空は晴れているのに時おりパラパラと雨が降ったりしていた。 かなりの蒸し暑さだったけれどそよ吹く風にずいぶんと助けられる。
日曜日を家で過ごすのはほんとに久しぶりのこと。 汗を流しながら掃除をしたり、ゆっくりと買物にも行けた。
午後、娘が綾菜を連れて遊びに来てくれた。 おばあちゃんはしょっちゅう会っているけれど、 おじいちゃんもたまにはねと娘のはからいであった。
夫の嬉しそうな顔。どんなにか会いたかったことだろう。 抱っこして話しかけている姿を見るとなんとも微笑ましかった。
ひいおばあちゃんにも会いに行って抱っこしてもらう。 手が少し不自由な姑も愛しそうに抱きしめてくれた。
みんなの笑顔と綾菜の笑顔。今日はひまわりのような一日だった。
そうして眠ってしまった綾菜は夕方になっても目を覚まさなくて。 とうとう仕方なく娘が抱き上げて無理やり起こしてしまった。
私はまた明日会えるけれど、夫はとても名残惜しそうだった。
「バイバイまたね」って綾菜の手を娘が振って帰って行ってしまった。
私が娘の家に通うのも良いけれど、たまにはこんな日もあれば良いなと思った。
我が家にひまわりが咲く。たくさんの笑顔が咲くのはほんとに嬉しい。
おとなりの九州では大変なことになっているというのに。 四国はなんと恵まれていることだろうとつくづくと思う。
あいかわらずの梅雨空が続いているけれど幸いなことに豪雨にはならず。 今日は薄っすらと陽も射してくれて穏やかな一日となった。
娘の家で過ごす土曜日。 楽しみにしているせいか、週末が来るのがとても早く感じる。 喜び勇んで駆けつけては綾菜と過ごせる時間がとても嬉しくてならない。
会うたびに豊かになる表情。綾菜が笑ってくれると顔がほころぶ。 綾菜の目にはどんなふうに映っているのだろう。しわくちゃ顔の私。
一日が過ぎるのもとても早く感じる。あっという間に夕方が近くなる。 大急ぎで帰宅しては犬小屋で寝ているあんずの様子を伺っていた。
リードを見せて「行けるかな?」と声をかけると「行こうかな」と出てくる。 今日は昨日よりも少し元気そうだったので、お大師堂まで連れて行った。 「えらかったね」とほめてあげてお大師さんからまたお菓子をいただく。
帰り道はちょっと大変だった。途中から歩くペースがすっかり落ちる。 休み休みやっと家に帰り着いたけれど、無理をさせてしまったかもしれない。 散歩は短めにするようにと夫からも言われた。お大師堂は遠過ぎたようだ。 けれどもお大師さんのお菓子を食べているあんずはとても嬉しそうだった。
歩かずにいるとどんどん歩けなくなってしまうのではないか。 それは人間だって同じだと思う。もう無理のきかない身体だとしても。 毎日少しずつ歩いていればきっとまたたくさん歩けるようになる気がする。
あきらめないでいようね。がんばろうねあんず。
山里の職場の庭に純白の芙蓉の花がたくさん咲いていた。 あいにくの曇り空だったけれど空に向かって微笑んでいるよう。
芙蓉は確か一日で萎れてしまう花ではなかったか。 そう思うとなんだかよけいに愛しさが込み上げてくる。
けれどもたくさんの蕾。明日もきっと咲いてくれるだろう。
帰宅すると久しぶりに息子が顔を見せてくれた。 いつもの愚痴もなく明るい表情にほっとする。 三人でわいわい言いながら夕食を食べた。 例のごとく食べ終るとすぐに帰ってしまうのだけれど。 「しんちゃん、またいつでも来たや」と慌てて声をかける。
嵐のような子だねと夫と顔を見合わせて微笑みあった。 そうそう、いつも風のように去って行くのだものね。
あんずの晩ご飯。今日は好物の竹輪にしてみた。 ドックフードは見向きもしないのでしばらくは好物ばかり。 思ったとおり飛びつくように食べてくれたのだけれど、 急いで食べたのがいけなかったのか喉に詰まらせてしまった。 しばし苦しんだあげく結局吐き出してしまったのだった。 いくら好物でも竹輪はもう駄目かな。柔らかいものにしないといけない。
