今日いちばんに嬉しかったのは「エンピツ」が復旧したこと。 障害発生からのここ数日なんとも不安で落ち着かない日々を過ごしていた。 大切な日記帳を突然失ってしまったような悲しさもあって。 この場所が自分にとってどんなに愛しい場所だったかを改めて感じた。 管理人さんほんとにありがとうございました。 これからも末永くここにいさせてください。

台風の影響で午前中は雨風ともに強し。 どしゃ降りの雨の中を山里の職場へとクルマを走らす。
母の通院日。先日から心配な事ばかりでやっと一安心だった。 また手術をしなければいけないかもしれないけれど。 それで症状が軽くなるのならと祈るような気持ちでいる。
いつもおしゃべりさんの母がいない職場はひっそりと寂しい。 明日は堰を切ったように話し出すことだろう。笑顔の花を待っている。
午後には雨もやんでくれて、いつものように散歩に出かける。 お大師堂に「ありがとう」の貼り紙をした。 きっと伝わると信じている。その人も喜んでくれることだろう。
言葉の大切さ。顔は見えなくても「こころ」はきっと通じる。
「ありがとう」には「ありがとう」がきっと返って来るものだ。
| 2012年07月31日(火) |
空が燃えて今日が暮れる |
午後7時。西の空が燃えているように紅くてなんだか胸がどきどきした。 今日が暮れていく。もう追いかけてはいけない空の向こうがわへ。
夕方お大師堂にお参りに行ってなんと嬉しかったことか。 先日跡形もなく消えてしまっていた「お大師ノート」がそこにあった。 お遍路さんの残してくれた納め札も一緒に添えられていてとてもほっとする。
昨日の貼り紙をその人が読んでくれたのだろう。 そうして大切なものだったのだと気づいてくれたらしかった。 不要な物と思い込み片付けてしまったと詫びる言葉が添えられてあり。 どうしてこれが不要な物かとその人を責める気持ちにはならなかった。
ひとそれぞれ。それで良いのではないだろうか。 むしろ返してくれたことに心から感謝したい気持ちでいっぱいになった。
明日は「ありがとう」の貼り紙をしたいなと思う。 そうしてこれからは一緒に大切なものを守っていけたらどんなに良いだろうか。
とても清々しい気持ちでお大師堂から外に出て行くと。 可愛いワンちゃんを連れた見かけない人に出会った。 「こんにちは」と挨拶を交わし話し始めてびっくりしてしまった。 なんと群馬の高崎から16時間もかけて四万十へ遊びに来たのだそうだ。 ワンちゃんも長旅でどんなにか疲れたことだろう。 飼い主のその人は数年前に一度来たことがあって。 四万十の散歩道を犬と一緒に歩いてみたかったのだそうだ。
「お友達だね」あんずのことをそう呼んでくれてとても嬉しかった。
ほんのつかの間のことだったけれどこれも一期一会。
名も知らぬワンちゃんが尻尾を振ってくれて、あんずも嬉しそうに尻尾を振っていた。
うだるような暑さ。稲穂がすっかり実りいちめんの黄金色になる。 山里では稲刈りの事を「秋」と呼ぶ。その秋もすぐにやってきそうだった。
暑さには弱いけれど夏そのものは決して嫌いではなかった。 夏ならではの楽しみもある。汗を流しながらすくっと前を向いているような気持ち。
散歩の時間も少し遅らせ、夕風が涼風になる頃に出掛けている。 昼間の暑さがうそのように土手を吹き抜ける風がなんとも心地よい。 あんずもすっかり元気になったけれど、行きはよいよい帰りはこわい。 帰り道ではちょっとくたばってしまってやっとこさで家に辿り着く。 それでも「歩く」ということ。私もあんずから元気をもらっている。
お大師堂では顔なじみのお遍路さんMさんと再会した。 前回会ってから40日くらいだろうか。Mさんの健脚には頭が下がる。 真っ黒に日焼けした顔、そうして変わらぬ笑顔に感動さえおぼえる。 今回はしんみりとした話は抜きにしてまたの再会を約束して別れた。 次に会う頃には秋風が吹き始めているだろう。Mさんの旅は季節そのもの。
お大師ノートの一件があり、返却を願う張り紙をしてきた。 こころあるひとならきっと返してくれるだろうと信じたい気持ちでいっぱいである。 その反面、お参りに来ている人の中にはお遍路さんが泊まる事を快く思っていない人もいるらしい。 いろんな考えの人がいて当たり前だけれど、私にとってはとても嘆かわしく悲しい現実だった。
どうかそんな現実をお遍路さんが目の当たりにすることがありませんように。 疲れた身体を少しでも癒して欲しい。ほっと寛いで眠って欲しいといつも願っている。
相変わらず暑い日が続いている。朝から元気に蝉が鳴いていた。 おひさまも元気いっぱい。負けないように自分も元気でいなくては。
いつも日記を書かせていただいている「エンピツ」が昨日から繋がらなくなった。 サーバーが落ちている様子で不安がつのる。どうか無事に復旧して欲しいと願うばかり。 なんだか大切な日記帳を無くしてしまったようなどうにも落ち着かない気分である。 まさか10年分の日記が消滅してしまうことはないと思うけれど、 もしそうなったらショックで立ち直れないと悪い事ばかり考えてしまうのだった。
