「春に三日の晴れなし」という言葉のとおり 今日もぐずついた天気となりどんよりと重い空。
そんな灰色の空にウグイスの鳴き声が響いていた。 とてもほっとする声。春だよ春だよと歌っているよう。
早朝からの川仕事を終え午後はのんびりと過ごす。 収穫が始まってからほぼ二週間、一日も休んでいない。 さすがに疲れが溜まってきているけれど不思議と体調が良い。 「動く」ということはきっと身体に良いことなのだろう。 身体が動けば心も動く。溌剌とした気分がとても心地よい。
散歩道を行けば毎年楽しみにしている早咲きの桜の木がある。 つぼみがたくさん見えていておひさまの光を待っているようだった。 あした晴れたら咲くかもしれない。わくわくと嬉しくなった。
あしたのことを考えていられるしあわせ。
ささやかな未来なのだと思うとこころがすくっと前を向いている。
弥生ということばの響きがとても好きだなと思う。 「弥」はいよいよという意味らしく 「生」は生い茂るという意味らしかった。
草木が芽吹く頃と言われ季節はもう春なのだろう。 厳しい寒さが続いたこの冬をやっと乗り越えたのだと思う。
「寒さなければ花は咲かず」という言葉もある。 やがて桜の蕾もふくらむことだろう。 そうして空までも桜色に染まる日をそっと待っている。
たんたんとそれは平穏にいちにちが過ぎていく。 当たり前のことなんて何ひとつないのだとあらためて思う。
平穏は大きないただきものなのだ。 手を差し出したすべての人に与えられるものではない。 こうしている今も荒波にもまれている人が必ずいることを忘れてはいけない。
ありがとうございました。手を合わす夕暮れ時。
そっと誰かの手が肩におかれたような気がして振り向く。
そこには雨上がりのしっとりとした空が精一杯微笑んでいた。
東京は大雪だというのに、こちらではウグイスが鳴く。 気温も高くなりぽかぽかと暖かいいちにちだった。
ウグイスの声に耳を澄ましているととてものどかな気分になる。 川仕事は気忙しくあったが、ほんの少しのんびりと手を動かしてみる。
二月も今日で終わり。月末だなと山里の職場が気になっていた。 あんのじょう母から電話がありあれこれと仕事の話しをする。
なんだか荒れている。荒海に母が独りぼっちで船に乗っているよう。 いつも気丈な母ではあったが、今日はぽろりと弱音を吐いていた。 助けてあげたいなってすごく思った。でも駆けつけてはあげられない。
ごめんね。ごめんねと謝ってばかり。こんなに心苦しいことはなかった。
ゆっくりと気を取り直して、自分は自分のことをと改めて思う。 どうしようも出来ないことより出来ることを優先しなければいけない。
夕暮れて母はどうしているかしら。気になりながらも電話ひとつしない。 それで良いのだと自分を宥めつつ、穏やかな夜に足を踏み入れていく。
ほうほけきょ。ほうほけきょ。ほうほけきょとわたしもなきたい。
小雨が降ったりやんだりの寒いいちにち。 春だ春だとはしゃいでいたけれどやはり寒の戻りがあった。
けれども嘆かずにいよう。 タンポポもつくしの坊やたちもじっと耐えている。
散歩の頃にはちょうど雨がやんでいて良かった。 それにしても冷たい風。毛糸の帽子を被って出掛ける。
お大師堂の近くにゴミが散乱していて困ってしまう。 見て見ぬふりは出来ず例のごとくでそれを拾い始めた。 するとあんずが急に暴れ始めてどうにも手に負えなくなる。
「もう勝手にしなさい!」 私も苛立ってしまってリードから手を放してしまった。
一目散で逃げ出して行くあんず。好きなようにすれば良いのだ。 追いかける気にもならずそのままゴミを拾い続けていた。
そうしてそのまま歩き始める。振り向いてもあんずの姿が見えない。 もしかしたら先に家に帰っているかもと思ったけれど帰っていなかった。
「ほんとにしょうがない子ね」ぼやきながらもなんだか愉快になって。 また土手にあがりあんずの姿を探してみる。いたいた、ほらあそこに。
