先日の雪が嘘のようにすっかり暖かくなる。 ほっとして仰ぐ空からはまるで春のような陽射しが降り注ぐ。
このまま春になってくれたらどんなに良いだろうかと思った。 梅の花も咲くだろう。菜の花も咲くだろうと心に花を咲かせる。
午前中に川仕事を終え、午後からドコモショップに行って来た。 彼のケイタイが古くなり新しいのをなんとなく欲しがっていたから。 少し早目の誕生日プレゼントだと思い奮発して買ってあげる。
そうしたらまるで子供のように喜んで笑顔でいっぱいになった。 彼が嬉しいと私も嬉しい。思い切って買って良かったなあって思う。
欲しいものがあってもいつも遠まわしではっきりとは言わないひと。 そういうところがいじらしくてちょっと好きだなって思ったりする。
お父さん、電話かかってくると良いねなんて言いながら茶の間で過ごす午後。
少しお昼寝もしてのんびりとしてからいつもの散歩に出掛けた。 暖かいと散歩も楽しい。あたりの風景も穏やかで好きだなと思う。
ゆったりとした気持ち。ほっこりとした気持ちはとても幸せだった。
ずっとこんな日々が続いてくれたらどんなに良いだろうか。
ありがとうございました。今日もこころから手を合わす。
今日は二十四節気の「雨水」 空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始める頃という。 まだまだ寒さは厳しいけれどその寒さも峠を越えたのかもしれない。
きっとかならず春は来る。すくっと前を向いて歩んでいきたいものだ。
昨日から家業の海苔漁が始まった。 例年よりも遅いスタート。海苔の生育もいまひとつだけれど。 毎日こつこつと頑張っていればそれなりの成果はあるのだと思う。 何事も順調だとは限らない。不安もあるけれど希望を持って臨みたいものだ。
初日の昨日は久しぶりの力仕事が堪えたのか、夕方から体調悪し。 ひどい吐き気におそわれ夕食も食べられずに早々と床についてしまった。 年々体力の衰えを感じる。そうしてついつい弱気になってしまったけれど。
今朝は嘘のように気分が良く、さあ頑張ろうと勇んで川へ向かった。 弱気は禁物だなとつくづくと思う。なんのこれしきと立ち向かって行きたい。
いつもの散歩も怠けているわけにはいかずぼちぼちと頑張ってみた。 さすがに隣の地区までは行けなかったけれど、目標の5千歩を超える。 やってやれないことはないのだなと少し自信もつき嬉しくなった。
お大師堂では若いお遍路さんが寝袋に包まってぐっすりと眠っていた。 よほど疲れていたのだろう声をかけてみたがぴくりともしなかった。 これは起こしてはいけないと察し、そっと手を合わせて帰路につく。
うちの息子よりも若いように見えた。寝顔はまるで少年のようなお遍路さん。
寒い中歩き通し、お大師堂に着いてほっとしたのかもしれない。 どうかゆっくりと疲れを癒してほしい。そうして明日に向かってほしいと願う。
がんばっているひとがいる。それがどんなにか励みになることだろう。
私も与えられたことを精一杯に。明日もがんばりたいなと思った。
ほんの少し暖かくなったのもつかのま。 また寒波がやって来て小雪がちらつく寒いいちにち。
ひとやまふたやまと山を越えているような日々。 前を向いて歩いていればきっと春の野原に辿り着くだろう。
もう少しあと少し。寒さになんか負けてなどいられない。
散歩も頑張った。歩いていると身体がとても温もってくる。 おいちにっおいちにっと自分を励ますようにたくさん歩く。 目標の5千歩を超えるとすごく嬉しい。明日も頑張ろうと思う。
帰宅するなり息子からメールがあり、晩飯たのむとのこと。 そろそろ来る頃ではないかなと思っていた勘が当たったようだ。 けれども今夜は父親が飲み会のため買物もしていなかった。 さあてどうしようかな。そうだ出来てるカレーにしよう。
なんとも手抜きの夕食だというのにそれでも息子は喜んでくれた。 ふたりで向かい合ってあれこれとおしゃべりしながら食べる。
仕事の話し。相変わらず大変だけれどそれも慣れてきたとのこと。 喉元過ぎればなんとやらで以前ほどの辛さがないのが何よりだった。
頑張って!とは決して言わない母。それが息子にはとても良いようだ。 そうか、そうかと相槌を打つ。話しを聞いてあげるだけで良いのだった。
明日も明後日も仕事休みなんだ。息子は嬉しそうに帰って行った。 ゆっくり休みなさいよ。後姿に声をかける。母はとてもほっとしている。
子供たちの名を呼びながら毎日手を合わすのが日課だった。
守ってくださってありがとうございます。今夜は感謝の気持ちでいっぱいだった。
| 2012年02月16日(木) |
夢は叶えるためにあるんだよ |
雨のち曇りそして晴れ。久しぶりのおひさまがとても嬉しい。 うきうきしながら仕事から帰って来た。さあ散歩の時間だよ。
今日はいつもとは違う道を歩いてみようと決めていた。 通称「あかめ道」と呼ばれている川沿いの細い道だった。 お大師堂から上流へ向かってひっそりとした竹林の中を歩く。
