ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年06月13日(水) ささやかな出会いに

山里に向う途中の国道で、昨日お大師堂で出会ったお遍路さんを見つけた。
荷物がとても重たそうだったけれど元気な足取りにほっとする。

昨日は大急ぎでお参りに行ったものだから、ほんの挨拶程度で終ってしまい
ゆっくりと話すことが出来なくてとても残念に思っていた。

今朝もクルマを停めようと思えば出来たのにと後から後悔してしまう。
時々そんなふうにゆとりをなくしてしまう時がある。
たとえつかの間でもあっても丁寧に時間を使いたいものだ。


夕方お大師堂へ行き、もしやと思い備え付けのノートを開いてみた。
良かった。ちゃんと書き込んでくれている。それがとても嬉しかった。
雨を凌ぐことが出来てゆっくりと休めたこと。
「足摺に向って頑張ります!」と締めくくられていた。

松山からの29歳の青年であった。その若さがとても頼もしい。
きっとこれからも元気に旅を続けてくれることだろう。

ひとりひとりのお遍路さんに手を合わすこと。
私もそれだけは忘れずこれからも続けていきたいと思う。

そうして今回のように後悔をしないような接し方をしたかった。
一言でも良いから必ず声をかけるように心がけたいと思う。

これからも笑顔と笑顔がたくさん出会えますように。



2012年06月12日(火) 家政婦のミカ

いかにも梅雨らしいお天気。歌うように雨が降る。
リズミカルな雨音は決して嫌いではなかった。

朝から娘宅へ出勤。家政婦さんはけっこう忙しい。
チャイムを押して娘が顔を出すなり「家政婦のミカ」ですと言って大うけ。
(ミカは私の本名である)

今日最初の仕事はミシンかけだった。
先日お婿さんが買って来てくれたベビー服が長袖だったので。
半袖にしてすぐに着せられるようにしてあげたかったのだ。

「じゃあ家政婦さんあとを頼みますね」娘たちが出掛けて行く。

すぐに終るはずのミシンかけだったけれど、綾菜が泣き出してしまった。
お腹は空いていないはずなのに眠くなったのかな。
抱っこしてあやすこと小一時間。やっと眠り始めてお布団に寝かせばまた泣き出す。
これにはさすがの家政婦さんも困ってしまったけれど辛抱強く頑張る。
しまいには泣き声を聞きながらミシンかけをする始末。
「すぐに終るから待っていてね」終るなりまた抱っこをして子守唄を歌った。

けれども綾菜はぐっすりと眠ってくれない。
そろそろミルクかしら。いつの間にかそんな時間になっていた。
娘から電話があり、お昼は外で食べてくるからと言う。
家政婦さんもお腹が空いた。でも綾菜優先でミルクを飲ます。
忙しくてもそんな時間がとても愛しかった。
娘たちのおかげで孫三昧が出来るなんてとてもありがたい事だと思う。

昼下がり帰宅した娘がチキンラーメンを作ってくれる。
それがとても美味しかった。家政婦さんもやっと昼食にありつけたのだ。

それからお昼寝の時間。綾菜よりも先に娘がうたた寝を始めてしまった。
その姿を見ていると娘もどんなにか疲れていることだろうと思った。
綾菜を泣かせてはいけない。家政婦さんは必死になって綾菜を寝かしつける。

やっと眠ってくれて私も少しだけうたた寝をした。
添い寝はなんともいえず幸せな気分になる。綾菜の寝息がとても愛しい。

みんなの目が覚めたら今度は綾菜の沐浴。
半袖になった新しいベビー服を着せてみたらとても可愛かった。

午後四時。家政婦さんの今日の仕事は終った。
最後にトイレ掃除をしてから大急ぎで家路に着く。

その足でお大師堂に参り、帰宅してからあんずの散歩に行った。
その頃には降り続いていた雨もやんでくれていて助かる。

明日は山里の職場。明後日はまた家政婦のミカを頑張ろうと思う。



2012年06月11日(月) 苦を楽に

曇り日。ほんのりと雨のにおいがする。

山里の神社に咲く紫陽花がとても綺麗だそうだ。
行ってみたいなと思いながらそんな余裕もなく仕事に精を出す。

自分なりにスイッチを切り替えているつもりだけれど。
山里の職場にいるとどうしても緊張してしまう。
かといって逃げ出すわけにもいかず複雑な気持ちになってしまう。
親孝行だと思えば少しは気も楽になり母の笑顔に救われる思いだった。

しばらくは週に三日。母もそうすることに承知してくれてほっとする。
決して怠けているのではない。逃げているのではないと自分に言い聞かす。

どんな日もあり山里にいても嬉しいことはたくさんある。
何事も受け止め方次第で苦も楽に変えられるのだろうと思う。



帰宅していつもの散歩。今日は少し遅くなってしまって。
あんずの散歩を兼ねてお大師堂にお参りに行った。
覚悟はしていたけれど繋がれている間のあんずの泣き叫ぶ声。
久しぶりに聞いたけれど、ほんとに辛そうに泣くのだった。

