節分の朝。気温はマイナス5度。 この冬いちばんの冷え込みとなった。
台所にいて吐く息が白いのにおどろく。 作っていたお味噌汁の湯気があたたかい。
道路が凍結しており少し遅れて出勤する。 途中でスリップ事故を目撃し身震いをした。 はらはらどきどきしながら無事に職場に着く。
晩ご飯は恵方巻き。わかめスープも作った。 北北西はこっちかなと無言で食べようとしたけれど。 あまりに美味しかったので「うまい!」と呟いてしまった。 食べる時にしゃべってはいけないなんて迷信だと良いな。
夕食後、豆まきをしようと彼を誘ってみたけれど。 俺は嫌だと言ってとりあってくれなかった。 今年還暦で年男なのにと残念でならない。
仕方なくひとりで豆まきをする。 「鬼はそと福はうち」大きな声を出すのはちょっと照れくさい。
今のささやかな幸せがずっと続きますようにと願う。
このままでじゅうぶんなのだ。これ以上の福などいらない。
ありがとうございました。
鬼が潜んでいるかもしれない夜にそっと手を合わす。
明け方から雪。どんどんと積もり始めてあっという間に銀世界になる。 冷たさも忘れて窓を開けしんしんという音に耳を澄ませていた。
雪は好きだけれど。雪は怖い。雪国では亡くなった人も多い。 南国のつかの間の雪などほんの些細な事のようにも思えるけれど。
仕事は自宅待機となった。無理をしたくないのが本音である。 わずか5時間のパート。今日のことは明日でも良いかなと思う。
「雪やすみ」と称しおかげでのんびりと過ごさせてもらった。 雪道を散歩したいなって思ったりちょっとわくわくもしていた。
そんな雪も午前中に降り止む。青空が見え始めたと思っていたら。 あっという間に雪がとけてしまってなんともあっけない雪になる。
なんだか夢をみていたような気分。朝の雪が嘘のようであった。
午後はまた風が強くなる。少しでも歩こうといつもの散歩道を行く。 一歩でも多くと思う。昨日よりも遠回りをしてゆっくりと家に帰った。
夕方のニュースで「ヒートショック」の話題が流れていた。 冬は浴室などの温度差で命を落す人がとても多いのだそうだ。
それを聞くと大好きなお風呂がとても怖くなってしまった。 はだかんぼうで死んでしまったらどうしよう。 そんな死に方だけはしたくないけれど死ぬかもしれない。
どうか無事でいられますようにドキドキしながらお風呂に入った。
死がこんなにも身近なものなのかと思うと不安でならない。
生きたい生きたい。そればかりを願っている欲深い私であった。
今日から二月。立春を目前にしてまたもや強い寒波。 灰色の空。時折り時雨れては今にも雪に変わりそうだった。
夕方から北風が強くなり今も窓ガラスを揺らしている。 ひゅるひゅるとうなり声。空は何を怒っているのかしら。
万歩計も5千歩足らず。寒いと散歩も億劫になっていけない。 でもこれだけは三日坊主にしたくない気持ちでいっぱいだった。 歩けない日もあれば歩ける日もある。とにかく一歩を大切にしたい。
毎日がたんたんと過ぎていくばかり。 いつも背中を押されているような感じで前へ進んでいる。 二月になってはっと思ったこともなきにしもあらず。
私は何を織っているのだろうか。ちゃんと織れているのだろうか。 縦の糸と横の糸。それを手さぐりでさがすような毎日であった。
それは生きてみないとわからないことなのかもしれない。 どんなに時に流されてもたどり着くところがきっとあるのだろう。
道しるべもなにもない。曲がりくねった道に立っているような気持ち。
この道でよいのかな。このままでよいのかなと思いながら踏み出す一歩。
そうして生かされているのならとことん生き抜いてみたいものだ。
早いもので一月も今日で終わり。 新年を迎えてからあらあらと言う間に日々が流れてしまった。
相変わらず寒い日が続いており今朝も氷点下。 日中のやわらかな日差しがありがたくてならない。
今日は少し遠出をして南国市にある大学病院へ行っていた。 眼科と縁が切れない彼の精密検査があったからだ。 検査後は車の運転も出来なくなるので一人ではとても無理。 何よりも心細い事だろうと一緒に出掛けることになった。
心配しながら待合室でながいこと待っていた。 また病気が見つかれば手術をしなければいけないらしい。
けれども幸いなことに大丈夫との事。ほっと安堵する。 気長に治療していればそのうち完治するとのことであった。
ほっと微笑んでいる彼の顔に自分の顔を重ねてみる。 私たちは夫婦なのだなとあらためて思ったことだった。
