ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年06月30日(土) こころの太陽

ぽつぽつと小雨が降ったりやんだりのいちにち。
灰色の空の上には必ず太陽がいるのよと言った母の言葉を思い出す。

梅雨空もあと少しの辛抱だろう。こころにはいつも太陽がいる。


三日ぶりに娘の家に行っていた。
可愛い孫と過ごせる一日はほんとうにありがたいものだ。
今日の綾菜はとても機嫌が良くてお守りも楽チンだった。
午後は娘と三人でお昼寝。とても静かで平和なひと時を過ごす。



夕方には雨もやんでいていつものように散歩に行くことが出来た。
お大師堂で顔馴染みのお遍路さんと再会することが出来たけれど。
数日前から体調が悪いとのことでとても心配でならなかった。
聞けば三度の食事もまともに食べていないとのこと。
それが試練のように語っていたけれど、それでは体力が持たない。
帰る家があり待っていてくれる家族がいてくれたらと願うばかり。

職業遍路さんはあまりにもいろんな事情を抱えているようで。
詳しく尋ねるにも憚られる時があって、ただただ心が痛くなるのだった。

何か少しでも助けてあげられないか。自分に出来る事は何だろうと考える。
お接待がお節介になっても良い。助けてあげたい気持ちこそが大切だと思う。

明日また会う約束をして別れた。せめて朝御飯を届けてあげられたらと思う。

どうか少しでも元気になってくれますように。お大師さんが守ってくれますように。



2012年06月29日(金) 明日に向う

梅雨も峠を越えたのだろうか、空がほんの少し微笑んでくれる。
薄いベールの向こう側には夏の太陽がそっと佇んでいるようだった。


山里へと向う朝の道。今朝はお遍路さんの姿も見えず少し寂しかった。
そういえばMさんはもう伊予路を歩いている頃だろうか。
つい先日会ったばかりだというのにもうその笑顔が懐かしい。


金曜日の仕事は忙しくて、あらあらと言う間に一日が過ぎる。
ぼんやりと何かを考えることもないのは良いことなのかもしれなかった。

考えてもどうしようも出来ない事がひとつでもあると。
結局堂々巡りになってしまってこころが苦しくなるばかり。



帰宅していつもの散歩。久しぶりにたくさん歩けて良かった。
お大師堂から大橋のたもとまで心地よい風に吹かれながら歩く。
いつのまにか土手の除草作業も終っていてなんとも殺風景だけれど。
雀色の土手もさっぱりとしていて良いものだなと思った。

夏草はとても強い。あっという間にまた緑の土手に変わることだろう。
なんだか見守るような気持ち。すくすくと伸びるものを愛しくおもう。

四万十のほとりに暮らし始めてもう33年が過ぎた。

春夏秋冬の景色を胸に目に焼きつけるように私の日々は明日に向う。



2012年06月28日(木) ひとつのこだわり

曇りのち晴れ。久しぶりの青空がとても嬉しかった。
またすぐに梅雨空に戻ってしまいそうだけれど。
自由気ままな空と付き合っていくのも良いかなと思う。


パソコンを修理に出していたので月曜日から日記が書けずにいた。
ネット上に日々を書き残すようになってもう10年以上になる。
「書く」ということが生きがいのように思って今まで続けてきた。

それがある日突然に書けなくなるという現実にぶちあたると。
なんだかこころにぽっかりと穴があいてしまったような気分になる。

こだわっていたのだなとあらためて感じたりもした。
「書きたい」のではなくて「書かなければいけない」
こころのどこかでそう思っていたのかもしれないとふと思った。

けれどもそんなこだわりを否定したくはない。
ちっぽけでささやかなことだけれど自分は書くことが出来る。
出来ることを精一杯につらぬくのが自分自身への使命のようにも思うのだった。

継続はチカラなり。その言葉を信じてこれからも日々を歩んでいきたい。


わたしはときどきとおくなる。

どんなに抱きしめていてもとおくなる。

そうしてじぶんの背中が好きになるときがある。

だいじょうぶ。歩いているねって言ってあげるんだ。



2012年06月24日(日) 心臓の音

いかにも梅雨らしく絶え間なく雨が降り続いている。

紫陽花は満開の時を過ぎ少しずつ化石のように枯れているけれど。
バトンタッチをしたかのようにノウゼンカズラの花が咲き始めた。
オレンジ色の花はハイビスカスに似ていてなんとも夏らしい花だ。

そんな花も雨に打たれる。悲しくはないのよと言っているように。



今日もほぼ一日を娘の家で過ごす。
お昼前に少しだけ三人で外出をした。
綾菜はチャイルドシートがお気に入りのようだ。
娘の職場に行きみんなに綾菜をお披露目して帰る。

午後は眠くなって例のごとくぐずって泣き始める。
娘とふたりかわるがわるあやしていたけれどご機嫌斜め。
そうだ良いものがあると娘がスマフォから取り出した音。
赤ちゃんがお腹の中で聞いていた母親の心臓の音だそうだ。

あらまあ不思議。その音を聴くなりぴたっと泣き止む。
そうしてすぐにうとうととし始めてやがてぐっすりと眠ってくれた。
その音にきっと安心したのだろう。お腹の中の記憶ってすごいなと思う。

