ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年06月06日(水) 枇杷の実

最高気温が30℃を超えすっかり真夏日となる。

散歩の帰り道、ご近所の枇杷の実がそれは美味しそうに実っていて。
ふっと子供の頃のことを思い出した。枇杷の木がある家に住んでいたこと。
弟とふたりまだかまだかと待ちかねていたっけ。とても懐かしい思い出だった。

甘かったな。美味しかったな。食べた後に種を飛ばすのも楽しかった。

もうそんな季節。何度もなんども巡って来た夏がしみじみと心に沁みてくる。





昨日とはうって変わって今日は山里の職場で忙しく過ごす。
週に三日のつもりだったけれど明日も行かなければいけなくなった。
気の重さもあるけれど母が喜んでくれるとほっと嬉しくもある。
心配事の絶えない職場。だからと言って逃げるわけにはいかないのだなと思う。

どんな日もあるのが人生。受け止め方次第で気が楽になることだってある。

さらりさらりと。あっけらかんと。日々を笑顔で過ごしていきたいものだ。





2012年06月05日(火) 子守唄

台風の影響なのか朝から雨が降り続いている。
紫陽花の花がいっそう色濃く染まることだろう。
梅雨の季節も近いけれど心にはいつも花を咲かせていたいものだ。


昨日の事、「呼ばれもしないのにそうそう押しかけるなよ」と夫から注意される。
寝ても覚めても綾菜のことばかり考えていた私にはとても痛い一言だった。

すっかりくぼんでしまってしゅんとしていたところ夜になり娘から電話がある。
買物に行きたいので午前中だけ綾菜を見ていて欲しいとのこと。

なんと嬉しいことだろう。思わず涙ぐんでしまった。
目の前がぱあっと明るくなる。わくわくと興奮したのか昨夜は眠れなかったほど。

朝になるのを待ちかねて喜び勇んで駆けつけたのは言うまでもない。
すごくすごく会いたかった綾菜。愛しさが泉のように込み上げてくる。

娘たちが出掛けてから二時間。思う存分抱っこをしたりミルクを飲ませたり。
子守唄は「ゆりかごの歌をカナリヤが歌うよ ねんねこねんねこねんねこよ」

腕の中で胸の中ですやすやと眠り始めた綾菜。その重みも愛しさそのものだった。


思いがけなかったのは娘が私の昼食まで買って来てくれたこと。
そうして沐浴が済むまで一緒にいればと言ってくれたことだった。

長居をしてはいけない。帰らなくちゃと思っていたからほんとに嬉しかった。

結局夕方近くまで一緒に過ごす。娘と綾菜と三人でお昼寝もした。

「おばあちゃんまた来てね」「うん、また来るよ」って家路に着く。

嬉しくてありがたい一日はあっという間に過ぎてしまったけれど。
幸せは比べものにならないくらい心の中から溢れ出してしまいそうだった。

ありがとうねサチコ。ありがとうね綾菜。母はおばあちゃんはこんなに幸せです。




2012年06月04日(月) 母の笑顔

いったい何日ぶりなのだろう、久しぶりに山里の職場に行く。
自分なりにスイッチを切り替えたような気分だった。
寝ても覚めても綾菜のことばかり考えていたけれど。
その間、母がどんなにか忙しさに耐えていたことだろうと思った。

その反面、ほんの少しの気の重さもあった。
なんだか嵐の中を船で漕ぎ出すような気持ち。
決して平穏ではいられないのだと覚悟して行かなければいけない。

どうか大荒れではありませんようにと願いつつクルマを走らす。

そんな気持ちを和らげるように山里の風景が目に沁みてくる。
峠道で出会うお遍路さん。緑の波のように揺れる田んぼの稲。

帰ってきたんだなってふっと思った。
そうして待っていてくれるひとがいることがありがたくてならない。
母はとても喜んでくれた。連絡もせずに行ったからよほど思いがけなかったのだろう。

忙しい一日だったけれどとても充実していた。
何よりも荒波が立たずに済んだことが良かったと思う。

帰り際に母と庭に咲く「雪の下」を眺めた。
ちいさな天使がたくさん飛び交っているような花だった。

何があってもどんな日があってもその花が母を守ってくれるような気がした。



2012年06月03日(日) アマリリス

花が枯れてしまうといつも庭の隅に追いやられていたアマリリス。
水遣りもろくにせずにほったらかしにしていたというのに。
いつのまにか茎が伸びて「ほらここにいるよ」と今年も咲いてくれた。

なんと健気な花なのだろう。忘れていた事を詫びるようにその花を愛でる。
ありがたいこと。嬉しいことはいつも思いがけなく私のそばにあった。



「手助けが必要だったらいつでも呼んでね」昨夜娘にメールしていたけれど。
電話はとうとうかかってこなかった。サビシイの一言に尽きる。
でもそれは娘なりに一生懸命頑張っている証拠でもあるのだから。
とても良い事なのだと思えるようになる。平穏無事が何よりだった。



