ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年05月02日(水) よかった雨がやんでいる

絶え間なく降り続く雨。ばかみたいに降るねってふたりで呟いた。
川仕事は休めない。雨合羽を着ていても雨が滲みこんで来るよう。

涼しくていいさと彼は笑う。そうね暑いのよりずっといいねと私も笑った。


午後はまたぐったり。雨音を聴きながらうたた寝をする。
そんなまったりとした時間が最近とても愛しくてならなかった。

やがて散歩の時間。よかった雨がやんでいる。
おいちにっおいちにっと手を振りながらお大師堂に向った。

きっとどちらかのお遍路さんが滞在しているはずだって思った。
そういう時はなんだかピピッとする。私の予感は当たる時が多い。

思った通り、手押し車のお遍路さんがのんびりとくつろいでいた。
昨夜気掛かりだったこと、それとなく訊いてみると。
長髪青年遍路さんは今朝の雨の中を元気に旅立ったそうだ。
逃げ出さずに辛抱したのだろう。えらかったなってすごくほっとした。

手押し車のお遍路さんはとても誠実そうで決して悪い人ではなかった。
ただすごく真面目過ぎて、あっけらかんとしている青年には苦手だったのだろう。

お説教をしてしまった。無理強いをしてしまった事を反省しつつほっとする。
彼にとっては良い経験だったのかもしれないと自分を宥めるように思った。

日々いろんなことがある。毎日が修行なのだとそれは自分にも言えること。

出会いは学びにもつながる。縁なくしては人は出会えないものだとつくづく思うこの頃であった。



2012年05月01日(火) お遍路さん(その12)

今日も雨。五月雨というべきか菜種梅雨というべきか。
川向の山々が雨にけむりなんともいえない風情があった。

傘をさして今日もお大師堂にお参りに行く。
途中で大きな荷物を手押し車に乗せて歩くお遍路さんと一緒になった。
挨拶をするとにっこりと笑顔。声を掛けて良かったなって思った。

道案内がてらしばし一緒に歩いていたのだけれど。
あと20メートルほどで着くという時いきなりアクシデントがあった。
なんと手押し車のタイヤが一輪外れてしまって前へ進めなくなってしまったのだ。

どうやらタイヤのネジが外れてしまったよう。
ふたりで必死になって捜したけれど見つからなくて途方に暮れる。
とにかく荷物を先に運ぼうと言うことになり手を貸したけれどとても重い。

ふとお大師堂の方を見ると人影が見えて、先客のお遍路さんが居るみたい。
走って呼びに行ったら顔なじみの長髪青年遍路さんだった。

何度も会っているのに名前を知らない。「ボク!早く手伝って」と叫んだ。
三人がかりでなんとか荷物を運び終える。それにしてもなんて大きな荷物だことか。

ほっとしたのもつかの間。モンダイは手押し車の修理だった。
ふと思い出したのは山里の職場のこと。どんなネジでもたいてい置いてある。

幸いなことに近くに自動車修理工場があるのでそこに行くことをすすめた。
お遍路さんは休む間もなく手押し車を持って行くことになった。

長髪青年遍路さんと、ここで良かったねと語り合った。
道中の何もないところでアクシデントがあったらほんとに困ったことだろう。

すると長髪遍路さんの様子が少し変。「俺、ここ出て行きます」と突然言い出す。
理由を聞くと昨夜もそのお遍路さんと同じ場所で泊まっていたのだそうだ。

なんかすごく苦手。もう一緒に寝たくないのだと言う。

どうして?それでは逃げ出すのと同じではないの?
また会ったということはそれだけ縁が深いということじゃないの?

頭をたれてしゅんとしながら私のお説教を聞いてくれた長髪青年遍路さん。

どうしても苦手だったら狸寝入りをしていれば良いのよ。
何も話さなくていいし、無視したって誰も咎めたりしないのよ。

お大師さまがついていてくれるでしょ。もう一晩の辛抱だと思いましょう。

そんなやりとりのあとやっとうなずいてくれた長髪青年遍路さんであった。


さて今頃ふたりはどうしていることやら。
なんだか気になってしょうがない夜になってしまった。




2012年04月30日(月) 行かなくちゃ

雨が降ったりやんだり。南風が強く雨が窓を叩いていた。

早朝より川仕事。わずかな収穫だけれどそれが精一杯。
もう少しで終るからとふたりで励ましあうのも良いものだ。

午後はひたすら寝る。なんだか暇さえあれば寝ているわたし。
そんなだらしなさもご褒美だと思って自分に甘えているのだった。

あいにくのお天気で散歩どころではなかったけれど。
お参りだけは休みたくなくて雨の中をお大師堂へ向った。

ご近所の紫陽花にもう花芽が見え始めていてはっと足を止める。
もう明日から五月。あとひと月もすれば紫陽花も色づくだろうか。

季節はかくじつに春から初夏へと向っている。
なんだかとても急いでいるように感じてならなかった。

行かなくちゃ行かなくちゃとわたしも思う。
前を向いていればきっと良いことがたくさんあるように思う。

ちっぽけな不安。それはほんとうに些細な事なのだと思えるようになった。
怯えてはいけない。臆病になってはいけないのだとつくづく思ったりする。

今日も「ありがとうございました」手を合わすと清々しくてならない。




2012年04月29日(日) にこにこ笑顔

晴れのち曇り。また雨が近そうだった。

夕方、あんずを連れて大橋のたもとまで行くと。
休憩所にお遍路さんの姿が。どうやら野宿の準備をしていたらしい。
テントは持っていないようでビニールシートで囲いをしているところだった。

