ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年07月25日(水) 蝉しぐれ

生きている生きているよと蝉が鳴く。

そんなふうに必死に私も生きているのだろうかとふと思った。


真っ白な布をひろげてみてもそこに絵のような刺繍も出来ない。
けれどもそれが愛しくて毎日折りたたんでは明日を待っている。

おそらくわたしは何かを諦めてしまっているのだろう。
それなのに微笑んでいる。それなのに幸せだと胸をはっている。

一粒の真珠が石ころに変わってしまってもわたしは決して嘆かない。

その石ころを手のひらに抱いて青空にかざしては夢のように願うだろう。

生きたい 生きたい 生きたいと もしかしたら泣くのかもしれない。


いつかは明日がなくなってしまうことを恐れてはいけない。

生きている生きているよと蝉が鳴く。

生きている生きているよと私もなきたい。



2012年07月24日(火) それぞれの人生

最高気温が33℃。この夏いちばんの暑さとなる。
山里では稲穂が実り始め、ほんのりとした黄金色が広がっている。

心配していた母は痛みを訴えることもなく一日が過ぎたけれど、
私が心配するからと口に出さないだけかもしれなかった。
はらはらと気遣う気持ちと母の笑顔にほっとする自分がいた。

どうか少しでも楽になりますように。毎日祈り続けているばかり。



夕方のお大師堂で顔馴染みのお遍路さんGさんと再会する。
目がくりくりっとしていていつも笑顔のお遍路さんだった。
普段はちょっとした世間話などして別れるのだけれど、
今日は長話になってしまって「職業遍路」の話しになった。

たくさんの苦労話。托鉢をしなければ食べていけないこと。
帰る家や待っていてくれる家族がいる人は殆どいないと言う。
Gさんもその一人で何もかも捨ててきたのだと言った。
それが気楽で良いですよと言うけれどなんとも複雑な気持ちになる。
四国を歩いて四国で死ぬのが運命なのだと微笑みながら語ってくれた。

自分はたくさんの縁に恵まれてこうして生きていられる。
これ以上の幸せはないのだ。ありがたいことだと言っていた。

それがGさんの人生。どんなことがあっても一生懸命に生きること。
たとえのたれ死んでも幸せな一生だったと微笑んで逝けると言うこと。

熱いものが私の胸に込み上げてくる。なんともせつない。
けれどもその「人生」を否定する事などどうして出来ようか。

「また会いましょうね」それが合言葉のようになりそれが私達の約束。



2012年07月23日(月) 芙蓉の花と母

梅雨が明けてからもずっと不安定なお天気が続いていたけれど、
今日は初めてこれが夏の空だと思えるような青空になった。

空を仰ぐとくらくらとするような眩しい太陽。
なんだか動物のようにむくむくとしている雲。

職場の庭に咲く芙蓉の花がとても綺麗だった。
母がとても喜んでいる。こんなにたくさん咲いたのは初めてだと言う。

その母が先週あたりからまた足の痛みを訴えている。
以前に血管の手術をしたけれど、その時の症状がまた出ているようだ。
早目に病院へ行くようにとすすめているけれど、首を縦に振らない。
痛み止めの薬を飲んでは我慢しているようで心配でならなかった。

痛い痛いと聞くたびに代わってあげられたらどんなに良いだろうかと思う。
せめて分かち合える痛みなら母も少しは楽になれるだろうに。

気丈で溌剌としていた母もどうしようもなく老いていく。
それがとてもせつなくて、それがとても心細くてならなかった。

大丈夫よ。それが母の口癖だけれど、とても安心など出来ない。
老いていくのはしかたのないこと。ささやかな元気をといつも願っている。

タイムカードを押して帰ろうとする私に母が「ありがとうね」と言ってくれた。

「ありがとうね」と私も応える。なんだか涙が出そうな帰り道だった。



2012年07月21日(土) ひまわりの種

週末のお楽しみ。孫の綾菜と過ごす一日。
一人遊びが出来るようになってからお守りもずいぶんと楽になる。

ぐるぐると回るメリーゴーランドのような玩具がお気に入りで。
つぶらな瞳でじっと見つめているかと思えば手を出して触れようとする。
これからいろんな物に興味を示すようになるだろう。楽しみなことだ。

