朝は「花冷え」こんなもんさと彼が言う。
お天気はまた下り坂のようで午後から曇り空になった。
満開の桜も見納めかもしれないと思うとなんだかせつなくなり。
今日もお花見と決めて高台の桜を愛でに行っていた。
急な坂道をふうふう言いながら上り詰めるといちめんの桜並木。
低いところに咲く花をそっとふれてみると手のひらがあたたかい。
このぬくもりが春。ずっとずっと待ちわびていた春なのだと思う。
寒い冬を乗り越えてやっと咲いた桜だというのに。
その花の命のなんと儚いことだろう。それは潔いけれど。
あまりにもあっけなくて名残惜しさが込み上げてくる。
そんなふうに生きて逝きたいとずっと思っていたけれど。
いまのわたしには遠い。その遠さがもしかしたら未来かもしれない。
何度だって咲こうではないか。一本の木になる。そうして生きる。
四月が始まる。朝は冬の名残の肌寒さを感じたけれど。 日中は風もなくいかにも春らしい穏やかな晴天となった。
朝食時、彼が窓の外を見て「帰ってきたぞ」って言った。 誰のことだろうと私も見てみると二羽のツバメがそこにいた。
今年も我が家の事を忘れずに無事に帰って来てくれたのだ。 なんと嬉しいことだろう。その姿が我が子のように愛しかった。
ずっと壊さずに残してある古巣の補修作業を始めているようだ。 それもすぐに完成することだろう。そうして卵を抱く日も近い。
私達はまるで家族が増えたようにその姿を見守る日々が続くのだった。
おかげでほっこりとした朝。そうして今日も平穏に時が流れていく。
お大師堂でささやかにお花見。満開の桜を仰ぎながら深呼吸をした。 しんこきゅうは「心呼吸」とくとくと流れる血さえも桜色に染まる。
この色を忘れない。どんなに時が流れても忘れないでいようと思った。
目覚めるとやはり春の嵐。もの凄い風と雨が降っていた。
今日は四国霊場「岩本寺」の参拝ウォークに参加する予定だったけれど、 雨天中止となり、残念なようなほっとしたような複雑な気分であった。
嬉しかったのは、川仕事の忙しい最中に彼が「行って来いよ」と言ってくれたこと。 それだけでじゅうぶんだった。なんとありがたいことだろうと思っていた。
一日くらい私がいなくても自分ひとりで頑張れるからと言う彼。 それが日に日に心配になってきていた。無理をさせてしまうのではないか。
そう思うとどんなに楽しみにしていた事でもほんとうに行って良いのかと悩み始める。
雨天中止。さっぱりと諦めがつく。そうして彼と一緒に川仕事を頑張った。 いつも以上に忙しくもあり、これで良かったのだとつくづく思ったことだった。
暇になったらまたいつでも行けるさとなぐさめてくれる彼。 気遣ってくれているのがすごく伝わってきてなんとも嬉しくてならなかった。
そうね。一緒に行こうよねって心はとても満たされながらつぶやいていた。
雨のち晴れ。春の嵐はあっという間に過ぎ去り、午後は春の陽射しがあふれる。
桜の花は散らずにいてくれた。強い風が吹き荒れる中ほっこりと微笑んでいた。
| 2012年03月30日(金) |
明日になってみなければ |
お天気は下り坂。曇り空を掻き分けるように春の陽射しが届く。 ぽかぽかと暖かいのはほんとうにありがたいことだった。
桜もほぼ満開となった。けれども明日は春の嵐だということ。 花に嵐か。逆らうことは出来ないけれどなんと容赦ないことだろう。
きっと耐えてくれるだろうと信じて今日も桜を愛でる。 「だいじょうぶよ」って微笑んでいる姿がとても頼もしい。
明日になってみなければわからないこと。 時々どうしようもなくこだわってしまう時がある。
わからないのにわかったような決めつけてしまう時があるものだ。
たとえば諦め。たとえば希望。そうして複雑な気持ち。
そんな時こそ「明日はあしたの風が吹く」私の好きな言葉だった。
とにかくぐっすりと眠ろう。今日も平穏無事にありがとうございました。