そこは仲良し犬のランちゃんちの近くだった。 土手の石段や草むらにランちゃんの匂いが残っているのだろうか。 何かにとりつかれたようにくんくんとひたすら匂いを嗅いでいるあんず。
その姿があまりにも微笑ましくてもう怒る気にもならなかった。 ランちゃんに会いたかったのだね。ランちゃん大好きだものね。
私の姿に気づいたのかとぼとぼと近寄って来るあんず。 「おかあさん、ランちゃんいなかったよ」とその目が少しせつない。
そうね。今日はお母さんが悪かったよ。ごめんねあんず。
明日はランちゃんに会えたらいいね。会えたらまたキスしようね。
気持ちよく晴れて雲ひとつない青空。 おひさまも嬉しそうにきらきらと輝いていた。
そんな陽気にさそわれたのか土手につくしの坊やたちが。 みんなが一斉に顔を出して「こんにちは」って言っているよう。
よしよしとその頭を撫でてあげたくなった。 幼子のように可愛いちっちゃな坊やたちだった。
嬉しくってウサギになったような散歩道。 ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩いて行く。
タンポポさんにもおしえてあげなくちゃ。 彼女もきっとにっこりと微笑んでくれるだろう。
じっと耐えるように待っていた春。
その足音がこんなに近くに聴こえるようになった。
日々いろんなことがあるけれどもし辛いことがあっても。
嘆かずにいてじっと耐えていればきっと良いことがある。
そう信じてすくっと前を向こう。明日は春かもしれないよ。
午前中はまるで春霞のような空。午後から一気に曇ってくる。 暖かさもつかの間。散歩の時間には風がとても冷たく感じた。
お大師堂のすぐ近くに咲くタンポポと語らう。 たくさんあった蕾がすっかり咲いて微笑んでいる。
ここはもう春。そう思うと寒の戻りも気にならなかった。
だいじょうぶ。もう峠は越えた。春の野原に向っているよ。
耳を澄ましてみる。タンポポさんは何て言っているのだろう。
こんなにもほっこりと。優しい花はないよって私は言った。
てくてくてく今日も歩く。歩いていると心も動いている。 わくわくとしたりちょっとどきどきもしたりしながら。 誰かと手を繋いで踊っているような気分にもなったりする。
それが誰なのか確かめるのはちょっと照れくさい。 少女のように髪をなびかせるにはずいぶんと老いてしまった。
けれどもその老いをちょっと誇りに思う日が来るかもしれない。
生かされているのだもの。生きてみなくちゃ。
胸をはって私は歩く。だって春の野原が待っていてくれるのだもの。
雨のち晴れを期待していたけれど、おひさまはかくれんぼ。 灰色の空のしたせめて心は明るくと朗らかに過ごすいちにち。
嬉しいことをさがしてみると実はたくさんあったりするもの。 たとえば私が笑うと彼も笑う。そんな些細なことがとても嬉しい。
ふたりちからを合わせて川仕事に精を出す。 しんどいなあって思う時もいっぱいあるけれど。 ちょっと冗談を言い合ってみたりするのが楽しい。
「おまえはアホか」なんて言われるのも嬉しくなる。 そうしたら私は調子に乗ってまたふざけてみたりするのだ。
不安なことを口にすれば一気に暗くなってしまうもの。 思っていても口に出さない。そうして光を目指して歩む。
行ってみないとわからないところ。だから進むしかない。
てくてくてく。いつもの散歩道も楽しい。 お遍路万歩計ってほんとにありがたいなあってつくづく思った。 今日は13番札所に着いた。12番からすごく遠く感じていたけれど。 毎日少しずつの積み重ねの結果であった。やったぁって嬉しくてならない。 明日は14番札所に着けそう。よおし!と気合が入ってくる。
出来ることを少しずつ。これで良いのだなって思っている。
出来ないことを嘆く前に出来ることを楽しみたいものだ。
|