| 2012年03月03日(土) |
嬉しいことがいっぱい |
つかの間ではあったけれど青空が見える。 晴れたら良いなって思っていたからすごく嬉しかった。
作業場の庭に海苔をたくさん干す。 乾燥機もあるけれど、天日干しがいちばんだった。 あたりじゅうに海苔の香りが漂うのもまた嬉しい。
庭にはぺんぺん草の花がいっぱい咲いている。 白くて小さくてなんとも可愛らしい花であった。 踏まないように気をつけていてもつい踏んでしまって。 そのたびにごめんなさいねと謝ってばかりいた。
それはとても強くてたくましい花だなと思う。 ぺんぺん草みたいな人になれたらどんなに良いだろうか。
散歩道。例の桜の木が気になって駆けつけるように行くと。 思っていたとおり咲き始めていた。まだほんの少しだけれど。 今日よりも明日と次々に蕾が開いていくことだろう。 また明日の楽しみが出来た。わくわくと嬉しくてならない。
帰宅すると息子からメール。「晩飯たのむよ」ではなくて。 「晩飯いいかな?」だった。もちろん「了解なり」と返信する。 とは言ったもののご飯が二人分しか残っていなくて大慌て。 急遽、焼きそばを作り今夜は「焼きそばライス」にした。
三人で食べる夕食は楽しい。笑顔がそのままご馳走になる。
そうして今日も暮れていく。気がつけば嬉しいことがいっぱいの一日だった。
「春に三日の晴れなし」という言葉のとおり 今日もぐずついた天気となりどんよりと重い空。
そんな灰色の空にウグイスの鳴き声が響いていた。 とてもほっとする声。春だよ春だよと歌っているよう。
早朝からの川仕事を終え午後はのんびりと過ごす。 収穫が始まってからほぼ二週間、一日も休んでいない。 さすがに疲れが溜まってきているけれど不思議と体調が良い。 「動く」ということはきっと身体に良いことなのだろう。 身体が動けば心も動く。溌剌とした気分がとても心地よい。
散歩道を行けば毎年楽しみにしている早咲きの桜の木がある。 つぼみがたくさん見えていておひさまの光を待っているようだった。 あした晴れたら咲くかもしれない。わくわくと嬉しくなった。
あしたのことを考えていられるしあわせ。
ささやかな未来なのだと思うとこころがすくっと前を向いている。
弥生ということばの響きがとても好きだなと思う。 「弥」はいよいよという意味らしく 「生」は生い茂るという意味らしかった。
草木が芽吹く頃と言われ季節はもう春なのだろう。 厳しい寒さが続いたこの冬をやっと乗り越えたのだと思う。
「寒さなければ花は咲かず」という言葉もある。 やがて桜の蕾もふくらむことだろう。 そうして空までも桜色に染まる日をそっと待っている。
たんたんとそれは平穏にいちにちが過ぎていく。 当たり前のことなんて何ひとつないのだとあらためて思う。
平穏は大きないただきものなのだ。 手を差し出したすべての人に与えられるものではない。 こうしている今も荒波にもまれている人が必ずいることを忘れてはいけない。
ありがとうございました。手を合わす夕暮れ時。
そっと誰かの手が肩におかれたような気がして振り向く。
そこには雨上がりのしっとりとした空が精一杯微笑んでいた。
東京は大雪だというのに、こちらではウグイスが鳴く。 気温も高くなりぽかぽかと暖かいいちにちだった。
ウグイスの声に耳を澄ましているととてものどかな気分になる。 川仕事は気忙しくあったが、ほんの少しのんびりと手を動かしてみる。
二月も今日で終わり。月末だなと山里の職場が気になっていた。 あんのじょう母から電話がありあれこれと仕事の話しをする。
なんだか荒れている。荒海に母が独りぼっちで船に乗っているよう。 いつも気丈な母ではあったが、今日はぽろりと弱音を吐いていた。 助けてあげたいなってすごく思った。でも駆けつけてはあげられない。
ごめんね。ごめんねと謝ってばかり。こんなに心苦しいことはなかった。
ゆっくりと気を取り直して、自分は自分のことをと改めて思う。 どうしようも出来ないことより出来ることを優先しなければいけない。
