三月も残り少なくなったというのに寒い朝。 遠ざかっていた冬が忘れ物をしていたのかもしれない。
それはきっと届けてはあげられないものなのだろう。 そんな冬の姿をそっと優しく受け止めている春であった。
いつものようにお大師堂に向かう道。 風がとても冷たいけれど陽射しは春の匂いがする。 土手にあがれば川面がきらきらと光って眩しかった。
じぶんがそこに立っている。ふと不思議な気持ちになることがある。 生きているんだなってすごく感じる。それはやはり奇蹟のようなこと。
若い頃には思いもしなかったこと。年を重ねるとはそういうことだろうか。 今ある命が愛しくてならない。失いたくはないと欲のように思ったりする。
ほんの少しの身体の不調に怯えながらも、平穏無事のなんとありがたいことか。 なんだか毎日ごほうびをもらっているような気がしてならなかった。
ありがとうございました。手を合わすたびに胸が熱くなる。
あしたはあしたの風が吹くという。どんなに冷たくてもかまわない。
わたしのこころはほっこりと春。そのこころに桜の花を咲かせましょう。
| 2012年03月25日(日) |
楽しみなこと嬉しいこと |
今日も風が強く肌寒さを感じた。 「花冷え」という言葉があるけれど。 桜の季節になると思い出したように寒い日があるものだ。
今日も川仕事。楽しみなのはお弁当の時間だった。 とは言っても手作りのお弁当など作る気はまったくなくて。 作業場のすぐ隣のコンビニでおにぎりなどを買ってくる毎日。 今日は寒かったのでおでんも買った。ささやかな贅沢である。 作業場の陽だまりでまるで遊山のようにしておにぎりを食べる。 それがとても嬉しくてならない。子供みたいだなと彼も笑っている。
やっと作業が終ると今度はお昼寝が楽しみだった。 家に帰り着くなりばたんきゅうと炬燵にもぐり込む。 時にはぐっすりと寝入りこんでしまう日もあるけれど。 散歩の時間になると彼がちゃんと起こしてくれるので助かる。
お大師堂のソメイヨシノ。昨日はまだ咲いていなかったのに。 今日はぽつぽつと咲いているのが見えてとても嬉しかった。 明日はもっと咲いていることだろう。散歩が楽しみでならない。
桜が満開になれば春も本番となる。こころいっぱいに桜色を感じたいものだ。
夕方は彼と大相撲千秋楽を観戦。どきどきしながらテレビを観ていた。 相撲好きの彼のおかげで私もすっかり相撲ファンになっている。 彼のテンションが上がると私も嬉しくなって一緒に盛り上がるのが楽しい。
夫婦っていいものだなと今更ながらにしみじみと思ったりする。
お風呂上りに背中にサロンパスを貼ってもらった。 貼り終えた後に背中をぽんぽんと叩いてくれるのも嬉しいなと思う。
このひとがいなくなったらどうしようって思うとすごく不安になる。
「ありがとうね」って言っても彼は聞こえないふりをしている。
私の背中はとてもあったかい。こころのなかはもっともっとあったかいよ。
風の強いいちにち。ひゅるひゅると冬の日を思い出す。 空は晴れているはずなのだけれどベールに包まれているよう。 黄砂なのかもしれない。それも春のしるしなのだなと思った。
川仕事が猫の手も借りたいほど忙しい。 一生懸命頑張っているけれど、どっと疲れが出てしまう。 負けないぞって思っているのに、先日から急に臆病になった。 無理をしているつもにはまったくないのに身体は正直なのだろう。 悔しくてたまらなくて「大丈夫、大丈夫」と自己暗示をかけている。
一日の仕事を終えるとほっとする。毎日が山登りのよう。 今日もなんとかなったから明日もきっと大丈夫と信じている。
やればできる。やってやれないことはない。 なんとしても乗り越えようとすくっと前を向いている。
そんな日々にあって、お遍路万歩計がとても励みになっている。 今日は阿波の国最後の札所「薬王寺」に着くことが出来た。 万歩計を身に着けてからちょうど二ヶ月目のことである。 毎日少しずつの積み重ね。それが決して無駄な事ではなかったのだなと思う。
土佐の国はまだ遠い。あと85キロ、17万歩も歩かなければいけない。 けれども太平洋が待っていてくれる。室戸岬を目指して頑張ろうではないか。
ささやかな一歩。ささやかな日々を積み重ねていく。
生きているってほんとうにありがたいことだなって手を合わす毎日だった。
| 2012年03月23日(金) |
ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん |
朝から雨がたくさん降る。 優しい雨に慣れていたせいか、なんだかどきどきとした。 どしゃ降りの雨なんてとても久しぶりのことである。
午後には少し小降りになり新しく買った傘をさして歩く。 若草色の傘。なんだか子供のように嬉しくなった。
ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。
