| 2012年03月05日(月) |
お遍路さんとつくしの坊や |
優しい雨にすっぽりとつつまれるように過ごす。
おひさまも恋しいけれど雨もまたよしと思う。 木の芽起こしの雨になるだろう。それも楽しみなこと。
雨合羽を着ての川仕事も少しも苦にならなかった。 海は荒れている。その波音を間近に聞きながら。 岸辺ではウグイスが盛んに鳴いているのに心が和む。
散歩も休まずにいつもの道をてくてくと歩いた。 例の早咲きの桜に近づくとほのかに芳香をはなっている。 なんとも優しい匂い。桜の木の下で深呼吸をいっぱいした。
お大師堂には昨日のお遍路さんKさんが逗留していた。 Mさんは今朝早く旅立ったとの事。Kさんはすっかりお休みモード。 小雨降るなか土筆をたくさん採って来たそうで、晩ご飯の支度をしていた。 土筆は珍味だと聞いていたが私はまだ一度も食したことがない。 Kさんが言うには油で炒めて卵とじにしたらすごく美味しいのだそうだ。
お遍路さんが土筆を食べる。なんだかほのぼのとした光景が見えてくる。 それも自然の恵みなのだなと思う。手を合わせてありがたく頂くのだろう。
今日もにっこりと笑顔。白髪のKさんにふっと亡き父の面影を重ねる。
霧のような雨が今も降り続いている。 なんて優しい雨だろうか。心がとても落ちつく。
春雨じゃ濡れて行こうと散歩に行っていた。 例の早咲きの桜は雨にしっとりと濡れていた。 桜雨もよいもの。雨を受けとめている花はとても凜としている。
お大師堂では二人のお遍路さんと再会する。 KさんとMさん。もう何度も会っていてすっかり顔馴染みだった。
そこで私は自慢げに万歩計を取り出し二人に見せたりして。 「私も頑張っているから笑わないでね」って自分から笑った。 そうしたら「笑わないですよ」って言いながら二人も大笑い。 お大師堂にも春が来たように笑顔の花が満開になった。
ころころと笑っているとすごく嬉しくてたまらない。 そうしてすごくほんわかとあったかいなって思った。
もしも蕾の笑顔ならくすぐってでも笑わせてあげたい。 そうしてみんなが笑顔の花を咲かせられたらどんなに良いだろう。
「また会いましょうね」それも合言葉のようになってしまった。
二人の旅はいつまで続くのだろう。とても果てしない旅に思える。 辛い日もたくさんあるだろうけれど今日の笑顔を思い出してくれたら良いな。
帰り道はちょっと寂しい。名残惜しくてふっと振り向いてみる。
笑顔をありがとう。そっとつぶやきながら雨の空を仰いだ。
| 2012年03月03日(土) |
嬉しいことがいっぱい |
つかの間ではあったけれど青空が見える。 晴れたら良いなって思っていたからすごく嬉しかった。
作業場の庭に海苔をたくさん干す。 乾燥機もあるけれど、天日干しがいちばんだった。 あたりじゅうに海苔の香りが漂うのもまた嬉しい。
庭にはぺんぺん草の花がいっぱい咲いている。 白くて小さくてなんとも可愛らしい花であった。 踏まないように気をつけていてもつい踏んでしまって。 そのたびにごめんなさいねと謝ってばかりいた。
それはとても強くてたくましい花だなと思う。 ぺんぺん草みたいな人になれたらどんなに良いだろうか。
散歩道。例の桜の木が気になって駆けつけるように行くと。 思っていたとおり咲き始めていた。まだほんの少しだけれど。 今日よりも明日と次々に蕾が開いていくことだろう。 また明日の楽しみが出来た。わくわくと嬉しくてならない。
帰宅すると息子からメール。「晩飯たのむよ」ではなくて。 「晩飯いいかな?」だった。もちろん「了解なり」と返信する。 とは言ったもののご飯が二人分しか残っていなくて大慌て。 急遽、焼きそばを作り今夜は「焼きそばライス」にした。
三人で食べる夕食は楽しい。笑顔がそのままご馳走になる。
そうして今日も暮れていく。気がつけば嬉しいことがいっぱいの一日だった。
「春に三日の晴れなし」という言葉のとおり 今日もぐずついた天気となりどんよりと重い空。
そんな灰色の空にウグイスの鳴き声が響いていた。 とてもほっとする声。春だよ春だよと歌っているよう。
早朝からの川仕事を終え午後はのんびりと過ごす。 収穫が始まってからほぼ二週間、一日も休んでいない。 さすがに疲れが溜まってきているけれど不思議と体調が良い。 「動く」ということはきっと身体に良いことなのだろう。 身体が動けば心も動く。溌剌とした気分がとても心地よい。
