おひさまはまたかくれんぼ。また梅雨空がかえってきた。 そうして今度は台風5号が近づいて来ている。 自然には逆らえなくて、どうしようもできなくて。 ただただ無事に通り過ぎて欲しいと願うばかりである。
午前中は山里の職場。午後からはお休みさせてもらう。 美容院へ行き伸びていた髪を夏らしくさっぱりと切る。 ほんの2センチの憂鬱。髪を切ると心もすごく軽くなる。
ゆっくりと買物をしてから娘のところに行った。 今日は綾菜のお風呂を手伝ってと頼まれていた。 そんなふうに頼ってくれるのがいちばん嬉しいこと。
でも明日は来なくても良いからと言われてちょっとがっかり。 お婿さんがお休みなので三人で出掛けるのだそうだ。 これからそんな日も多くなるのかなとふっと寂しく思った。

帰宅してあんずと一緒にお大師堂へ行く。 台風が去るまで滞在するというMさんの笑顔にまた会えて嬉しい。 そうしてもう一人、Mさんが道中で知り合った若いお遍路さんも一緒だった。
ふたりで晩ご飯の支度をしていた。ご飯の炊けるいい匂いが漂う。 若いお遍路さんは胡瓜を丸齧りしていて、それは美味しそうに食べていた。
お大師堂には水道がない。それはとても不便な事だといつも思う。 備え付けのペットボトルの水も少なくなっていて大急ぎで帰宅した。 水を持っていくとMさんも若者もとても喜んでくれてほっとする。
二人ともお風呂に入りたいだろうな。お接待が出来たらどんなに良いだろう。
そんな心苦しさはいつもある。自分に出来る事はほんとうに些細なことだった。
幸いなことに台風の直撃を免れる。 一時は荒れたものの夕方には台風一過の青空が見えた。
午前中は予定通り娘の家に行っていたけれど、 だんだんと雨と風が激しくなり始めて急いで帰宅する。 家政婦らしきこともろくに出来ず娘に申し訳なかった。 いっそ嵐が過ぎ去るまで一緒に居れば良かったと後から思う。
綾菜はおりこうさんでいてくれたかしら。 娘はちゃんと夕食の支度が出来ただろうか。
30分でも一時間でも多く助けてあげたかったなと思う。

雨がやんでくれたおかげでいつもの散歩に行く事が出来た。 まだ風は強かったけれど背中を押されるようにお大師堂へ向う。
見覚えのある靴。思ったとおりそれはMさんの靴だった。 前回会ってからひと月と少し、お互い笑顔で再会を喜び合う。
嵐の中を何が何でもお大師堂へ辿り着こうと必死で歩いて来たそうだ。 まるで我が家に帰って来たように寛いでいるMさんを見てほっとする。
もう24巡目のお遍路。すっかり職業遍路になってしまったけれど。 故郷の山梨には嫁がれた娘さんが居て、電話する度に帰って来てと言われるのだそうだ。
Mさんも本当は帰りたい。けれども娘夫婦の世話になるわけにはいかない。 そんな話を聞いているとなんともせつなくなって胸が熱くなるのだった。
初孫が出来たら帰りたいな。まるで夢のようにMさんは語る。 それは決して夢ではないこと。帰る場所がある待っていてくれる家族がいる。 それが何よりの励みではないかと思うのだった。
Mさんの春夏秋冬をおもう。特に夏と冬の厳しさはどんなにか辛い事だろう。
いろんな日があっていろんな出会いがあって嬉しい日も辛い日もちゃんと生きている。
生きることはほんとうに楽しい。Mさんの笑顔はいつもピカイチだった。
台風が不気味に近づいていて、明日は大荒れになりそうだった。 嵐の前の静けさと言うのだろうか今夜は嘘のように静かである。
なんだかはらはらと落ち着かない気分になり明日のことばかり考えている。 今ではない先のことを考えては不安になるのが私の悪い癖だった。
来るものは拒めず。明日は明日の風まかせなのだと自分に言い聞かす。
娘たちのところにも行けないかもしれない。 いちばんにそれを思った。なんだかとても拘っている自分に気づく。
どんな時もあってよし。どうしてすぐにそう思えないのだろうとおもう。

