ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年06月28日(木) ひとつのこだわり

曇りのち晴れ。久しぶりの青空がとても嬉しかった。
またすぐに梅雨空に戻ってしまいそうだけれど。
自由気ままな空と付き合っていくのも良いかなと思う。


パソコンを修理に出していたので月曜日から日記が書けずにいた。
ネット上に日々を書き残すようになってもう10年以上になる。
「書く」ということが生きがいのように思って今まで続けてきた。

それがある日突然に書けなくなるという現実にぶちあたると。
なんだかこころにぽっかりと穴があいてしまったような気分になる。

こだわっていたのだなとあらためて感じたりもした。
「書きたい」のではなくて「書かなければいけない」
こころのどこかでそう思っていたのかもしれないとふと思った。

けれどもそんなこだわりを否定したくはない。
ちっぽけでささやかなことだけれど自分は書くことが出来る。
出来ることを精一杯につらぬくのが自分自身への使命のようにも思うのだった。

継続はチカラなり。その言葉を信じてこれからも日々を歩んでいきたい。


わたしはときどきとおくなる。

どんなに抱きしめていてもとおくなる。

そうしてじぶんの背中が好きになるときがある。

だいじょうぶ。歩いているねって言ってあげるんだ。



2012年06月24日(日) 心臓の音

いかにも梅雨らしく絶え間なく雨が降り続いている。

紫陽花は満開の時を過ぎ少しずつ化石のように枯れているけれど。
バトンタッチをしたかのようにノウゼンカズラの花が咲き始めた。
オレンジ色の花はハイビスカスに似ていてなんとも夏らしい花だ。

そんな花も雨に打たれる。悲しくはないのよと言っているように。



今日もほぼ一日を娘の家で過ごす。
お昼前に少しだけ三人で外出をした。
綾菜はチャイルドシートがお気に入りのようだ。
娘の職場に行きみんなに綾菜をお披露目して帰る。

午後は眠くなって例のごとくぐずって泣き始める。
娘とふたりかわるがわるあやしていたけれどご機嫌斜め。
そうだ良いものがあると娘がスマフォから取り出した音。
赤ちゃんがお腹の中で聞いていた母親の心臓の音だそうだ。

あらまあ不思議。その音を聴くなりぴたっと泣き止む。
そうしてすぐにうとうととし始めてやがてぐっすりと眠ってくれた。
その音にきっと安心したのだろう。お腹の中の記憶ってすごいなと思う。

娘とふたりで添い寝する午後。なんとも平穏で静かなひと時だった。



夕方帰宅し、その足でお大師堂へ参る。
沖縄からのお遍路さんはゆっくりと骨休みが出来たようだ。
明日のことは明日になって考えますと言っていた。

どうかどしゃ降りの雨になりませんようにと願うばかり。





2012年06月23日(土) 亀さんのような日々

また梅雨空が戻ってきてぽつりぽつりと雨模様。
部屋干しの洗濯物がしょんぼりと可哀想に見える。


朝から娘の家に行きほぼ一日中一緒に過ごす。
綾菜は今日もご機嫌斜めでぐずって泣いてばかりだった。
私が抱いても泣き止まないのに娘が抱くとぴたっと泣き止む。
お乳の匂いがするのだろうか。やはり母親がいちばんのようだ。

おばあちゃんはちょっぴり子守の自信がなくなってしまった。
泣く子をあやすのはほんとうに大変だなとつくづく思う。

それでも可愛い孫のため。明日も勇んで出掛けることだろう。



夕方になっても雨は降りやまず今日の散歩は諦める。
最近のお遍路万歩計は思うように進まず、岩本寺ははるかに遠い。
けれども毎日少しずつでも歩いていればきっと辿り着く日が来るだろう。
焦ることも急ぐことも何もない。もしもし亀さんのような私の日々だった。

お大師堂にお参りだけはしたくて、娘の家からそのままクルマで行く。
初対面のお遍路さんが居てくれてほんの少しだけ話すことが出来た。
なんと沖縄からのお遍路さんでびっくりしてしまった。
5年前に一度結願をしてからまた去年からお遍路を始めたのだそうだ。
気のせいかどことなく表情が暗くて少し気になったけれど
あれこれと詮索することだけは避けたくてそっとお別れをする。

何かを抱えているのならば少しでもその荷が軽くなりますように。
もしかしたらまた会えるかもしれない。その時にはきっと笑顔に会えるだろう。

昨日は濁流でゴウゴウと唸っていた川も今日は静かに流れていた。
さらさらと耳に心地よい流れはまるでひとの心のようにも感じる。

流れに逆らわないこと。つねに身をまかせるように流れていけばいい。



2012年06月22日(金) 青空ばんざい

昨夜は激しい雨音を聴きながら眠ったけれど。
今朝はなんとも清々しい爽やかな青空が見えた。

川向の山々の緑が目に沁みるように鮮やかだった。
そんな絵のような風景を久しぶりに見たような気がする。

山里へ向う国道でMさんと青年遍路さんの姿をさがしたけれど。
長いトンネルを抜けてもふたりの姿は見つからなかった。
夜明けとともにお大師堂を発ったのだろうと思う。
颯爽と歩くふたりの姿が目に見えるようだった。

国道から山道へ。峠を越えると山里の風景が目の前に広がる。
いちばん最初に目にとびこんできたのは一面のオクラ畑だった。
レモン色の可愛らしい花がたくさん咲いていて思わず歓声をあげた。
台風や大雨の被害がなくてほんとうに良かったなって思う。


仕事は忙しかったけれど、荒波が立つこともなく無事に終える。
母も上機嫌でおしゃべりの花を咲かせていた。
相槌を打つのも愉快。私が席を外しても一人でしゃべっていたりする。

