曇り日。気温も平年並みに戻り過ごしやすかった。
今日こそはと川仕事を再開したけれど。 行ってみてびっくり。海苔がすっかり弱っていた。 昨日の暑さが原因かもしれない。水温が高過ぎたのだろう。 もう駄目かもしれないね。つぶやきながら収穫ををした。
自然相手のこと。覚悟はしていたけれど残念でならない。 けれども「もうじゅうぶんさ」彼の言葉にうなずいていた。
豊作の年もあれば不作の年もある。 欲を言えばきりがなく、どんな年も恵まれているのだと思いたい。
帰宅すると庭に息子のクルマがあった。 夜勤明けだったらしく茶の間のソファーでぐっすりと眠っていた。 そっとしておいてあげようと忍び足で動く父と母であった。 息子の寝息がこだまする。なんだか溜息のような寝息だった。
夜勤明けだというのに夕方から職員会議があるのだそうだ。 目覚めた息子は愚痴でいっぱい。そうか、そうかと聞いてあげる。
いつもより早目に夕食。その頃には息子も笑顔になっていてほっとした。
ケイタイのスケジュールに妹の出産予定日を入れていた。 何かあったら俺にも絶対知らせてくれよ。妹おもいのお兄ちゃん。 姪っ子が無事に出来るのをとても楽しみにしているようだった。
「じゃあまたね。気をつけてね」
「おぅ!さんきゅー」
父と母と息子の声がこだまする。ああ今日もよき日をありがとう。
日中の気温がぐんぐんと高くなり、なんと30℃にもなる。 春を一気に押しやってすっかり真夏日になってしまった。
今日から川仕事再開の予定だったけれど、 また山里の職場に大事な用事が出来てしまった。
「行ってこいよ」彼の一言に助けられ峠道を越えて行く。 やれるだけのことをといつも思う。精一杯の一日だった。
山里の風景。もう田んぼには小さな稲がいちめんに広がっている。 そんなのどかな風景がとても好きだなって思った。 村の人々もなんだかのんびりとしていて心が和む。 そうして白装束のお遍路さんの姿。山里はまるで絵のようだった。
また毎日通えるようになるだろう。あと少しもう少し。 毎年のことだけれど、家業を優先せざる得ない現実である。 目の前にあることを精一杯に。そうして前へ進んでいくのだ。
帰宅してからの散歩の暑かったこと。汗びっしょりになった。 土手を吹き抜ける風が心地よい。ふうふうはあはあ風に吹かれる。
春はつかのま。季節は初夏へと向いつつある。
わたしはどこにいるのだろう。だいじょうぶちゃんとここにいる。
| 2012年04月23日(月) |
吹き抜ける風のように |
昨日の雨がうそのように素晴らしくよく晴れる。 雨上がりの清々しい朝の空気。心地よく吹き抜ける風。
冬のあいだ閉めきっていた北側の窓も開けて風を呼び入れる。 娘の部屋も窓を全開にして押入れにしまい込んであったお布団を干す。
洗濯物もいっぱい。靴下を干すのがなんだか好き。楽しいなあって思う。
ふと見上げたツバメの巣。どうしたことかここ数日姿が見えない。 例年ならもう卵を抱いている頃なのに、いったい何処に行ったのだろう。 悪い方に考えれば不吉な予感がしてしまう。こんな年は初めてだった。
けれども楽観的に考えれば、二羽が仲たがいをして別れてしまったのかも。 そうしてまた新しいお嫁さんをさがして飛び回っているのかもしれない。
「大丈夫、また帰って来るさ」彼は少しも気にならない様子で笑っている。 私もそう信じようと思う。帰って来てねって祈るように空を見上げている。
些細な事なのかもしれないけれど。いつもと違うというだけで不安になるもの。 気になり始めるととことん気になるのが私の悪い癖だった。
そんなちいさな心配事をのぞけば今日も平穏無事でありがたいこと。 いったい何が足りないと言うのだろう。欲張りだなって自分を戒める。
お大師堂でまた顔見知りのお遍路さんと再会した。 このひとは笑顔を見せないひと。いつも気難しそうな顔をしている。 最初のうちはちょっと苦手だなって思ったけれど、今日は嬉しかった。 人と会うのが好きではないのですよと言いながらいっぱい話してくれる。 なんだかすごく固い殻をかぶっているようでも私には心を開いてくれている。 そう思えるのは、辛かったこと嫌だったことばかり話してくれるからだった。
元気でね。また会いましょうねって言ってもその人は決して微笑まない。
「ああ、うん」という感じですごくそっけないところが魅力かもしれない。
人それぞれ。いろんなお遍路さんがいるものだ。
その人もいつかきっと微笑んでくれるような気がしてまた会える日を待っていたい。
雨風ともに強くまたもや嵐のようないちにち。 海が荒れているのだろう海鳴りが響き渡っていた。
少女の頃、海辺の町に住んでいたことがあった。 ごうごうと海が鳴ると胸がどきどきして眠れなかったり。 荒波が渦のようになって心をかき乱しているように感じた。
多感だった少女時代。今となっては遠い遠い昔話だけれど。