お節介かなと思いつつ声をかけてみる。
そうしたら満面の笑顔で応えてくれてすごくほっとした。
やはりお大師堂が近くにあることを知らなかったそうだ。

さっそく場所替えをすることになり道案内をする。
「良かった、良かった」とすごく喜んでくれて私も嬉しかった。

ためらわずに声をかけること。これからもそう心がけようと思う。

一期一会。ささやかな出会いがほんとうにありがたいこと。
そこにはかならず笑顔がある。初対面であっても名も知らぬ人であっても。

笑顔というものはその人のすべてを表しているように思える。

それはどんな言葉よりもまっすぐにこころに届いてくるものだ。

にこにこ笑顔をありがとうございました。

どうかよき旅を。どうかご無事でと後姿にそっと手を合わせた。



2012年04月28日(土) ひとりよりもふたり

今日も気温が高くなり日中は真夏日となる。
春はほんとうにつかの間。季節は初夏へと急いでいるようだ。


午後。娘のサチコが遊びに来てくれた。
少し運動不足だと言うことで一緒に散歩に行く。
ひとりよりもふたりが楽しい今日の散歩道だった。

お大師堂に行きふたりならんでお参りをする。
手を合わす娘。どうか無事に赤ちゃんが生まれますように。

最後には「ありがとうございました」とふたりで声をそろえる。
お大師様も微笑んで見守ってくれているようなひと時だった。

そうして今度はあんずを連れて大橋のたもとまで散歩する。
あんずが尻尾を振りながら歩いているのはよほど嬉しいのだろう。
家族のなかでいちばん可愛がってくれたのは娘だった。
そのことをちゃんとおぼえているのだなと思った。


ふたりでこうして散歩をするなんて初めてのことではないか。
娘が子供の頃にもそうした記憶がなかった。
生まれてくる赤ちゃんのおかげかもしれない。

「また遊びに来るね」笑顔で手を振って帰って行った娘。

毎日は無理だとわかっていても明日もあさっても一緒に歩けたらいいなって母は願う。



2012年04月27日(金) 散歩日和

ひんやりと肌寒い朝だったけれど、日中はとても暖かくなる。
青空の下でやわらかな陽射しを浴びているのが幸せだなと思った。

こんな日は散歩も楽しみ。土手には爽やかな風が吹き渡っていた。
風に吹かれているとなんだかしゃきっとする。不思議と元気が出てくる。

口笛を吹きたくなるような。歌をうたいたくなるような散歩日和。

野あざみの花があちらこちらにたくさん咲いているのも嬉しい。
そうして名も知らぬ黄色い花。ちいさくて可愛いのがいちめんに咲いて。

なんだかわくわくするような。そうしてこころがほっこりとしてくる。

歩きながら何かを考えていたけれど、それが何だったのかも忘れてしまった。
ちっぽけな不安だったのかもしれない。なんと些細なことだろうと思う。

しんこきゅうをいっぱいした。ああ生きているんだなって確かめるように。






2012年04月26日(木) 30年目の春

昨夜は寝ている間に雨が降っていたようだ。
目覚めるとしっとりとした空気が漂っていたけれど。
雨上がりの朝はなんとも清々しくその空気を美味しいと思った。

潮が引き始めるのを待って川仕事に出掛ける。
すっかり弱ってしまった海苔を見捨てる事も出来ず。
最後の最後まで収穫をすることに決めた。

潮待ちをしているあいだ仲間のいとこ達とおしゃべり。
老夫婦が多いけれど、すごく溌剌としていて元気そう。
けれどもそれぞれ持病を抱えていて辛い時もあるのだそうだ。
70歳80歳と私たち夫婦も家業を続けられるのだろうか。
なんだか気が遠くなるけれどいとこ達を見ていると勇気づけられる。

私の体調はイマイチで日々だましだましなんとか頑張っている。
そんな話をしているといとこが私の背中をさすってくれた。
ほらここらへんが痛いでしょと優しくさすってくれてなんとありがたい。

76歳のいとこ。私の母よりも年上なのだなと頭がさがるような思いだった。
私も弱音を吐いてなどいられない。まだまだこれからなのだと強く思った。

おかげで無事に今日の川仕事を終えられる。
疲れているのはみんな一緒なのだと思うと、その疲れも分け合えるようだ。

家業を継いで30年目の春。ひよっこだった私達もほんの少し成長しただろうか。


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