風の強い一日だったけれど日中はとても暖かくなる。 気がつけば三月も残りわずか、四月になれば春も本番となるだろう。
お大師堂の桜を楽しみに今日もてくてくと歩く。 川仕事で疲れていても散歩をしていると不思議と元気が出てくる。 重たいはずの身体が一気に軽くなって歩くのがとても楽しくなる。 万歩計は6千歩と少し、室戸岬はまだまだ遠いけれどゆっくりと行こう。
散歩から帰ると久しぶりに息子が顔を見せてくれた。 私の顔を見るなり「腹へった!」それも嬉しいことだった。
鮭の塩焼き。切干大根の卵とじ。マカロニサラダの夕食。 相変わらずの質素な献立だけれど、それが良いのだと息子は言う。 ご飯の大盛りを二杯も食べてくれて「うまいぞ!」って言ってくれた。
仕事はやはり辛そう。けれども笑顔でいてくれてとてもほっとしている。 息子なりにいろんなことを受けとめて耐えているのだろうと思った。
父も母もそんな息子のことをずっと見守っている。 どんなにおとなになっても幾つになっても私たちの大切なこどもだった。
近いうちに焼肉をしようぜ!と言うことになって笑顔のまま去って行く。 ずっと食欲がなくて心配していた父親も「それはいいな!」と喜んでいた。
ああ良かったなあって。今夜はとても嬉しくてならない。
みんなが元気でいてくれる。それが母のいちばんの幸せだった。
午前6時の気温は0℃。真冬並みの寒さであった。 けれども日中の暖かなこと。おひさまはほんとにありがたい。
そんな暖かさのおかげで桜の花も一気に咲き始めた。 昨日よりも今日と花が増えているのが嬉しくてならない。
桜の季節になると懐かしく思い出すことがある。 もう30年近くも昔のことなのだけれど。 前年の秋に彼の父親が亡くなってしまって。 彼は勤めていた会社を辞め家業を継ぐことになった。 慣れない川仕事。それは彼にとっても私にとっても苦労に他ならない。
そうして幼い子供たち。ふたりはいつも作業場にいた。 息子はひとり遊びが出来るようになり娘はよく眠ってくれた。 忙しさに追われる毎日。子供たちもどんなにか寂しかったことだろう。
そんなある日、親戚のおじさんに声をかけられた息子。 「お山に行ったらクマさんがいるよ」それは桜の名所の公園の事だった。
それまで一度も何かをせがむという事をしなかった息子だったけれど。 その時に初めて泣きながら火がついたように「クマさん行く!」と叫んだ。
忙しいから駄目だよ。いくら宥めても泣き止もうとはしなかった。 それにはさすがに参ってしまって、よほどの事だろうと私達も考えた。
そうね。こんなに良いお天気だものクマさんに会いに行こう!
大急ぎでおにぎりを作る。息子は「クマさん、クマさん」と大喜び。
念願のクマさんに会って満開の桜の木の下でおにぎりを食べた。
息子の嬉しそうな顔。まだ赤ちゃんだった娘は陽だまりで笑っている。
家族でお花見。それが最初で最後のお花見になってしまった。 だからこそ忘れられない。私たち家族の最高の思い出になったのだった。
それ以来何度も桜の季節が巡ってきたけれど、息子はもう泣かなかった。
三月も残り少なくなったというのに寒い朝。 遠ざかっていた冬が忘れ物をしていたのかもしれない。
それはきっと届けてはあげられないものなのだろう。 そんな冬の姿をそっと優しく受け止めている春であった。
いつものようにお大師堂に向かう道。 風がとても冷たいけれど陽射しは春の匂いがする。 土手にあがれば川面がきらきらと光って眩しかった。
じぶんがそこに立っている。ふと不思議な気持ちになることがある。 生きているんだなってすごく感じる。それはやはり奇蹟のようなこと。
若い頃には思いもしなかったこと。年を重ねるとはそういうことだろうか。 今ある命が愛しくてならない。失いたくはないと欲のように思ったりする。
ほんの少しの身体の不調に怯えながらも、平穏無事のなんとありがたいことか。 なんだか毎日ごほうびをもらっているような気がしてならなかった。
ありがとうございました。手を合わすたびに胸が熱くなる。
あしたはあしたの風が吹くという。どんなに冷たくてもかまわない。
わたしのこころはほっこりと春。そのこころに桜の花を咲かせましょう。
| 2012年03月25日(日) |
楽しみなこと嬉しいこと |
今日も風が強く肌寒さを感じた。 「花冷え」という言葉があるけれど。 桜の季節になると思い出したように寒い日があるものだ。
今日も川仕事。楽しみなのはお弁当の時間だった。 とは言っても手作りのお弁当など作る気はまったくなくて。 作業場のすぐ隣のコンビニでおにぎりなどを買ってくる毎日。 今日は寒かったのでおでんも買った。ささやかな贅沢である。 作業場の陽だまりでまるで遊山のようにしておにぎりを食べる。 それがとても嬉しくてならない。子供みたいだなと彼も笑っている。
