朝の寒さがうそのように日中はぽかぽかと暖かくなる。 つかのまの春のよう。嬉しくなって心がおどっていた。
こんな日は散歩も楽しみで、いつもよりたくさん歩く。 大橋のたもとの県道を横切りお隣の地区まで行っていた。
河口まで続くながい土手の道。ずっと歩いていけたらどんなに良いだろう。 海が見たいなあって思った。潮風に吹かれてみたいなあってすごく思った。
10年くらい前のことだろうか。その道をジョギングしていた頃があった。 まだ体力もあり私も若かったんだなあって懐かしく思い出したりした。
今は歩くのが精一杯。昔はむかしのこと。今出来る事を頑張ろうと思う。
残念だったのは投げ捨てられた空き缶があまりにも多かったこと。 いつもポケットに入れてあるビニール袋にそれを拾っては入れた。 帰る頃にはそれが袋からあふれんばかり。なんとも嘆かわしい事。
良い事をしているんだとかそんな気持ちはまったくなくて。 見て見ぬふりが出来ないというか、私の性分であるのだと思う。 少しでも綺麗になったなあって嬉しい。嬉しいからまた拾うのだ。
これはこれからも続けたいこと。歩きながら出来ることがちゃんとある。
そうしていちにちが暮れていく。夕焼けがとても綺麗だった。
気がつけばずいぶんと日が長くなっている。それも嬉しいこと。
茜色の空に飛行機雲がふたつ交差するように描かれていた。
明日は雨になるのかな。それも春の兆し。のんびりと春を待っている。
| 2012年02月11日(土) |
奇蹟のように思うこと |
雲ひとつない青空。こころまで澄みわたるようだった。
ぽかぽか日和を期待していたけれど、思いのほか風が冷たし。 けれども降り注ぐ陽射しを浴びているとほんの少し春を感じる。
せめて休日ぐらいはたくさん歩こうと元気に散歩に出掛けた。 風の冷たさも忘れて川辺の道をてくてくと歩いて行く。 きらきらと眩しい川面。遊覧船がゆっくりと行き交う。 水鳥がぱしゃぱしゃと音をたてて空に舞い上がっていく。
ああわたしもここにいるんだなっておもった。
ちゃんと生きているんだなって深呼吸をした。
命あることがふと奇蹟のように思うことがある。 ある日突然にそれを失ってしまうことがこわい。 誰も知らせてはくれない。神様だけが知っていること。 永遠に続く明日などないのだとあらためて思ったりした。 無欲でありたいけれど生きたいという欲だけは捨てられないでいる。
その欲を受けとめることが「生きる」ということなのかもしれない。
平穏無事。それもまた奇蹟であるように思う。 けっしてあたりまえではないことを忘れてはならない。
だからこそ手をあわす。感謝する気持ちが大切なのだとつくづく思う。
茜色に染まる空が明日につながっていること。
希望を失くしてはいけない。その希望こそが奇蹟につながっているのだから。
うす曇の空模様だったけれど日中は少しだけ暖かくなる。
今朝の新聞で福寿草の記事を読んだ。 雪の中から微笑むように咲くその花のなんと可愛らしいこと。 福寿草。その名を聞いただけでほっこりとあたたかくなる。 遠いその町へ行ってみたくてたまらなくなった。 この目でその花を見ることが出来たらどんなに良いだろうか。
ちいさな春。気づかないでいる春がすぐ近くにもありそうな気がする。 見つけてほしくて待っているかもしれないなって思う。
耳を澄ますこと。目を澄ますこと。こころを澄ますことが大切なのだ。
散歩道を歩きながらそんな春をさがしてみる。 「もういいかい」「まあだだよ」かくれんぼをしているみたいに。
タンポポさんはもう少し待っていてねって言った。 緑の手のひらをひろげてみても顔を出すのが照れくさいようだ。
こちょこちょっとこそばしたら笑いながら出てきてくれるかも。
かくれんぼって楽しいな。目をつむって十数えたらみんな見つけちゃうよ。
夜明けとともに雪が積もり始める。 いったい今季何度目の積雪だろうか。 つかの間の雪だとわかっていても。 どうにも気分が怠惰になってしまっていけない。 山里へ向かう気にもならず今日もさぼってしまった。
そうして炬燵にむぐりこんだままぬくぬくと過ごす。 買物に行くわけでもなく何をする気にもならなかった。
あと10日ほどすれば海苔漁を始められそうだと彼が言う。 それは良かったと安堵しつつも少し複雑な気持ちになった。 ひとつしかないこの身体。あちらをたてればこちらがたたず。 結局山里の仕事を後回しにしなければいけないのが目に見えている。