湿気が多くとても蒸し暑い一日だった。 それでも土手にあがれば南風が心地よく吹き抜けていた。
先日の雨で少し濁ってしまった川に観光船が行き交う。 投網の実演があり観光客が歓声をあげているのが聞こえた。 とても清流とは言えない川だと言うのにその声を嬉しく思った。
あちらこちらで道草を繰り返すあんず。 そのたびに立ち止まってはゆったりとした気分になる。
姫女苑の花がゆらりゆらりと風にゆれていた。 なんと平和な時間なのだろう。感謝の気持ちでいっぱいになった。
今日も雨だろうと覚悟していたけれど思いがけずに薄陽が射し始める。 大喜びで溜まっていた洗濯物を干す。やはりおひさまはありがたいものだ。
家政婦心が一気にふくらみ娘の家に駆けつけた。 ベランダで洗濯物を干すのがなんだか楽しくてならない。
綾菜はこのところ昼間は起きている時間が多くなり。 今日は少しご機嫌斜めで抱いていてもぐずってばかりだった。 可愛い孫とはいえ子守はほんとうに大変だなとつくづく思う。
娘も少し育児疲れが出ているようで心配だった。 お婿さんが夜中の仕事なので昼間は寝なくてはいけない。 そのせいもあり綾菜を泣かせてはいけないと私も気を遣っていた。
一日おきの家政婦。娘たちは頼りにしてくれていてありがたいことだ。 私も役に立てるのだと思うと張り合いがあって疲れも楽しみに変わる。
帰宅が少し遅くなり、あんずを連れてお大師堂まで散歩する。 昨日は犬小屋から出ようとしなかったあんずも今日は外で待っていた。 リードをぐんぐんと引っ張り先を急ごうとするあんすは。 とても15歳の老犬には思えず、その元気さを頼もしく思う。
お大師堂では相変わらず泣き叫んでいたけれど無事にお参りを済ます。 綾菜のこと。娘夫婦のこと。息子と夫のこと。山里の母のこと。 なんて欲張りな人だろうとお大師さんも呆れているかもしれなかった。
みんなの無事を願うこと。そうして今日に感謝すること。
手を合わすたびに浮かぶ顔は。かけがえのない大切な宝物だった。
| 2012年06月16日(土) |
雨が降ります雨が降る |
大雨洪水警報が出てしまってはらはらと空を仰ぐばかり。 決して嫌いではないはずの雨が怖くなる時もあった。
今日は家政婦もお休みして家に閉じこもっていようと思っていたけれど。 なんともそわそわと落ち着かない気分になって、結局娘の家に行ってしまった。
行けば行ったで歓迎してくれる。それがとてもありがたく思う。 いつものように家事を手伝い綾菜の顔を見ていられるだけで幸せだった。
ほんの二週間前。我が家を去る時は寂しさでいっぱいだったのが嘘のよう。 まさかこんなに足しげく通うようになるとは夢にも思っていなかった。
「おばあちゃん明日も来てね」娘が綾菜の手をとりバイバイをしてくれる。
帰る時はいつも名残惜しい。後ろ髪を引かれるように帰路に着いた。
夕方には雨も小降りになっていて、少しでも散歩をと思ったけれど。 あんずはいくら呼んでも犬小屋から出てこようとしなかった。 無理やり引っ張り出して連れて行くわけにもいかず今日の散歩は中止。
お遍路万歩計は思うように進まない。今日も2千歩ほどだった。 青龍寺を終え岩本寺に向っているけれど距離にして60キロもある。 クルマだと一時間で着くというのに歩くということは本当に大変な事だ。
この雨の中、歩き続けているお遍路さんもいることだろう。 頭が下がる思いでいっぱいになった。どんなにか厳しいことだろう。
どんな日もあるのだといちばん知っているのがお遍路さんかもしれない。
週間天気予報はずっと雨ばかり。 いよいよ梅雨も本格的になってきたのだろう。
以前は憂鬱に思った梅雨時も今はそうでもなかった。 自由気ままな空でよし。雨ならば雨もよしと思えるようになった。
年を重ねるということはまんざらでもなくって。 何かを否定すると言う気持ちが年々薄れていくように思う。
ある意味、嫌いなものがなくなってしまう。 そうして腹が立つこともなくなってしまうのだった。
それだけ自分の角がとれてまあるくなったのかもしれない。
まだまだ人生お気楽にとはいかないけれど。 少しずつ近づいているような気がして前途が楽しみである。
今に突然誰かになぐられても微笑んでいられる。 落とし穴に落ちたとしても笑って這い上がれるようになるだろう。
なぐりたかったひとの心を思い遣れるようになる。 落とし穴に落ちた意味を深く考え反省することも出来る。
正直言って老いることは怖い。 ある日突然に命のろうそくがふっと風に消えてしまうかもしれない。
もう二度と灯せないあかり。それがいつなのか誰にもわからない。
だからこそ立ち向かっていく。そんな勇気こそが必要だと思う。
雨も嫌いではないのだけれど梅雨の晴れ間はやはりありがたい。
娘の家で家政婦の日。洗濯物を干すのがとても楽しく思えた。 ベランダから見える紫陽花がたくさん咲いている小道。 すぐ下には畑がありスイカだろうか緑の蔓が伸びている。 そうしてすぐ近くの小学校からは子供達の元気な声が響いていた。
娘たちは引越しを考えているようだけれど。 ここが良いのになって思った。環境がとても良い。
例のごとく娘は買物に出掛け、お昼過ぎまで綾菜とふたりで過ごす。 今日は綾菜のご機嫌がとても良くて子守も楽チンだった。 お昼には寝てくれてゆっくりと昼食を食べることも出来る。
寝顔を見ながらふと綾菜の人生について考えてみた。 10年20年。はるか先のことのようにも思えるけれど。 この娘はどんな人生を歩むのだろうと漠然と思ったのだった。
辛いことがありませんように。悲しいことがありませんように。 笑顔のままでおとなになってくれたらどんなに良いだろうか。
なんとしても守ってあげたい。そんな思いが込み上げてくる。
大地震、津波、もし今それが襲って来たらと考える。 綾菜を抱いて避難している姿がまるで現実のように浮かんできた。
南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 気がつけばそう唱えていた。
守ってあげたい強い思いをお大師さんは守ってくれるだろうか。
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