曇り日。ほんのりと雨のにおいがする。
山里の神社に咲く紫陽花がとても綺麗だそうだ。 行ってみたいなと思いながらそんな余裕もなく仕事に精を出す。
自分なりにスイッチを切り替えているつもりだけれど。 山里の職場にいるとどうしても緊張してしまう。 かといって逃げ出すわけにもいかず複雑な気持ちになってしまう。 親孝行だと思えば少しは気も楽になり母の笑顔に救われる思いだった。
しばらくは週に三日。母もそうすることに承知してくれてほっとする。 決して怠けているのではない。逃げているのではないと自分に言い聞かす。
どんな日もあり山里にいても嬉しいことはたくさんある。 何事も受け止め方次第で苦も楽に変えられるのだろうと思う。
帰宅していつもの散歩。今日は少し遅くなってしまって。 あんずの散歩を兼ねてお大師堂にお参りに行った。 覚悟はしていたけれど繋がれている間のあんずの泣き叫ぶ声。 久しぶりに聞いたけれど、ほんとに辛そうに泣くのだった。
けれどもお大師さんは微笑んでいるみたい。 今にもその姿が現れてあんずの頭を「よしよし」と撫でてくれそう。
あまりにも騒がしいからとあんずを連れて来なくなってずいぶんと経った。 けれどもたまには連れて来てお大師さんに会わせてあげたいなと思う。
「ありがとうございました」いつかあんずもそう思える日が来ると良いな。
| 2012年06月10日(日) |
おばあちゃんはお母さん |
本日も晴天なり。梅雨特有の蒸し暑さも感じず過ごしやすい一日。
午前8時半にはもう娘のアパートに着いていた。 遠慮をしないと決めてからずいぶんと気が楽になる。 おばあちゃんである前に娘の母親だものと思うようになった。 綾菜の世話はもちろんのこと家事もどんどん手伝う。 さっそく洗濯物を干してあげたら娘がとても喜んでくれた。
お昼にはお寿司を買って来て、すぐ近くに住む息子を呼んだ。 今日は息子の誕生日。ささやかだけれど娘とふたりでお祝いをする。 にこにこと嬉しそうなお兄ちゃん。つかの間だったけれど楽しい時間だった。
息子が生まれた日のことをしみじみと思い出す。 不思議な事に陣痛の痛みは少しも憶えていなかった。 娘もやがてその痛みを忘れてしまうことだろう。 そうして日に日に親として成長していく。 こどものおかげで親になれた喜びを感じることだろう。
午後。早目においとましようかなと思っていたけれど、 綾菜の沐浴が済むまで居てほしいと娘に頼まれて嬉しく頷く。 バスタオルに綾菜をくるんで抱っこするのが私の役目だった。 少しのあいだ裸んぼうのままで遊ばせてあげたらご機嫌。 手足をばたばたさせておいちにっおいちにっと掛け声をかける。
とうとう帰る時間「お母さん、ありがとう」娘の一言に胸が熱くなる。
梅雨入りをしたとはいえ今日は快晴となる。 爽やかな風がありがたく蒸し暑さも感じなかった。
早朝、窓を開けるなりちりんちりんと鈴の音が聞こえてきて 土手の道をお遍路さんが通り過ぎて行くのが見えた。 その姿に思わず手を合わす。鈴の音はどんどんと遠ざかって行くばかり。 もしかしたらお大師堂に泊まっていたのかもしれないと思った。 昨夕は雨に負けてしまってお参りに行かなかったのが悔やまれる。
今日こそはと出掛けてみるとお大師さんの傍らに納め札が供えれていた。 被災地気仙沼の住所にはっとして胸が締め付けられるような思いだった。 大切なひとを亡くされたのかもしれない。供養の旅だったのかもしれない。
今朝聞いた鈴の音が耳によみがえる。決して忘れてはいけないのだと胸に刻んだ。
会えるひともいれば会えないひともいる。 縁というものは時にはたよりなくか細い糸でつながっているのだろう。
けれども鈴の音が大切なことを伝えてくれたような気がして心に残る。
ちりんちりんと今日もその音を響かせながらそのひとの旅は続く。
| 2012年06月08日(金) |
こまったおばあちゃん |
とうとう梅雨入り。朝から絶え間なく雨が降り続いていた。 これから雨の日が多くなりそうだけれど、そんな雨のおかげで おひさまのありがたをしみじみと感じることが出来るだろう。
今日は山里の職場を休ませてもらって綾菜を皮膚科に連れて行く。 先日から顔に赤い湿疹がたくさん出来て日に日にひどくなっていた。 アトピーかもしれないと心配していたけれど、脂漏性のものだと言うこと。 おとなのにきびのようなものだからすぐに治ると聞きとてもほっとした。
痒みもないのか綾菜は機嫌も良くて元気いっぱい。 娘が買物に行っているあいだおりこうさんでバーバと遊んでいた。
目もずいぶんと見えるようになったのか表情も豊かになる。 あやせば笑うようになるのもすぐだろう。楽しみでならない。