けれどもお大師さんは微笑んでいるみたい。
今にもその姿が現れてあんずの頭を「よしよし」と撫でてくれそう。

あまりにも騒がしいからとあんずを連れて来なくなってずいぶんと経った。
けれどもたまには連れて来てお大師さんに会わせてあげたいなと思う。

「ありがとうございました」いつかあんずもそう思える日が来ると良いな。



2012年06月10日(日) おばあちゃんはお母さん

本日も晴天なり。梅雨特有の蒸し暑さも感じず過ごしやすい一日。

午前8時半にはもう娘のアパートに着いていた。
遠慮をしないと決めてからずいぶんと気が楽になる。
おばあちゃんである前に娘の母親だものと思うようになった。
綾菜の世話はもちろんのこと家事もどんどん手伝う。
さっそく洗濯物を干してあげたら娘がとても喜んでくれた。

お昼にはお寿司を買って来て、すぐ近くに住む息子を呼んだ。
今日は息子の誕生日。ささやかだけれど娘とふたりでお祝いをする。
にこにこと嬉しそうなお兄ちゃん。つかの間だったけれど楽しい時間だった。

息子が生まれた日のことをしみじみと思い出す。
不思議な事に陣痛の痛みは少しも憶えていなかった。
娘もやがてその痛みを忘れてしまうことだろう。
そうして日に日に親として成長していく。
こどものおかげで親になれた喜びを感じることだろう。



午後。早目においとましようかなと思っていたけれど、
綾菜の沐浴が済むまで居てほしいと娘に頼まれて嬉しく頷く。
バスタオルに綾菜をくるんで抱っこするのが私の役目だった。
少しのあいだ裸んぼうのままで遊ばせてあげたらご機嫌。
手足をばたばたさせておいちにっおいちにっと掛け声をかける。


とうとう帰る時間「お母さん、ありがとう」娘の一言に胸が熱くなる。





2012年06月09日(土) 鈴の音

梅雨入りをしたとはいえ今日は快晴となる。
爽やかな風がありがたく蒸し暑さも感じなかった。

早朝、窓を開けるなりちりんちりんと鈴の音が聞こえてきて
土手の道をお遍路さんが通り過ぎて行くのが見えた。
その姿に思わず手を合わす。鈴の音はどんどんと遠ざかって行くばかり。
もしかしたらお大師堂に泊まっていたのかもしれないと思った。
昨夕は雨に負けてしまってお参りに行かなかったのが悔やまれる。

今日こそはと出掛けてみるとお大師さんの傍らに納め札が供えれていた。
被災地気仙沼の住所にはっとして胸が締め付けられるような思いだった。
大切なひとを亡くされたのかもしれない。供養の旅だったのかもしれない。

今朝聞いた鈴の音が耳によみがえる。決して忘れてはいけないのだと胸に刻んだ。

会えるひともいれば会えないひともいる。
縁というものは時にはたよりなくか細い糸でつながっているのだろう。

けれども鈴の音が大切なことを伝えてくれたような気がして心に残る。

ちりんちりんと今日もその音を響かせながらそのひとの旅は続く。





2012年06月08日(金) こまったおばあちゃん

とうとう梅雨入り。朝から絶え間なく雨が降り続いていた。
これから雨の日が多くなりそうだけれど、そんな雨のおかげで
おひさまのありがたをしみじみと感じることが出来るだろう。


今日は山里の職場を休ませてもらって綾菜を皮膚科に連れて行く。
先日から顔に赤い湿疹がたくさん出来て日に日にひどくなっていた。
アトピーかもしれないと心配していたけれど、脂漏性のものだと言うこと。
おとなのにきびのようなものだからすぐに治ると聞きとてもほっとした。

痒みもないのか綾菜は機嫌も良くて元気いっぱい。
娘が買物に行っているあいだおりこうさんでバーバと遊んでいた。

目もずいぶんと見えるようになったのか表情も豊かになる。
あやせば笑うようになるのもすぐだろう。楽しみでならない。


聞くところによるとお婿さんのお母さんは一日おきに会いに来ているとのこと。
私も遠慮をせずにそう出来たらどんなにか良いだろうかと思った。
外孫と内孫の違いをやはり感じずにはいられないのが少し辛かった。

綾菜にとってはふたりのおばあちゃん。
顔を覚えるようになったらたくさん会っているおばあちゃんが良いのかな。
いっぱい抱っこをしてくれる方のおばあちゃんを好きになるのかな。

あちらのお母さんと張り合う気持ちはないけれど、
なんだか綾菜をとられてしまうようで寂しくて焦る気持ちになってしまった。

こまったおばあちゃんだこと。孫が可愛いのはどちらも一緒なのにと思う。

それだけみんなに愛されている綾菜でほんとうに良かったね。



2012年06月07日(木) 青い目をしたお遍路さん

家の前の路地でお遍路さんに会った。
青い目をしたお遍路さんだったのでちょっとびっくり。
「こんにちは」と声をかけるとにっこりと微笑んでくれた。
日本語がうまく通じるかどうかわからなかったけれど。
もっと話しかけてみたかなって後から思ったことだった。

もしかしたらお大師堂へ向ったのかもしれない。
後から急いで駆けつけてみたけれど残念ながらその姿はなかった。

午後四時のこと。四万十大橋を渡って下ノ加江の宿に泊まるのだろうか。
それにしては遅い時間。野宿なのかもしれないと気掛かりでならなかった。

ほんの通りすがりのような出会いであってもささやかな縁なのだといつも思う。

言葉を交わすことが出来なくても後姿に手を合わすことは出来る。
風のように去って行ってもその微笑みは胸に沁みるように残るものだった。

あたりが暗くなってくると祈るように願うばかり。
どうか無事に夜をしのげますように。

そうしてまた明日も元気に歩き出せますように。


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