どんな日もあるもの。山里へ行くたびにそう思うことが多い。
沈没寸前の船のうえではらはらしたりほっとしたり。
どこまで行っても辿り着く島が見えないのだけれど。
誰ひとりとして船を漕ぐ手を休もうとはしなかった。
微力な私も乗組員の一人であることを忘れてはならない。



帰宅していつものように散歩。麦藁帽子を被って歩く。
土手の除草作業が始まって姫女苑の花も見納めかもしれない。
寂しくなるけれどしかたないこと。花はなくても根は残る。

お大師堂はがらんと静か。Mさんと青年の笑顔が目に浮かんだ。



2012年06月21日(木) 母は強し

心配していた台風は熱低に変わったけれど、
とにかく凄い雨で今も断続的に降り続いている。

やまない雨はないという。しばし雨音に耳を傾けていよう。


山里の職場にも行かず朝からのんびりとしていたけれど、
今日は来なくても良いと言っていた娘から連絡があった。
あまりの雨に家族でお出掛けどころではなくなったようだ。

降りしきる雨の中、娘の家に駆けつけたのは言うまでもない。
最近では綾菜の顔を見たい以上に娘を助けてあげたい気持ちが強い。
育児疲れが日に日にひどくなっているようで心配でならなかった。
幸い夜はぐっすりと眠ってくれるようになったようだけれど
昼間は殆ど起きていてぐずって泣くことが多くなったようだ。

それも成長のあかしと思えば決して悪いことではない。
母は強し。どんなこともきっと乗り越えられるのだと思う。

私もそうして二人の子供を育ててきたのだろうか。
昔のことがあまり思い出せない。きっと無我夢中の子育てだったのだろう。

気がつけばお座りをするようになりハイハイをし始めて。
つかまり立ちをするようになったと思えば歩き始めていた。

そうして子供に育てられて親になる。子育てとはそういうものだと思う。

頑張れサチコ。娘にエールを送り続ける日々がこれからも続くだろう。



2012年06月20日(水) 些細なこと

おひさまはまたかくれんぼ。また梅雨空がかえってきた。
そうして今度は台風5号が近づいて来ている。
自然には逆らえなくて、どうしようもできなくて。
ただただ無事に通り過ぎて欲しいと願うばかりである。


午前中は山里の職場。午後からはお休みさせてもらう。
美容院へ行き伸びていた髪を夏らしくさっぱりと切る。
ほんの2センチの憂鬱。髪を切ると心もすごく軽くなる。

ゆっくりと買物をしてから娘のところに行った。
今日は綾菜のお風呂を手伝ってと頼まれていた。
そんなふうに頼ってくれるのがいちばん嬉しいこと。

でも明日は来なくても良いからと言われてちょっとがっかり。
お婿さんがお休みなので三人で出掛けるのだそうだ。
これからそんな日も多くなるのかなとふっと寂しく思った。




帰宅してあんずと一緒にお大師堂へ行く。
台風が去るまで滞在するというMさんの笑顔にまた会えて嬉しい。
そうしてもう一人、Mさんが道中で知り合った若いお遍路さんも一緒だった。

ふたりで晩ご飯の支度をしていた。ご飯の炊けるいい匂いが漂う。
若いお遍路さんは胡瓜を丸齧りしていて、それは美味しそうに食べていた。

お大師堂には水道がない。それはとても不便な事だといつも思う。
備え付けのペットボトルの水も少なくなっていて大急ぎで帰宅した。
水を持っていくとMさんも若者もとても喜んでくれてほっとする。

二人ともお風呂に入りたいだろうな。お接待が出来たらどんなに良いだろう。

そんな心苦しさはいつもある。自分に出来る事はほんとうに些細なことだった。




2012年06月19日(火) 嵐が去って

幸いなことに台風の直撃を免れる。
一時は荒れたものの夕方には台風一過の青空が見えた。

午前中は予定通り娘の家に行っていたけれど、
だんだんと雨と風が激しくなり始めて急いで帰宅する。
家政婦らしきこともろくに出来ず娘に申し訳なかった。
いっそ嵐が過ぎ去るまで一緒に居れば良かったと後から思う。

綾菜はおりこうさんでいてくれたかしら。
娘はちゃんと夕食の支度が出来ただろうか。

30分でも一時間でも多く助けてあげたかったなと思う。





雨がやんでくれたおかげでいつもの散歩に行く事が出来た。
まだ風は強かったけれど背中を押されるようにお大師堂へ向う。

見覚えのある靴。思ったとおりそれはMさんの靴だった。
前回会ってからひと月と少し、お互い笑顔で再会を喜び合う。

嵐の中を何が何でもお大師堂へ辿り着こうと必死で歩いて来たそうだ。
まるで我が家に帰って来たように寛いでいるMさんを見てほっとする。

もう24巡目のお遍路。すっかり職業遍路になってしまったけれど。
故郷の山梨には嫁がれた娘さんが居て、電話する度に帰って来てと言われるのだそうだ。

Mさんも本当は帰りたい。けれども娘夫婦の世話になるわけにはいかない。
そんな話を聞いているとなんともせつなくなって胸が熱くなるのだった。

初孫が出来たら帰りたいな。まるで夢のようにMさんは語る。
それは決して夢ではないこと。帰る場所がある待っていてくれる家族がいる。
それが何よりの励みではないかと思うのだった。

Mさんの春夏秋冬をおもう。特に夏と冬の厳しさはどんなにか辛い事だろう。

いろんな日があっていろんな出会いがあって嬉しい日も辛い日もちゃんと生きている。

生きることはほんとうに楽しい。Mさんの笑顔はいつもピカイチだった。


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