今日も川仕事はお休み。ゆっくりと骨休みをする。 雨音を聴きながらまったりと過ごすのもまた良いものだ。
夕方には雨も小降りになりぴちぴちちゃぷちゃぷと散歩に出掛ける。 雨に濡れた緑がいっそうと濃くなり、雨粒が真珠のように光っていた。
川は濁流。清流も雨には勝てない。それがありのままの姿だった。 けれども少しも嘆いてはいないように海を目指してひたすら流れる。
「ありのまま」とはきっとそういうことだろう。
いつも綺麗にいつも穏やかにとは誰も押し付けることなど出来ない。
お大師堂から帰り、今度は犬小屋にこもっているあんずを誘う。 晴れている日はすぐに飛び出して来るのに今日はなかなか出て来ない。 やっと顔を出した彼女はいかにもめんどくさそうにのそのそと出て来た。 おしっこは?うんちは?と訊いているのに「どうでも良いわ」の顔だった。
傘をさし掛けてあげて濡れた道をとぼととぼと歩く。 いきなりぴょんと飛び越えたと思ったら、そこには白つめ草の花。 踏んづけては可哀想と彼女も思ったのだろうか。 偶然だったかもしれないけれどそれがとても嬉しく思えてならなかった。
雨が降ったりやんだり。南風が強く吹いていた。
川仕事はお休みにして今日は休養日。 特に何の予定もなくぽっかりと空いたような一日。
娘がいつ泊まりに来ても良いように部屋の掃除をする。 もう2年半にもなるのか。娘の部屋はあの時のままだ。 残していった小物類。壁に貼られた昔の写真など懐かしい。
そうしてあの時のなんともいえない寂しさを思い出した。 娘がいなくなってしまった部屋でぼんやりと座りこんでいたこと。 落ちていたヘアピンさえも愛しく涙がぽろぽろとこぼれたことなど。
そんな娘がこの部屋に帰って来る。綺麗にしてあげなくちゃ。 掃除機をかけて拭き掃除もし、いつでも帰ってこられるようにした。
赤ちゃんが生まれたらひと月は一緒に暮らしてくれるのだそうだ。 おばあちゃんは大忙しになりそうだけれどそれも楽しみでならない。
気がつけば娘のことばかり考えていた一日だった。 長い陣痛の末やっと生まれてくれたこと。 大きな病気こそしなかったけれどよく怪我をしたこと。 おてんばさんだったのだなあと子供の頃のことを思い出した。
そんな娘がもうすぐ母親になる。 なんだか信じられないような不思議な気持ちになった。
あっという間に流れてしまったような歳月。
その歳月がとても愛しくてならない母であった。
やはり「たけのこ梅雨」なのか。 灰色の重たい空から霧のような雨が時おり降ってくる。
少しぐらい濡れても気にならない雨はありがたく。 いつも通りに散歩に行く。土手の野アザミがたくさん咲いて嬉しい。
帰宅すると娘夫婦が待っていてくれた。 たくさんの荷物。赤ちゃんのお布団、お風呂セット。 哺乳瓶やお尻拭きシートまで揃えて準備は万端である。
それからチャイルドシート。取り付けがちょっと難しくて。 お婿さんとおじいちゃんが二人がかりでやっと取り付けが完了。
出産予定日まであと三週間となった。 赤ちゃんはもう2700グラムになっているらしくいつ生まれても大丈夫。 お婿さんの仕事が深夜ドライバーなので夜は里帰りになりそうだった。 夜中に産気づいたらと心配でならす、そのほうがずっと安心だなと思う。
娘達が帰ってから赤ちゃんのお布団を広げてみた。 ちっちゃな枕。ふわふわしていてやわらかくてなんともいえない。
そこにまだ見ぬ孫を寝かせてみてお布団を撫でてみるおばあちゃん。
あと少し、もう少し。どうか元気な産声を聞かせて欲しいとひたすら願っている。
午後から雨になる。しっとりとやわらかな雨。
そろそろ菜種梅雨かしらと思っていたら。 テレビで「タケノコ梅雨」だと言っているのを聞いてなるほどとうなずく。 日本人ならではの言葉はなかなかおもしろいものだなと思った。
そのうちケロっとした顔で帰って来るさ。 父と母が噂していたら今日がその日になったようだ。 先日から風邪をこじらせていた息子が「晩飯!」と言って帰って来る。 まだ少し咳をしていたけれど元気になったようでとてもほっとした。
怒って母を追い返した事などすっかり忘れているようす。 「おぼっちゃまおかえりなさいませ」とおどけてみせる母であった。
三人で夕食。笑顔が何よりのごちそうになる。 「おかわり」と言って差し出されるお茶碗が嬉しくてならない。
友達から転職の話を持ち出されたけれど断ったのだそうだ。 辛い辞めたいとずっと言っていたのに、今のままを選んだ息子。
今の職場で学んだこと。そうしていろんなことを受けとめてきたのだと思う。
そんな息子にこれからもエールを送り続けたい父と母であった。
いつだって見守っているよ。口には出さないけれどそれが精一杯の愛。
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