連日真夏日が続いていて今日の暑さもハンパではなかった。 そろそろ梅雨もあけるのかもしれない。そうして夏本番がやってくる。
数年前まではとても苦手だった夏だけれど。 今では夏も良いものだなと思えるようになった。
燃えているような太陽。青空に入道雲。 たくさんのエネルギーが空から降り注いでいるように思う。
そんな夏を受けとめなくちゃ。元気をださなくちゃって思っている。
汗を流しながらの散歩道。ご近所の庭にほうずきを見つける。 ふっくらとオレンジ色の宝石みたい。なんとも可愛らしいものだ。 そうしてとても懐かしい。子供の頃に遊んだことを思い出した。
子供の頃の思い出はすべてが夏のことのようにも思える。 夏が大好きだったのだ。真っ黒に日焼けして遊びまわっていたっけ。
いろんなことを思い出してはにっこりと微笑んでいる。
そんな微笑をこの夏にも残したいものだ。
今日も真夏日。風が殆どなくてとても蒸し暑い一日だった。 まだまだこれからが夏本番だというのに早くも夏バテ気味になる。
散歩の距離もついつい短くなってしまって万歩計もほんのわずか。 どんな日もあるからと自分に言い聞かしているけれど少し情けない気持ち。 目標の岩本寺までまだ24キロもあってあと一週間はかかりそうだ。
それともうひとつ情けないのは、このひと月ほどで2キロも太ってしまった。 食べ過ぎと運動不足が原因だと思うけれど、その2キロがとても重く感じる。
もちろん身体も重い。颯爽と歩くことが出来なくてすっかり悪循環だった。 このままではいけないなと強く思っているけれどさてどうなることやら。
いろんなことを受けとめながら、なんとかなるさと考えている自分もいる。 些細なことを気にせずに好きなように流れていくのが良いのかもしれない。
ちょっと昔の私はそうではなかった。些細なことがとても気になる。 「受けとめる」ということがうまく出来なかったのかもしれない。
向ってくるものはキャッチする。避けたり逃げたりせずに受けとめる。 そうしてそれが現実なのだと頷けるようになると心はとても楽になるものだ。
そんなことを思うと私も少しは成長したのかもしれない。
年を重ねるということはきっとそういうことなのだろうなって思う。
ほんの少しの青空だったけれど気温が高くなり真夏日となる。
山里へと向う道。はっとしたのはもう稲の穂が見え始めていたこと。 田んぼの緑は目に沁みるように青々としていてとても清々しい風景だ。
仕事中に蝉の声を聴く。初蝉やどこからともなく夏の声。
わずか七日の命だという蝉の声はまだか弱くて少しせつなかった。
帰宅していつものようにお大師堂まで散歩する。 会うのはこれで何度目になるのだろう。 すっかり顔なじみになった長髪青年遍路さんと再会した。 前回会ったのは5月の始めで、少しお説教をしてしまったのを覚えている。 ウザイおばさんだなと思ったことだろうに、今日は私を待っていてくれた。
そうして目をキラキラさせながら旅の話をきかせてくれたのだった。 今回が9巡目。目標の10巡までもう少しになったと嬉しそう。 家を出てから一年と三ヶ月にもなったのだそうだ。 髪の毛もずいぶんと伸びた。それが彼の日々を物語っているのだと思う。
なんとしても目標を達成するのだと言う強い意志。 彼をここまで動かしてくれたものはいったい何だろうか。
長髪青年遍路さん。いまだ私は彼の本当の名を知らずにいる。 次に会えるのは9月だろうか。今度こそ最後のお遍路になることだろう。
ねえ、ボクは何て言う名前なの?最後にはきっと訊ねようと決めた。
曇り日。湿気を含んだ南風が強く吹く。 九州では大雨で甚大な被害が出たとの事。 とても他人事には思えず明日は我が身かもしれなかった。
幸いなことに平穏な一日。とても恵まれているのだと思う。 決して当たり前のことではないのだと事あるごとに感じている。
二日ぶりに娘の家に行く。 そろそろ週末だけにしようかと考えていたけれど。 まだまだ手助けが必要なようだった。
今日で綾菜も生後2ヶ月になった。 ほんとうにあっという間に日々が流れてしまったように思う。
夜と昼の区別がもう出来るようになり、夜中の授乳もなくなったようだ。 昼間は殆ど起きていてぐずって泣く時もあるけれど、一人遊びも出来るようになる。
日に日に成長しているのがわかり会うたびにはっとすることが多い。 もう少ししたらあやすと笑うようになるかしら。とても楽しみだった。
綾菜と一緒に近くの公園まで散歩に行った。 二歳くらいの男の子とおばあちゃんらしき人が遊んでいて微笑ましい光景。 綾菜も大きくなったらすべり台が好きになるかなって思った。
