花が枯れてしまうといつも庭の隅に追いやられていたアマリリス。 水遣りもろくにせずにほったらかしにしていたというのに。 いつのまにか茎が伸びて「ほらここにいるよ」と今年も咲いてくれた。
なんと健気な花なのだろう。忘れていた事を詫びるようにその花を愛でる。 ありがたいこと。嬉しいことはいつも思いがけなく私のそばにあった。
「手助けが必要だったらいつでも呼んでね」昨夜娘にメールしていたけれど。 電話はとうとうかかってこなかった。サビシイの一言に尽きる。 でもそれは娘なりに一生懸命頑張っている証拠でもあるのだから。 とても良い事なのだと思えるようになる。平穏無事が何よりだった。
姫女苑の花があちらこちらにたくさん咲いた散歩道。 お大師堂でお参りを済ませしばらく風に吹かれていた。 川の水がひたひたと囁いているのも耳に心地よく響く。
そんなふうにぽつねんと佇むのがとても好きだった。 生きているんだなってすごく感じる。命ほどありがたいものはない。
ありがとうございました。もう一度お大師さんに手を合わせて帰る。
そこにもアマリリスの花がたくさん咲いていてとても可愛い。
| 2012年06月02日(土) |
喜び勇んで駆けつける |
すっかり梅雨入りしたかのような空模様。 乾かないのを覚悟で洗濯をすれば綾菜の産着が一枚あった。 干しながら愛しさが込み上げてくる。会いたいなってすごく思う。
よほど寂しかったのだろう。昨夜は夢にまで出てきた。 それが赤ちゃんの綾菜ではなくて三歳くらいの綾菜だったから不思議。 「おばあたん」って呼んでくれた。なんと嬉しい夢だったことだろう。
朝のうち先日からの不調もあり病院へ行く。 血液検査をしたらもうすっかり大丈夫とのことで一安心。 しばらくは無理をしないようにと言われたけれど、 何が無理なのか自分ではよくわからなかった。 健康がいちばん。それだけは忘れないように日々を過ごしていきたい。
病院から娘たちのアパートはすぐ目と鼻の先だった。 ここまで来て会わずに帰れるものかと思って、娘に電話してみる。 良かった。すぐにおいでと言ってもらって喜び勇んで駆けつける。
綾菜も起きていて手足をばたばたさせながらご機嫌だった。 すぐに抱っこしたのは言うまでもない。いっぱい話しかけて嬉しいひと時。
明日も・・と欲張りなバーバは思ってしまう。 でも娘達の暮らしにどかどかと押しかけるようで少し気が引けた。
会えない日があるから会えた日は最高に嬉しいもの。 そう思ってこれからの日々を楽しみに過ごしていきたいと思う。
とうとう娘と綾菜がアパートへ帰る日。 なんだかそわそわと落ち着かないまま娘と荷物をまとめる。
何も知らない綾菜のあどけない寝顔を見ていると涙が出てきそう。 「おうちへ帰ろうね」抱っこするとその重みが愛しさに変わる。
クルマで10分ほど。同じ町のこんなに近くに住んでいてくれて なんとありがたいことだろうと思った。遠ければ遠いほど寂しいものだ。
アパートに帰るなり娘は掃除を始めて、おかげですっと抱っこが出来る。 それから買物に出掛け、その間もずっと子守のおばあちゃんになっていた。
環境の違いがわかるのだろうか、綾菜はぐずって眠ろうとはしなかった。 抱っこしていて眠ったらお布団に寝かせてみるがすぐに泣き出してしまう。
ようし、こうなったらもうずっと抱っこだ。なんだか嬉しくなった。 いっぱい話しかけてみたり子守唄も歌ってあやすこと二時間ばかり。 ちょっとお疲れさまのおばあちゃんだったけれどそれがまた嬉しい。
帰宅してから、なんともいえない寂しさにおそわれてしまった。 もう誰もいなくなってしまった娘の部屋でぼんやりと過ごす。
「寂しいね・・」とおじいちゃんも呟きながら二人きりの夕食だった。
我が家のおひさまのようだった娘。綾菜は娘以上に輝いていたのだと思う。
ふたつのおひさまに恵まれていたことはほんとうにありがたいこと。
紫陽花の花がずいぶんと色づき鮮やかになった。 そうして五月が終る。なんだかしみじみと感慨深い。
娘と綾菜の一ヶ月検診。 母子共に順調に今日を迎えることが出来た。 綾菜の体重も増えており身長は6センチも伸びていてびっくり。 すくすくと成長していることがわかり何よりも嬉しかった。
