紫陽花の花も日に日に色づき、くちなしの花も薫る頃になった。 まだほんの少し体調に自信がないけれど、散歩を再開してみる。 気分転換にもなり、なによりも歩くことで心が元気になるようだ。 万歩計はいつもの半分。どんな日もあってよしと自分に言い聞かす。
今日は来客の多い日だった。 午前中には娘婿のお友達がお祝いに来てくれて娘も喜んでいた。
午後からは山里の母「ひいおばあちゃん」がやっと来てくれた。 そうして思いがけなかったのは一緒に私の弟一家も来てくれたこと。 総勢6人でかわるがわる綾菜を抱っこしてくれて大賑わいだった。
みんなにお祝いしてもらってなんとありがたいことだろう。 綾菜もご機嫌で泣いたりぐずったりすることもなく喜んでいるようだった。
血のつながりをつくづくと感じる。身内ってほんとにありがたいものだ。
もうひとつ思いがけなかったのは母が夕食のおかずを持って来てくれたこと。 そればかりではなく流し台にそのままにしてあった食器まで洗ってくれた。
母もどんなにか疲れているだろうに。私の体調を気遣ってくれたのか。 なんだか涙が出そうなくらい嬉しくてたまらなかった。
「持つべきものは母親だね」なんて言いながらの夕食になる。 私も娘のために出来ることがまだまだたくさんあるのだと思う。
甘えて欲しい頼って欲しい。母親というものはきっとそういうものだ。
一昨日から体調を崩してしまって寝込んでしまっていた。 幸いなことに今日は熱もさがりなんとか動けるようになる。
思うように家事も出来なくて、家族に迷惑をかけてしまった。 特にお婿さんには食料を買って来てもらったりして助けてもらう。
病院で診てもらったら風邪ではなく感染する心配はないという事。 娘や綾菜にうつったら大変だとはらはらしていただけにほっとする。
「ちょっと頑張り過ぎたのかな」とお医者様に言われた。 川仕事のラストスパートと孫の誕生で確かに気が張っていたかなと思う。
それにしてもなんと情けない身体なのだろうと悔しくてならない。 けれども受けとめるしかない。焦らずゆっくりと元気になりたいものだ。
今日は綾菜をいっぱい抱っこする。あどけない顔を見ているだけで幸せ。 この子がいてくれるおかげでどんなにか救われていることだろうと思う。 「生きる」ことをその小さな身体で一生懸命に教えてくれているのだ。
弱気になってはいけないのだと強く思う。 おばあちゃんはこれからいっぱい長生きをして綾菜を見守っていきたい。
晴れのちくもり。風もなく蒸し暑さを感じる。
お遍路万歩計がいつの間にか高知市内の竹林寺に到着していた。 身につけるようになってからちょうど四ヶ月経っている。 毎日ほんとに少しずつだと言うのになんだか信じられないような気持ちだ。 四万十に着くのはいつの事だろう。ゆっくりゆっくりと歩いて行きたい。
相変わらず孫中心の生活が続いているけれど。 これから先のことを思うとあまりべったりし過ぎてもいけないなと思う。 綾菜の世話はなるべく娘に任せて、私は身の回りの家事を頑張ってみた。 どうして?今まで通りで良いのにと娘は言ってくれるけれど。 アパートに帰ってから一人で出来ない事があっても困るだろうと思う。 世話をやきたくてもぐっと我慢をする。それは思った以上に寂しい事だった。
晩ご飯は「酢豚」が良いと娘が言うので腕をふるってそれを作る。 夫婦ふたりきりだと手抜き料理ばかりだったので、酢豚なんてほんとに久しぶり。
おいしい、おいしいと娘が喜んでくれて私もすごく嬉しかった。 こんな日にお兄ちゃんも来れば良いのにねって娘が言う。
そういえば息子はどうしているのだろう? 娘と綾菜が我が家に来てから一度だけ顔を見せてくれたきりだった。 遠慮なんてしなくても良いのに、私が忙しいと思っているのかもしれない。
母さんは忙しいのが大好き。家族みんなの笑顔がそろうのが最高に嬉しいのだよ。
爽やかな五月晴れ。おひさまのなんとありがたいこと。
散歩道を行けばご近所の紫陽花がもう色づき始めていた。 薄っすらとほのかな色合いがとても好きだなと思う。 また散歩の楽しみが増えた。毎日紫陽花に会える道。
今日は午前中に保健婦さんが訪ねて来てくれた。 綾菜ははだかんぼうになり体重を測ってもらう。 良かった。生まれた時よりも310g増えていた。 お乳が足らないかもと不安がっていた娘もほっと安堵だった。 とても順調に育っていると言ってもらって私も胸を撫で下ろす。