散歩道を行けば毎年楽しみにしている早咲きの桜の木がある。 つぼみがたくさん見えていておひさまの光を待っているようだった。 あした晴れたら咲くかもしれない。わくわくと嬉しくなった。
あしたのことを考えていられるしあわせ。
ささやかな未来なのだと思うとこころがすくっと前を向いている。
弥生ということばの響きがとても好きだなと思う。 「弥」はいよいよという意味らしく 「生」は生い茂るという意味らしかった。
草木が芽吹く頃と言われ季節はもう春なのだろう。 厳しい寒さが続いたこの冬をやっと乗り越えたのだと思う。
「寒さなければ花は咲かず」という言葉もある。 やがて桜の蕾もふくらむことだろう。 そうして空までも桜色に染まる日をそっと待っている。
たんたんとそれは平穏にいちにちが過ぎていく。 当たり前のことなんて何ひとつないのだとあらためて思う。
平穏は大きないただきものなのだ。 手を差し出したすべての人に与えられるものではない。 こうしている今も荒波にもまれている人が必ずいることを忘れてはいけない。
ありがとうございました。手を合わす夕暮れ時。
そっと誰かの手が肩におかれたような気がして振り向く。
そこには雨上がりのしっとりとした空が精一杯微笑んでいた。
東京は大雪だというのに、こちらではウグイスが鳴く。 気温も高くなりぽかぽかと暖かいいちにちだった。
ウグイスの声に耳を澄ましているととてものどかな気分になる。 川仕事は気忙しくあったが、ほんの少しのんびりと手を動かしてみる。
二月も今日で終わり。月末だなと山里の職場が気になっていた。 あんのじょう母から電話がありあれこれと仕事の話しをする。
なんだか荒れている。荒海に母が独りぼっちで船に乗っているよう。 いつも気丈な母ではあったが、今日はぽろりと弱音を吐いていた。 助けてあげたいなってすごく思った。でも駆けつけてはあげられない。
ごめんね。ごめんねと謝ってばかり。こんなに心苦しいことはなかった。
ゆっくりと気を取り直して、自分は自分のことをと改めて思う。 どうしようも出来ないことより出来ることを優先しなければいけない。
夕暮れて母はどうしているかしら。気になりながらも電話ひとつしない。 それで良いのだと自分を宥めつつ、穏やかな夜に足を踏み入れていく。
ほうほけきょ。ほうほけきょ。ほうほけきょとわたしもなきたい。
小雨が降ったりやんだりの寒いいちにち。 春だ春だとはしゃいでいたけれどやはり寒の戻りがあった。
けれども嘆かずにいよう。 タンポポもつくしの坊やたちもじっと耐えている。
散歩の頃にはちょうど雨がやんでいて良かった。 それにしても冷たい風。毛糸の帽子を被って出掛ける。
お大師堂の近くにゴミが散乱していて困ってしまう。 見て見ぬふりは出来ず例のごとくでそれを拾い始めた。 するとあんずが急に暴れ始めてどうにも手に負えなくなる。
「もう勝手にしなさい!」 私も苛立ってしまってリードから手を放してしまった。
一目散で逃げ出して行くあんず。好きなようにすれば良いのだ。 追いかける気にもならずそのままゴミを拾い続けていた。
そうしてそのまま歩き始める。振り向いてもあんずの姿が見えない。 もしかしたら先に家に帰っているかもと思ったけれど帰っていなかった。
「ほんとにしょうがない子ね」ぼやきながらもなんだか愉快になって。 また土手にあがりあんずの姿を探してみる。いたいた、ほらあそこに。
そこは仲良し犬のランちゃんちの近くだった。 土手の石段や草むらにランちゃんの匂いが残っているのだろうか。 何かにとりつかれたようにくんくんとひたすら匂いを嗅いでいるあんず。
その姿があまりにも微笑ましくてもう怒る気にもならなかった。 ランちゃんに会いたかったのだね。ランちゃん大好きだものね。
私の姿に気づいたのかとぼとぼと近寄って来るあんず。 「おかあさん、ランちゃんいなかったよ」とその目が少しせつない。
そうね。今日はお母さんが悪かったよ。ごめんねあんず。
明日はランちゃんに会えたらいいね。会えたらまたキスしようね。
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