか。
とても清々しい気持ちでお大師堂から外に出て行くと。 可愛いワンちゃんを連れた見かけない人に出会った。 「こんにちは」と挨拶を交わし話し始めてびっくりしてしまった。 なんと群馬の高崎から16時間もかけて四万十へ遊びに来たのだそうだ。 ワンちゃんも長旅でどんなにか疲れたことだろう。 飼い主のその人は数年前に一度来たことがあって。 四万十の散歩道を犬と一緒に歩いてみたかったのだそうだ。
「お友達だね」あんずのことをそう呼んでくれてとても嬉しかった。
ほんのつかの間のことだったけれどこれも一期一会。
名も知らぬワンちゃんが尻尾を振ってくれて、あんずも嬉しそうに尻尾を振っていた。
うだるような暑さ。稲穂がすっかり実りいちめんの黄金色になる。 山里では稲刈りの事を「秋」と呼ぶ。その秋もすぐにやってきそうだった。
暑さには弱いけれど夏そのものは決して嫌いではなかった。 夏ならではの楽しみもある。汗を流しながらすくっと前を向いているような気持ち。
散歩の時間も少し遅らせ、夕風が涼風になる頃に出掛けている。 昼間の暑さがうそのように土手を吹き抜ける風がなんとも心地よい。 あんずもすっかり元気になったけれど、行きはよいよい帰りはこわい。 帰り道ではちょっとくたばってしまってやっとこさで家に辿り着く。 それでも「歩く」ということ。私もあんずから元気をもらっている。
お大師堂では顔なじみのお遍路さんMさんと再会した。 前回会ってから40日くらいだろうか。Mさんの健脚には頭が下がる。 真っ黒に日焼けした顔、そうして変わらぬ笑顔に感動さえおぼえる。 今回はしんみりとした話は抜きにしてまたの再会を約束して別れた。 次に会う頃には秋風が吹き始めているだろう。Mさんの旅は季節そのもの。
お大師ノートの一件があり、返却を願う張り紙をしてきた。 こころあるひとならきっと返してくれるだろうと信じたい気持ちでいっぱいである。 その反面、お参りに来ている人の中にはお遍路さんが泊まる事を快く思っていない人もいるらしい。 いろんな考えの人がいて当たり前だけれど、私にとってはとても嘆かわしく悲しい現実だった。
どうかそんな現実をお遍路さんが目の当たりにすることがありませんように。 疲れた身体を少しでも癒して欲しい。ほっと寛いで眠って欲しいといつも願っている。
相変わらず暑い日が続いている。朝から元気に蝉が鳴いていた。 おひさまも元気いっぱい。負けないように自分も元気でいなくては。
いつも日記を書かせていただいている「エンピツ」が昨日から繋がらなくなった。 サーバーが落ちている様子で不安がつのる。どうか無事に復旧して欲しいと願うばかり。 なんだか大切な日記帳を無くしてしまったようなどうにも落ち着かない気分である。 まさか10年分の日記が消滅してしまうことはないと思うけれど、 もしそうなったらショックで立ち直れないと悪い事ばかり考えてしまうのだった。
気を取り直して、とにかく明日を待とう。明日はあしたの風が吹いてくれるから。
毎日お参りに行っているお大師堂でも昨日とても残念なことがあった。 長年備え付けてあった「お大師ノート」が忽然と消えてしまったのだ。 それはもう二冊目になっていて泊まってくれたお遍路さんの心のこもった言葉の数々。 あるお遍路さんはお大師堂から見える四万十川の風景をスケッチ画にして残してくれていた。 それは地元の者とお遍路さんとを繋ぐとても貴重なノートに他ならなかった。
そのノートのすべて。それからお遍路さんが残してくれた納め札のすべてが消えていた。 いったい誰が、いったい何のためにそのようなことをしなければいけなかったのか。 私はしばし放心状態になりお大師さんの前でなんとも嘆かわしい気持ちになってしまった。
その足で地区の区長さんのところに相談に言ったけれど、声が震えてうまく話せない。 よほど動揺していたのだろう。区長さんも頷いてくれて近いうちに対処してくれる事になった。 とにかく返して欲しい。その一言に尽きる。持ち去った人の「こころ」がとても悲しい。
そんなことがあっても、お大師さんは何事もなかったように微笑んでいる。
この世にはしかたないことがたくさんあるのだよとおしえてくれているのかもしれなかった。
けれどもあっけらかんと生きていくことはなんてむつかしいことなのだろう。
お風呂上りの火照った身体に夕風が心地よい。 今日も暑い一日だった。日が暮れ始めるとなんだかほっとする。 ふと茜色の空に向かって歩いてみたくなった。夕涼みも良いものだ。
土用の丑の日。朝からウナギのことばかり考えていた。 高値だけれど二人分ぐらいならなんとかなるかしらと思っていたら。 今日に限って息子から「晩飯たのむ」のメールが届く。
ウナギは息子の好物。食べさせないわけにはいかなかった。 いつも質素な食事ばかりなのでたまには奮発しなくては。 そう思った矢先、またメールが届き「ウナギ代はおごってやる」と。 ゲンキンな母は目の前がぱあっと明るくなったのは言うまでもない。 素焼きのウナギを四匹買う。息子に二匹食べさせてあげたかった。
帰宅すると息子はもう待ち兼ねていて、早目に蒲焼を作った。 大きなどんぶりでうな丼、ガツガツとそれは美味しそうに食べてくれる。
「ごちになりました」父も母もお腹いっぱいになって幸せそのもの。 息子は食べ終わるなり帰ると言って財布から一万円札をぽんと出してくれた。
「おつりはいらねえよ」なんかすごくかっこつけているのだけれど。
母はすごく嬉しくてなんだか涙が出そうだった。
ありがとね。ありがとねって言っているうちに息子は風のように去って行った。
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