夕暮れて母はどうしているかしら。気になりながらも電話ひとつしない。 それで良いのだと自分を宥めつつ、穏やかな夜に足を踏み入れていく。
ほうほけきょ。ほうほけきょ。ほうほけきょとわたしもなきたい。
小雨が降ったりやんだりの寒いいちにち。 春だ春だとはしゃいでいたけれどやはり寒の戻りがあった。
けれども嘆かずにいよう。 タンポポもつくしの坊やたちもじっと耐えている。
散歩の頃にはちょうど雨がやんでいて良かった。 それにしても冷たい風。毛糸の帽子を被って出掛ける。
お大師堂の近くにゴミが散乱していて困ってしまう。 見て見ぬふりは出来ず例のごとくでそれを拾い始めた。 するとあんずが急に暴れ始めてどうにも手に負えなくなる。
「もう勝手にしなさい!」 私も苛立ってしまってリードから手を放してしまった。
一目散で逃げ出して行くあんず。好きなようにすれば良いのだ。 追いかける気にもならずそのままゴミを拾い続けていた。
そうしてそのまま歩き始める。振り向いてもあんずの姿が見えない。 もしかしたら先に家に帰っているかもと思ったけれど帰っていなかった。
「ほんとにしょうがない子ね」ぼやきながらもなんだか愉快になって。 また土手にあがりあんずの姿を探してみる。いたいた、ほらあそこに。
そこは仲良し犬のランちゃんちの近くだった。 土手の石段や草むらにランちゃんの匂いが残っているのだろうか。 何かにとりつかれたようにくんくんとひたすら匂いを嗅いでいるあんず。
その姿があまりにも微笑ましくてもう怒る気にもならなかった。 ランちゃんに会いたかったのだね。ランちゃん大好きだものね。
私の姿に気づいたのかとぼとぼと近寄って来るあんず。 「おかあさん、ランちゃんいなかったよ」とその目が少しせつない。
そうね。今日はお母さんが悪かったよ。ごめんねあんず。
明日はランちゃんに会えたらいいね。会えたらまたキスしようね。
気持ちよく晴れて雲ひとつない青空。 おひさまも嬉しそうにきらきらと輝いていた。
そんな陽気にさそわれたのか土手につくしの坊やたちが。 みんなが一斉に顔を出して「こんにちは」って言っているよう。
よしよしとその頭を撫でてあげたくなった。 幼子のように可愛いちっちゃな坊やたちだった。
嬉しくってウサギになったような散歩道。 ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩いて行く。
タンポポさんにもおしえてあげなくちゃ。 彼女もきっとにっこりと微笑んでくれるだろう。
じっと耐えるように待っていた春。
その足音がこんなに近くに聴こえるようになった。
日々いろんなことがあるけれどもし辛いことがあっても。
嘆かずにいてじっと耐えていればきっと良いことがある。
そう信じてすくっと前を向こう。明日は春かもしれないよ。
午前中はまるで春霞のような空。午後から一気に曇ってくる。 暖かさもつかの間。散歩の時間には風がとても冷たく感じた。
お大師堂のすぐ近くに咲くタンポポと語らう。 たくさんあった蕾がすっかり咲いて微笑んでいる。
ここはもう春。そう思うと寒の戻りも気にならなかった。
だいじょうぶ。もう峠は越えた。春の野原に向っているよ。
耳を澄ましてみる。タンポポさんは何て言っているのだろう。
こんなにもほっこりと。優しい花はないよって私は言った。
てくてくてく今日も歩く。歩いていると心も動いている。 わくわくとしたりちょっとどきどきもしたりしながら。 誰かと手を繋いで踊っているような気分にもなったりする。
それが誰なのか確かめるのはちょっと照れくさい。 少女のように髪をなびかせるにはずいぶんと老いてしまった。
けれどもその老いをちょっと誇りに思う日が来るかもしれない。
生かされているのだもの。生きてみなくちゃ。
胸をはって私は歩く。だって春の野原が待っていてくれるのだもの。
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