今日も雨。絹のようにやわらかな雨が降っていた。
あおさ海苔初出荷の日。荷台をシートで覆って無事に運び終える。 海苔の「お嫁入り」と言っている。送り出すときの気持ちはやはり わが娘が嫁ぐ日に似ている。嬉しいようなちょっとせつないような。 どうかたくさんの人に食べてもらえますように。それが海苔の幸せ。
川仕事も数日間の休養をさせてもらった。明後日からまた収穫が始まる。 もうひと山越えなければいけない。ようし!と気合満々であった。
雨の日曜日らしく午後は炬燵にもぐり込み怠惰に過ごす。 うたた寝が心地よい。とろりとろりと夢もみたりする。
散歩の時間にはちょうど雨もやんでいてよっこらしょと出掛けてみた。 お大師堂の日めくりは昨日のまま、今日も来ましたよとそれをめくる。 数日前にお供えしてあったお菓子が袋ごとどこかに消えていた。 お大師様が食べてくれたのかなと思うとそれも嬉しさに変わる。
お大師堂の前のソメイヨシノ。固かったつぼみがふっくらとしてきた。 雨上がりのしずくがきらきらと眩しい。きっと恵みの雨だったのだろう。
河川敷を歩けば木々の新芽も見え始めちっちゃな緑がとても可愛い。 植物がみな喜んでいるように見える。雨上がりって良いものだなと思う。
そうして今日も平穏に暮れていく。
毎日が奇蹟のようでありがたくてならない。
| 2012年03月17日(土) |
ほんわかとあたたかい |
雨のち曇り。しっとりした空気がほんわかと暖かい。
雨上がりの道を散歩する。川は湖のように静かだった。 ひたひたひたと音がする。まるで水が息をしているように。
土手の道で春遍路さんに会った。 地図を片手になんだか困っているようだったので。 「こんにちは」と声をかけると笑顔がかえってきた。 今夜泊まる予定の民宿の場所がよくわからないとのこと。 県道よりも川沿いの道が良いかなと思い「あかめの道」を教えてあげた。 お大師堂の前を川沿いに進む道で、川にはアカメと言う名の魚が生息している。
お遍路さんは四万十川がすごく好きなのだと言ってくれて嬉しかった。 この道は最高に気持ち良いですねと私の散歩道を気に入ってくれたようだ。
ささやかなふれあい。笑顔と笑顔で手を振って別れたことだった。

彼、60歳の誕生日。ついに還暦を迎えたことになる。 27歳だった彼がもうそんな年になったのかと。 しみじみと過ぎ去った歳月を思い出していた。
いろんな苦労を乗り越えてきた日々。 悲しみも辛さもたくさんあったけれど嬉しい事もたくさんあった。
私も彼もともに生かされているのだなとおもう。
おたがいをいたわりあいながらこれからも手を繋いで生きていきたい。
肌寒い朝。午後から静かに雨が降り始める。 明日はもう彼岸の入り。冬も一気に遠ざかってくれるだろう。
川仕事をお休みしているとなんだか気が抜けたよう。 休める時に休まなければと山里の職場にも行かずにいた。
彼もゆっくりと休養している。ほんの少し元気になったよう。 昨夜はこども達に誕生日のお祝いをしてもらってとても嬉しそうだった。 何も食べたくないなんて言ったらどうしようとはらはらしていたけれど。 新鮮なお刺身。サザエのつぼ焼きなどを美味しそうに食べてくれた。
こども達の心遣いに感謝するばかり。こんなにありがたいことはない。 そうして皆の笑顔がどんなに嬉しかったことだろう。
ほんの二時間ほどだったけれど大いに盛り上がって楽しかった。 生まれてくる赤ちゃんの名前も考えたりして「さなえ」が良いかなって。 紗奈恵。紗菜恵。いや紗菜香も良いかもと私が一番夢中になっていた。 最終的にはサチコ達夫婦が決めることだけれど名前を考えるのはとても楽しみ。
あと二ヶ月足らず。どうか無事に生まれてくれますようにと祈っている。
またみんなで来ようねと約束してそれぞれの家路に着く。 その頃には新しい家族が増えているのだなってわくわくと嬉しくなった。
今朝も氷点下となりなんとも寒い朝だった。 けれども日中は風もなく暖かくなりほっとする。