綾菜の成長はもちろんのこと娘がとても母親らしくなってはっとする時がある。
特に我が子に話しかけている様子はとても微笑ましくてならなかった。
母親の愛情がいっぱい。そのすべてが綾菜に注がれているように思う。


娘が赤ちゃんだった頃、私もこんなふうに話しかけていたかしら。
思い出そうとするのだけれど、何ひとつ思い出すことが出来なかった。
母乳を飲ませた記憶さえない。いったいどうやって育てていたのだろう。

気がつけば歩き始めていた。そうしてお兄ちゃんの後を追い掛けていた。

愛情不足だったかもしれない。私は育児に疲れていたのかもしれない。
それなのに素直で明るいまるでひまわりのような娘に育ってくれた。

もう30年も昔のこと。私はひまわりの種など蒔く余裕さえなかった。

それはきっと娘がこの世に生まれた時に握り締めていたのだろう。





2012年07月20日(金) 浜木綿の花

今日もにわか雨。夏空はしばらくおあずけのようだ。
かくれんぼばかりのおひさまも「もういいよ」って言っているみたい。

蒸し暑い一日だったけれど、夕方土手にあがると思いがけない涼風だった。
そんな風に吹かれながらあんずと一緒に心地よく散歩をする。

あんずは日に日に元気になっていて今日は駆け足。
すごいね。えらいねって声をかけながらあんずを追いかけるように歩く。


お大師堂に浜木綿の花が咲き始めた。
大きな蝋燭のようなつぼみが開くとまるで白装束のお遍路さんのようだ。
ふっとSさんのことを思い出す。修行僧のお遍路さんだった。
最後に会ったのは去年の夏。また会いましょうと言って別れたきりだった。
あの時も浜木綿の花が咲いていたっけ。Sさんの面影をその花に重ねた。

縁と言うものは儚いものなのかもしれないけれど。
決して粗末には出来なかった。忘れない大切な思い出になり心に残る。
そうして出会ってくれたこと。それはほんとうにありがたいことだった。

Sさん元気にしていますか。お大師さんがきっと伝えてくれるだろう。





2012年07月18日(水) ヒグラシ鳴いて

梅雨明けはしたものの不安定なお天気が続いている。
台風の影響なのかもしれない。今日もにわか雨が降ったりやんだり。

山里にいると雨が降りやんだ時にヒグラシの鳴き声が聴こえてくる。
他の蝉の声とは違ってなんとも物悲しくせつない鳴き声だった。

悲しいことはなにもないけれど、ふっと胸が締めつけられるようになる。
もうとっくの昔に忘れてしまっていた事を思い出してしまいそうになる。

過去と言うものはめんどうなものだ。もうこんなに遠くまで歩いてきたのに。

ヒグラシを日暮しとしてみるとなんだか納得して頷いている自分がいる。
日暮しで良いのかもしれない。たくさんの日々を重ねて生きてきたのだもの。


今日もありがとうございました。お大師さんに手を合わす。

私はすくっと前を向いている。もっともっと生きたいとつよくおもう。



2012年07月17日(火) 百日紅

ご近所の庭に今年も百日紅の花が咲いた。
そのお宅の老夫婦が亡くなって何度目の夏なのだろう。
年に何度かは県外に住む息子さんが帰って来ているけれど、
いつもは雨戸も閉じられひっそりとした空家であった。

その庭を毎年彩る百日紅。見ているとなんだか胸が熱くなる。
住む人も愛でる人もいないというのにその木はしっかりと生きている。

散歩の帰り道、あんずと一緒にその木を見上げた。
今年も咲いてくれたのね。こんなに綺麗に咲いてくれたのね。

夏を彩る花はとてもたくましい。力強くて生き生きとしている。
夏の太陽がどんなに照りつけても命の炎のように咲いてくれるだろう。



あんず。今日は夕涼みが出来たせいか昨日よりもずっと元気だった。
やはり暑さが堪えているのだろう。日中の散歩は控えたほうが良さそうだ。
一時はどうなることやらと心配していたけれど、きっと大丈夫だと思う。

明日も夕涼みしようね。母さんと一緒に夕風の中を歩こうね。

そうして百日紅の花をまた一緒に見上げようね。ゆびきりげんまんだよ。


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