少しずつ元気になっているようでもまだ本調子ではないようだ。 けれども昨日よりも少し多く歩けるようになってほっとしている。
彼女も辛いだろうと思う。好きな物を食べられなくなったり。 大好きな散歩道を思いっきりぐんぐんと歩けなくなってしまったり。
出来ていた事が出来なくなるという事はほんとうに辛いことなのだ。
彼女の老いを自分に重ねる。出来ないことは仕方ないこと。
それにこだわってはいけない。まだ出来ることはきっとたくさんある。
| 2012年07月12日(木) |
明日のことはまたあした |
今朝もどしゃ降りの雨。 大雨洪水注意報も出ていてはらはらと怖くなった。
そんな雨の中、あんずを動物病院へ連れて行く。 もうしばらく様子を見てからと思っていたけれど、 今朝もあまりにもぐったりとしていて一気に不安になってしまった。
立ち上がることが出来ないので抱いたまま連れて行った。 その重み。そのぬくもりこそが彼女の生きているあかしでもある。
足や腰には異常がなく、血液検査も正常値であった。 少し微熱が出ているのも老犬には珍しくないとの事。 元気と食欲が出る注射を二本打ってもらって帰って来た。 やはり単なる疲れだったのだろう。病気でなくてほんとうに良かった。
帰宅するなり驚いたのはクルマからおりるなり自分で歩こうとしたこと。
そうしていつもおしっこをしている土手まで行きたがった。
よろよろとした足取りだったけれど、ほんの少しだけ歩くことが出来る。 これには夫とふたり手を叩きたいほど嬉しくてたまらなかった。
もしかしたら食欲もあるかもしれない。大好きな食パンを食べさせてみた。 これも一枚ペロっと食べてくれる。良かった、ほんとうに良かった。
夕方の散歩はまだ無理かなと思ったけれど声をかけてみたら犬小屋から出て来る。 そうして「ちょっとだけなら行っても良いよ」みたいな顔をして見せた。
ほんとにちょっとだけ。お大師堂までは歩けなかったけれど。 途中の道端に繋いでも嫌がらずおとなしく待っていてくれる。
「はい、ごほうびのお菓子」お大師さんにお願いしてお供えしてあるお菓子を貰って来た。
そうしたら嬉しそうにピョンピョンと跳びはねてくれたではないか。
お菓子なんて久しぶりだもんね。お大師さんのお菓子は美味しいね。
明日のことはまたあした。きっと今日よりも元気になっているからね。
やはり梅雨空がもどってきてどしゃ降りの雨になる。 地面を叩きつけるような雨。空が暴れているようだった。
そんな雨も午後には小康状態になりほっとする。 帰宅した頃には雨もやんでいていつもの散歩の時間になる。
けれどもあんずは今日もまだ元気がなくて。 犬小屋に閉じこもってぐったりと寝ていた。 薄っすらと目を開けて私の顔を見ているけれど。 それ以上の反応がない。起き上がろうとしないのだ。
もしかしたら狂犬病の注射が原因かもしれない。 動物病院に電話してみたら、そんな前例はないとのこと。 2、3日様子をみて変わらなかったら連れて来るように言われた。
やはり単なる疲れだろうか。それならばきっと元気になってくれるはずだ。 あんなに元気だったあんずが突然弱ってしまうなんてなんとも心配なこと。
晩ご飯も丸二日何も食べていなかった。お腹が空いているだろうに。 もしかしたら夜中に食べてくれるかもしれないとそっとそばに置いておく。
このまま見守るしかないぞ。夫の言葉にうなずいていた。 せめてご飯を食べてくれたら少しは元気になってくれるだろうに。
15年前の秋のこと。彼女は遠いところから我が家にやって来た。 その朝まで母犬に甘えていただろうに突然クルマに乗せられてしまって。 「姉ちゃん頼むよ」弟一家はあんずを置き去りにして帰って行ったのだった。
その夜からながいことあんずはずっと泣いていたっけ。 お母さんが恋しかったことだろう。おまけに室内ではなく庭に繋がれてしまった。
