雨が降ったりやんだり。南風が強く雨が窓を叩いていた。
早朝より川仕事。わずかな収穫だけれどそれが精一杯。 もう少しで終るからとふたりで励ましあうのも良いものだ。
午後はひたすら寝る。なんだか暇さえあれば寝ているわたし。 そんなだらしなさもご褒美だと思って自分に甘えているのだった。
あいにくのお天気で散歩どころではなかったけれど。 お参りだけは休みたくなくて雨の中をお大師堂へ向った。
ご近所の紫陽花にもう花芽が見え始めていてはっと足を止める。 もう明日から五月。あとひと月もすれば紫陽花も色づくだろうか。
季節はかくじつに春から初夏へと向っている。 なんだかとても急いでいるように感じてならなかった。
行かなくちゃ行かなくちゃとわたしも思う。 前を向いていればきっと良いことがたくさんあるように思う。
ちっぽけな不安。それはほんとうに些細な事なのだと思えるようになった。 怯えてはいけない。臆病になってはいけないのだとつくづく思ったりする。
今日も「ありがとうございました」手を合わすと清々しくてならない。
晴れのち曇り。また雨が近そうだった。
夕方、あんずを連れて大橋のたもとまで行くと。 休憩所にお遍路さんの姿が。どうやら野宿の準備をしていたらしい。 テントは持っていないようでビニールシートで囲いをしているところだった。
お節介かなと思いつつ声をかけてみる。 そうしたら満面の笑顔で応えてくれてすごくほっとした。 やはりお大師堂が近くにあることを知らなかったそうだ。
さっそく場所替えをすることになり道案内をする。 「良かった、良かった」とすごく喜んでくれて私も嬉しかった。
ためらわずに声をかけること。これからもそう心がけようと思う。
一期一会。ささやかな出会いがほんとうにありがたいこと。 そこにはかならず笑顔がある。初対面であっても名も知らぬ人であっても。
笑顔というものはその人のすべてを表しているように思える。
それはどんな言葉よりもまっすぐにこころに届いてくるものだ。
にこにこ笑顔をありがとうございました。
どうかよき旅を。どうかご無事でと後姿にそっと手を合わせた。
今日も気温が高くなり日中は真夏日となる。 春はほんとうにつかの間。季節は初夏へと急いでいるようだ。
午後。娘のサチコが遊びに来てくれた。 少し運動不足だと言うことで一緒に散歩に行く。 ひとりよりもふたりが楽しい今日の散歩道だった。
お大師堂に行きふたりならんでお参りをする。 手を合わす娘。どうか無事に赤ちゃんが生まれますように。
最後には「ありがとうございました」とふたりで声をそろえる。 お大師様も微笑んで見守ってくれているようなひと時だった。
そうして今度はあんずを連れて大橋のたもとまで散歩する。 あんずが尻尾を振りながら歩いているのはよほど嬉しいのだろう。 家族のなかでいちばん可愛がってくれたのは娘だった。 そのことをちゃんとおぼえているのだなと思った。
ふたりでこうして散歩をするなんて初めてのことではないか。 娘が子供の頃にもそうした記憶がなかった。 生まれてくる赤ちゃんのおかげかもしれない。
「また遊びに来るね」笑顔で手を振って帰って行った娘。
毎日は無理だとわかっていても明日もあさっても一緒に歩けたらいいなって母は願う。
ひんやりと肌寒い朝だったけれど、日中はとても暖かくなる。 青空の下でやわらかな陽射しを浴びているのが幸せだなと思った。
こんな日は散歩も楽しみ。土手には爽やかな風が吹き渡っていた。 風に吹かれているとなんだかしゃきっとする。不思議と元気が出てくる。
口笛を吹きたくなるような。歌をうたいたくなるような散歩日和。
野あざみの花があちらこちらにたくさん咲いているのも嬉しい。 そうして名も知らぬ黄色い花。ちいさくて可愛いのがいちめんに咲いて。
なんだかわくわくするような。そうしてこころがほっこりとしてくる。
歩きながら何かを考えていたけれど、それが何だったのかも忘れてしまった。 ちっぽけな不安だったのかもしれない。なんと些細なことだろうと思う。