我が家で過ごすのもとうとう今夜が最後になってしまった。 一晩中添い寝をしていたいような気分のバーバである。
明日からのことを思うと娘一人で大丈夫かしら。 綾菜の世話はもちろんのこと家事もこなさなければいけない。 「大丈夫よ」と娘は言う。そうね、きっと大丈夫ねと頷く。
家族3人での生活が始まるのだ。心配よりも応援をしてあげたい。 そうしてどうしても困った時にはすぐに駆けつけて助けてあげたい。
困らなくても駆けつけてくるでしょ!と娘は笑って言う。 そうね。会いたくなればいつだって会いにいけるのですもの。
最高に嬉しくて楽しくてすごくすごく幸せだった日々にありがとう。
晴れのち曇り。今日も蒸し暑い一日だった。
散歩道を行けば野アザミがすっかり綿毛になっていて。 それはタンポポのように可愛らしくは見えないけれど。 なんだか憐れでせつないような花の命をしみじみと感じた。
その命を風がはこんでくれるかな。 そうしてまた季節が巡ってくればたくさんの花を咲かせることだろう。
あらあらと言う間に流れていく日々。 季節はすっかり初夏になり「ああ、ここにいるのだな」と確かめるように思う。
途惑うことは何もない。みんなみんなしっかりと生きているのがありがたい。

明日の夜は家族みんなで「お別れ会」をすることになった。
けれども決して悲しい別れではない。辛くも寂しくもないのだと思えるようになった。 今朝の事、ある方に「会える楽しみがありますよ」と言ってもらって。 なんだかとても気分がすっきりとして目の前が明るくなったような気がする。
会えなくなるのではない。これからは会えるようになるのだと思った。 そう思うと寂しさも一気に吹き飛び、わくわくと嬉しくなってしまった。
| 2012年05月28日(月) |
ぷっかぷっかゆうらゆうら |
五月も残りわずか。梅雨入りも近いのだろうか蒸し暑い一日。
綾菜を抱っこして庭に出てみる。そよ吹く風がとても優しい。 少しぐずっていた綾菜も心地よいのかやがて眠り始めていた。
ずっとこんな毎日が続けば良いなと欲張りなバーバは思う。 一緒に暮らせるのもとうとうあと3日になってしまった。
この五月のことを私は一生忘れられないと思う。 あっという間の毎日だったけれどとても貴重な日々であった。
愛しさは心のそこから泉のようにわきだしてくる。 なんだか嬉し涙のよう。感極まって止めようのない涙のよう。
午後は綾菜の大好きな沐浴。綾菜以上にバーバも嬉しい時間。
ぷっかぷっか。ゆうらゆうら。娘と二人で歌をうたった。
紫陽花の花も日に日に色づき、くちなしの花も薫る頃になった。 まだほんの少し体調に自信がないけれど、散歩を再開してみる。 気分転換にもなり、なによりも歩くことで心が元気になるようだ。 万歩計はいつもの半分。どんな日もあってよしと自分に言い聞かす。
今日は来客の多い日だった。 午前中には娘婿のお友達がお祝いに来てくれて娘も喜んでいた。
午後からは山里の母「ひいおばあちゃん」がやっと来てくれた。 そうして思いがけなかったのは一緒に私の弟一家も来てくれたこと。 総勢6人でかわるがわる綾菜を抱っこしてくれて大賑わいだった。
みんなにお祝いしてもらってなんとありがたいことだろう。 綾菜もご機嫌で泣いたりぐずったりすることもなく喜んでいるようだった。
血のつながりをつくづくと感じる。身内ってほんとにありがたいものだ。
もうひとつ思いがけなかったのは母が夕食のおかずを持って来てくれたこと。 そればかりではなく流し台にそのままにしてあった食器まで洗ってくれた。
母もどんなにか疲れているだろうに。私の体調を気遣ってくれたのか。 なんだか涙が出そうなくらい嬉しくてたまらなかった。
「持つべきものは母親だね」なんて言いながらの夕食になる。 私も娘のために出来ることがまだまだたくさんあるのだと思う。
甘えて欲しい頼って欲しい。母親というものはきっとそういうものだ。
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