気を取り直して、とにかく明日を待とう。明日はあしたの風が吹いてくれるから。
毎日お参りに行っているお大師堂でも昨日とても残念なことがあった。 長年備え付けてあった「お大師ノート」が忽然と消えてしまったのだ。 それはもう二冊目になっていて泊まってくれたお遍路さんの心のこもった言葉の数々。 あるお遍路さんはお大師堂から見える四万十川の風景をスケッチ画にして残してくれていた。 それは地元の者とお遍路さんとを繋ぐとても貴重なノートに他ならなかった。
そのノートのすべて。それからお遍路さんが残してくれた納め札のすべてが消えていた。 いったい誰が、いったい何のためにそのようなことをしなければいけなかったのか。 私はしばし放心状態になりお大師さんの前でなんとも嘆かわしい気持ちになってしまった。
その足で地区の区長さんのところに相談に言ったけれど、声が震えてうまく話せない。 よほど動揺していたのだろう。区長さんも頷いてくれて近いうちに対処してくれる事になった。 とにかく返して欲しい。その一言に尽きる。持ち去った人の「こころ」がとても悲しい。
そんなことがあっても、お大師さんは何事もなかったように微笑んでいる。
この世にはしかたないことがたくさんあるのだよとおしえてくれているのかもしれなかった。
けれどもあっけらかんと生きていくことはなんてむつかしいことなのだろう。
お風呂上りの火照った身体に夕風が心地よい。 今日も暑い一日だった。日が暮れ始めるとなんだかほっとする。 ふと茜色の空に向かって歩いてみたくなった。夕涼みも良いものだ。
土用の丑の日。朝からウナギのことばかり考えていた。 高値だけれど二人分ぐらいならなんとかなるかしらと思っていたら。 今日に限って息子から「晩飯たのむ」のメールが届く。
ウナギは息子の好物。食べさせないわけにはいかなかった。 いつも質素な食事ばかりなのでたまには奮発しなくては。 そう思った矢先、またメールが届き「ウナギ代はおごってやる」と。 ゲンキンな母は目の前がぱあっと明るくなったのは言うまでもない。 素焼きのウナギを四匹買う。息子に二匹食べさせてあげたかった。
帰宅すると息子はもう待ち兼ねていて、早目に蒲焼を作った。 大きなどんぶりでうな丼、ガツガツとそれは美味しそうに食べてくれる。
「ごちになりました」父も母もお腹いっぱいになって幸せそのもの。 息子は食べ終わるなり帰ると言って財布から一万円札をぽんと出してくれた。
「おつりはいらねえよ」なんかすごくかっこつけているのだけれど。
母はすごく嬉しくてなんだか涙が出そうだった。
ありがとね。ありがとねって言っているうちに息子は風のように去って行った。
生きている生きているよと蝉が鳴く。
そんなふうに必死に私も生きているのだろうかとふと思った。
真っ白な布をひろげてみてもそこに絵のような刺繍も出来ない。 けれどもそれが愛しくて毎日折りたたんでは明日を待っている。
おそらくわたしは何かを諦めてしまっているのだろう。 それなのに微笑んでいる。それなのに幸せだと胸をはっている。
一粒の真珠が石ころに変わってしまってもわたしは決して嘆かない。
その石ころを手のひらに抱いて青空にかざしては夢のように願うだろう。
生きたい 生きたい 生きたいと もしかしたら泣くのかもしれない。
いつかは明日がなくなってしまうことを恐れてはいけない。
生きている生きているよと蝉が鳴く。
生きている生きているよと私もなきたい。
最高気温が33℃。この夏いちばんの暑さとなる。 山里では稲穂が実り始め、ほんのりとした黄金色が広がっている。
心配していた母は痛みを訴えることもなく一日が過ぎたけれど、 私が心配するからと口に出さないだけかもしれなかった。 はらはらと気遣う気持ちと母の笑顔にほっとする自分がいた。
どうか少しでも楽になりますように。毎日祈り続けているばかり。
夕方のお大師堂で顔馴染みのお遍路さんGさんと再会する。 目がくりくりっとしていていつも笑顔のお遍路さんだった。 普段はちょっとした世間話などして別れるのだけれど、 今日は長話になってしまって「職業遍路」の話しになった。
たくさんの苦労話。托鉢をしなければ食べていけないこと。 帰る家や待っていてくれる家族がいる人は殆どいないと言う。 Gさんもその一人で何もかも捨ててきたのだと言った。 それが気楽で良いですよと言うけれどなんとも複雑な気持ちになる。 四国を歩いて四国で死ぬのが運命なのだと微笑みながら語ってくれた。
自分はたくさんの縁に恵まれてこうして生きていられる。 これ以上の幸せはないのだ。ありがたいことだと言っていた。
それがGさんの人生。どんなことがあっても一生懸命に生きること。 たとえのたれ死んでも幸せな一生だったと微笑んで逝けると言うこと。
熱いものが私の胸に込み上げてくる。なんともせつない。 けれどもその「人生」を否定する事などどうして出来ようか。
「また会いましょうね」それが合言葉のようになりそれが私達の約束。
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