姫女苑の花があちらこちらにたくさん咲いた散歩道。
お大師堂でお参りを済ませしばらく風に吹かれていた。
川の水がひたひたと囁いているのも耳に心地よく響く。

そんなふうにぽつねんと佇むのがとても好きだった。
生きているんだなってすごく感じる。命ほどありがたいものはない。

ありがとうございました。もう一度お大師さんに手を合わせて帰る。

そこにもアマリリスの花がたくさん咲いていてとても可愛い。





2012年06月02日(土) 喜び勇んで駆けつける

すっかり梅雨入りしたかのような空模様。
乾かないのを覚悟で洗濯をすれば綾菜の産着が一枚あった。
干しながら愛しさが込み上げてくる。会いたいなってすごく思う。

よほど寂しかったのだろう。昨夜は夢にまで出てきた。
それが赤ちゃんの綾菜ではなくて三歳くらいの綾菜だったから不思議。
「おばあたん」って呼んでくれた。なんと嬉しい夢だったことだろう。


朝のうち先日からの不調もあり病院へ行く。
血液検査をしたらもうすっかり大丈夫とのことで一安心。
しばらくは無理をしないようにと言われたけれど、
何が無理なのか自分ではよくわからなかった。
健康がいちばん。それだけは忘れないように日々を過ごしていきたい。


病院から娘たちのアパートはすぐ目と鼻の先だった。
ここまで来て会わずに帰れるものかと思って、娘に電話してみる。
良かった。すぐにおいでと言ってもらって喜び勇んで駆けつける。

綾菜も起きていて手足をばたばたさせながらご機嫌だった。
すぐに抱っこしたのは言うまでもない。いっぱい話しかけて嬉しいひと時。

明日も・・と欲張りなバーバは思ってしまう。
でも娘達の暮らしにどかどかと押しかけるようで少し気が引けた。

会えない日があるから会えた日は最高に嬉しいもの。
そう思ってこれからの日々を楽しみに過ごしていきたいと思う。



2012年06月01日(金) おうちへ帰ろうね

とうとう娘と綾菜がアパートへ帰る日。
なんだかそわそわと落ち着かないまま娘と荷物をまとめる。

何も知らない綾菜のあどけない寝顔を見ていると涙が出てきそう。
「おうちへ帰ろうね」抱っこするとその重みが愛しさに変わる。

クルマで10分ほど。同じ町のこんなに近くに住んでいてくれて
なんとありがたいことだろうと思った。遠ければ遠いほど寂しいものだ。

アパートに帰るなり娘は掃除を始めて、おかげですっと抱っこが出来る。
それから買物に出掛け、その間もずっと子守のおばあちゃんになっていた。

環境の違いがわかるのだろうか、綾菜はぐずって眠ろうとはしなかった。
抱っこしていて眠ったらお布団に寝かせてみるがすぐに泣き出してしまう。

ようし、こうなったらもうずっと抱っこだ。なんだか嬉しくなった。
いっぱい話しかけてみたり子守唄も歌ってあやすこと二時間ばかり。
ちょっとお疲れさまのおばあちゃんだったけれどそれがまた嬉しい。



帰宅してから、なんともいえない寂しさにおそわれてしまった。
もう誰もいなくなってしまった娘の部屋でぼんやりと過ごす。

「寂しいね・・」とおじいちゃんも呟きながら二人きりの夕食だった。

我が家のおひさまのようだった娘。綾菜は娘以上に輝いていたのだと思う。

ふたつのおひさまに恵まれていたことはほんとうにありがたいこと。



2012年05月31日(木) ありがとう五月

紫陽花の花がずいぶんと色づき鮮やかになった。
そうして五月が終る。なんだかしみじみと感慨深い。


娘と綾菜の一ヶ月検診。
母子共に順調に今日を迎えることが出来た。
綾菜の体重も増えており身長は6センチも伸びていてびっくり。
すくすくと成長していることがわかり何よりも嬉しかった。

我が家で過ごすのもとうとう今夜が最後になってしまった。
一晩中添い寝をしていたいような気分のバーバである。

明日からのことを思うと娘一人で大丈夫かしら。
綾菜の世話はもちろんのこと家事もこなさなければいけない。
「大丈夫よ」と娘は言う。そうね、きっと大丈夫ねと頷く。

家族3人での生活が始まるのだ。心配よりも応援をしてあげたい。
そうしてどうしても困った時にはすぐに駆けつけて助けてあげたい。

困らなくても駆けつけてくるでしょ!と娘は笑って言う。
そうね。会いたくなればいつだって会いにいけるのですもの。

最高に嬉しくて楽しくてすごくすごく幸せだった日々にありがとう。



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