年々老いていく母。去年は何とかなったものの今年が心配である。 せめて週に一回と月末ぐらいは助けてあげられたら良いのになと思う。
始まってみなければわからない事をあれこれと思い悩むのが私の悪い癖。 もっと気楽に、もっとど〜んと構えていられるような性格になりたいものだ。
炬燵でぬくもり過ぎたのか、いつもの散歩も億劫でならない。 それではいけないと気合を入れて外に飛び出したものの。 雪解けの風のなんと冷たいことか。ぶるぶると震えてしまった。 お大師堂まで行くのがやっとですぐに引き返し帰って来るしまつ。
どんな日もあるさと自分を宥めるように言い聞かしていた。 今日は3700歩しか歩いていない。まっいいか・・・。
あしたはあしたの風が吹くだろう!少しでも暖かくなりますように。
雪が降ったりやんだりのなんとも寒いいちにち。 もうじゅうぶんに耐えたつもりでいたけれど。 まだまだ冬はどっしりと腰を据えているようだ。
そんな寒さの中、検診日だったサチコが顔を見せてくれる。 楽しみなのはお腹の赤ちゃんの映像だった。 わくわくどきどきしながら三人で見入る。
ちょっと心配なのはでんぐり返りをし過ぎて逆子になっているよう。 けれども元気に動き回っているので、大丈夫だろうと言うことだった。 あと三ヶ月。生まれる時には正常であってほしいと願うばかりである。
思わず微笑んでしまったのは「あくび」をしているところ。 ふぁっとゆっくりと口をあけてそれを三回もして見せてくれた。 そのしぐさがなんとも可愛いくて感動でいっぱいになってしまった。
「あくびちゃん」だね。生まれるまではそう呼ぶことにする。
男の子なのか女の子なのか。今のところおちんちんは見えておらず。 おそらく女の子ではないだろうかと言うことだった。
女の子が良いなってサチコも楽しみにしている。 でも生まれてみたら男の子かもしれないよねって笑っていた。
どちらでもいい。丈夫で元気な子であってさえくれば。
あくびちゃん。みんなの声が聞こえていますか?
お父さんもお母さんも。おじいちゃんもおばあちゃんも。
あくびちゃんに会えるのをこんなに楽しみにしているんですよ。
朝のうちは暖かく感じていたけれど お昼頃から寒くなり一気に冬が戻ってくる。
夕方の散歩の頃には冷たい風が肌を射していた。 急激な温度差のせいかお腹がしぶしぶと痛くなる。
それでも歩かなくちゃと万歩計を横目に頑張ってみた。 このところずっと目標の5千歩を超えていてちょっと嬉しい。
「晩飯食べさせてよ」息子が久しぶりに顔を見せてくれた。 一昨日の父親の還暦祝いには仕事で帰って来ることが出来なかった。 近いうちに焼肉おごってやるからなって父親と約束をしていた。
夕食は我が家特製の「すきやき鍋」を作った。 例のごとくおうどんをたっぷり入れた煮込みうどん風のすきやきである。
私はお腹の調子が悪く少ししか食べられなかったけれど。 目の前でふたりの男が「うまい、うまい」と言って食べてくれた。
それがすごく嬉しくてお腹の痛いのも忘れてしまったほどだ。 ささやかな物でも喜んで食べてもらえるのはほんとうにありがたいこと。
食後の後片付けをしている時に息子が慌しく帰って行く。
「風邪ひかんようにね」その後姿に母の思いがいっぱい詰まっている。
今日もやわらかな雨が降ったりやんだり。 気温も高く暖かくなりすっかり春のようだった。
つかのまの春とわかっていてもなんともほっとする。 こんな日があるおかげで寒の戻りにも耐えられるのだろう。
散歩の頃には雨もやんでいていつものようにゆっくりと歩く。 雨上がりの道には水の匂いが漂いそれがとても心地よく思えた。
最初はぐんぐん先を歩いていたあんずが帰り道では後ろになった。 何度か振り向いてはその顔を覗くと「ちょっと疲れた」と言っているよう。
彼女も日に日に老いているのかもしれない。 いつもはとても元気なのにと今日は少し心配になってしまった。
犬は一年で七つ年をとるという。寿命を思うとふと切なさが込み上げてくる。
けれども晩ご飯は待ってましたとばかり食欲旺盛であった。 ドックフードの上に肉じゃがをのっけてあげたから大喜び。
がつがつと食べている姿はとても微笑ましくてほっとした。
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