しんこきゅうをいっぱいした。ああ生きているんだなって確かめるように。
昨夜は寝ている間に雨が降っていたようだ。 目覚めるとしっとりとした空気が漂っていたけれど。 雨上がりの朝はなんとも清々しくその空気を美味しいと思った。
潮が引き始めるのを待って川仕事に出掛ける。 すっかり弱ってしまった海苔を見捨てる事も出来ず。 最後の最後まで収穫をすることに決めた。
潮待ちをしているあいだ仲間のいとこ達とおしゃべり。 老夫婦が多いけれど、すごく溌剌としていて元気そう。 けれどもそれぞれ持病を抱えていて辛い時もあるのだそうだ。 70歳80歳と私たち夫婦も家業を続けられるのだろうか。 なんだか気が遠くなるけれどいとこ達を見ていると勇気づけられる。
私の体調はイマイチで日々だましだましなんとか頑張っている。 そんな話をしているといとこが私の背中をさすってくれた。 ほらここらへんが痛いでしょと優しくさすってくれてなんとありがたい。
76歳のいとこ。私の母よりも年上なのだなと頭がさがるような思いだった。 私も弱音を吐いてなどいられない。まだまだこれからなのだと強く思った。
おかげで無事に今日の川仕事を終えられる。 疲れているのはみんな一緒なのだと思うと、その疲れも分け合えるようだ。
家業を継いで30年目の春。ひよっこだった私達もほんの少し成長しただろうか。
曇り日。気温も平年並みに戻り過ごしやすかった。
今日こそはと川仕事を再開したけれど。 行ってみてびっくり。海苔がすっかり弱っていた。 昨日の暑さが原因かもしれない。水温が高過ぎたのだろう。 もう駄目かもしれないね。つぶやきながら収穫ををした。
自然相手のこと。覚悟はしていたけれど残念でならない。 けれども「もうじゅうぶんさ」彼の言葉にうなずいていた。
豊作の年もあれば不作の年もある。 欲を言えばきりがなく、どんな年も恵まれているのだと思いたい。
帰宅すると庭に息子のクルマがあった。 夜勤明けだったらしく茶の間のソファーでぐっすりと眠っていた。 そっとしておいてあげようと忍び足で動く父と母であった。 息子の寝息がこだまする。なんだか溜息のような寝息だった。
夜勤明けだというのに夕方から職員会議があるのだそうだ。 目覚めた息子は愚痴でいっぱい。そうか、そうかと聞いてあげる。
いつもより早目に夕食。その頃には息子も笑顔になっていてほっとした。
ケイタイのスケジュールに妹の出産予定日を入れていた。 何かあったら俺にも絶対知らせてくれよ。妹おもいのお兄ちゃん。 姪っ子が無事に出来るのをとても楽しみにしているようだった。
「じゃあまたね。気をつけてね」
「おぅ!さんきゅー」
父と母と息子の声がこだまする。ああ今日もよき日をありがとう。
日中の気温がぐんぐんと高くなり、なんと30℃にもなる。 春を一気に押しやってすっかり真夏日になってしまった。
今日から川仕事再開の予定だったけれど、 また山里の職場に大事な用事が出来てしまった。
「行ってこいよ」彼の一言に助けられ峠道を越えて行く。 やれるだけのことをといつも思う。精一杯の一日だった。
山里の風景。もう田んぼには小さな稲がいちめんに広がっている。 そんなのどかな風景がとても好きだなって思った。 村の人々もなんだかのんびりとしていて心が和む。 そうして白装束のお遍路さんの姿。山里はまるで絵のようだった。
また毎日通えるようになるだろう。あと少しもう少し。 毎年のことだけれど、家業を優先せざる得ない現実である。 目の前にあることを精一杯に。そうして前へ進んでいくのだ。
帰宅してからの散歩の暑かったこと。汗びっしょりになった。 土手を吹き抜ける風が心地よい。ふうふうはあはあ風に吹かれる。
春はつかのま。季節は初夏へと向いつつある。
わたしはどこにいるのだろう。だいじょうぶちゃんとここにいる。
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