彼岸の入りも近くなった。きっと本格的な春になるだろう。 ソメイヨシノの花芽も少しだけ見え始めた。 まだ固いけれど日に日にふくらんでくることだろう。
川仕事が一段落した。やっとひとやま越えた気持ち。 まだまだ先があるけれど、数日はゆっくりと休めそうだった。
彼もきっと元気を取り戻してくれることだろう。 とにかく休ませてあげたい気持ちでいっぱいだった。
明日は、子供達が少し早めの誕生日祝いをしてくれるそうだ。 焼肉はちょっと無理かなと居酒屋さんに予約をしてくれたそうで。 彼もまんざらではなさそう。主役なんだものきっと笑顔の夜になるだろう。
そうして少しでも元気になってくれたら嬉しい。
日々いろいろ。平穏なようであっても心配事のひつくらいはあるもの。
そのひとつにこだわらずもっともっとあっけらかんと生きていきたい。
朝の気温が氷点下になり真冬並みの寒さになった。 冬の最後のあがきであろう。なんだかゆるしてあげたくなる。
そんな寒さのなか庭に野スミレの花が咲く。 土手から種が飛んできていたのだろう。 コンクリート塀の隙間にしっかりと生きている。
冬のあいだろくに手入れもしなかった庭。 気がつけば紫陽花の新芽も芽吹いてきていた。
どんなに寒くても確かな春がそこにある。
それは希望のようなこと。心がほっとあたたかくなる。

このところずっと食欲のない彼。 そのせいか倦怠感が日に日に増しているようだった。 「何も食べなくていいから一日中寝ていたい」と今朝はつぶやく。
そのくせ川仕事は休まないと言って毎日頑張っている。 無理をしているのがわかるだけになんとも可哀想でならない。
そんな彼が今夜は「大根おろし」が食べたいと言ってくれた。 良かった。ひとつでも食べたい物があってすごくすごくほっとする。
さっそく大根をすりおろす。玉葱ではないのに涙が出そうだった。
「うん、うまいな」なんと嬉しい一言だろう。
昨日ふりむいた冬が駆け足で戻ってくる。
つめたい北風。忘れるな忘れるなと叫んで。
青空とおひさまをその冷たさで覆ってしまった。
負けるもんか。つくしの坊やたちが口々に声をあげる。
早咲きの桜は散り始めてしまってなんともせつないけれど。
潔くいくのよと言って微笑んでいるようにもみえた。
菜の花は満開。その黄色のなんと優しくあたたかいことか。
だいじょうぶよって。こんなに春だものと言って慰めてくれる。
わたしは生きている。とてもとても平凡に生きている。
つめたい北風に立ち向かうように前を向いて歩いている。
命ほどありがたいものはない。ぎゅっとぎゅっと抱きしめたい。
そうして冬に負けないように叫んでみる。
ここにいるからね。ここから始まるんだからね。
行くよ。行けるところまでとことん生きてみせるからね。
空は青空。冬の名残の北風が強く吹き荒れる。 春と冬がおしくらまんじゅうをしているようだ。 今日は冬の勝ち。あしたは春が勝つといいな。
大震災から一年が経った。 いろんなことを考える。いろんなことを思い出す。
それはとても重くて痛い。そうして悲しい。
あの日から平穏でいることがどんなにか心苦しかったことか。 微笑む事さえも不謹慎に思えて正直どうすればよいのかわからなかった。
「普通にしていれば良いよ」友の声にはっと我にかえった。
その言葉にどんなにか救われたことだろう。
住む家があり家族がいてくれて食事をしお風呂に入りお布団で眠る。 ずっとそれが当たり前の事だと思っていた。けれどもそうじゃない。 それがどんなに恵まれていることなのかを思い知ることが出来た。
そうして命があること。そうして生かされていることに感謝するばかり。
これでいいのか。ずっとこのままでいいのかと自問自答を繰り返す。 自分の無力さにあらためて気づいた。ナニモデキナイデハナイカ。
ただ祈ること。すがるような思いで毎日祈り続けていた。
どうか少しでも希望を。どうか少しでも光が射してくれますように。
それはこれからも変わらない。一生かかっても私は祈り続けたいと思う。
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