風も弱まりぽかぽかと春らしい陽気となる。 そんな陽気のおかげだろう桜もずいぶんと咲いた。
川仕事に精を出しながらふっと見上げる対岸の山には。 山ツツジの花も見えるようになる。ピンク色がとても鮮やか。
忙しさとうらはらに時間はゆっくりと流れているようだ。 のどかな風景をほっと楽しむ心のゆとりも大切だなと思う。
そんなに急いでどこに行く。まさにその言葉の通りだ。 ゆっくりと生きよう。ゆっくりと今を楽しめば良いのだ。
いつものようにお大師堂で手を合わす。 願うこと祈ること。それ以上に感謝の気持ちが勝る。
感謝の気持ちこそが幸せにつながるのだそうだ。
どんな些細なことでも良い。ありがとうって言ってみようではないか。
風の強い一日だったけれど日中はとても暖かくなる。 気がつけば三月も残りわずか、四月になれば春も本番となるだろう。
お大師堂の桜を楽しみに今日もてくてくと歩く。 川仕事で疲れていても散歩をしていると不思議と元気が出てくる。 重たいはずの身体が一気に軽くなって歩くのがとても楽しくなる。 万歩計は6千歩と少し、室戸岬はまだまだ遠いけれどゆっくりと行こう。
散歩から帰ると久しぶりに息子が顔を見せてくれた。 私の顔を見るなり「腹へった!」それも嬉しいことだった。
鮭の塩焼き。切干大根の卵とじ。マカロニサラダの夕食。 相変わらずの質素な献立だけれど、それが良いのだと息子は言う。 ご飯の大盛りを二杯も食べてくれて「うまいぞ!」って言ってくれた。
仕事はやはり辛そう。けれども笑顔でいてくれてとてもほっとしている。 息子なりにいろんなことを受けとめて耐えているのだろうと思った。
父も母もそんな息子のことをずっと見守っている。 どんなにおとなになっても幾つになっても私たちの大切なこどもだった。
近いうちに焼肉をしようぜ!と言うことになって笑顔のまま去って行く。 ずっと食欲がなくて心配していた父親も「それはいいな!」と喜んでいた。
ああ良かったなあって。今夜はとても嬉しくてならない。
みんなが元気でいてくれる。それが母のいちばんの幸せだった。
午前6時の気温は0℃。真冬並みの寒さであった。 けれども日中の暖かなこと。おひさまはほんとにありがたい。
そんな暖かさのおかげで桜の花も一気に咲き始めた。 昨日よりも今日と花が増えているのが嬉しくてならない。
桜の季節になると懐かしく思い出すことがある。 もう30年近くも昔のことなのだけれど。 前年の秋に彼の父親が亡くなってしまって。 彼は勤めていた会社を辞め家業を継ぐことになった。 慣れない川仕事。それは彼にとっても私にとっても苦労に他ならない。
そうして幼い子供たち。ふたりはいつも作業場にいた。 息子はひとり遊びが出来るようになり娘はよく眠ってくれた。 忙しさに追われる毎日。子供たちもどんなにか寂しかったことだろう。
そんなある日、親戚のおじさんに声をかけられた息子。 「お山に行ったらクマさんがいるよ」それは桜の名所の公園の事だった。
それまで一度も何かをせがむという事をしなかった息子だったけれど。 その時に初めて泣きながら火がついたように「クマさん行く!」と叫んだ。
忙しいから駄目だよ。いくら宥めても泣き止もうとはしなかった。 それにはさすがに参ってしまって、よほどの事だろうと私達も考えた。
そうね。こんなに良いお天気だものクマさんに会いに行こう!
大急ぎでおにぎりを作る。息子は「クマさん、クマさん」と大喜び。
念願のクマさんに会って満開の桜の木の下でおにぎりを食べた。
息子の嬉しそうな顔。まだ赤ちゃんだった娘は陽だまりで笑っている。
家族でお花見。それが最初で最後のお花見になってしまった。 だからこそ忘れられない。私たち家族の最高の思い出になったのだった。
それ以来何度も桜の季節が巡ってきたけれど、息子はもう泣かなかった。
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