ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2012年02月17日(金) ありがたいこと

ほんの少し暖かくなったのもつかのま。
また寒波がやって来て小雪がちらつく寒いいちにち。

ひとやまふたやまと山を越えているような日々。
前を向いて歩いていればきっと春の野原に辿り着くだろう。

もう少しあと少し。寒さになんか負けてなどいられない。


散歩も頑張った。歩いていると身体がとても温もってくる。
おいちにっおいちにっと自分を励ますようにたくさん歩く。
目標の5千歩を超えるとすごく嬉しい。明日も頑張ろうと思う。



帰宅するなり息子からメールがあり、晩飯たのむとのこと。
そろそろ来る頃ではないかなと思っていた勘が当たったようだ。
けれども今夜は父親が飲み会のため買物もしていなかった。
さあてどうしようかな。そうだ出来てるカレーにしよう。

なんとも手抜きの夕食だというのにそれでも息子は喜んでくれた。
ふたりで向かい合ってあれこれとおしゃべりしながら食べる。

仕事の話し。相変わらず大変だけれどそれも慣れてきたとのこと。
喉元過ぎればなんとやらで以前ほどの辛さがないのが何よりだった。

頑張って!とは決して言わない母。それが息子にはとても良いようだ。
そうか、そうかと相槌を打つ。話しを聞いてあげるだけで良いのだった。

明日も明後日も仕事休みなんだ。息子は嬉しそうに帰って行った。
ゆっくり休みなさいよ。後姿に声をかける。母はとてもほっとしている。

子供たちの名を呼びながら毎日手を合わすのが日課だった。

守ってくださってありがとうございます。今夜は感謝の気持ちでいっぱいだった。



2012年02月16日(木) 夢は叶えるためにあるんだよ

雨のち曇りそして晴れ。久しぶりのおひさまがとても嬉しい。
うきうきしながら仕事から帰って来た。さあ散歩の時間だよ。

今日はいつもとは違う道を歩いてみようと決めていた。
通称「あかめ道」と呼ばれている川沿いの細い道だった。
お大師堂から上流へ向かってひっそりとした竹林の中を歩く。

落ち葉がたくさん。椿の花も落ちていてはっと上を見ると。
そこに椿の木があり可愛らしい紅い花がたくさん咲いていた。

毎年咲いていただろうにこうして見るのは初めてだった。
もっと早く気づいてあげれば良かった。これもちいさな春。

嬉しくなってどんどん歩く。そうして県道に出ると西隣の地区に着く。
ずいぶん歩いたなあと満足感でいっぱいになったのだけれど。
万歩計を見ると5千歩足らず。いつもと変わらない結果であった。

けれども今日の目標の札所に着いた。それだけで嬉しくてならない。
ほんとうはもっと険しく厳しい道なのだろう。実際に経験したいものだ。
そのためにも日々少しでも足腰を鍛えておきたいと思っている。

9年前に亡くなった父が生前お遍路さんをしていたこと。
私が生まれる前に亡くなった曾祖父は石鎚山の山伏だったこと。

その血を受け継いでいることをほこりに思う。
私もやればきっと出来る。いつかきっと私もお遍路さんになりたい。

夢は叶えるためにあるんだよって言ったあるひとの言葉が身に沁みる。



2012年02月15日(水) あしたがあるさ

今日も雨になってしまった。昨日よりもずっと冷たい雨。

どうか夕方にはやみますようにと祈っていたけれど降りやまず。
仕方なく散歩を諦めてしまった。しょんぼりと残念でならない。

まあどんな日もあるものだからと自分を宥めてみる。
出来る日に出来ることを。それがいちばんかもしれない。

夕暮れ間近。あんずのおしっこだけは行かなくちゃと。
小雨の降る中を駆け足で土手にあがりすぐに引き返してきた。
雨に濡れるのを嫌がるあんずも一目散で大急ぎなのがちょっと愉快。

予報では明日は晴れマーク。きっとゆっくりと散歩が出来るだろう。
また寒くなりそうだけれど、おひさまが寒さを和らげてくれるかもしれない。

楽しみにしていよう。明日はお遍路万歩計も12番札所に着く予定。
聞くところによるとそこは「遍路ころがし」という難所なのだそうだ。
お遍路さんも転ぶほどの急斜面だという。どんなにか辛い道だろうか。

その辛さを体験することは出来ないけれど、「よっし!」と気合が入る。
頭の中でイメージしながらいつもよりたくさん歩いてみたいものだ。

明日のことを考えている時間はとても幸せに思う。

ある日突然という不安を抱えながらも明日に向かえることのありがたさ。

あしたがある。あしたがある。あしたがあ〜る〜さ♪




2012年02月14日(火) 雨上がりの散歩道

春を思わすようなやわらかな雨が降ったりやんだり。
気温も昨日よりも高くなり暖かさにほっと息をする。

今日も散歩に行けないかなとあきらめていたけれど。
ちょうどその頃には雨がやみ気分がぱっと明るくなった。

水たまりをよけながら雨上がりの道をてくてく歩く。
土手の緑がずいぶんと多くなった。しっとりと濡れて。
若草の匂いがあたりじゅうに漂っているのが心地よい。

どこまでも歩いて行きたくなってまたお隣の地区まで行ってみる。
もう少しもう少しと進んでいたらあんずが先に疲れてしまったようだ。

ごめんね。しんどいねってあやまりながら仕方なく帰路についた。
帰り道はとぼとぼ。ずいぶんと歩いたものだと我ながらおどろく。
万歩計が初めて6千歩を越えた。やったぁっと嬉しくてならない。

何かを始めたいと思っていたけれど、もう始めているのかもしれない。
そう思うとすごく励みになって明日も頑張ろうと気合が入ってくる。

毎日少しずつの積み重ね。ちっぽけなことだけれどいつか大きくなる。

諦めないこと。投げ出さないこと。続けるってことが大切なのだなと思う。


ようし、明日も元気に歩きましょう!