その時の彼女の寂しさ。戸惑いを思い出すと胸がいっぱいになる。
そうして我が家の一員になり末娘としての暮らしが始まったのだった。
年を重ねるということ。老いると言うことは犬にだってせつないことだと思う。
辛い、苦しい、しんどい、何ひとつ言葉を発せられない彼女。
そうか、そうか疲れたんだね。大丈夫だよきっと元気になるから。 そうやって頭を撫でてあげることしか出来ない母さんだった。
ここしばらく晴天が続いていたけれど。 また明日から梅雨空に戻ってしまうのだそうだ。 どうやら梅雨明けはもう少し先になってしまいそうだった。
朝の涼しいうちにとあんずを動物病院へ連れて行く。 クルマに乗るのをとても嫌がるのはいつものことで。 軽トラックの荷台になんとか乗せてやっと連れて行く。
病院でも尻込みをして怖がって暴れてばかり。 クルマに乗せられたら病院だとすっかり覚えているようだ。
看護師さんに無理やり押さえつけられて狂犬病の注射。 フィラリアの血液検査も異常なしで予防薬をもらってきた。
帰る時にはケロッとしていてげんきんなもの。 けれどもあんずの病院嫌いにはほんとに参ってしまう。
夕方の散歩の時間。今日はいつもの甘えた声が聞こえなかった。 寝ているのかな?犬小屋をのぞいてみてびっくりしてしまった。 目は開けているけれどすごくしんどそうに横たわっている。 何度声をかけても立ち上がろうとはしなかった。 こんなに弱っているあんずを見たのは初めてのこと。 心配でならずしばらく様子を見ていたけれど何も変わりない。
ほぼ一年ぶりの動物病院、クルマに乗せられた疲れだろうと夫が言う。 それだけ年をとったと言う事だろうか。なんだかすごくせつなくなった。
晩ご飯を持って行っても寝たきりで見向きもしなかった。 手のひらにドックフードをのせて食べさせようとしたけれどそれも駄目。
大丈夫さ。明日になったら元気になっているからと夫が言うので。 「おやすみね」と声をかけてそっと犬小屋を離れる。
いつも元気溌剌のあんず。私よりも歩くのが早いあんず。
明日はいつものようにきゅいんと呼んでね。
そうして母さんと一緒にまたいつもの散歩道を歩こうね。
夕暮れ間近、何気なく窓の外を見ていたら。 重そうな荷物を背負った若いお遍路さんが土手を歩いていた。 どうやらお大師堂に向っているようでほっと嬉しく思う。
ほんとうは追いかけて行って声をかけたかったけれど。 それも間に合わず後姿に「お疲れさま」と手を合わせた。
水道のないお大師堂。顔を洗いたいだろう、足も洗いたいだろうと。 なんとも申し訳ない気持ちになりながらも歓迎する気持ちが大きい。
夕方行った時に少し掃除をしておいた。良かったなってすごく思う。 なんだかまるで自分の家の一部のように思ってしまうのだった。
はるか昔。夫がまだ少年だった頃の話だけれど。 我が家は善根宿のようなことをしていたのだそうだ。 その頃の家はもう新築されて面影もないのだけれど。 「こんまい部屋」という四畳半ぐらいの離れがあった事を覚えている。 こんまいとは方言で「小さい」という意味だった。 その小さな部屋がお遍路さんの泊まる部屋だったらしい。
お遍路さんのお世話はもっぱら祖父母がしていたとのこと。 食事は質素な物だったらしいが、お風呂だけはしっかりと入ってもらえたそうだ。
その話を夫から聞いたのはつい最近のこと。 私は胸がいっぱいになって涙が出そうなほど感動したのだった。
今の我が家にはもちろんもう「こんまい部屋」はないけれど。 祖父母の意志を継ぐことは出来ないのだろうかとふと考える。
「無理だよ」と夫の一言。馬鹿な事を考えるなよとも言われた。
けれども私はすっかり諦めてしまったわけではない。 もしかしたら・・・と今もそう思っている。
せめてお風呂だけでも。その気持ちはずっと変わらないと思う。
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