落ち葉がたくさん。椿の花も落ちていてはっと上を見ると。 そこに椿の木があり可愛らしい紅い花がたくさん咲いていた。
毎年咲いていただろうにこうして見るのは初めてだった。 もっと早く気づいてあげれば良かった。これもちいさな春。
嬉しくなってどんどん歩く。そうして県道に出ると西隣の地区に着く。 ずいぶん歩いたなあと満足感でいっぱいになったのだけれど。 万歩計を見ると5千歩足らず。いつもと変わらない結果であった。
けれども今日の目標の札所に着いた。それだけで嬉しくてならない。 ほんとうはもっと険しく厳しい道なのだろう。実際に経験したいものだ。 そのためにも日々少しでも足腰を鍛えておきたいと思っている。
9年前に亡くなった父が生前お遍路さんをしていたこと。 私が生まれる前に亡くなった曾祖父は石鎚山の山伏だったこと。
その血を受け継いでいることをほこりに思う。 私もやればきっと出来る。いつかきっと私もお遍路さんになりたい。
夢は叶えるためにあるんだよって言ったあるひとの言葉が身に沁みる。
今日も雨になってしまった。昨日よりもずっと冷たい雨。
どうか夕方にはやみますようにと祈っていたけれど降りやまず。 仕方なく散歩を諦めてしまった。しょんぼりと残念でならない。
まあどんな日もあるものだからと自分を宥めてみる。 出来る日に出来ることを。それがいちばんかもしれない。
夕暮れ間近。あんずのおしっこだけは行かなくちゃと。 小雨の降る中を駆け足で土手にあがりすぐに引き返してきた。 雨に濡れるのを嫌がるあんずも一目散で大急ぎなのがちょっと愉快。
予報では明日は晴れマーク。きっとゆっくりと散歩が出来るだろう。 また寒くなりそうだけれど、おひさまが寒さを和らげてくれるかもしれない。
楽しみにしていよう。明日はお遍路万歩計も12番札所に着く予定。 聞くところによるとそこは「遍路ころがし」という難所なのだそうだ。 お遍路さんも転ぶほどの急斜面だという。どんなにか辛い道だろうか。
その辛さを体験することは出来ないけれど、「よっし!」と気合が入る。 頭の中でイメージしながらいつもよりたくさん歩いてみたいものだ。
明日のことを考えている時間はとても幸せに思う。
ある日突然という不安を抱えながらも明日に向かえることのありがたさ。
あしたがある。あしたがある。あしたがあ〜る〜さ♪
春を思わすようなやわらかな雨が降ったりやんだり。 気温も昨日よりも高くなり暖かさにほっと息をする。
今日も散歩に行けないかなとあきらめていたけれど。 ちょうどその頃には雨がやみ気分がぱっと明るくなった。
水たまりをよけながら雨上がりの道をてくてく歩く。 土手の緑がずいぶんと多くなった。しっとりと濡れて。 若草の匂いがあたりじゅうに漂っているのが心地よい。
どこまでも歩いて行きたくなってまたお隣の地区まで行ってみる。 もう少しもう少しと進んでいたらあんずが先に疲れてしまったようだ。
ごめんね。しんどいねってあやまりながら仕方なく帰路についた。 帰り道はとぼとぼ。ずいぶんと歩いたものだと我ながらおどろく。 万歩計が初めて6千歩を越えた。やったぁっと嬉しくてならない。
何かを始めたいと思っていたけれど、もう始めているのかもしれない。 そう思うとすごく励みになって明日も頑張ろうと気合が入ってくる。
毎日少しずつの積み重ね。ちっぽけなことだけれどいつか大きくなる。
諦めないこと。投げ出さないこと。続けるってことが大切なのだなと思う。
ようし、明日も元気に歩きましょう!
冷たい雨のいちにち。春の兆しだと思っていても。 なんとなく気分が沈んでしまってしょんぼりと過ごす。
いつものように散歩に行けなかったせいもあるだろう。 溌剌とした気分にはなれずすっかり無気力になってしまった。
どうしたことかひどく昔々の出来事をふと思い出したりした。 後悔なのか懺悔なのか。どうしてあんな事をしたのだろうと思って。 けれどもあの時はああするしかなかったんだと自分を宥めてもみる。
とりかえしのつかないこと。誰にだってひとつくらいあるのかもしれない。 忘れようと思っても一生忘れる事の出来ない「あやまち」のようなこと。
しばらくのあいだくよくよと思い出してはほろほろと涙がこぼれてきた。 なんだか遠い過去の世界から手が伸びてきて頬を打たれたような気分だ。
痛いな。ああこんなに痛いことだったんだとあらためて思う。
そうしてやっと暗い穴のそこから這い上がってきていまここにいる。 ここは穏やかでなんとあたたかく優しい場所なのだろう。
ずっとずっと長い旅をしてきて辿り着いた私の居場所なのかもしれない。
ここでいい。ここがある。もうどこにも行かなくてもいい。
冷静に考えてみるとそんな過去のおかげで今の自分がいるのだと思う。 その「あやまち」をしないでいたら私の人生が大きく変わっていたことだろう。
だからゆるす。他の誰よりも自分自身でわたしのことをゆるしてあげたい。
だいじょうぶ、生きているのだもの。だいじょうぶ。胸をはって生きよう。
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