2012年02月13日(月) 胸をはって生きよう

冷たい雨のいちにち。春の兆しだと思っていても。
なんとなく気分が沈んでしまってしょんぼりと過ごす。

いつものように散歩に行けなかったせいもあるだろう。
溌剌とした気分にはなれずすっかり無気力になってしまった。

どうしたことかひどく昔々の出来事をふと思い出したりした。
後悔なのか懺悔なのか。どうしてあんな事をしたのだろうと思って。
けれどもあの時はああするしかなかったんだと自分を宥めてもみる。

とりかえしのつかないこと。誰にだってひとつくらいあるのかもしれない。
忘れようと思っても一生忘れる事の出来ない「あやまち」のようなこと。

しばらくのあいだくよくよと思い出してはほろほろと涙がこぼれてきた。
なんだか遠い過去の世界から手が伸びてきて頬を打たれたような気分だ。

痛いな。ああこんなに痛いことだったんだとあらためて思う。


そうしてやっと暗い穴のそこから這い上がってきていまここにいる。
ここは穏やかでなんとあたたかく優しい場所なのだろう。

ずっとずっと長い旅をしてきて辿り着いた私の居場所なのかもしれない。

ここでいい。ここがある。もうどこにも行かなくてもいい。

冷静に考えてみるとそんな過去のおかげで今の自分がいるのだと思う。
その「あやまち」をしないでいたら私の人生が大きく変わっていたことだろう。

だからゆるす。他の誰よりも自分自身でわたしのことをゆるしてあげたい。

だいじょうぶ、生きているのだもの。だいじょうぶ。胸をはって生きよう。



2012年02月12日(日) ぽかぽか日和

朝の寒さがうそのように日中はぽかぽかと暖かくなる。
つかのまの春のよう。嬉しくなって心がおどっていた。

こんな日は散歩も楽しみで、いつもよりたくさん歩く。
大橋のたもとの県道を横切りお隣の地区まで行っていた。

河口まで続くながい土手の道。ずっと歩いていけたらどんなに良いだろう。
海が見たいなあって思った。潮風に吹かれてみたいなあってすごく思った。

10年くらい前のことだろうか。その道をジョギングしていた頃があった。
まだ体力もあり私も若かったんだなあって懐かしく思い出したりした。

今は歩くのが精一杯。昔はむかしのこと。今出来る事を頑張ろうと思う。


残念だったのは投げ捨てられた空き缶があまりにも多かったこと。
いつもポケットに入れてあるビニール袋にそれを拾っては入れた。
帰る頃にはそれが袋からあふれんばかり。なんとも嘆かわしい事。

良い事をしているんだとかそんな気持ちはまったくなくて。
見て見ぬふりが出来ないというか、私の性分であるのだと思う。
少しでも綺麗になったなあって嬉しい。嬉しいからまた拾うのだ。

これはこれからも続けたいこと。歩きながら出来ることがちゃんとある。



そうしていちにちが暮れていく。夕焼けがとても綺麗だった。

気がつけばずいぶんと日が長くなっている。それも嬉しいこと。

茜色の空に飛行機雲がふたつ交差するように描かれていた。

明日は雨になるのかな。それも春の兆し。のんびりと春を待っている。



2012年02月11日(土) 奇蹟のように思うこと

雲ひとつない青空。こころまで澄みわたるようだった。

ぽかぽか日和を期待していたけれど、思いのほか風が冷たし。
けれども降り注ぐ陽射しを浴びているとほんの少し春を感じる。


せめて休日ぐらいはたくさん歩こうと元気に散歩に出掛けた。
風の冷たさも忘れて川辺の道をてくてくと歩いて行く。
きらきらと眩しい川面。遊覧船がゆっくりと行き交う。
水鳥がぱしゃぱしゃと音をたてて空に舞い上がっていく。

ああわたしもここにいるんだなっておもった。

ちゃんと生きているんだなって深呼吸をした。

命あることがふと奇蹟のように思うことがある。
ある日突然にそれを失ってしまうことがこわい。
誰も知らせてはくれない。神様だけが知っていること。
永遠に続く明日などないのだとあらためて思ったりした。
無欲でありたいけれど生きたいという欲だけは捨てられないでいる。

その欲を受けとめることが「生きる」ということなのかもしれない。

平穏無事。それもまた奇蹟であるように思う。
けっしてあたりまえではないことを忘れてはならない。

だからこそ手をあわす。感謝する気持ちが大切なのだとつくづく思う。

茜色に染まる空が明日につながっていること。

希望を失くしてはいけない。その希望こそが奇蹟につながっているのだから。


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