午後は娘が出掛けてしまって三時間ほど帰ってこなかった。 ミルクを飲ませたり抱っこしてお昼寝をさせようとしたりけっこう忙しい。 けれども孫三昧ほどありがたいことはなくとても充実した時間だった。
なによりもここまで順調に育ってくれたことが嬉しくてならない。
どうかこれからも見守っていて下さい。 帰宅するなりお大師堂に行き手を合わせたことだった。
| 2012年07月02日(月) |
ネムの木の花が咲く頃 |
うす曇でとても蒸し暑い一日だった。
七月の声を聞くなりネムの木の花が目にとびこんでくる。 もうとっくに咲いていたのかもしれないけれど。 雨の日が多く気づかずに通り過ぎてしまっていたのだろう。
ちいさな孔雀が薄桃色の羽根をひろげたような花だった。 今にも飛んで行ってしまいそうな花がひらひらと風に揺れている。
昨夜は年に一度の「先祖まつり」があり従兄弟の家へ行っていた。 本家さんを始め分家が7軒、親族がみな集まって賑やかな夜になる。 一族のルーツにはとても興味がある。江戸時代にはどうしていたのか。 一番古いお墓は明治時代の物らしく、百太郎さんと言う人らしい。 たくさんの子孫を残してくれたご先祖さんに感謝せずにはいられなかった。
先祖まつりの手伝いがあったため、午前中にお大師堂に行っていたけれど。 会う約束をしていた例のお遍路さんの姿が見えなかった。 一晩で体調が良くなったとは思えず、無理をして出発したのかもしれない。
なんだか涙がぽろぽろとこぼれた。どうして?どうして?って思った。
今までたくさんのお遍路さんと出会うことが出来たけれど。 こんなにこころが疼いたことはなかったように思う。
どうかご無事で。お大師さんに手を合わせ空に手を合わせた。
ぽつぽつと小雨が降ったりやんだりのいちにち。 灰色の空の上には必ず太陽がいるのよと言った母の言葉を思い出す。
梅雨空もあと少しの辛抱だろう。こころにはいつも太陽がいる。
三日ぶりに娘の家に行っていた。 可愛い孫と過ごせる一日はほんとうにありがたいものだ。 今日の綾菜はとても機嫌が良くてお守りも楽チンだった。 午後は娘と三人でお昼寝。とても静かで平和なひと時を過ごす。
夕方には雨もやんでいていつものように散歩に行くことが出来た。 お大師堂で顔馴染みのお遍路さんと再会することが出来たけれど。 数日前から体調が悪いとのことでとても心配でならなかった。 聞けば三度の食事もまともに食べていないとのこと。 それが試練のように語っていたけれど、それでは体力が持たない。 帰る家があり待っていてくれる家族がいてくれたらと願うばかり。
職業遍路さんはあまりにもいろんな事情を抱えているようで。 詳しく尋ねるにも憚られる時があって、ただただ心が痛くなるのだった。
何か少しでも助けてあげられないか。自分に出来る事は何だろうと考える。 お接待がお節介になっても良い。助けてあげたい気持ちこそが大切だと思う。
明日また会う約束をして別れた。せめて朝御飯を届けてあげられたらと思う。
どうか少しでも元気になってくれますように。お大師さんが守ってくれますように。
梅雨も峠を越えたのだろうか、空がほんの少し微笑んでくれる。 薄いベールの向こう側には夏の太陽がそっと佇んでいるようだった。
山里へと向う朝の道。今朝はお遍路さんの姿も見えず少し寂しかった。 そういえばMさんはもう伊予路を歩いている頃だろうか。 つい先日会ったばかりだというのにもうその笑顔が懐かしい。
金曜日の仕事は忙しくて、あらあらと言う間に一日が過ぎる。 ぼんやりと何かを考えることもないのは良いことなのかもしれなかった。
考えてもどうしようも出来ない事がひとつでもあると。 結局堂々巡りになってしまってこころが苦しくなるばかり。
帰宅していつもの散歩。久しぶりにたくさん歩けて良かった。 お大師堂から大橋のたもとまで心地よい風に吹かれながら歩く。 いつのまにか土手の除草作業も終っていてなんとも殺風景だけれど。 雀色の土手もさっぱりとしていて良いものだなと思った。
夏草はとても強い。あっという間にまた緑の土手に変わることだろう。 なんだか見守るような気持ち。すくすくと伸びるものを愛しくおもう。
四万十のほとりに暮らし始めてもう33年が過ぎた。
春夏秋冬の景色を胸に目に焼きつけるように私の日々は明日に向う。
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