娘とふたりで添い寝する午後。なんとも平穏で静かなひと時だった。



夕方帰宅し、その足でお大師堂へ参る。
沖縄からのお遍路さんはゆっくりと骨休みが出来たようだ。
明日のことは明日になって考えますと言っていた。

どうかどしゃ降りの雨になりませんようにと願うばかり。





2012年06月23日(土) 亀さんのような日々

また梅雨空が戻ってきてぽつりぽつりと雨模様。
部屋干しの洗濯物がしょんぼりと可哀想に見える。


朝から娘の家に行きほぼ一日中一緒に過ごす。
綾菜は今日もご機嫌斜めでぐずって泣いてばかりだった。
私が抱いても泣き止まないのに娘が抱くとぴたっと泣き止む。
お乳の匂いがするのだろうか。やはり母親がいちばんのようだ。

おばあちゃんはちょっぴり子守の自信がなくなってしまった。
泣く子をあやすのはほんとうに大変だなとつくづく思う。

それでも可愛い孫のため。明日も勇んで出掛けることだろう。



夕方になっても雨は降りやまず今日の散歩は諦める。
最近のお遍路万歩計は思うように進まず、岩本寺ははるかに遠い。
けれども毎日少しずつでも歩いていればきっと辿り着く日が来るだろう。
焦ることも急ぐことも何もない。もしもし亀さんのような私の日々だった。

お大師堂にお参りだけはしたくて、娘の家からそのままクルマで行く。
初対面のお遍路さんが居てくれてほんの少しだけ話すことが出来た。
なんと沖縄からのお遍路さんでびっくりしてしまった。
5年前に一度結願をしてからまた去年からお遍路を始めたのだそうだ。
気のせいかどことなく表情が暗くて少し気になったけれど
あれこれと詮索することだけは避けたくてそっとお別れをする。

何かを抱えているのならば少しでもその荷が軽くなりますように。
もしかしたらまた会えるかもしれない。その時にはきっと笑顔に会えるだろう。

昨日は濁流でゴウゴウと唸っていた川も今日は静かに流れていた。
さらさらと耳に心地よい流れはまるでひとの心のようにも感じる。

流れに逆らわないこと。つねに身をまかせるように流れていけばいい。



2012年06月22日(金) 青空ばんざい

昨夜は激しい雨音を聴きながら眠ったけれど。
今朝はなんとも清々しい爽やかな青空が見えた。

川向の山々の緑が目に沁みるように鮮やかだった。
そんな絵のような風景を久しぶりに見たような気がする。

山里へ向う国道でMさんと青年遍路さんの姿をさがしたけれど。
長いトンネルを抜けてもふたりの姿は見つからなかった。
夜明けとともにお大師堂を発ったのだろうと思う。
颯爽と歩くふたりの姿が目に見えるようだった。

国道から山道へ。峠を越えると山里の風景が目の前に広がる。
いちばん最初に目にとびこんできたのは一面のオクラ畑だった。
レモン色の可愛らしい花がたくさん咲いていて思わず歓声をあげた。
台風や大雨の被害がなくてほんとうに良かったなって思う。


仕事は忙しかったけれど、荒波が立つこともなく無事に終える。
母も上機嫌でおしゃべりの花を咲かせていた。
相槌を打つのも愉快。私が席を外しても一人でしゃべっていたりする。

どんな日もあるもの。山里へ行くたびにそう思うことが多い。
沈没寸前の船のうえではらはらしたりほっとしたり。
どこまで行っても辿り着く島が見えないのだけれど。
誰ひとりとして船を漕ぐ手を休もうとはしなかった。
微力な私も乗組員の一人であることを忘れてはならない。



帰宅していつものように散歩。麦藁帽子を被って歩く。
土手の除草作業が始まって姫女苑の花も見納めかもしれない。
寂しくなるけれどしかたないこと。花はなくても根は残る。

お大師堂はがらんと静か。Mさんと青年の笑顔が目に浮かんだ。



2012年06月21日(木) 母は強し

心配していた台風は熱低に変わったけれど、
とにかく凄い雨で今も断続的に降り続いている。

やまない雨はないという。しばし雨音に耳を傾けていよう。


山里の職場にも行かず朝からのんびりとしていたけれど、
今日は来なくても良いと言っていた娘から連絡があった。
あまりの雨に家族でお出掛けどころではなくなったようだ。

降りしきる雨の中、娘の家に駆けつけたのは言うまでもない。
最近では綾菜の顔を見たい以上に娘を助けてあげたい気持ちが強い。
育児疲れが日に日にひどくなっているようで心配でならなかった。
幸い夜はぐっすりと眠ってくれるようになったようだけれど
昼間は殆ど起きていてぐずって泣くことが多くなったようだ。

それも成長のあかしと思えば決して悪いことではない。
母は強し。どんなこともきっと乗り越えられるのだと思う。

私もそうして二人の子供を育ててきたのだろうか。
昔のことがあまり思い出せない。きっと無我夢中の子育てだったのだろう。

気がつけばお座りをするようになりハイハイをし始めて。
つかまり立ちをするようになったと思えば歩き始めていた。

そうして子供に育てられて親になる。子育てとはそういうものだと思う。

頑張れサチコ。娘にエールを送り続ける日々がこれからも続くだろう。


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