路地を歩いていると民家の庭先から雪柳の花が枝垂れ咲いていた。 小さな白い花がたくさん集まりほんとうに雪のように見える。 その花から雨粒がまるで真珠のように光っていてとても綺麗。
雨の日も良いものだ。思いがけない光景に心を和ませた。
お大師堂には春遍路さんがふたり。岡山から来たのだそうだ。 初対面だったからほんの挨拶程度しか話せずちょっと残念だった。 明日は雨がやむと良いな。どうか無事に元気に旅を続けてほしい。
お遍路さんに出会えた日は心がとても清々しくなる。ありがたいことだ。
夕方。検診日だったサチコが笑顔を見せてくれる。 母子共に順調のようで何よりのことだった。 赤ちゃんの名前は、やはり「さなえ」ちゃんに決まるかもしれない。 大きなお腹に手を当ててみるとぽこんぽこんと元気にお腹を蹴っている。
サチコの顔が日に日に母親らしくなっていく。 それがとても頼もしく思えて私もおばあちゃんの顔になっていく。
ぽかぽかと春のやわらかな日差しがありがたい。
冬のあいだ荒れ果てていた庭にひな菊を植えた。
ちいさくて可愛い。春の天使のような花だった。
ふんわりとした気持ち。心にも花が咲いたよう。
春風に吹かれながらてくてくと散歩道。
つくしの坊やたちがスギナになっていく。
その緑が目に沁みるように鮮やかだった。
わたしはしんこきゅうをいっぱいする。
さわやかな風がたましいにふれるように。
元気ですか?元気ですよとこたえる。
おいちにさんし。おいちにさんし。
負けないよ。へこたれないよと風に誓って歩く道。
| 2012年03月21日(水) |
寒さなければ花は咲かず |
陽だまりに咲くホトケノザの薄紫が好き。 今日は白い蝶々がふわりふわりと飛んでいた。
ああ春だなあと思わずつぶやいていた。 高知城のソメイヨシノも開花宣言があった。 桜のニュースはとても嬉しくてならない。
寒さなければ花は咲かず。厳しかった冬のおかげで。 今年も桜の季節がやっと訪れて来てくれたのだった。
昨日から川仕事を再開する。 五日間も休養させてもらってやる気満々で出掛けたのだけれど。 どうしたことか急な眩暈におそわれ思うように頑張れなかった。 情けないやら悔しいやら。負けたくはないのに負けてしまった。
「木の芽おこし」だからなと彼に慰めてもらったけれど。 私はうまく受け止めることが出来ない。とにかく悔しい。
今日は絶対に負けないぞって思った。 弱気になってなどいられない。少しくらいの不調ではへこたれない。 その気力のかいあって今日は無事に仕事を終えることが出来た。
それが自信につながる。とにかく私は負けないのだと心に誓った。
どんな日もあるけれど元気がいちばん。
そうしてその元気がどんなにかありがたいことだろう。
今日は「お大師さんの日」お菓子をお供えして手を合わせた。 守ってくださってほんとにありがとうございます。
お大師堂の桜の木もふっくらと蕾がふくらんできた。
おひさまが優しく微笑んでくれてほんわかと暖かい。 冬の背中がずいぶんと遠くなった。もう振り向かないでいて。 願うように後姿を見ていた。さようならとありがとう。 寒い冬がなければ春をこんなに嬉しく感じることはなかっただろう。
午前中に年金事務所に行く。彼の年金請求の手続きだった。 市役所にも行き必要なものなど揃えたりしてけっこう大変。 半日がかりでやっと手続きが済む。ほっと一安心だった。
思いがけなかったのは、彼がまだ10代の頃、東京で働いていた事。 わずか13ヶ月だったけれどちゃんと厚生年金に加入していたらしい。 例の年金騒動でその期間の資料が迷子になっていた事が判明した。 名前のフリガナが一字間違っていた。それが原因だったらしい。 この分もちゃんと支給されますからと言ってもらえて嬉しかった。
集団就職。「金のたまご」と呼ばれた時代の事であった。 15歳を過ぎたばかりの彼はどんなにか幼かったことだろう。 昼間は働き夜は高校に行く。大都会の片隅で頑張っていた彼。 そんな彼が肺ジストマになってしまい仕方なく帰郷しなければいけなかった。
まともに歩くことも出来ず、父親の背中におわれて帰って来たのだそうだ。 あの時はすごく辛かったよ。そして悔しかったよと彼は話してくれた。
13ヶ月。お父さんはすごくえらかったよって私はほめてあげた。 年金もちゃんともらえるんだよ。すごいことじゃないのって言って。
七年前にリストラにあうまで彼は家族のために一生懸命働いてくれた。 タンクローリーに乗ったりミキサー車にも乗ったり建設作業員もした。
もらえる年金はわずかなものだけれど、労働の価値はとても大きい。 その大きさをしみじみと感じながら彼の苦労を労ってあげたいと思う。
お父さんほんとにありがとう。年金、大事に大事にしようね。
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