この先どんなことが待ち受けているやらわからない。 まだまだ不安な事もたくさんあるかもしれないけれど。 しっかりと生きようとしている命を見守っていきたいと思う。
夕食時。娘がふっと我が家を去る日のことを話し始めた。 覚悟はしていたけれどいざその日を決められるとなんとも辛かった。 長引けば長引くほど居心地が良くなるからと娘は言う。
わかっている。わかっているからと頷きながら胸に熱いものが込み上げてきた。
夕食後、綾菜の寝顔をしばらく見ていた。 寝言なのだろうか「あー」「あー」と声を出してなんとも愛しくてならない。
どんよりとした曇り空。午後から小雨が降り始める。 楽しみにしていた金環日食は残念ながら見えなかったけれど。 テレビは一日中その話題でおかげで感動の瞬間を垣間見ることが出来た。
宇宙にいること地球にいることをあらためて感じた一日となる。 そうしてなんと神秘的なことなのだろうとつくづくと思ったことだった。
日中は今日も変わらず孫尽くしの一日だった。 綾菜が起きていれば話しかけ、寝ていれば添い寝をしてしまう。 その添い寝が癖になるくらい心地よいものだった。 おだやかでゆったりとした時間。とても心が癒される気がする。 孫はほんとうにありがたいものである。かけがえのない宝物だった。
夜はこのところ毎晩のように出勤前の娘婿が顔を見せてくれるようになった。 そうして少しずつ育メンの練習をしているようで微笑ましく思う。 バーバはなるべく邪魔をしないよう隣の部屋でじっと息をひそめている。
それでも綾菜の泣き声など聞こえると居ても立ってもいられなくなる。 ぐっと我慢。娘夫婦が奮闘しているのを「がんばれ」と応援するばかり。
一緒に暮らせるのも後二週間ほどになるかもしれない。
どんなにか寂しくなることだろう。考えただけで涙が出そうだった。
小雨が降ったりやんだりで肌寒い一日。 綾菜が風邪をひいたら大変と肌布団を肩までかけていたけれど。 赤ちゃんにはちょうど良い気温なのだろうか足で蹴ってしまうのだった。
今日はほとんど泣くこともなくお乳を飲んでは眠っている時間が多かった。 目を開けないかしらと覗き込んでばかりいると「起こさないでね」と娘に叱られる。
我ながら孫にべったりだなと思う。初孫だとみんなそうかもしれない。 少しでも世話をやきたくてそわそわと落ち着かないバーバであった。
日曜日なので山里の母に遊びに来ないかとメールしてみた。 母もひ孫の顔を見たいだろうと気をきかせたつもりだったけれど。 「行きたくてもいけないからもうメールしてこないで」と電話がある。 思うように時間が作れなくて苛立っている様子がすごく伝わってきた。
私も母を手伝ってはあげられずすごく心苦しいのだけれど。 娘と綾菜が我が家に居てくれるうちは二人のための時間を大切にしたいと思う。
またまたこちらをたてればあちらがたたない状態になってしまった。 誰かが我慢をし誰かが辛抱しなければいけないようになっているようだ。
まあそれもよしと思うことにしよう。 しかたのないことは誰にだってあるものだから。
小雨の降るなか今日もお大師さんに会いに行く。 あれこれと思うことはあっても手を合わせばすっきりと気分が晴れる。
だいじょうぶ。このままでいいよ。そんな声が聞こえたようでほっと安堵した。
散歩道の土手に姫女苑の花が咲き始めた。 少しずつ枯れていく野あざみをなぐさめるかのように。 そっと寄り添っている姿は優しさそのものに見える。
今日の風も心地よい。そんな風を浴びるように胸をはって歩いた。 なんて平穏な一日だったのだろう。風に吹かれながらしみじみとそう思う。
綾菜は眠っていたり起きていたり。 目を開けている顔は娘が赤ちゃんだった時の顔に似ているようだ。 ぐずって泣けば抱っこする。よしよしとあやすのもバーバの役目。 「抱き癖」がつくのではと心配していたけれど、大丈夫だと娘が言う。 昔の育児と違って今はなるべく抱いてあげるほうが良いのだそうだ。
抱けば抱くほどに愛しい。ちいさな命の重みがひしひしと伝わってくる。
愉快なのは私のお乳を吸おうと胸に擦り寄ってくること。 残念ながらおばあちゃんのお乳はとっくの昔にしぼんでしまっている。 けれどもその仕草がなんとも微笑ましくてならなかった。
やっぱりお母さんが良いよね。娘が抱っこするとご機嫌になる綾菜だった。
|