聞くところによるとお婿さんのお母さんは一日おきに会いに来ているとのこと。 私も遠慮をせずにそう出来たらどんなにか良いだろうかと思った。 外孫と内孫の違いをやはり感じずにはいられないのが少し辛かった。
綾菜にとってはふたりのおばあちゃん。 顔を覚えるようになったらたくさん会っているおばあちゃんが良いのかな。 いっぱい抱っこをしてくれる方のおばあちゃんを好きになるのかな。
あちらのお母さんと張り合う気持ちはないけれど、 なんだか綾菜をとられてしまうようで寂しくて焦る気持ちになってしまった。
こまったおばあちゃんだこと。孫が可愛いのはどちらも一緒なのにと思う。
それだけみんなに愛されている綾菜でほんとうに良かったね。
| 2012年06月07日(木) |
青い目をしたお遍路さん |
家の前の路地でお遍路さんに会った。 青い目をしたお遍路さんだったのでちょっとびっくり。 「こんにちは」と声をかけるとにっこりと微笑んでくれた。 日本語がうまく通じるかどうかわからなかったけれど。 もっと話しかけてみたかなって後から思ったことだった。
もしかしたらお大師堂へ向ったのかもしれない。 後から急いで駆けつけてみたけれど残念ながらその姿はなかった。
午後四時のこと。四万十大橋を渡って下ノ加江の宿に泊まるのだろうか。 それにしては遅い時間。野宿なのかもしれないと気掛かりでならなかった。
ほんの通りすがりのような出会いであってもささやかな縁なのだといつも思う。
言葉を交わすことが出来なくても後姿に手を合わすことは出来る。 風のように去って行ってもその微笑みは胸に沁みるように残るものだった。
あたりが暗くなってくると祈るように願うばかり。 どうか無事に夜をしのげますように。
そうしてまた明日も元気に歩き出せますように。
最高気温が30℃を超えすっかり真夏日となる。
散歩の帰り道、ご近所の枇杷の実がそれは美味しそうに実っていて。 ふっと子供の頃のことを思い出した。枇杷の木がある家に住んでいたこと。 弟とふたりまだかまだかと待ちかねていたっけ。とても懐かしい思い出だった。
甘かったな。美味しかったな。食べた後に種を飛ばすのも楽しかった。
もうそんな季節。何度もなんども巡って来た夏がしみじみと心に沁みてくる。

昨日とはうって変わって今日は山里の職場で忙しく過ごす。 週に三日のつもりだったけれど明日も行かなければいけなくなった。 気の重さもあるけれど母が喜んでくれるとほっと嬉しくもある。 心配事の絶えない職場。だからと言って逃げるわけにはいかないのだなと思う。
どんな日もあるのが人生。受け止め方次第で気が楽になることだってある。
さらりさらりと。あっけらかんと。日々を笑顔で過ごしていきたいものだ。
台風の影響なのか朝から雨が降り続いている。 紫陽花の花がいっそう色濃く染まることだろう。 梅雨の季節も近いけれど心にはいつも花を咲かせていたいものだ。
昨日の事、「呼ばれもしないのにそうそう押しかけるなよ」と夫から注意される。 寝ても覚めても綾菜のことばかり考えていた私にはとても痛い一言だった。
すっかりくぼんでしまってしゅんとしていたところ夜になり娘から電話がある。 買物に行きたいので午前中だけ綾菜を見ていて欲しいとのこと。
なんと嬉しいことだろう。思わず涙ぐんでしまった。 目の前がぱあっと明るくなる。わくわくと興奮したのか昨夜は眠れなかったほど。
朝になるのを待ちかねて喜び勇んで駆けつけたのは言うまでもない。 すごくすごく会いたかった綾菜。愛しさが泉のように込み上げてくる。
娘たちが出掛けてから二時間。思う存分抱っこをしたりミルクを飲ませたり。 子守唄は「ゆりかごの歌をカナリヤが歌うよ ねんねこねんねこねんねこよ」
腕の中で胸の中ですやすやと眠り始めた綾菜。その重みも愛しさそのものだった。
思いがけなかったのは娘が私の昼食まで買って来てくれたこと。 そうして沐浴が済むまで一緒にいればと言ってくれたことだった。
長居をしてはいけない。帰らなくちゃと思っていたからほんとに嬉しかった。
結局夕方近くまで一緒に過ごす。娘と綾菜と三人でお昼寝もした。
「おばあちゃんまた来てね」「うん、また来るよ」って家路に着く。
嬉しくてありがたい一日はあっという間に過ぎてしまったけれど。 幸せは比べものにならないくらい心の中から溢れ出してしまいそうだった。
ありがとうねサチコ。ありがとうね綾菜。母はおばあちゃんはこんなに幸せです。
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