待合室で待っているあいだにとある老夫婦の姿が目に映る。 すっかり腰の曲がったおじいちゃんとおばあちゃんだったけれど。 眼が悪そうなおばあちゃんをおじいちゃんが肩を抱くようにして。 それは優しそうに手を引いている姿がとても印象的だった。
私たちも長生きをしてそんな老夫婦になるのかもしれないなって思う。 どんなに年をとってもお互いを支えあって生きていけたらいいなって思った。
| 2012年01月29日(日) |
お遍路さん(その11) |
今日はおひさまが顔を出してくれてなんとありがたいこと。 風は相変わらず冷たかったけれどほっとするような一日だった。
お大師堂でまた顔見知りのお遍路さんと再会する。 目のクリクリっとしたいつも笑顔の素敵なひとだ。
あんずが泣き叫ぶのはやはり心細く寂しいのだろうと言うこと。 そうして「よしよし」とあんずの背中をたくさん撫でてくれた。
臆病者であまり人に懐かないあんずが一気におとなしくなる。 なんだかとても不思議だった。犬好きの人がわかったのだろうか。
あんずを交えてしばし一緒に語らい今日はお別れとなる。 今度はいつ会えるだろうか。「明日はあしたの風が吹くからね」 そう言って微笑むその人がとてもまぶしく思えてならなかった。
職業遍路という言葉を聞くけれど、その人もきっとそうなのだろう。 故郷はどこなのか。家族はいるのかしら。何も聞くことは出来ない。
人生がお遍路であって。お遍路で人生を全うしようとする強い意志。 何者もそれを阻むことは出来ない不思議な「チカラ」のようなものがある。
私は縁あって何度も出会えることのありがたさをかみしめていた。
こころから微笑んでいる人の目は透き通っていてきらきらとうつくしい。
曇り日。おひさまが見えないとこんなにも寒いものか。
いつか母の言っていた言葉を思い出す。 「雲の上にはちゃんとおひさまがいるんだよ」って。
雲のお布団でうたた寝をしているのかもしれない。 けれどもしっかりと輝いていることだろう。
朝のうち。てくてくと歩いて地場産市場へ行く。 土の付いている里芋を買った。ほくほくと柔らかそう。
以前は自転車で行っていた道を歩くのも良いものだ。 これも万歩計のおかげ。もう自転車は不要にさえ思える。
ちょっと歩いては寝る。それがたまに傷だけれど。 午後は炬燵にもぐり込んでまた寝入ってしまっていた。 なんともだらしないのは今に始まったことではない。
そうして散歩の時間になればよっこらしょと起き出して。 「さあ行こう!」とちょっと気合を入れて歩き出すのだった。
今日は時間もたっぷりとありゆっくりと散歩を楽しむ事が出来た。 川面は空を映して灰色に見えたけれどゆったりと大らかに流れている。 すっかり冬枯れてしまった栴檀の木には可愛い実が風に揺れている。
あんずは道草をする。あっちでくんくんこっちでくんくんしてばかり。 すると枯れ草ばかりだと思っていた土手にヨモギの若い緑を見つけた。 なんとほっとする緑だろう。ちいさな春を見つけたようで嬉しかった。
お大師堂で手を合わす。蝋燭の炎。お線香の真っ直ぐな煙。
「今日も見守ってくれてありがとうございました」
気温は低めだったけれどそれほど寒さを感じなかった。 これも青空のおかげ。おひさまのおかげだとつくづく思う。
今日は山里の職場へは行かず自宅待機していた。 義妹の新車が仕上がり市内のダイハツへ引き取りに行く。 なんだか自分のクルマのような気がしてわくわくしてしまった。 やはり新車は良いな。私も欲しいなあってすごく思った。
そんなことを思いつつも彼のクルマのほうが先だなって。 息子のクルマも娘のクルマもずいぶんと古くなったなあって。
私のクルマはもう16年目で走行距離は25万を過ぎている。 けれども決してオンボロなんかじゃない。すごく良く走る。 愛着があり廃車にするにはあまりにも可哀想だなって思う。
そんなクルマがあるだけでじゅうぶん。欲を言えばきりがないもの。
帰宅してから自動車保険の手続きなどをしているうちに時間が経ち。 散歩がすっかり遅くなってしまった。いつものようにとはいかなくて。 なんだか大急ぎで駆け足になる。ああこれは嫌だなってちょっと思った。
ゆったりとした気持ちで歩いてこその散歩。
どんな日もあるものだけれど明日はゆっくりと歩きたいな。
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