やっと作業が終ると今度はお昼寝が楽しみだった。 家に帰り着くなりばたんきゅうと炬燵にもぐり込む。 時にはぐっすりと寝入りこんでしまう日もあるけれど。 散歩の時間になると彼がちゃんと起こしてくれるので助かる。
お大師堂のソメイヨシノ。昨日はまだ咲いていなかったのに。 今日はぽつぽつと咲いているのが見えてとても嬉しかった。 明日はもっと咲いていることだろう。散歩が楽しみでならない。
桜が満開になれば春も本番となる。こころいっぱいに桜色を感じたいものだ。
夕方は彼と大相撲千秋楽を観戦。どきどきしながらテレビを観ていた。 相撲好きの彼のおかげで私もすっかり相撲ファンになっている。 彼のテンションが上がると私も嬉しくなって一緒に盛り上がるのが楽しい。
夫婦っていいものだなと今更ながらにしみじみと思ったりする。
お風呂上りに背中にサロンパスを貼ってもらった。 貼り終えた後に背中をぽんぽんと叩いてくれるのも嬉しいなと思う。
このひとがいなくなったらどうしようって思うとすごく不安になる。
「ありがとうね」って言っても彼は聞こえないふりをしている。
私の背中はとてもあったかい。こころのなかはもっともっとあったかいよ。
風の強いいちにち。ひゅるひゅると冬の日を思い出す。 空は晴れているはずなのだけれどベールに包まれているよう。 黄砂なのかもしれない。それも春のしるしなのだなと思った。
川仕事が猫の手も借りたいほど忙しい。 一生懸命頑張っているけれど、どっと疲れが出てしまう。 負けないぞって思っているのに、先日から急に臆病になった。 無理をしているつもにはまったくないのに身体は正直なのだろう。 悔しくてたまらなくて「大丈夫、大丈夫」と自己暗示をかけている。
一日の仕事を終えるとほっとする。毎日が山登りのよう。 今日もなんとかなったから明日もきっと大丈夫と信じている。
やればできる。やってやれないことはない。 なんとしても乗り越えようとすくっと前を向いている。
そんな日々にあって、お遍路万歩計がとても励みになっている。 今日は阿波の国最後の札所「薬王寺」に着くことが出来た。 万歩計を身に着けてからちょうど二ヶ月目のことである。 毎日少しずつの積み重ね。それが決して無駄な事ではなかったのだなと思う。
土佐の国はまだ遠い。あと85キロ、17万歩も歩かなければいけない。 けれども太平洋が待っていてくれる。室戸岬を目指して頑張ろうではないか。
ささやかな一歩。ささやかな日々を積み重ねていく。
生きているってほんとうにありがたいことだなって手を合わす毎日だった。
| 2012年03月23日(金) |
ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん |
朝から雨がたくさん降る。 優しい雨に慣れていたせいか、なんだかどきどきとした。 どしゃ降りの雨なんてとても久しぶりのことである。
午後には少し小降りになり新しく買った傘をさして歩く。 若草色の傘。なんだか子供のように嬉しくなった。
ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。
路地を歩いていると民家の庭先から雪柳の花が枝垂れ咲いていた。 小さな白い花がたくさん集まりほんとうに雪のように見える。 その花から雨粒がまるで真珠のように光っていてとても綺麗。
雨の日も良いものだ。思いがけない光景に心を和ませた。
お大師堂には春遍路さんがふたり。岡山から来たのだそうだ。 初対面だったからほんの挨拶程度しか話せずちょっと残念だった。 明日は雨がやむと良いな。どうか無事に元気に旅を続けてほしい。
お遍路さんに出会えた日は心がとても清々しくなる。ありがたいことだ。
夕方。検診日だったサチコが笑顔を見せてくれる。 母子共に順調のようで何よりのことだった。 赤ちゃんの名前は、やはり「さなえ」ちゃんに決まるかもしれない。 大きなお腹に手を当ててみるとぽこんぽこんと元気にお腹を蹴っている。
サチコの顔が日に日に母親らしくなっていく。 それがとても頼もしく思えて私もおばあちゃんの顔になっていく。
ぽかぽかと春のやわらかな日差しがありがたい。
冬のあいだ荒れ果てていた庭にひな菊を植えた。
ちいさくて可愛い。春の天使のような花だった。
ふんわりとした気持ち。心にも花が咲いたよう。
春風に吹かれながらてくてくと散歩道。
つくしの坊やたちがスギナになっていく。
その緑が目に沁みるように鮮やかだった。
わたしはしんこきゅうをいっぱいする。
さわやかな風がたましいにふれるように。
元気ですか?元気ですよとこたえる。
おいちにさんし。おいちにさんし。
負けないよ。へこたれないよと風に誓って歩く道。
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